short story
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「そんな格好で出てくんな。」
開口一番、これだった。
ノックをされた。だからドアを開けたというのに、先程のクレームである。
午前はブックマンと組手をすると神田さんに言われた為、自主鍛錬という名のランニングを終えた後の事だった。
シャワーを浴び、自分の部屋で寛いでいると戸をノックされ、足早にドアを開ければ予想通り彼の姿があったわけだが──。
「え。上着を羽織ってるのに…?」
「俺のだろうが、それ」
確かに、羽織っているのは彼が部屋着に使っている羽織である。
厚手のカーディガンのようなそれは手触りがよく、彼が置いていったことをいい事に私物のように使ってしまっていた。
サイズが二回り以上大きいが、神田さんの匂いとポカポカとあたたかい部屋着は、拝借する罪悪感を吹き飛ばしてしまうくらいに魅力的なものなのだ。
「神田さんのですね。」
『好きに使えばいいだろ』と以前言われたため、遠慮なく使っていたのだが……何か気に触っただろうか。
キャミソールに、部屋着のショートパンツ。
流石にこれでドアを開けるわけにはいかなかった為、彼の羽織を借りたのだが──。
「そんな格好……上着剥ぎ取ったら下着も同然だろうが。俺以外だったらどうするつもりだ」
お母さんみたい、という喉まで出かけた余計な一言を呑み込み、私は反論すべく口を開いた。
「そんな格好って言いますけど、神田さんの格好だってどうかと思いますよ、私は。」
ちらりと彼を見遣れば、綺麗な眉と眉の間に皺が一本刻まれたところだった。
「ただのインナーだろ。」
「軽装すぎます。」
「鍛錬してたんだから普通だ。」
「そうじゃなくて、」
所謂、身体にフィットしたインナーなのだ。
団服と一緒に支給されたものらしく、動きやすく丈夫なおかげで神田さんはよくこれを着て鍛錬している。
確かに、乾きやすそう・動きやすそう・明らかに身軽なので、機能性を追求した結果『こう』なったのは当然だし、なるほど納得なのだが……。
(……えっちでは?)
声に出すには憚られる、率直な感想。
教団の面々は見慣れているせいか、特にどうと思ってもいないのかもしれない。
もしくは私が煩悩に塗れているのか。…あ、ちょっと今すぐ自分を殴りたい。
……いや。でも言い訳させて欲しい。
布越しでもわかる胸筋や腹筋、『筋肉ついているのにどうしてそんな細さなのか』と問い詰めたくなる腰周りとか、ノースリーブのインナーから伸びる逞しい腕やら、どのパーツを挙げても『肉体美』と言い表しても差し支えないのだ。
普段日中はそういう目で見ていないというのに。うーん、やっぱり自分を殴りたい。
なんなんだ、ピッタリインナー。罪深すぎる。
だって、ほぼ裸では?むしろ裸よりもえっちだ。
「コホン」と咳払いをひとつ零す。
……咳と一緒に少しでも邪念が吹き飛べばいいのだけど。
「えっと、目に毒と言いますか、目のやり場に困るんですよ……」
言葉をオブラートに十枚くらい包んで、抗議する。
しかし納得しなければ、自分のスタンスを変えることがない頑固な彼を動かすことは、中々簡単なことではない。
「普通だろ。」
「いーえ。アレンさんやラビさんの普段のインナーはもう少しラフでした。神田さんこそ上に何か羽織った方が、」
と、言っている最中。
ずいっと近づく彼の顔。
「は?なんでアイツらのインナー事情知ってんだよ」
「だって中央へ出張中、鍛錬とか付き合ってもらって……顔!顔が怖いです、神田さん!あと胸板が近いので離れてください!」
責め立てるような様子ではないが、獲物をジリジリ追い詰める狩りに似たそれ。
目の前には不機嫌そうな彼の顔と、鍛えられた厚い胸板。
壁に追い詰められ、私の顔の横には神田さんの、それはそれは逞しい腕が。
その筋肉が素直に羨ましい。私にも分けて欲しい。
「近いくらいどうってことはねぇだろ。俺の裸なんか見慣れてるくせに」
シラっと悪びれなく言い放つ神田さん。
顔よし、筋肉よしの彼に、ピッタリインナー改めスケベインナーは、心臓に悪い。本当に悪い。
「それとこれとは別問題です…!」
***
「私は全然気にならないかな。」
「え、えぇ……。リナリー慣れすぎでは…?」
「そう?神田に対して恋愛感情が微塵もないからかしら。」
──ということがあったのが、数日前らしい。
最近お気に入りのアロマオイルを彼女にも使って欲しくて、小瓶に分けるため名無しを部屋に呼んだら先程の可愛らしい愚痴が零れたのだ。
(まぁ、名無しの言い分も分からなくもないけど)
私はそっと溜息を吐き出し、あの朴念仁を思い浮かべた。
アレンくんやラビをはじめとする交流のある男性陣は勿論、付き合いの長い私や、マリと仲のいいミランダなら、あのインナーだけの姿を見ても何の感情もわいてこない。当然だけど。
だが『あれ』が目に毒なのは分かる。
顔や身体が整っているというのに、本人は興味ゼロで無頓着、加えて無自覚なのだから尚更手に負えない。
お陰で可愛い妹分である名無しの悩みは解決されないままなのだ。
そこで、私は考えた。ここは『目には目を。歯には歯を』作戦でどうかしら?
