short story
名前変換
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彼女には、苦手なことがある。
「う、へ、…また失敗した……」
天井を向いたままティッシュで目元を拭き取る。
片手には点眼薬。つまり、目薬。
寄生型で、しかも眼球自体がイノセンスである。
当然の事ながらメンテナンスが容易ではない。医療の領域になってくるからだ。
負傷することは滅多いないが、本人曰く『目が疲れる』とのこと。
それを聞いた科学班が腕によりをかけ作成したのが、彼女が今手に持っている目薬だった。
余談だが、コムイ監修──だけでは心許ないので、リーバーが検品、ジョニーが恐る恐る一週間試したものなので、高い安全性がお墨付きである。
別にイノセンスの負担を軽減するとか特別なものではない。眼精疲労を軽減する、ただの目薬だ。
さて。そこまではよかった。
よかったの、だが。
「下手だな。」
「私もそう思います…」
毎度毎度一滴丸々眼球に入らず、瞼や目頭、涙袋と目測を外してしまっている。
そう。名無しは目薬をさすのが劇的に下手だったのだ。
「リナリーにさしてもらおうかな…」
泣き腫らしたあとのように目元をティッシュで押さえながら、独り言のように名無しが呟く。
……どうしてそこでリナリーの名前が出てくるのか。
それは同性で、親しく、嫌な顔ひとつせず二つ返事で了承してくれる理由に他ならない。
頭では理解できているが、『どうしてそこで俺の名前が出てこないんだ』という理不尽な不満がじわりと滲む。
「やってやろうか?」
「か、神田さんがですか?」
なんだ、その反応は。
「目薬くらいさせる。」
「……でも使ったことはないんでしょう?」
「縁遠かったからな。」
目に毒を喰らおうと呪符の効果で瞬く間に直っていたから、確かに目薬なんてものは使ったことがない。
それでも、彼女に何かするのは俺でいたい。
決して、世話を焼くなんて甲斐甲斐しく綺麗なものではない。
これは子供じみた独占欲そのものだ。
「……えぇと、じゃあお願いします。」
数秒考えた後、名無しが遠慮がちに目薬を渡してきた。
簡単だ。目に垂らしてやればいいんだろ。
椅子に座った名無しは首が痛くなりそうなくらい目いっぱい顔を上へ向ける。
本当に目薬が苦手なのか、はたまた他人に目薬をさすどころか人生初の点眼行為をする俺に対して緊張しているのか、いつも朗らかに笑う彼女の表情はいつもより強ばっていた。
「名無し。」
名前を、呼ぶ。
顔を遠慮なく覗き込めば、くるりとした黒い双眸と視線が絡む。
俺の髪がさらりと名無しを取り囲み、まるでベッドの天蓋とカーテンのようだった。
「こっち見ろ。」
彼女の顔に影が落ちる。
髪の帳が降りれば名無しの視線を独り占めできる、二人だけの世界のようだった。
「神田さ、びゃっ」
ぴっ、ぴっ。
一滴、二滴と彼女の両目に目薬を垂らせば、名無しの口から猫がしっぽを踏まれたような声が零れた。
……あのまま見てたらキスするとこだった。危ねぇ。
「う……せめて、一言欲しかったです…」
「悪いな。でもちゃんと入っただろ?」
「は、はい、ありがとうございます。……間隙を突くって、こういうことなんですかね…」
名無しから一歩身を引けば、瞬きを繰り返して目元をしょもしょもさせながら、溢れた点眼薬をティッシュで拭き取る姿が視界に入る。
……一見すればべそをかいて泣いているようにも見え、普段なるべく抑えている加虐心が腹の底でムクリと疼いた。
(……やっぱりキスしてぇ。)
漆黒の帳
神田さんが顔を覗き込んできた時。
夜になったかのように薄暗くなる景色と、上等なカーテンよりも滑らかな黒髪に覆われた私と彼。
神田さんの髪が長いから当然だし、あれは目薬をさしてくれるためだと分かっている。
わかって、いたのだけど。
(キスされるかと思った)
思い上がりに近い勘違いをしてしまった。
