short story
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「「「ジェリーさん!トリックオアトリート!」」」
「来たわね大食らい達。さあ、特製パンプキンタルトを用意したわよ!」
大きなタルトに歓喜するのはアレンとティモシー、名無しだ。
寄生型イノセンス三人組は、ツヤツヤとしたパンプキンタルトを目の前に子供のようにはしゃいでいた。
一応、全員未成年であると一言添えておこう。
「…まるでガキだな」
「ユウ、一応みーんな未成年さ~」
ティーンズがはしゃぐ姿を遠巻きに見ているのは二十歳組だ。
呆れたように頬杖をつきながら茶を啜る神田と、食後のコーヒーを飲みながら新聞を読むラビ。
恐らく神田が言っている嫌味は、一際頭一つ背丈の高いアレンに対してだろう。
見た目はしっかりとした青年だが彼も一応未成年だ。ハロウィンを楽しんでも誰も咎めはしない。
…まぁ彼の場合は大人になったとしてもお菓子が貰えるイベントだ。無条件で参加するだろうけども。
「いつも悪霊みたいなのと殺り合ってるのにハロウィンとはな。」
「まぁまぁ。ユウもイベントは楽しまないと損さぁ」
ヴァチカンに所属しているとはいえ、宗教的なイベントすら関心のない神田からしたら『ハロウィン』は周りがただ単に騒がしくなるだけの日だった。
…そう。だったのだ。
つまり、過去形。
「ラビさん、トリックオアトリートです!お菓子くださーい!」
「お。来たな、名無し。アレンとティモシーには朝会った時にあげたからなぁ。来ないかと思ったさー」
団服のポケットから取り出すのは、色とりどりのキャンディ。
カラフルな砂糖菓子に目を輝かせるあたり、いくら考え方が大人びているとはいえ、やはりまだまだ名無しは子供なのだと実感する。
「神田さんもラビさんも、パンプキンタルト食べますか?少し持ってきたんです、美味しいですよ!」
にこにこと上機嫌で笑いながら名無しが皿をテーブルに置く。
きちんと切り分けられたパンプキンタルトはほんのりキャラメリゼされ、ほっくりとした南瓜色が目に眩しい。
「おー美味そうさー」
「カボチャの自然な甘さが最高でした!神田さんも召し上がれる甘さだと思いますよ!」
無邪気な笑顔で、その洋菓子の美味しさを師へ語る弟子。
テーブルに座っている神田がポケットへ手を入れていることに、彼女は気づかない。
「名無しー、次はリーバー班長にせびりに行こうよー」
「あ、うん!じゃあ失礼します!」
ティモシーに呼ばれ、くるりと踵を返す名無し。
小さな背中が、食堂の人波に消えるのは一瞬だった。
「………もしかしてユウ、お菓子用意してたんさ?」
少し憐れむような視線でラビが隣を見遣るが、神田は明後日を向いたまま沈黙を貫く。
それなりに付き合いが長く、人間観察力に長けているラビは一瞬で感づいた。
これは、
(珍しい。ユウが拗ねてるさ)
可愛い弟子であり妹分であり、小さな恋人にお菓子をせがまれなかったのがそんなに不満だったのか。
隣の万年仏頂面剣士は沈黙を守ったまま足早に席を立つ。
怒っているわけではないが、不機嫌であることには変わりない。こういう時は触らぬ神田にナントヤラ・だ。
(まぁ、誰もユウがお菓子を用意してるなんて思うわけないか。)
それは恐らく名無しも例外ではない。
最もリスペクトしている師匠が甘い物をあまり好まないことくらい、彼女の中では常識だろうから。
にも関わらず、ちゃんと用意していた。あの神田が。
以前の彼では天地がひっくり返っても考えられないことだ。
