short story
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神田の部屋に備え付けられている、ソファにて。
「名無しの飯が食いてぇ。」
げんなりと疲れた顔で、彼はそう呟いた。
書類の確認をしている神田の隣で、ハムスターのようにクッキーを頬張っていた名無しがきょとんと目を丸くする。
それと同時に、新しいクッキーを差し出し──
「はい、どうぞ。」
「……そうじゃねぇ。お前が、作った飯。」
腹ぺこだと判断したのだが、どうやら違ったようだ。
念を押すように言葉を返され、名無しは瞬きを二度繰り返した。
「私が?」
心外そうに問い返せば、真剣な顔で頷かれる。
神田に食事を振舞ったことは確かにあるが、特別美味しい料理ではなかったはず。
一人暮らしによくある、作り置きの常備菜と汁物とおかずの一汁三菜。
あまりレパートリーも多くはなかったし、大きな声では言えないが手間暇かからない献立だった。
それこそ料理長のジェリーの作った食事の方がよっぽど美味しいし、彼の好物である蕎麦だって当然のように出てくるのだが……。
「大したものを作った記憶がないんですけど…何が食べたいんですか?」
「蓮根のきんぴら。」
まさかの副菜。
……しかし思い返せばピリ辛の味付けがお気に召したのか、白いご飯のおかずによく食べていた気もする。
黒の教団に所属する人種は多種多様だが、少なくとも教団本部では純粋な日本人は名無しただ一人だ。
需要がないためか、ジェリーの和食メニューは中華や洋食に比べ少ない。
日本がアクマの巣窟になったせいもあり、世界的に見ても日本人自体珍しい存在になったのだから、当然の結果なのだが。
(日本食が恋しいのかな)
……とまぁ、肝心の名無しは当たらずとも遠からずな勘違いをしている。
神田にとって名無しの作る料理なら和洋中なんでもいいのだが、この指摘は蛇足だろう。
「ジェリーさんに厨房の端っこ、お借りできるか聞いてみますね。」
書類仕事で不機嫌な彼の表情が、僅かに和らいだ瞬間だった。
***
「うめぇ。」
「よかったです。」
夕食時。食堂の受け取り口付近のテーブルにて。
トレイの上に並んだ、一汁三菜の夕食。
真っ先に箸を伸ばしたきんぴらをポリポリと咀嚼しつつ、神田は満足そうに眉間を綻ばせる。
久しぶりに包丁を握った上、レシピもうろ覚えだったが、無事満足して頂けたようだ。
そして、それを目敏く見つける人影が一人。
食堂の受け取り口へ何往復もする『彼』が、そんな特別メニューに気づかないはずもなく。
「いいなぁ、神田。美味しそう。何食べてるの?」
「出たな、白ハイエナ。」
「モヤシよりも傷つく罵倒やめてくれる?」
心底嫌そうな表情を一瞬浮かべた後、神田の夕食メニューを見て腹の虫を鳴かせるアレン。
洋食の華やかさはないものの、彩りもそれなりに考えられた和食を見て、アレンはもう一度腹の虫を鳴らしてしまった。
「えぇっと……鮭のホイル焼きと、椎茸と人参のすまし汁、ほうれん草の胡麻和えと…蓮根のきんぴらのメニューです。」
鮭のホイル焼きにはワサビとマヨネーズと醤油を合わせたソースも添えられている。
味変するにはちょうどいい、大人向けのピリッとした味付けだ。
「名無しが作ったんですか?」
「た、大したものじゃないので、あまり見られると恥ずかしいです…」
下味をつけるだとか、弱火でじっくり煮込むだとか、手間のかかる工程のない簡単な和食だ。
お腹が減る匂いが立ちこめる厨房のすみっこで、そそくさと作った献立なので特別誇れるものでもない。
……とはいえ、手を抜いたわけではない。
ただ、自分の出来る精一杯とはいえ、プロの料理人と同じ厨房で作るのが、なんだか肩身がほんのちょっと狭く、心がむず痒がっただけで。
「それ、同じのまだあるかしら?」
「あ、リナリー。」
アレンの背後から、黒髪を揺らして顔を出したリナリー。
和食に興味があるのか、名無しが作った食事に興味があるのか。恐らく両方だろう。
「う、うん。ジェリーさんが『私の分も作って』って言うから、多めには作ったけど…」
「私も同じメニュー食べたいわ。いいかしら?」
神田の眉間のシワがひとつ増えたことに、誰も気づかない。
名無しはというと照れくさそうにはにかみながら、腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。