「同じようなインナーなら私も持っているわよ」
アロマオイルを移した小瓶の蓋を締めながら振り返れば、名無しは「あるんだ……」としみじみ呟いていた。
「前の団服の時にね、一緒に配られたものなの。丈夫なのは勿論、私のは特に寒くないように…ってジョニーが言ってたかな。」
防寒も兼ねたそれは、動きやすさを重視した神田のものとは違い、長袖のインナーだ。
「今も寒い時は使ってるわ。ほら」とクローゼットの引き出しから出して見せる。
黒いインナーを手に取って眺めた名無しは、「……ヒートテックみたいなものかな」と呟いて納得したような表情を浮かべていた。ヒートテックって何かしら。
(まぁ、神田には『分からせ』も必要なのかもね。)
あぁいう手合いには、自分が『その立場』にならなければ分からないものなのだ。
「背が伸びて着れなくなったものもあるの。長袖だから神田のものほど肌も出ないし動きやすいから、よかったら名無しも使ってみる?」
「……えぇ…でも、ピッタリしてるのは…ちょっと恥ずかしいかなぁ」
「インナーだから大丈夫よ。ほら、物は試しって言うでしょう?」
***
任務先で起きていた奇怪の調査を終えた頃には夕方だった。
寒空から降り注ぐ雨は体温を奪うに十分で、荷物を置いている宿に駆け込んだ時には身体の芯まで冷えきっていた。
「ふぅ。酷い雨でしたね…」
宿の受付をしていた壮年の女からタオルを多めに受け取った名無しは、その中の一枚を広げて顔を拭い、雨で重く濡れた黒髪をせっせと拭き始める。
折角部屋に備え付けのシャワーがあるというのに、タオル一枚で済ませるあたり無頓着だと呆れてしまう。
「先にシャワー浴びとけ。」
「わぷっ」
部屋に元々置かれていた大判のバスタオルを投げれば、名無しは見事に顔面でキャッチする。
……体力が付いてきたとはいえ、やはり特別反射神経が良い訳でも、身体能力が優れているわけではないらしい。
それでも諦めて匙を投げるわけでもなく彼女なりに体力をつけようと努力しているのだから、見上げた根性だと感心する。
……伸ばした腕がタオルを掴むことなく虚空を掻く様は、些か滑稽ではあるのだけど。
それすら『可愛いやつ』と思ってしまうあたり、俺も大概滑稽なのかもしれないが。
「でも、神田さんもずぶ濡れじゃ、」
「俺は滅多なことで風邪引かねぇ。」
だから先に入れ、と言わんばかりに手でしっしっと追い出せば「じゃあ、お言葉に甘えて…」と遠慮がちな声が聞こえた。
──その次の瞬間、俺は思わず二度見してしまったのだが。
「よっと。」
水を含んだ団服はいつも以上に重く、床へ脱ぎ捨てた音がどちゃりと響く。
それは音からして重々しく、そのまま適当に乾かせば生臭い代物になること間違いなしだ。
だが、問題はそこじゃない。
「は?」
ここで、二度見した。
身体に張り付いたインナー。
濡れたからかと思ったが、そうじゃない。
華奢な身体にフィットする布地。
細い骨格が際立つ黒。
しかし胸元はふっくらと柔らかそうなラインを立派に描いている。
「?、どうされましたか?」
既視感がある。
布地の素材は俺がよく着ているインナーそのものだ。
違う点を挙げるなら、長袖であること。サイズが違うこと。男物と女物の差だろうか。
『そういった夜の最中』によく揉んでいるせいもあって、インナーの胸元が窮屈そうに見えるのは気のせいではない。…ように、見える。