(…ま、いい変化ってことで。)
他人に興味が薄かった神田がこうも変わっていく様子は見ていて微笑ましく、正直面白い。
そんな人間観察をしていると本人が知ったら烈火の如く怒るのは目に見えているのだが。
だからこそ、これはラビひとりだけの小さな楽しみでもある。
「さて。名無しはちゃーんと言えるのかねぇ」
彼女の置き土産であるパンプキンタルトを大きな口で一口齧った。うん。美味しい。
***
今日は大漁だった。
まさか本場・ヨーロッパではこんなにお菓子が貰えるとは。
自室に置いたお菓子の保管箱へ本日の戦利品をしまい、私は満ち足りた気持ちで談話室で本を読んでいた。
肌寒くなった10月下旬。
教団は古めかしい内装の割に、各部屋へ暖房機器はバッチリ完備されている。
が、それでも今は半端な季節だ。
わざわざ暖を点ける程でもなく、かといってつけなければ少し肌寒い。
だから、程よく温まった快適な談話室で日課の読書をしていた。
手に持っているのは、ここへ来た時に一度読んだ本だ。
しかし英語に慣れ親しんだ今では、前とは違った意味で読み取れる文章がいくつもある。新しい発見・といえばいいのか。
自分の英語力の上達を実感できるし、何よりも新しい解釈を発見できるのが楽しく、何度も同じ本を時間を開けて読んでいる。
お気に入りの本なら、尚更。
(リナリーから貰えたチョコは美味しそうだったなぁ。明日、鍛錬の後に食べよっと。)
お菓子ひとつで心が浮き足立つなんて、我ながら現金で、子供っぽくて、単純だと思う。
けれど楽しみなものは楽しみなのだ。
こっちに来てから空腹度合いが半端ないせいか、食欲はグングン伸びる一方だった。
「ここに居たのか。」
コツ・と聞き慣れたブーツの足音が背後から聞こえてくる。
低く涼しげな声。
呆れたような、少しだけ安堵したような色が混じった彼の声が、私は好きだ。
「あ。神田さん。」
遠慮なく頭上を見上げれば、いつもは高々と結い上げられているポニーテールはゆるりと髪紐で結われているだけだった。
ふわりと香る石鹸の匂いが擽ったい。きっと風呂から出たばかりなのだろう。
「風呂は?」
「入りましたよぅ。後は本を読んで寝るだけですよ」
まるで母親のような物言いに私は思わず笑ってしまった。
優しくない・と周りは言うけれど、この人は不器用なだけで面倒見は悪くない。
むしろ最後まで投げ出さないタイプなので、下手するとかなり面倒見がいい方なのでは?と最近思ってしまう。
私が座っているソファの隣に深く腰掛ける神田さん。
彼の反対側に積み上げていた本が僅かに揺れるが、二・三冊積み上げただけの本の山は崩れることはなかった。
「…何で俺には言わなかったんだよ。」
少しの沈黙の後。
ぽそりとボヤくように、ちょっとだけ不機嫌そうに。神田さんはそっと抗議してきた。
…言わなかった?
なんのことだろう……?
「あ。」
お昼の出来事だ。
確かに今日だけの特別な口上を彼には言っていない。
なにせ『お菓子か悪戯か』なんて、一種の脅し文句だ。
お菓子もきっと持ってなんかいないし、かといって悪戯するにはハードルが高すぎる。
だから声をかけなかったのだが…
「…もしかして、用意してくださっていたんですか?」
「………一人分だけだ。」
端正な顔を覗き込めば、わざとらしくふいっと視線を逸らされる。
まさか。神田さんが用意してくれているとは。
アレンさんもティモシーくんも『神田がハロウィンに興味あるとは思えない』と満場一致だったというのに。
これは…自惚れていいのだろうか?