「じゃあ、すぐ持ってくるね」
「はい!僕も!僕も食べる!」
「お前は却下だ。」
今にも涎が垂れそうなアレンが、授業参観の小学生のように元気よく挙手をする──が、神田の不機嫌そうな声によって遮られてしまった。
「何それ!ケチ!ドケチ神田!」
「お前が食ったら全部食い尽くすだろうが。」
「失礼な。僕だって少しは弁えるよ。神田のおかわり分がなくなるだけで。」
「あ゙?」
つまり一人前では済まないようだ。
『ホイル焼きの材料まだあったかな…』と内心焦りながら、地を這うような声を上げた師を名無しは慌てて宥めた。
「ま、まぁまぁ。神田さん、いいじゃないですか。もしかして、その量じゃ足りませんでしたか…?追加で作りましょうか?」
「……足りねぇことはねぇが。」
一拍呼吸を置き、神田は口を開く。
「俺のために作った飯だろ。俺が全部食う。」
ムスッと不機嫌──というより、拗ねたように。ふっくら焼けた鮭の身を解しながら、神田は当然かのように言い放った。
つまるところ、日本食に興味津々なジェリーにも、友人の手料理が食べたいリナリーにも、腹ぺこアレンにも…他人に食べさせるのが不本意らしい。
どちらかというと食事の量が平均的な──いや。成人男性にしては食欲が淡白な彼から、予想外の答えに名無しは面食らった。
「嫉妬深い男は嫌われるよ、神田」
「どちらかというと独占欲じゃない?アレン君」
つまり、そういうこと。
一応ヒソヒソ声ではあるが、隠す気もないのだろう。
解説のような顰めた声に苦笑いし、名無しは端正な顔を覗き込む。
「えっと…また神田さんの為に作りますから。ね?」
「………………次は鰤の照り焼きが食いてぇ。」
数秒の間の後。
不満そうだが、納得した声で。
神田の次なるリクエストを受け、小さなシェフはそっと胸を撫で下ろした。
「分かりました。献立、考えときますね。」
恋人食堂
アレンとリナリーの食事を用意しながら、名無しは気づく。
(これ、神田さんの偏食を直す機会なんじゃ?)
しかし彼女は知らない。
神田は、食に対して興味がなかったから、好物である蕎麦一択の偏食だったことを。
名無しの手料理を食べてからというものの、好物以外の食事も口恋しくなっていることを。
ただし、それは神田本人だけの秘密。
「名無しの飯が食いてぇ。」
げんなりと疲れた顔で、彼はそう呟いた。
書類の確認をしている神田の隣で、ハムスターのようにクッキーを頬張っていた名無しがきょとんと目を丸くする。
それと同時に、新しいクッキーを差し出し──
「はい、どうぞ。」
「……そうじゃねぇ。お前が、作った飯。」
腹ぺこだと判断したのだが、どうやら違ったようだ。
念を押すように言葉を返され、名無しは瞬きを二度繰り返した。
「私が?」
心外そうに問い返せば、真剣な顔で頷かれる。
神田に食事を振舞ったことは確かにあるが、特別美味しい料理ではなかったはず。
一人暮らしによくある、作り置きの常備菜と汁物とおかずの一汁三菜。
あまりレパートリーも多くはなかったし、大きな声では言えないが手間暇かからない献立だった。
それこそ料理長のジェリーの作った食事の方がよっぽど美味しいし、彼の好物である蕎麦だって当然のように出てくるのだが……。
「大したものを作った記憶がないんですけど…何が食べたいんですか?」
「蓮根のきんぴら。」
まさかの副菜。
……しかし思い返せばピリ辛の味付けがお気に召したのか、白いご飯のおかずによく食べていた気もする。
黒の教団に所属する人種は多種多様だが、少なくとも教団本部では純粋な日本人は名無しただ一人だ。
需要がないためか、ジェリーの和食メニューは中華や洋食に比べ少ない。
日本がアクマの巣窟になったせいもあり、世界的に見ても日本人自体珍しい存在になったのだから、当然の結果なのだが。
(日本食が恋しいのかな)
……とまぁ、肝心の名無しは当たらずとも遠からずな勘違いをしている。
神田にとって名無しの作る料理なら和洋中なんでもいいのだが、この指摘は蛇足だろう。
「ジェリーさんに厨房の端っこ、お借りできるか聞いてみますね。」
書類仕事で不機嫌な彼の表情が、僅かに和らいだ瞬間だった。
***
「うめぇ。」
「よかったです。」
夕食時。食堂の受け取り口付近のテーブルにて。
トレイの上に並んだ、一汁三菜の夕食。