『そんな格好って言いますけど、神田さんの格好だってどうかと思いますよ、私は。』
以前彼女に言われた台詞が脳裏に過ぎる。
彼女がそう苦言を申した理由が分かってしまって、俺は何とも言えない表情を浮かべてしまった。
「お前、そのインナー、」
「リナリーからお下がりで貰いました。雨でもあったかくていいですね、これ。」
差し金は当然というかやはりというか、リナリーだったようだ。
どうせアイツのことだ。躊躇う名無しを上手く言いくるめて『まぁ人前で見せるものじゃないし着てみたら?』と勧めたのだろう。
その光景を見てもないのに、簡単に想像がついてしまうくらいにはリナリーとの付き合いも長い。
きっと俺が『こう』なることも予想済みなのだろう。不服ではあるが。
結論から言えば、エロい。
雨でしっとり濡れていることも相まって、身体のラインが露骨に浮いているのがどうしようもなくエロい。
強く引き寄せれば折れてしまいそうな腰や、転べばすぐに脱臼しそうな薄い肩。
しっかり育った胸元はやわらかく膨らみ、裸の時よりもインナーを纏った方がいやらしく見えるのは目の錯覚だと思いたい。
「…………ムラムラしてきた。」
「そうですか、ムラム…はい!?」
風呂場に入ろうとする名無しを着衣のまま押し込む。
あとはまぁ、きっとアイツ の予想通りだ。
彼の/彼女のインナー事情
当然ながら、風呂場でしっかり目に焼き付けた。
開口一番、これだった。
ノックをされた。だからドアを開けたというのに、先程のクレームである。
午前はブックマンと組手をすると神田さんに言われた為、自主鍛錬という名のランニングを終えた後の事だった。
シャワーを浴び、自分の部屋で寛いでいると戸をノックされ、足早にドアを開ければ予想通り彼の姿があったわけだが──。
「え。上着を羽織ってるのに…?」
「俺のだろうが、それ」
確かに、羽織っているのは彼が部屋着に使っている羽織である。
厚手のカーディガンのようなそれは手触りがよく、彼が置いていったことをいい事に私物のように使ってしまっていた。
サイズが二回り以上大きいが、神田さんの匂いとポカポカとあたたかい部屋着は、拝借する罪悪感を吹き飛ばしてしまうくらいに魅力的なものなのだ。
「神田さんのですね。」
『好きに使えばいいだろ』と以前言われたため、遠慮なく使っていたのだが……何か気に触っただろうか。
キャミソールに、部屋着のショートパンツ。
流石にこれでドアを開けるわけにはいかなかった為、彼の羽織を借りたのだが──。
「そんな格好……上着剥ぎ取ったら下着も同然だろうが。俺以外だったらどうするつもりだ」
お母さんみたい、という喉まで出かけた余計な一言を呑み込み、私は反論すべく口を開いた。
「そんな格好って言いますけど、神田さんの格好だってどうかと思いますよ、私は。」
ちらりと彼を見遣れば、綺麗な眉と眉の間に皺が一本刻まれたところだった。
「ただのインナーだろ。」
「軽装すぎます。」
「鍛錬してたんだから普通だ。」
「そうじゃなくて、」
所謂、身体にフィットしたインナーなのだ。
団服と一緒に支給されたものらしく、動きやすく丈夫なおかげで神田さんはよくこれを着て鍛錬している。
確かに、乾きやすそう・動きやすそう・明らかに身軽なので、機能性を追求した結果『こう』なったのは当然だし、なるほど納得なのだが……。
(……えっちでは?)