「えへへ…神田さん、トリックオアトリート!」
「ん。」
短くそっけない返事をした後、予め用意していたお菓子をポケットから取り出す。これまた可愛らしくラッピングされたクッキーだ。
いつ私に『今日だけの決まり文句』を言われてもいいように、今日一日ポケットへ入れていたのだろうか。
少しクシャクシャになった包装すら嬉しく思う。
「わ。美味しそう!頂いてもいいですか!?」
「あぁ。」
ラッピングを破らないよう、ぺたりと貼られたジャック・オ・ランタンのシールを丁寧に剥がす。
…ハロウィン用のラッピングとはいえ、わざわざこれを買いに行ったのだろうか。
イベントが苦手であろう彼が、このお菓子を買っている様子を思い浮かべるだけでお腹いっぱいになってしまいそうだった。
「美味しいです!」
「そりゃ何よりだ」
本に食べかすが挟まらないよう、栞を挟んで丁寧に閉じた。
サクサクとした軽い食感のクッキーは、ふんわり香るバターの風味が芳ばしく、美味しいの一言に尽きた。
「神田さんも一枚どうですか?」
「…………………俺はいい。」
少し考えた後、遠慮する彼。
こういう時はもう一度勧めても断られるのが分かりきっている。
だからこそ、私は遠慮なくクッキーをペロリと平らげてしまったのだ。
そう。後悔することになったのは…すぐだった。
「ごちそうさまです、神田さん!」
「美味かったか?」
「はい!」
「そうか。」
「……名無し。」
「はい?」
「トリックオアトリート。」
…あぁ。美人が笑っているというのに、この凶悪な笑みはなんだろう。
神田さんがニタリと笑い、手を差し出してくる。
これはつまり、お菓子を寄越せ・と。
…マズい。今持っているのは、ハードカバーの本と、栞と、先程完食したクッキーの袋だけだ。
「ちょ、ちょっと待ってください、神田さん。部屋に戻ったら以前任務先で買ったお菓子があるので、」
「今ねぇのか?」
「な、ないです…」
油断していた。
今日はお菓子ハンター…つまり『貰う側』なのだと完全に思っていた。
私は失念していたのだ。もしかしたらあげる側になるかもしれない可能性を。
もちろん、お昼は配る用のお菓子を持っていたし、あげたりもした。あぁそうさ、お菓子の交換は楽しかった。
だが今は違う。完全に油断していた。
「じゃあイタズラだな」
「ま、待ってくださ、ひゃ、わっ!」
制止の声も虚しく、私は呆気なく談話室のソファへ押し倒された。
ふかふかのソファの座面は背中に。
積んでいた本は無残に床へ落下している。
ぐるりと回った世界には、意地悪く笑う神田さんの顔と高い高い天井が視界をいっぱいに埋め尽くしていた。
「覚悟しろ、名無し。」
…あぁ。やっぱり彼の笑顔は犯罪的だ。
Halloween melancholic
結局、雨嵐のように降ってくる口付けに呆気なく骨抜きにされてしまい…
お菓子の代わりに美味しく食べられてしまう話は、また別の機会に。
「来たわね大食らい達。さあ、特製パンプキンタルトを用意したわよ!」
大きなタルトに歓喜するのはアレンとティモシー、名無しだ。
寄生型イノセンス三人組は、ツヤツヤとしたパンプキンタルトを目の前に子供のようにはしゃいでいた。
一応、全員未成年であると一言添えておこう。
「…まるでガキだな」
「ユウ、一応みーんな未成年さ~」
ティーンズがはしゃぐ姿を遠巻きに見ているのは二十歳組だ。
呆れたように頬杖をつきながら茶を啜る神田と、食後のコーヒーを飲みながら新聞を読むラビ。
恐らく神田が言っている嫌味は、一際頭一つ背丈の高いアレンに対してだろう。
見た目はしっかりとした青年だが彼も一応未成年だ。ハロウィンを楽しんでも誰も咎めはしない。
…まぁ彼の場合は大人になったとしてもお菓子が貰えるイベントだ。無条件で参加するだろうけども。
「いつも悪霊みたいなのと殺り合ってるのにハロウィンとはな。」
「まぁまぁ。ユウもイベントは楽しまないと損さぁ」
ヴァチカンに所属しているとはいえ、宗教的なイベントすら関心のない神田からしたら『ハロウィン』は周りがただ単に騒がしくなるだけの日だった。
…そう。だったのだ。
つまり、過去形。
「ラビさん、トリックオアトリートです!お菓子くださーい!」
「お。来たな、名無し。アレンとティモシーには朝会った時にあげたからなぁ。来ないかと思ったさー」
団服のポケットから取り出すのは、色とりどりのキャンディ。
カラフルな砂糖菓子に目を輝かせるあたり、いくら考え方が大人びているとはいえ、やはりまだまだ名無しは子供なのだと実感する。
