short story
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名無しは、あまり散財をしない。
本人曰く『老後の資金』だなんて笑っているが、ただ単に贅沢をするのが苦手らしい。
使い道を強いて言うなら、気になる茶菓子を買う。リナリーと買い物へ出掛ける。本を買う。その程度だ。
──任務の合間の、小休憩。
任務で滞在している街の一角にある、賑やかなバザー。
その前を通り過ぎようとした時の事だった。
そんな彼女が目を疑うように二度見し、足を止め、吸い込まれるように露店の輸入菓子へ立ち寄った。
「どうした?」
「神田さん、見てください!金平糖ですよ!」
黒い瞳をキラキラと輝かせ、興奮したように声を上げる名無し。
露店のテントをくぐり、神田は名無しがはしゃぐ原因となった《金平糖》を見下ろした。
「……コンフェイトの間違いだろ?」
星の欠片のような、砂糖菓子。
白や黄色、果実のように赤い小粒のそれは、以前ポルトガルで見た事があるものだった。
「いんや。正真正銘の金平糖だよ、お兄さん」
浅黒い肌をした店主が笑いながらそう答える。
金平糖とコンフェイト。似たような名前の菓子だが、どうやら似て異なるものらしい。
名無し曰く「コンフェイトは飴くらいの硬さで、金平糖はシャリシャリと口の中でとけるんですよ」と熱心にプレゼンを行い、店主は「日本出身の菓子職人が作ってるんだ。珍しいだろう?」と笑っていた。
どうやら製造工程の手間が随分とかかるらしい。
ジャムの小瓶に詰められた砂糖菓子は、量に見合わない値段がつけられていた。
『ぼったくりでは』と疑う神田の隣で、「買います!」と値切ることなく財布を取り出す名無し。
賑やかしいバザーの中で、店主の「毎度あり、お嬢ちゃん!」と元気な声が一際響いた。
***
「好物なのか?」
早速小瓶の蓋を開ける名無しを見下ろしながら、神田が問う。
「嫌いじゃないですよ。」
幸せそうに黄色の金平糖を口の中で転がす名無しの回答は、やけにあっさりとしたものだったが。
日本にいた頃は駄菓子屋で当然のようにあったものだが、こっちの世界に来てから日本発祥の品々をとんと見なくなった。
日本──特に江戸が未だにアクマ蔓延る土地になってしまったせいもあり、命からがら逃げてきた日本人の文化が廃れてしまうのは当然の帰結だろう。
そして、久しぶりに見た名無しの故郷の菓子。
金に糸目をつけず買ってしまった『衝動買い』も、また仕方の無い事だった。
「こっちの甘いものも美味しいんですけれど、時々こういう素朴な味も恋しくなるんです。」
「どうぞ」と神田の口に一粒放り込めば、ボリッと奥歯で噛み砕く咀嚼音がすぐさま聞こえてきた。
「……ただの砂糖じゃねぇか?」
「この食感がいいんですよ。なんというか、懐かしい味といいますか」
神田からすれば『たかが砂糖菓子』だが、名無しにとって『されど砂糖菓子』なのだ。
時間のかかる製造工程、輸入にかかる費用、コンフェイトよりも知名度の低い日本の砂糖菓子を売るリスク。
何より離れてしまった故郷を思い出せる素朴な味は、何物にも替え難い宝物だ。
それを指折り数え、枚挙しながら「値切るなんてとんでもない。貯金箱からもっとお金を持ってくればよかった」と名無しは笑う。
次の一粒を口に含みながら頬を綻ばせる名無しをじっと観察しながら、神田は考え込むように口元にそっと手を当てた。
***
教団へ帰ってから、金平糖は大切に少しずつ食べた。
小瓶から目減りしていく星屑のような砂糖菓子を見るのは少し寂しかったが、それでも食べずに置いておくのは違う気もする。
任務に行く前。口寂しい時。読書の合間。
一粒ずつ大切に、コロコロと口の中で転がしながら食べていた。
──はずなのに。
「え。」
ガラス瓶の半分ほどに減っていた砂糖菓子。
瓶の中の金平糖が、増えているのだ。
神田がヴァチカンの本部へ出張の為、リナリーとミランダから女子会のお誘いがあった。
楽しいティータイムが終わって部屋に戻り、何となくテーブルの上に置きっぱなしだった小瓶を見れば、不思議なことに中身が増えているではないか。
瓶が変わった?いや、見慣れたものと同じ物だ。
一種の幻だろうか?いや、目だけは人一倍いいのだ。見間違えるはずがない。
……最後に食べたのは神田が出張に出掛ける前日だったか。その時は確かに半分程だったのに。
首を傾げ、増えた金平糖をそっと口に含む。
いつもと同じ味。甘くて、つぶつぶした舌当たりが楽しくて、奥歯で噛めばじわりと甘味が口いっぱい広がる。贅沢な瞬間だ。
こんな『奇怪』を引き起こす人物は、一人しか思いつかない。
──有難いことに甘やかしてくれる人は周りに沢山いるが、こんな風にこっそりと、しかも無断で部屋に入って金平糖を補充する人物なんて、彼しか該当しないのだ。
というより、この金平糖の購入先を知っているのは、あの不器用な恋人だけなのだから。
(帰ってきたら、うんとお礼を言おう。)
