short story
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ドイツ、南部バイエルン地方にある都市、ニュルンベルク。
ほんのり雪化粧が施された街並みと、赤と白の鮮やかなテントが軒並み列ぶ光景は、まさに冬の風物詩といっても過言ではないだろう。
蝋燭が灯されたランタンが並び、あたたかな光に包まれた景色。
装飾が施されたガス灯の明かりは星が瞬いているようで、夜のクリスマスマーケットを煌々と照らしていた。
「クリスマスマーケットって楽しいですね、神田さん!」
ホクホクと満足そうに笑う名無し。
彼女の傍らにはサンタクロースも笑ってしまいそうなくらい、たんまり買い物をしたパンパンの紙袋が置かれていた。
教団のクリスマスツリーに追加で飾る、色とりどりのガラスオーナメント。
手土産に買った粉砂糖たっぷりのシュトーレン。
色ガラスのものから透かし彫りが施されたキャンドルホルダー。
蜜蝋キャンドルは四角錐のシンプルなものからテディベアの形、松ぼっくりや薔薇を模したものまで様々だった。
普段散財をあまりしない彼女だが、初めて見るクリスマスマーケットの誘惑には勝てなかったらしい。
任務帰りだというのに、まるで観光客のようにはしゃぎ、楽しそうに紅白に彩られた屋台をまわっていた。
そんな石畳の上を跳ねるように巡る名無しを眺め、当然のように荷物を持っているのは神田だ。
普段は落ち着いている彼女だが、初めて見るクリスマスマーケットへの好奇心と、色とりどりの露店には敵わなかったようだ。
そんな名無しを満更でもない様子で追いかけ、楽しそうに物色する彼女に相槌を打つ神田も、普段より楽しそうに見えるのはクリスマスの魔法なのかもしれない。
「クリスマスマーケットなんて珍しいもんでもないだろ。」
「そんなことないですよ。大きな雑貨屋さんでもこんなにオーナメントはありませんでしたし…。それに、こんな風にあったかい飲み物の屋台とかないですから」
名無しが持っているカップの中身はカカオ。日本で言うところのココアだ。
たっぷりとトッピングされた生クリームは完全に子供向けで、クリスマスマーケットの『風物詩』を飲む気満々だった名無しはこの一点だけが少々不満だった。
「ま、売ってもらえなかったけどな、グリューワイン」
「ぐ……一応ドイツではワインも蒸留酒も飲める年齢のはずなのに…。神田さんは売って貰えるの、不公平ですよ」
「こっちはとっくに成人済みなんだよ。飲んで当然だろ」
そう、グリューワイン。
シナモンやスターアニス、クローブなどのスパイスと、オレンジやレモンなどの果物を入れ、火にかけたものである。
蜂蜜や砂糖を加えたものと様々であり、《クリスマスマーケットといえば》と代表的な風物詩になっていた。
見た目の問題だろうか。
『お嬢ちゃんにはまだ早いだろう』と笑われ、代わりに甘いココアを店主に出される始末。
隣にいた神田は、何ら疑われることも笑われることもなく、すんなりグリューワインを買えてしまった。
それが羨ましくて、少しだけ恨めしくて、名無しはむぅと口先を尖らせる。
──せめて感想が聞きたい。
水を飲む時とそう表情に大差の無い神田の顔を覗き込み、名無しは期待を込めて問うた。
「……どうですか?美味しいです?」
「甘ェ。」
「え、えぇ…神田さん、食レポ向いてないですね…」
甘いのは分かっている。
グリューワインに使われる赤ワインは元々甘口のものが多い。
そこに果物や蜂蜜、砂糖が加われば、甘くないはずがない。
彼が元々言葉足らずなのは承知の上だったが、予想以上にこざっぱりした感想に、名無しはがっくり肩を落とした。
「気になるなら一口飲めばいいだろ」
「いいんですか!?」
「年齢的には問題ねぇしな」
差し出された可愛らしいカップ。
スノーマンをモチーフに造られたカップは、飲み終えて店へ返却すればいくらか金銭が返ってきて、持ち帰れば立派なお土産になる。
……神田は返却する気満々だったのだが、名無しが『可愛い可愛い』とあまりにもはしゃぐものだから、返す気が失せてしまったのはここだけの話。
ぱあっと花が飛ぶように頬が綻ぶ名無し。
師匠であり、恋人である神田の許可と、間違いのない年齢の盾があれば怖いものなしである。
ワクワクした表情を浮かべ、シナモンスティックが刺さったままのグリューワインを、一口、二口と口に含んだ。
「………………ん?…んんん…?」
「食レポはどうした。」
「こう…身体に良さそうな…スパイスの効いた……葡萄ジュース…ではないんですけど…なんだろう…薬膳酒…?飲んだことないけど……独特の味と言いますか」
ゴニョゴニョと手探りで言葉を選びながら首を傾げる名無し。
当然の反応だろう。
シナモンはともかく、スターアニスやクローブは日本では食卓に馴染みのないスパイスだ。
