short story
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任務先の、とある宿にて。
目の前でサラリと揺れる、黒髪。
高々と結い上げられた神田の髪の毛先を見て、名無しは小さく声を上げた。
「あ。」
「どうした」
「神田さんも枝毛できるんだな、と思って。」
イノセンスの影響もあるのか名無しの視力はかなりいい。
傷んで枝分かれした毛先も見逃さず指摘すれば、「あぁ」と何の気なしに返事をする神田。
が、次にとった彼の行動に対し、名無しは大いに焦った。
壁に立てかけてあった六幻を手に取り、髪の毛先へ剃刀のように押し当てようとしているではないか。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「んだよ。」
「……いつも六幻で切ってるんですか?」
「切れりゃあいいんだろ?」
そういう問題なのだろうか。
確かに斬れ味は散髪用のハサミよりもいいかもしれない。
しかしイノセンスを、まさか枝毛を切り落とされることに使われるとは。
教団の誰しもが夢にも思っていない暴挙だろう。
そこで名無しは思い出した。
ラビが冗談半分で『ユウはクレ〇ザーで髪を洗っても平気そうさ』なんて笑っていたことを。
そして、彼の『雑』としか言いようのない入浴方法も。
「あの、もしかして髪を毎度石鹸で洗ってるっていう噂も、」
「洗えてんだから問題ねぇだろ。」
「……キシキシしません?」
「今は呪符で直る。」
信じられない。
洗髪を石鹸で行う人は一定数いる。
それは本人の好き嫌いや体質もある。なので真正面から否定するつもりはないが……。
この人のことだ。石鹸で洗えばきちんと石鹸用のリンスを湿布し、手入れが必要なことすら知らないのだろう。
仮に知っていたとしても面倒くさがって行わないかもしれないが。
呪符の効果にあぐらをかいている──と言えば人聞きが悪いのだが、どうも神田は自分のことに対して無頓着が過ぎる。
彼の綺麗な黒髪が、まさかそんな方法で痛めつけられているとは知らなかった名無しは、意を決したように大きく頷いた。
「分かりました。神田さんがそうおっしゃるつもりなら、こっちも考えがあります。」
バスタイムの心得
一通りの任務も終わり、明日この街を発つことになった。
宿へ戻る帰り道、名無しが『今日お風呂ご一緒していいですか?』なんて言うものだから、流石の神田も期待したのだ。
何せ明日は帰るのみ。
今回は方舟を使わない帰路のため、のんびり鉄道に揺られて本部へ戻るだけの日程だ。
つまりほぼ休日と言っても差し当たりない。
だから。つまり。
有り体に言えば期待していたのだ。下心を含んだ意味で。
「お邪魔します!」
意気揚々とバスルームへやってきたのは、団服を脱いでシャツ一枚になった彼女の姿。
袖を捲りあげ、名無しが愛用しているシャンプーとトリートメントを抱え、満面の笑みでこう言い放った。
「シャンプー、しますね!」
「…………オイ、風呂入るんじゃねぇのかよ。」
「?、神田さんの髪を洗おうかと思って。」
──どうやら解釈違いだったらしい。
少なからず期待していた神田は心底項垂れた。
それはもうガックリと額に手を当て、己の浅はかさと彼女の鈍さに呆れ返って。
よく考えたら恥ずかしがり屋の名無しが一緒に風呂へ入るなんてあり…えなくもないが、残念ながら誘われた前例がない。
神田がシャワー室へ押し込むことや、真っ赤に顔を染めた彼女を抱えて入ったことは何度もあるが、名無しからの『お誘い』は今までなかった。
それでも『もしかして』と期待してしまうのは男の性か、それだけ彼女に溺れているからか。真相は神田本人のみぞ知る。
「あの、神田さん?」
「…………好きにしてくれ。」
「はい!」
持って入っていたタオルを腰にかけ、神田は諦めたように下を向く。
下心など微塵もなかった名無しはというと、それはもう嬉しそうな声で溌剌と返事をした。
***
最初から湯をかけられるかと思いきや、まさかの髪を梳かれる行程が入る。
「髪が絡まりにくくなるんですよ」と言いながら名無しは機嫌よく言った。
されるがままの神田は広めのバスタブの中で胡座をかき、大腿の上で頬杖をついたまま、ひたすらに目を閉じて燻る煩悩を断ち切っていた。
梳かれたあとは漸くシャワーで髪を濡らされた。
湯を含んだ髪は、酷く重い。
普段は髪の重さなど気にしたことすらないが、風呂となれば話は別だ。