真っ先に箸を伸ばしたきんぴらをポリポリと咀嚼しつつ、神田は満足そうに眉間を綻ばせる。
久しぶりに包丁を握った上、レシピもうろ覚えだったが、無事満足して頂けたようだ。
そして、それを目敏く見つける人影が一人。
食堂の受け取り口へ何往復もする『彼』が、そんな特別メニューに気づかないはずもなく。
「いいなぁ、神田。美味しそう。何食べてるの?」
「出たな、白ハイエナ。」
「モヤシよりも傷つく罵倒やめてくれる?」
心底嫌そうな表情を一瞬浮かべた後、神田の夕食メニューを見て腹の虫を鳴かせるアレン。
洋食の華やかさはないものの、彩りもそれなりに考えられた和食を見て、アレンはもう一度腹の虫を鳴らしてしまった。
「えぇっと……鮭のホイル焼きと、椎茸と人参のすまし汁、ほうれん草の胡麻和えと…蓮根のきんぴらのメニューです。」
鮭のホイル焼きにはワサビとマヨネーズと醤油を合わせたソースも添えられている。
味変するにはちょうどいい、大人向けのピリッとした味付けだ。
「名無しが作ったんですか?」
「た、大したものじゃないので、あまり見られると恥ずかしいです…」
下味をつけるだとか、弱火でじっくり煮込むだとか、手間のかかる工程のない簡単な和食だ。
お腹が減る匂いが立ちこめる厨房のすみっこで、そそくさと作った献立なので特別誇れるものでもない。
……とはいえ、手を抜いたわけではない。
ただ、自分の出来る精一杯とはいえ、プロの料理人と同じ厨房で作るのが、なんだか肩身がほんのちょっと狭く、心がむず痒がっただけで。
「それ、同じのまだあるかしら?」
「あ、リナリー。」
アレンの背後から、黒髪を揺らして顔を出したリナリー。
和食に興味があるのか、名無しが作った食事に興味があるのか。恐らく両方だろう。
「う、うん。ジェリーさんが『私の分も作って』って言うから、多めには作ったけど…」
「私も同じメニュー食べたいわ。いいかしら?」
神田の眉間のシワがひとつ増えたことに、誰も気づかない。
名無しはというと照れくさそうにはにかみながら、腰を下ろしていた椅子から立ち上がる。
「じゃあ、すぐ持ってくるね」
「はい!僕も!僕も食べる!」
「お前は却下だ。」
今にも涎が垂れそうなアレンが、授業参観の小学生のように元気よく挙手をする──が、神田の不機嫌そうな声によって遮られてしまった。
「何それ!ケチ!ドケチ神田!」
「お前が食ったら全部食い尽くすだろうが。」
「失礼な。僕だって少しは弁えるよ。神田のおかわり分がなくなるだけで。」
「あ゙?」
つまり一人前では済まないようだ。
『ホイル焼きの材料まだあったかな…』と内心焦りながら、地を這うような声を上げた師を名無しは慌てて宥めた。
「ま、まぁまぁ。神田さん、いいじゃないですか。もしかして、その量じゃ足りませんでしたか…?追加で作りましょうか?」
「……足りねぇことはねぇが。」
一拍呼吸を置き、神田は口を開く。
「俺のために作った飯だろ。俺が全部食う。」
ムスッと不機嫌──というより、拗ねたように。ふっくら焼けた鮭の身を解しながら、神田は当然かのように言い放った。
つまるところ、日本食に興味津々なジェリーにも、友人の手料理が食べたいリナリーにも、腹ぺこアレンにも…他人に食べさせるのが不本意らしい。
どちらかというと食事の量が平均的な──いや。成人男性にしては食欲が淡白な彼から、予想外の答えに名無しは面食らった。
「嫉妬深い男は嫌われるよ、神田」
「どちらかというと独占欲じゃない?アレン君」
つまり、そういうこと。
一応ヒソヒソ声ではあるが、隠す気もないのだろう。
解説のような顰めた声に苦笑いし、名無しは端正な顔を覗き込む。
「えっと…また神田さんの為に作りますから。ね?」
「………………次は鰤の照り焼きが食いてぇ。」
数秒の間の後。
不満そうだが、納得した声で。
神田の次なるリクエストを受け、小さなシェフはそっと胸を撫で下ろした。
「分かりました。献立、考えときますね。」
恋人食堂
アレンとリナリーの食事を用意しながら、名無しは気づく。
(これ、神田さんの偏食を直す機会なんじゃ?)
しかし彼女は知らない。
神田は、食に対して興味がなかったから、好物である蕎麦一択の偏食だったことを。
名無しの手料理を食べてからというものの、好物以外の食事も口恋しくなっていることを。
ただし、それは神田本人だけの秘密。