「神田さんもラビさんも、パンプキンタルト食べますか?少し持ってきたんです、美味しいですよ!」
にこにこと上機嫌で笑いながら名無しが皿をテーブルに置く。
きちんと切り分けられたパンプキンタルトはほんのりキャラメリゼされ、ほっくりとした南瓜色が目に眩しい。
「おー美味そうさー」
「カボチャの自然な甘さが最高でした!神田さんも召し上がれる甘さだと思いますよ!」
無邪気な笑顔で、その洋菓子の美味しさを師へ語る弟子。
テーブルに座っている神田がポケットへ手を入れていることに、彼女は気づかない。
「名無しー、次はリーバー班長にせびりに行こうよー」
「あ、うん!じゃあ失礼します!」
ティモシーに呼ばれ、くるりと踵を返す名無し。
小さな背中が、食堂の人波に消えるのは一瞬だった。
「………もしかしてユウ、お菓子用意してたんさ?」
少し憐れむような視線でラビが隣を見遣るが、神田は明後日を向いたまま沈黙を貫く。
それなりに付き合いが長く、人間観察力に長けているラビは一瞬で感づいた。
これは、
(珍しい。ユウが拗ねてるさ)
可愛い弟子であり妹分であり、小さな恋人にお菓子をせがまれなかったのがそんなに不満だったのか。
隣の万年仏頂面剣士は沈黙を守ったまま足早に席を立つ。
怒っているわけではないが、不機嫌であることには変わりない。こういう時は触らぬ神田にナントヤラ・だ。
(まぁ、誰もユウがお菓子を用意してるなんて思うわけないか。)
それは恐らく名無しも例外ではない。
最もリスペクトしている師匠が甘い物をあまり好まないことくらい、彼女の中では常識だろうから。
にも関わらず、ちゃんと用意していた。あの神田が。
以前の彼では天地がひっくり返っても考えられないことだ。
(…ま、いい変化ってことで。)
他人に興味が薄かった神田がこうも変わっていく様子は見ていて微笑ましく、正直面白い。
そんな人間観察をしていると本人が知ったら烈火の如く怒るのは目に見えているのだが。
だからこそ、これはラビひとりだけの小さな楽しみでもある。
「さて。名無しはちゃーんと言えるのかねぇ」
彼女の置き土産であるパンプキンタルトを大きな口で一口齧った。うん。美味しい。
***
今日は大漁だった。
まさか本場・ヨーロッパではこんなにお菓子が貰えるとは。
自室に置いたお菓子の保管箱へ本日の戦利品をしまい、私は満ち足りた気持ちで談話室で本を読んでいた。
肌寒くなった10月下旬。
教団は古めかしい内装の割に、各部屋へ暖房機器はバッチリ完備されている。
が、それでも今は半端な季節だ。
わざわざ暖を点ける程でもなく、かといってつけなければ少し肌寒い。
だから、程よく温まった快適な談話室で日課の読書をしていた。
手に持っているのは、ここへ来た時に一度読んだ本だ。
しかし英語に慣れ親しんだ今では、前とは違った意味で読み取れる文章がいくつもある。新しい発見・といえばいいのか。
自分の英語力の上達を実感できるし、何よりも新しい解釈を発見できるのが楽しく、何度も同じ本を時間を開けて読んでいる。
お気に入りの本なら、尚更。
(リナリーから貰えたチョコは美味しそうだったなぁ。明日、鍛錬の後に食べよっと。)
お菓子ひとつで心が浮き足立つなんて、我ながら現金で、子供っぽくて、単純だと思う。
けれど楽しみなものは楽しみなのだ。
こっちに来てから空腹度合いが半端ないせいか、食欲はグングン伸びる一方だった。
「ここに居たのか。」
コツ・と聞き慣れたブーツの足音が背後から聞こえてくる。
低く涼しげな声。
呆れたような、少しだけ安堵したような色が混じった彼の声が、私は好きだ。
「あ。神田さん。」
遠慮なく頭上を見上げれば、いつもは高々と結い上げられているポニーテールはゆるりと髪紐で結われているだけだった。
ふわりと香る石鹸の匂いが擽ったい。きっと風呂から出たばかりなのだろう。
「風呂は?」
「入りましたよぅ。後は本を読んで寝るだけですよ」
まるで母親のような物言いに私は思わず笑ってしまった。
優しくない・と周りは言うけれど、この人は不器用なだけで面倒見は悪くない。
むしろ最後まで投げ出さないタイプなので、下手するとかなり面倒見がいい方なのでは?と最近思ってしまう。
私が座っているソファの隣に深く腰掛ける神田さん。
彼の反対側に積み上げていた本が僅かに揺れるが、二・三冊積み上げただけの本の山は崩れることはなかった。
「…何で俺には言わなかったんだよ。」
少しの沈黙の後。
ぽそりとボヤくように、ちょっとだけ不機嫌そうに。神田さんはそっと抗議してきた。
…言わなかった?