お世辞にもこの重だるさが心地いいとは言えず、備え付けの石鹸で適当に洗うのがいつものルーチンだったのだが──。
わしゃわしゃ、くしゃくしゃ。
髪が擦れる音とは違う、髪と地肌の合間を埋めていく軽やかな音。
泡立てられたシャンプー剤を纏った名無しの指が、頭皮を揉み込むように洗いほぐす。
「毛先は痛みやすいので、後からしっかりトリートメントしましょうね」なんて声が聞こえるが、予想以上の心地良さについ生返事を返してしまう。
他人に触れられることがなかった頭皮は思っていた以上に凝り固まっていたのか、程よい揉み心地の指先に気の抜けた声が出そうになった。
少し前、コムイがリナリーに肩もみをしてもらっている時、間抜けな声を出していた姿を見て『情けねぇ』と内心鼻で笑っていたが、もうこれは笑えない。少し悔しい。
「洗い足りないところはありませんか?」
名無しの声が頭上から降ってくる。
満遍なく洗う丁寧な所作に、正直言うと洗い足りないところはないのだが、『大丈夫だ』と答えれば直ぐに終わってしまう予感がした。
それは勿体ない気がして──
「……もう少し、そのまま」
思わず口から零れた呟き。
名無しの纏う空気が僅かに綻び、「はい。」とやさしい返事がバスルームへ響いた。
***
「神田さん、神田さん。」
トントンと肩を揺さぶる声で、微睡むような転寝から目が覚める。
目の前には己の膝。濡れタオルが掛かった下腹部。排水口へ流れる湯と、僅かに足元へ残った泡。
「終わりましたよ。……大丈夫です?疲れてました?」
神田を覗き込む名無しの表情は、髪を洗う前の機嫌の良さはなりを潜め、心配そうに眉を寄せていた。
「……寝てたのか」
「返事がなかったので、恐らく」
シャンプーの入った小瓶をしまいながら名無しが小さく頷く。
転寝してしまったことが失態……とまでは言わないが、まさかこんなにも『髪を洗ってもらう』という行為が心地いいものだとは、神田にとって予想外だった。
「お背中も流しましょうか?」
小さく首を傾げ、名無しが問う。
「……頼む。」
「はい。」
疲れが溜まっていたのだろう。そう自分に言い聞かせて、神田は素直に背中を預ける。
いつにも増して甘えたな恋人に対して、悪い感情が沸くわけがない。
名無しは浮かべた笑みを綻ばせ、持参した石鹸を丁寧に泡立てるのであった。
→NEXT Normal END or R-18…?
目の前でサラリと揺れる、黒髪。
高々と結い上げられた神田の髪の毛先を見て、名無しは小さく声を上げた。
「あ。」
「どうした」
「神田さんも枝毛できるんだな、と思って。」
イノセンスの影響もあるのか名無しの視力はかなりいい。
傷んで枝分かれした毛先も見逃さず指摘すれば、「あぁ」と何の気なしに返事をする神田。
が、次にとった彼の行動に対し、名無しは大いに焦った。
壁に立てかけてあった六幻を手に取り、髪の毛先へ剃刀のように押し当てようとしているではないか。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「んだよ。」
「……いつも六幻で切ってるんですか?」
「切れりゃあいいんだろ?」
そういう問題なのだろうか。
確かに斬れ味は散髪用のハサミよりもいいかもしれない。
しかしイノセンスを、まさか枝毛を切り落とされることに使われるとは。
教団の誰しもが夢にも思っていない暴挙だろう。
そこで名無しは思い出した。
ラビが冗談半分で『ユウはクレ〇ザーで髪を洗っても平気そうさ』なんて笑っていたことを。
そして、彼の『雑』としか言いようのない入浴方法も。
「あの、もしかして髪を毎度石鹸で洗ってるっていう噂も、」
「洗えてんだから問題ねぇだろ。」
「……キシキシしません?」
「今は呪符で直る。」
信じられない。
洗髪を石鹸で行う人は一定数いる。
それは本人の好き嫌いや体質もある。なので真正面から否定するつもりはないが……。
この人のことだ。石鹸で洗えばきちんと石鹸用のリンスを湿布し、手入れが必要なことすら知らないのだろう。
仮に知っていたとしても面倒くさがって行わないかもしれないが。
呪符の効果にあぐらをかいている──と言えば人聞きが悪いのだが、どうも神田は自分のことに対して無頓着が過ぎる。
彼の綺麗な黒髪が、まさかそんな方法で痛めつけられているとは知らなかった名無しは、意を決したように大きく頷いた。
「分かりました。神田さんがそうおっしゃるつもりなら、こっちも考えがあります。」
バスタイムの心得
一通りの任務も終わり、明日この街を発つことになった。