声に出すには憚られる、率直な感想。
教団の面々は見慣れているせいか、特にどうと思ってもいないのかもしれない。
もしくは私が煩悩に塗れているのか。…あ、ちょっと今すぐ自分を殴りたい。
……いや。でも言い訳させて欲しい。
布越しでもわかる胸筋や腹筋、『筋肉ついているのにどうしてそんな細さなのか』と問い詰めたくなる腰周りとか、ノースリーブのインナーから伸びる逞しい腕やら、どのパーツを挙げても『肉体美』と言い表しても差し支えないのだ。
普段日中はそういう目で見ていないというのに。うーん、やっぱり自分を殴りたい。
なんなんだ、ピッタリインナー。罪深すぎる。
だって、ほぼ裸では?むしろ裸よりもえっちだ。
「コホン」と咳払いをひとつ零す。
……咳と一緒に少しでも邪念が吹き飛べばいいのだけど。
「えっと、目に毒と言いますか、目のやり場に困るんですよ……」
言葉をオブラートに十枚くらい包んで、抗議する。
しかし納得しなければ、自分のスタンスを変えることがない頑固な彼を動かすことは、中々簡単なことではない。
「普通だろ。」
「いーえ。アレンさんやラビさんの普段のインナーはもう少しラフでした。神田さんこそ上に何か羽織った方が、」
と、言っている最中。
ずいっと近づく彼の顔。
「は?なんでアイツらのインナー事情知ってんだよ」
「だって中央へ出張中、鍛錬とか付き合ってもらって……顔!顔が怖いです、神田さん!あと胸板が近いので離れてください!」
責め立てるような様子ではないが、獲物をジリジリ追い詰める狩りに似たそれ。
目の前には不機嫌そうな彼の顔と、鍛えられた厚い胸板。
壁に追い詰められ、私の顔の横には神田さんの、それはそれは逞しい腕が。
その筋肉が素直に羨ましい。私にも分けて欲しい。
「近いくらいどうってことはねぇだろ。俺の裸なんか見慣れてるくせに」
シラっと悪びれなく言い放つ神田さん。
顔よし、筋肉よしの彼に、ピッタリインナー改めスケベインナーは、心臓に悪い。本当に悪い。
「それとこれとは別問題です…!」
***
「私は全然気にならないかな。」
「え、えぇ……。リナリー慣れすぎでは…?」
「そう?神田に対して恋愛感情が微塵もないからかしら。」
──ということがあったのが、数日前らしい。
最近お気に入りのアロマオイルを彼女にも使って欲しくて、小瓶に分けるため名無しを部屋に呼んだら先程の可愛らしい愚痴が零れたのだ。
(まぁ、名無しの言い分も分からなくもないけど)
私はそっと溜息を吐き出し、あの朴念仁を思い浮かべた。
アレンくんやラビをはじめとする交流のある男性陣は勿論、付き合いの長い私や、マリと仲のいいミランダなら、あのインナーだけの姿を見ても何の感情もわいてこない。当然だけど。
だが『あれ』が目に毒なのは分かる。
顔や身体が整っているというのに、本人は興味ゼロで無頓着、加えて無自覚なのだから尚更手に負えない。
お陰で可愛い妹分である名無しの悩みは解決されないままなのだ。
そこで、私は考えた。ここは『目には目を。歯には歯を』作戦でどうかしら?