美味しいのだが、複雑な風味は言葉に表しにくく、初めてのアルコール食レポはなんとも形にならないものになってしまった。
「中国で飲んだ薬膳酒はもっとクセがあるぞ。」と答えながら、神田は返されたグリューワインを受け取る。
「というかお前も食レポ下手じゃねぇか。」
「うっ……だって、お酒滅多に飲みませんし。」
「好奇心で飲むものでもねぇだろ。下戸のクセに」
教団で過去に一度、いや二度だったか。
酒を飲んでふわふわと酔っ払った名無しを見て、呆れ返ったのは。
イギリス基準で合法的に酒が飲んだり買えたり出来る年齢とはいえ、本来の日本基準ならまだ飲酒は禁止されている。
『日本人なら、原則酒は二十歳から』と神田ストップがかかってしまった記憶はまだ新しい。
つまるところ今回の味見は特例ということだ。
「……神田さんだって本当は下戸なのに…」
「オイ、情報源ジョニーだろ。」
「黙秘権発動します!」
呪符の効果故に、神田は滅多に酒で酔わない。
まだ法律的にアウトな年齢の時ですら、テキーラを飲んで多少ほろ酔いになっていたくらいだ。
しかし、ジョ……いや、とある人物曰く、呪符の効果が弱まっている時に酒を飲めば結構下戸な方らしい。
呪符がすっかり修復されてしまった今となっては、酔っ払った姿はツチノコ並に貴重な光景になってしまったけれど。
むぅと眉を寄せ、クリームたっぷりのカカオをフーフーと飲んでいる姿が非常に似合っている、なんて。
喉まで出掛けた余計な一言を、神田はグリューワインで飲み干した。
(酒飲んで、ぽやぽやした様を他の連中に見せられるかよ。)
まだ甘ったるいココアをちびちび飲んでいればいい、という願望は身勝手な我儘だろうか。
スノーブーツの形を模したカップを大切そうに両手で持つ手に、公認で酒が握られる日はまだまだ遠そうだ。
少なくとも、この過保護な恋人の目が黒い内は。
Glühwein & Kakao
「オイ、名無し。クリームでヒゲが出来てる。」
「え。わ、恥ずかしい。すぐに拭」
言い終える前に、ハンカチを取り出す前に。
ココアよりも甘ったるいリップ音を一つ落とし、上唇のふちについていたクリームは神田の唇に攫われてしまった。
「甘ェ。」
「か、か、かっ、かん、だ、さん!」
相変わらずシンプルな食レポに、今度は別の意味で抗議する名無し。
舐める程度の酒しか飲んでいないはずなのに、彼女の頬は真っ赤に染まっていた。
「なんだ、酔ったのか?」
……なんて確信犯で笑う神田は、中々の性悪である。
ほんのり雪化粧が施された街並みと、赤と白の鮮やかなテントが軒並み列ぶ光景は、まさに冬の風物詩といっても過言ではないだろう。
蝋燭が灯されたランタンが並び、あたたかな光に包まれた景色。
装飾が施されたガス灯の明かりは星が瞬いているようで、夜のクリスマスマーケットを煌々と照らしていた。
「クリスマスマーケットって楽しいですね、神田さん!」
ホクホクと満足そうに笑う名無し。
彼女の傍らにはサンタクロースも笑ってしまいそうなくらい、たんまり買い物をしたパンパンの紙袋が置かれていた。
教団のクリスマスツリーに追加で飾る、色とりどりのガラスオーナメント。
手土産に買った粉砂糖たっぷりのシュトーレン。
色ガラスのものから透かし彫りが施されたキャンドルホルダー。
蜜蝋キャンドルは四角錐のシンプルなものからテディベアの形、松ぼっくりや薔薇を模したものまで様々だった。
普段散財をあまりしない彼女だが、初めて見るクリスマスマーケットの誘惑には勝てなかったらしい。
任務帰りだというのに、まるで観光客のようにはしゃぎ、楽しそうに紅白に彩られた屋台をまわっていた。
そんな石畳の上を跳ねるように巡る名無しを眺め、当然のように荷物を持っているのは神田だ。
普段は落ち着いている彼女だが、初めて見るクリスマスマーケットへの好奇心と、色とりどりの露店には敵わなかったようだ。
そんな名無しを満更でもない様子で追いかけ、楽しそうに物色する彼女に相槌を打つ神田も、普段より楽しそうに見えるのはクリスマスの魔法なのかもしれない。
「クリスマスマーケットなんて珍しいもんでもないだろ。」
「そんなことないですよ。大きな雑貨屋さんでもこんなにオーナメントはありませんでしたし…。それに、こんな風にあったかい飲み物の屋台とかないですから」
名無しが持っているカップの中身はカカオ。日本で言うところのココアだ。
たっぷりとトッピングされた生クリームは完全に子供向けで、クリスマスマーケットの『風物詩』を飲む気満々だった名無しはこの一点だけが少々不満だった。
「ま、売ってもらえなかったけどな、グリューワイン」
「ぐ……一応ドイツではワインも蒸留酒も飲める年齢のはずなのに…。神田さんは売って貰えるの、不公平ですよ」
「こっちはとっくに成人済みなんだよ。飲んで当然だろ」