それは、砂糖よりも甘い
口に含んだ金平糖はいつもより甘く、名無しは思わず頬を綻ばせた。
本人曰く『老後の資金』だなんて笑っているが、ただ単に贅沢をするのが苦手らしい。
使い道を強いて言うなら、気になる茶菓子を買う。リナリーと買い物へ出掛ける。本を買う。その程度だ。
──任務の合間の、小休憩。
任務で滞在している街の一角にある、賑やかなバザー。
その前を通り過ぎようとした時の事だった。
そんな彼女が目を疑うように二度見し、足を止め、吸い込まれるように露店の輸入菓子へ立ち寄った。
「どうした?」
「神田さん、見てください!金平糖ですよ!」
黒い瞳をキラキラと輝かせ、興奮したように声を上げる名無し。
露店のテントをくぐり、神田は名無しがはしゃぐ原因となった《金平糖》を見下ろした。
「……コンフェイトの間違いだろ?」
星の欠片のような、砂糖菓子。
白や黄色、果実のように赤い小粒のそれは、以前ポルトガルで見た事があるものだった。
「いんや。正真正銘の金平糖だよ、お兄さん」
浅黒い肌をした店主が笑いながらそう答える。
金平糖とコンフェイト。似たような名前の菓子だが、どうやら似て異なるものらしい。
名無し曰く「コンフェイトは飴くらいの硬さで、金平糖はシャリシャリと口の中でとけるんですよ」と熱心にプレゼンを行い、店主は「日本出身の菓子職人が作ってるんだ。珍しいだろう?」と笑っていた。
どうやら製造工程の手間が随分とかかるらしい。
ジャムの小瓶に詰められた砂糖菓子は、量に見合わない値段がつけられていた。
『ぼったくりでは』と疑う神田の隣で、「買います!」と値切ることなく財布を取り出す名無し。
賑やかしいバザーの中で、店主の「毎度あり、お嬢ちゃん!」と元気な声が一際響いた。
***
「好物なのか?」
早速小瓶の蓋を開ける名無しを見下ろしながら、神田が問う。
「嫌いじゃないですよ。」
幸せそうに黄色の金平糖を口の中で転がす名無しの回答は、やけにあっさりとしたものだったが。
日本にいた頃は駄菓子屋で当然のようにあったものだが、こっちの世界に来てから日本発祥の品々をとんと見なくなった。
日本──特に江戸が未だにアクマ蔓延る土地になってしまったせいもあり、命からがら逃げてきた日本人の文化が廃れてしまうのは当然の帰結だろう。
そして、久しぶりに見た名無しの故郷の菓子。
金に糸目をつけず買ってしまった『衝動買い』も、また仕方の無い事だった。
「こっちの甘いものも美味しいんですけれど、時々こういう素朴な味も恋しくなるんです。」
「どうぞ」と神田の口に一粒放り込めば、ボリッと奥歯で噛み砕く咀嚼音がすぐさま聞こえてきた。
「……ただの砂糖じゃねぇか?」
「この食感がいいんですよ。なんというか、懐かしい味といいますか」
神田からすれば『たかが砂糖菓子』だが、名無しにとって『されど砂糖菓子』なのだ。
時間のかかる製造工程、輸入にかかる費用、コンフェイトよりも知名度の低い日本の砂糖菓子を売るリスク。
何より離れてしまった故郷を思い出せる素朴な味は、何物にも替え難い宝物だ。
それを指折り数え、枚挙しながら「値切るなんてとんでもない。貯金箱からもっとお金を持ってくればよかった」と名無しは笑う。
次の一粒を口に含みながら頬を綻ばせる名無しをじっと観察しながら、神田は考え込むように口元にそっと手を当てた。
***
教団へ帰ってから、金平糖は大切に少しずつ食べた。
小瓶から目減りしていく星屑のような砂糖菓子を見るのは少し寂しかったが、それでも食べずに置いておくのは違う気もする。
任務に行く前。口寂しい時。読書の合間。
一粒ずつ大切に、コロコロと口の中で転がしながら食べていた。
──はずなのに。
「え。」
ガラス瓶の半分ほどに減っていた砂糖菓子。
瓶の中の金平糖が、増えているのだ。
神田がヴァチカンの本部へ出張の為、リナリーとミランダから女子会のお誘いがあった。
楽しいティータイムが終わって部屋に戻り、何となくテーブルの上に置きっぱなしだった小瓶を見れば、不思議なことに中身が増えているではないか。
瓶が変わった?いや、見慣れたものと同じ物だ。
一種の幻だろうか?いや、目だけは人一倍いいのだ。見間違えるはずがない。
……最後に食べたのは神田が出張に出掛ける前日だったか。その時は確かに半分程だったのに。
首を傾げ、増えた金平糖をそっと口に含む。
いつもと同じ味。甘くて、つぶつぶした舌当たりが楽しくて、奥歯で噛めばじわりと甘味が口いっぱい広がる。贅沢な瞬間だ。
こんな『奇怪』を引き起こす人物は、一人しか思いつかない。
──有難いことに甘やかしてくれる人は周りに沢山いるが、こんな風にこっそりと、しかも無断で部屋に入って金平糖を補充する人物なんて、彼しか該当しないのだ。
というより、この金平糖の購入先を知っているのは、あの不器用な恋人だけなのだから。
(帰ってきたら、うんとお礼を言おう。)
それは、砂糖よりも甘い
口に含んだ金平糖はいつもより甘く、名無しは思わず頬を綻ばせた。