「同じようなインナーなら私も持っているわよ」
アロマオイルを移した小瓶の蓋を締めながら振り返れば、名無しは「あるんだ……」としみじみ呟いていた。
「前の団服の時にね、一緒に配られたものなの。丈夫なのは勿論、私のは特に寒くないように…ってジョニーが言ってたかな。」
防寒も兼ねたそれは、動きやすさを重視した神田のものとは違い、長袖のインナーだ。
「今も寒い時は使ってるわ。ほら」とクローゼットの引き出しから出して見せる。
黒いインナーを手に取って眺めた名無しは、「……ヒートテックみたいなものかな」と呟いて納得したような表情を浮かべていた。ヒートテックって何かしら。
(まぁ、神田には『分からせ』も必要なのかもね。)
あぁいう手合いには、自分が『その立場』にならなければ分からないものなのだ。
「背が伸びて着れなくなったものもあるの。長袖だから神田のものほど肌も出ないし動きやすいから、よかったら名無しも使ってみる?」
「……えぇ…でも、ピッタリしてるのは…ちょっと恥ずかしいかなぁ」
「インナーだから大丈夫よ。ほら、物は試しって言うでしょう?」
***
任務先で起きていた奇怪の調査を終えた頃には夕方だった。
寒空から降り注ぐ雨は体温を奪うに十分で、荷物を置いている宿に駆け込んだ時には身体の芯まで冷えきっていた。
「ふぅ。酷い雨でしたね…」
宿の受付をしていた壮年の女からタオルを多めに受け取った名無しは、その中の一枚を広げて顔を拭い、雨で重く濡れた黒髪をせっせと拭き始める。
折角部屋に備え付けのシャワーがあるというのに、タオル一枚で済ませるあたり無頓着だと呆れてしまう。
「先にシャワー浴びとけ。」
「わぷっ」
部屋に元々置かれていた大判のバスタオルを投げれば、名無しは見事に顔面でキャッチする。
……体力が付いてきたとはいえ、やはり特別反射神経が良い訳でも、身体能力が優れているわけではないらしい。
それでも諦めて匙を投げるわけでもなく彼女なりに体力をつけようと努力しているのだから、見上げた根性だと感心する。
……伸ばした腕がタオルを掴むことなく虚空を掻く様は、些か滑稽ではあるのだけど。
それすら『可愛いやつ』と思ってしまうあたり、俺も大概滑稽なのかもしれないが。
「でも、神田さんもずぶ濡れじゃ、」
「俺は滅多なことで風邪引かねぇ。」
だから先に入れ、と言わんばかりに手でしっしっと追い出せば「じゃあ、お言葉に甘えて…」と遠慮がちな声が聞こえた。
──その次の瞬間、俺は思わず二度見してしまったのだが。
「よっと。」
水を含んだ団服はいつも以上に重く、床へ脱ぎ捨てた音がどちゃりと響く。
それは音からして重々しく、そのまま適当に乾かせば生臭い代物になること間違いなしだ。
だが、問題はそこじゃない。
「は?」
ここで、二度見した。
身体に張り付いたインナー。
濡れたからかと思ったが、そうじゃない。
華奢な身体にフィットする布地。
細い骨格が際立つ黒。
しかし胸元はふっくらと柔らかそうなラインを立派に描いている。
「?、どうされましたか?」
既視感がある。
布地の素材は俺がよく着ているインナーそのものだ。
違う点を挙げるなら、長袖であること。サイズが違うこと。男物と女物の差だろうか。
『そういった夜の最中』によく揉んでいるせいもあって、インナーの胸元が窮屈そうに見えるのは気のせいではない。…ように、見える。
『そんな格好って言いますけど、神田さんの格好だってどうかと思いますよ、私は。』
以前彼女に言われた台詞が脳裏に過ぎる。
彼女がそう苦言を申した理由が分かってしまって、俺は何とも言えない表情を浮かべてしまった。
「お前、そのインナー、」
「リナリーからお下がりで貰いました。雨でもあったかくていいですね、これ。」
差し金は当然というかやはりというか、リナリーだったようだ。
どうせアイツのことだ。躊躇う名無しを上手く言いくるめて『まぁ人前で見せるものじゃないし着てみたら?』と勧めたのだろう。
その光景を見てもないのに、簡単に想像がついてしまうくらいにはリナリーとの付き合いも長い。
きっと俺が『こう』なることも予想済みなのだろう。不服ではあるが。
結論から言えば、エロい。
雨でしっとり濡れていることも相まって、身体のラインが露骨に浮いているのがどうしようもなくエロい。
強く引き寄せれば折れてしまいそうな腰や、転べばすぐに脱臼しそうな薄い肩。
しっかり育った胸元はやわらかく膨らみ、裸の時よりもインナーを纏った方がいやらしく見えるのは目の錯覚だと思いたい。
「…………ムラムラしてきた。」
「そうですか、ムラム…はい!?」
風呂場に入ろうとする名無しを着衣のまま押し込む。
あとはまぁ、きっと
彼の/彼女のインナー事情
当然ながら、風呂場でしっかり目に焼き付けた。