そう、グリューワイン。
シナモンやスターアニス、クローブなどのスパイスと、オレンジやレモンなどの果物を入れ、火にかけたものである。
蜂蜜や砂糖を加えたものと様々であり、《クリスマスマーケットといえば》と代表的な風物詩になっていた。
見た目の問題だろうか。
『お嬢ちゃんにはまだ早いだろう』と笑われ、代わりに甘いココアを店主に出される始末。
隣にいた神田は、何ら疑われることも笑われることもなく、すんなりグリューワインを買えてしまった。
それが羨ましくて、少しだけ恨めしくて、名無しはむぅと口先を尖らせる。
──せめて感想が聞きたい。
水を飲む時とそう表情に大差の無い神田の顔を覗き込み、名無しは期待を込めて問うた。
「……どうですか?美味しいです?」
「甘ェ。」
「え、えぇ…神田さん、食レポ向いてないですね…」
甘いのは分かっている。
グリューワインに使われる赤ワインは元々甘口のものが多い。
そこに果物や蜂蜜、砂糖が加われば、甘くないはずがない。
彼が元々言葉足らずなのは承知の上だったが、予想以上にこざっぱりした感想に、名無しはがっくり肩を落とした。
「気になるなら一口飲めばいいだろ」
「いいんですか!?」
「年齢的には問題ねぇしな」
差し出された可愛らしいカップ。
スノーマンをモチーフに造られたカップは、飲み終えて店へ返却すればいくらか金銭が返ってきて、持ち帰れば立派なお土産になる。
……神田は返却する気満々だったのだが、名無しが『可愛い可愛い』とあまりにもはしゃぐものだから、返す気が失せてしまったのはここだけの話。
ぱあっと花が飛ぶように頬が綻ぶ名無し。
師匠であり、恋人である神田の許可と、間違いのない年齢の盾があれば怖いものなしである。
ワクワクした表情を浮かべ、シナモンスティックが刺さったままのグリューワインを、一口、二口と口に含んだ。
「………………ん?…んんん…?」
「食レポはどうした。」
「こう…身体に良さそうな…スパイスの効いた……葡萄ジュース…ではないんですけど…なんだろう…薬膳酒…?飲んだことないけど……独特の味と言いますか」
ゴニョゴニョと手探りで言葉を選びながら首を傾げる名無し。
当然の反応だろう。
シナモンはともかく、スターアニスやクローブは日本では食卓に馴染みのないスパイスだ。
美味しいのだが、複雑な風味は言葉に表しにくく、初めてのアルコール食レポはなんとも形にならないものになってしまった。
「中国で飲んだ薬膳酒はもっとクセがあるぞ。」と答えながら、神田は返されたグリューワインを受け取る。
「というかお前も食レポ下手じゃねぇか。」
「うっ……だって、お酒滅多に飲みませんし。」
「好奇心で飲むものでもねぇだろ。下戸のクセに」
教団で過去に一度、いや二度だったか。
酒を飲んでふわふわと酔っ払った名無しを見て、呆れ返ったのは。
イギリス基準で合法的に酒が飲んだり買えたり出来る年齢とはいえ、本来の日本基準ならまだ飲酒は禁止されている。
『日本人なら、原則酒は二十歳から』と神田ストップがかかってしまった記憶はまだ新しい。
つまるところ今回の味見は特例ということだ。
「……神田さんだって本当は下戸なのに…」
「オイ、情報源ジョニーだろ。」
「黙秘権発動します!」
呪符の効果故に、神田は滅多に酒で酔わない。
まだ法律的にアウトな年齢の時ですら、テキーラを飲んで多少ほろ酔いになっていたくらいだ。
しかし、ジョ……いや、とある人物曰く、呪符の効果が弱まっている時に酒を飲めば結構下戸な方らしい。
呪符がすっかり修復されてしまった今となっては、酔っ払った姿はツチノコ並に貴重な光景になってしまったけれど。
むぅと眉を寄せ、クリームたっぷりのカカオをフーフーと飲んでいる姿が非常に似合っている、なんて。
喉まで出掛けた余計な一言を、神田はグリューワインで飲み干した。
(酒飲んで、ぽやぽやした様を他の連中に見せられるかよ。)
まだ甘ったるいココアをちびちび飲んでいればいい、という願望は身勝手な我儘だろうか。
スノーブーツの形を模したカップを大切そうに両手で持つ手に、公認で酒が握られる日はまだまだ遠そうだ。
少なくとも、この過保護な恋人の目が黒い内は。
Glühwein & Kakao
「オイ、名無し。クリームでヒゲが出来てる。」
「え。わ、恥ずかしい。すぐに拭」
言い終える前に、ハンカチを取り出す前に。
ココアよりも甘ったるいリップ音を一つ落とし、上唇のふちについていたクリームは神田の唇に攫われてしまった。
「甘ェ。」
「か、か、かっ、かん、だ、さん!」
相変わらずシンプルな食レポに、今度は別の意味で抗議する名無し。
舐める程度の酒しか飲んでいないはずなのに、彼女の頬は真っ赤に染まっていた。
「なんだ、酔ったのか?」
……なんて確信犯で笑う神田は、中々の性悪である。