だが、燻るような自責の念とは裏腹に、叩くような心拍数はまだ暫く落ち着かなかった。
「う、へ、…また失敗した……」
天井を向いたままティッシュで目元を拭き取る。
片手には点眼薬。つまり、目薬。
寄生型で、しかも眼球自体がイノセンスである。
当然の事ながらメンテナンスが容易ではない。医療の領域になってくるからだ。
負傷することは滅多いないが、本人曰く『目が疲れる』とのこと。
それを聞いた科学班が腕によりをかけ作成したのが、彼女が今手に持っている目薬だった。
余談だが、コムイ監修──だけでは心許ないので、リーバーが検品、ジョニーが恐る恐る一週間試したものなので、高い安全性がお墨付きである。
別にイノセンスの負担を軽減するとか特別なものではない。眼精疲労を軽減する、ただの目薬だ。
さて。そこまではよかった。
よかったの、だが。
「下手だな。」
「私もそう思います…」
毎度毎度一滴丸々眼球に入らず、瞼や目頭、涙袋と目測を外してしまっている。
そう。名無しは目薬をさすのが劇的に下手だったのだ。
「リナリーにさしてもらおうかな…」
泣き腫らしたあとのように目元をティッシュで押さえながら、独り言のように名無しが呟く。
……どうしてそこでリナリーの名前が出てくるのか。
それは同性で、親しく、嫌な顔ひとつせず二つ返事で了承してくれる理由に他ならない。
頭では理解できているが、『どうしてそこで俺の名前が出てこないんだ』という理不尽な不満がじわりと滲む。
「やってやろうか?」
「か、神田さんがですか?」
なんだ、その反応は。
「目薬くらいさせる。」
「……でも使ったことはないんでしょう?」
「縁遠かったからな。」
目に毒を喰らおうと呪符の効果で瞬く間に直っていたから、確かに目薬なんてものは使ったことがない。
それでも、彼女に何かするのは俺でいたい。
決して、世話を焼くなんて甲斐甲斐しく綺麗なものではない。
これは子供じみた独占欲そのものだ。
「……えぇと、じゃあお願いします。」
数秒考えた後、名無しが遠慮がちに目薬を渡してきた。
簡単だ。目に垂らしてやればいいんだろ。
椅子に座った名無しは首が痛くなりそうなくらい目いっぱい顔を上へ向ける。
本当に目薬が苦手なのか、はたまた他人に目薬をさすどころか人生初の点眼行為をする俺に対して緊張しているのか、いつも朗らかに笑う彼女の表情はいつもより強ばっていた。
「名無し。」
名前を、呼ぶ。
顔を遠慮なく覗き込めば、くるりとした黒い双眸と視線が絡む。
俺の髪がさらりと名無しを取り囲み、まるでベッドの天蓋とカーテンのようだった。
「こっち見ろ。」
彼女の顔に影が落ちる。
髪の帳が降りれば名無しの視線を独り占めできる、二人だけの世界のようだった。
「神田さ、びゃっ」
ぴっ、ぴっ。
一滴、二滴と彼女の両目に目薬を垂らせば、名無しの口から猫がしっぽを踏まれたような声が零れた。
……あのまま見てたらキスするとこだった。危ねぇ。
「う……せめて、一言欲しかったです…」
「悪いな。でもちゃんと入っただろ?」
「は、はい、ありがとうございます。……間隙を突くって、こういうことなんですかね…」
名無しから一歩身を引けば、瞬きを繰り返して目元をしょもしょもさせながら、溢れた点眼薬をティッシュで拭き取る姿が視界に入る。
……一見すればべそをかいて泣いているようにも見え、普段なるべく抑えている加虐心が腹の底でムクリと疼いた。
(……やっぱりキスしてぇ。)
漆黒の帳
神田さんが顔を覗き込んできた時。
夜になったかのように薄暗くなる景色と、上等なカーテンよりも滑らかな黒髪に覆われた私と彼。
神田さんの髪が長いから当然だし、あれは目薬をさしてくれるためだと分かっている。
わかって、いたのだけど。
(キスされるかと思った)
思い上がりに近い勘違いをしてしまった。
だが、燻るような自責の念とは裏腹に、叩くような心拍数はまだ暫く落ち着かなかった。