なんのことだろう……?
「あ。」
お昼の出来事だ。
確かに今日だけの特別な口上を彼には言っていない。
なにせ『お菓子か悪戯か』なんて、一種の脅し文句だ。
お菓子もきっと持ってなんかいないし、かといって悪戯するにはハードルが高すぎる。
だから声をかけなかったのだが…
「…もしかして、用意してくださっていたんですか?」
「………一人分だけだ。」
端正な顔を覗き込めば、わざとらしくふいっと視線を逸らされる。
まさか。神田さんが用意してくれているとは。
アレンさんもティモシーくんも『神田がハロウィンに興味あるとは思えない』と満場一致だったというのに。
これは…自惚れていいのだろうか?
「えへへ…神田さん、トリックオアトリート!」
「ん。」
短くそっけない返事をした後、予め用意していたお菓子をポケットから取り出す。これまた可愛らしくラッピングされたクッキーだ。
いつ私に『今日だけの決まり文句』を言われてもいいように、今日一日ポケットへ入れていたのだろうか。
少しクシャクシャになった包装すら嬉しく思う。
「わ。美味しそう!頂いてもいいですか!?」
「あぁ。」
ラッピングを破らないよう、ぺたりと貼られたジャック・オ・ランタンのシールを丁寧に剥がす。
…ハロウィン用のラッピングとはいえ、わざわざこれを買いに行ったのだろうか。
イベントが苦手であろう彼が、このお菓子を買っている様子を思い浮かべるだけでお腹いっぱいになってしまいそうだった。
「美味しいです!」
「そりゃ何よりだ」
本に食べかすが挟まらないよう、栞を挟んで丁寧に閉じた。
サクサクとした軽い食感のクッキーは、ふんわり香るバターの風味が芳ばしく、美味しいの一言に尽きた。
「神田さんも一枚どうですか?」
「…………………俺はいい。」
少し考えた後、遠慮する彼。
こういう時はもう一度勧めても断られるのが分かりきっている。
だからこそ、私は遠慮なくクッキーをペロリと平らげてしまったのだ。
そう。後悔することになったのは…すぐだった。
「ごちそうさまです、神田さん!」
「美味かったか?」
「はい!」
「そうか。」
「……名無し。」
「はい?」
「トリックオアトリート。」
…あぁ。美人が笑っているというのに、この凶悪な笑みはなんだろう。
神田さんがニタリと笑い、手を差し出してくる。
これはつまり、お菓子を寄越せ・と。
…マズい。今持っているのは、ハードカバーの本と、栞と、先程完食したクッキーの袋だけだ。
「ちょ、ちょっと待ってください、神田さん。部屋に戻ったら以前任務先で買ったお菓子があるので、」
「今ねぇのか?」
「な、ないです…」
油断していた。
今日はお菓子ハンター…つまり『貰う側』なのだと完全に思っていた。
私は失念していたのだ。もしかしたらあげる側になるかもしれない可能性を。
もちろん、お昼は配る用のお菓子を持っていたし、あげたりもした。あぁそうさ、お菓子の交換は楽しかった。
だが今は違う。完全に油断していた。
「じゃあイタズラだな」
「ま、待ってくださ、ひゃ、わっ!」
制止の声も虚しく、私は呆気なく談話室のソファへ押し倒された。
ふかふかのソファの座面は背中に。
積んでいた本は無残に床へ落下している。
ぐるりと回った世界には、意地悪く笑う神田さんの顔と高い高い天井が視界をいっぱいに埋め尽くしていた。
「覚悟しろ、名無し。」
…あぁ。やっぱり彼の笑顔は犯罪的だ。
Halloween melancholic
結局、雨嵐のように降ってくる口付けに呆気なく骨抜きにされてしまい…
お菓子の代わりに美味しく食べられてしまう話は、また別の機会に。
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