宿へ戻る帰り道、名無しが『今日お風呂ご一緒していいですか?』なんて言うものだから、流石の神田も期待したのだ。
何せ明日は帰るのみ。
今回は方舟を使わない帰路のため、のんびり鉄道に揺られて本部へ戻るだけの日程だ。
つまりほぼ休日と言っても差し当たりない。
だから。つまり。
有り体に言えば期待していたのだ。下心を含んだ意味で。
「お邪魔します!」
意気揚々とバスルームへやってきたのは、団服を脱いでシャツ一枚になった彼女の姿。
袖を捲りあげ、名無しが愛用しているシャンプーとトリートメントを抱え、満面の笑みでこう言い放った。
「シャンプー、しますね!」
「…………オイ、風呂入るんじゃねぇのかよ。」
「?、神田さんの髪を洗おうかと思って。」
──どうやら解釈違いだったらしい。
少なからず期待していた神田は心底項垂れた。
それはもうガックリと額に手を当て、己の浅はかさと彼女の鈍さに呆れ返って。
よく考えたら恥ずかしがり屋の名無しが一緒に風呂へ入るなんてあり…えなくもないが、残念ながら誘われた前例がない。
神田がシャワー室へ押し込むことや、真っ赤に顔を染めた彼女を抱えて入ったことは何度もあるが、名無しからの『お誘い』は今までなかった。
それでも『もしかして』と期待してしまうのは男の性か、それだけ彼女に溺れているからか。真相は神田本人のみぞ知る。
「あの、神田さん?」
「…………好きにしてくれ。」
「はい!」
持って入っていたタオルを腰にかけ、神田は諦めたように下を向く。
下心など微塵もなかった名無しはというと、それはもう嬉しそうな声で溌剌と返事をした。
***
最初から湯をかけられるかと思いきや、まさかの髪を梳かれる行程が入る。
「髪が絡まりにくくなるんですよ」と言いながら名無しは機嫌よく言った。
されるがままの神田は広めのバスタブの中で胡座をかき、大腿の上で頬杖をついたまま、ひたすらに目を閉じて燻る煩悩を断ち切っていた。
梳かれたあとは漸くシャワーで髪を濡らされた。
湯を含んだ髪は、酷く重い。
普段は髪の重さなど気にしたことすらないが、風呂となれば話は別だ。
お世辞にもこの重だるさが心地いいとは言えず、備え付けの石鹸で適当に洗うのがいつものルーチンだったのだが──。
わしゃわしゃ、くしゃくしゃ。
髪が擦れる音とは違う、髪と地肌の合間を埋めていく軽やかな音。
泡立てられたシャンプー剤を纏った名無しの指が、頭皮を揉み込むように洗いほぐす。
「毛先は痛みやすいので、後からしっかりトリートメントしましょうね」なんて声が聞こえるが、予想以上の心地良さについ生返事を返してしまう。
他人に触れられることがなかった頭皮は思っていた以上に凝り固まっていたのか、程よい揉み心地の指先に気の抜けた声が出そうになった。
少し前、コムイがリナリーに肩もみをしてもらっている時、間抜けな声を出していた姿を見て『情けねぇ』と内心鼻で笑っていたが、もうこれは笑えない。少し悔しい。
「洗い足りないところはありませんか?」
名無しの声が頭上から降ってくる。
満遍なく洗う丁寧な所作に、正直言うと洗い足りないところはないのだが、『大丈夫だ』と答えれば直ぐに終わってしまう予感がした。
それは勿体ない気がして──
「……もう少し、そのまま」
思わず口から零れた呟き。
名無しの纏う空気が僅かに綻び、「はい。」とやさしい返事がバスルームへ響いた。
***
「神田さん、神田さん。」
トントンと肩を揺さぶる声で、微睡むような転寝から目が覚める。
目の前には己の膝。濡れタオルが掛かった下腹部。排水口へ流れる湯と、僅かに足元へ残った泡。
「終わりましたよ。……大丈夫です?疲れてました?」
神田を覗き込む名無しの表情は、髪を洗う前の機嫌の良さはなりを潜め、心配そうに眉を寄せていた。
「……寝てたのか」
「返事がなかったので、恐らく」
シャンプーの入った小瓶をしまいながら名無しが小さく頷く。
転寝してしまったことが失態……とまでは言わないが、まさかこんなにも『髪を洗ってもらう』という行為が心地いいものだとは、神田にとって予想外だった。
「お背中も流しましょうか?」
小さく首を傾げ、名無しが問う。
「……頼む。」
「はい。」
疲れが溜まっていたのだろう。そう自分に言い聞かせて、神田は素直に背中を預ける。
いつにも増して甘えたな恋人に対して、悪い感情が沸くわけがない。
名無しは浮かべた笑みを綻ばせ、持参した石鹸を丁寧に泡立てるのであった。
→NEXT Normal END or R-18…?