Re:pray//short story
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「リーバー。今時間あるか?」
半年に一度あるかないかの、束の間の休息。
科学班が珍しく一息つき、眠気覚ましの為ではなく、れっきとしたコーヒーブレイクを洒落こんでいた時のことだ。
数ヶ月ぶりに教団へ帰還してきた神田が、相変わらず不機嫌そう──いや。以前より少しだけ丸くなった彼が、本を片手に科学班の出入口に立ち、俺を呼び止めた。
……神田が本を持っているだなんて、明日は槍でも降るのだろうか。
「どうした、神田。何かあったのか?」
努めて冷静に。立派な大人になったとはいえ、神田の短気は相変わらずなのだ。
『本を持っているだけで笑ってしまった』なんて失態を犯せば、暫く会話拒否コースに決まっている。頑張れ、俺。
「英語を教えるコツってあんのか?」
彼が持ってきた本は、子供向けの教科書。
確かティモシーが教団に入団したばかりの頃、家庭教師役としてついてきたエミリアが持って来ていたものとそっくりだった。
神田が英語を教える相手なんて、一人しかいない。
彼の弟子に最近なったばかりの、女の子。
かなりゆっくりかつ、簡単な英文なら聞き取れるらしいが、日常会話は正直覚束無い、生粋の日本人である彼女。
日本語を話すことが出来、彼女をここに連れてきた神田が必然的に彼女──名無し名無しの師匠になった。
身分の偽装の為、神田になんとか日本語を教えたのはこの俺だ。
勉強嫌いで、やる気も薄く、『そこまで本格的に偽装しなくてもいいだろ』と文句を言っていた神田が、今度は名無しの英語教師役だなんて。
今よりも百倍生意気で、他人を信用せず、厭世的だった幼い神田を思い出し、胸の奥から熱いものが込み上げ、感じ入ってしまった。
「……ンだよ。」
「いや…成長したな、ってしみじみしただけだよ。俺も歳かな……」
「まだ二十代のくせに何言ってんだ。」
とはいえ、もうすぐ三十路だ。四捨五入すれば立派な三十歳である。
時が経つのは残酷ではある。
徹夜は若い頃より出来なくなってきたし、胃薬が手放せなくなってしまった。
ぐっすり寝ても疲れは取れにくいし、室長の無茶に付き合うのも諌めるのも三割増で疲労感が増している。
老いというものは避けられないとはいえ、取りなくないものである。
しかし時を重ね得たものは、そんなデメリットよりもずっと素晴らしく、とても尊いもので。
例えば、刀しか握ることを知らなかったであろう神田の手に、子供向けの英語の教科書が握られていることとか。
教え方を乞う為に、わざわざ足を運んできてくれたこととか。
勉強を苦手とする彼が、誰かの為に《教えよう》と奮起することとか。
極めつけは、その為に『俺』を訪ねて来てくれたこと。
幼い頃、根気よく教えた苦労が報われた気がして、柄にもなく涙ぐんでしまった。
……本当に、歳をとると涙脆くて困る。
「待ってろ。確か昔リナリーに貸した問題集があったはずだから」
気恥しい涙目を見られる訳にもいかず、俺は踵を返し、科学班の乱雑とした本棚へ足を向けるのであった。
***
その日の夕方。
幼い神田やリナリー、今よりも歳若い室長が写った、古びたアルバムを開いていた俺を訪ねてきた少女が一人。
「あの、リーバー、さん。今、お時間大丈夫ですか?」
俺だって日本語が分かるのだから気軽に日本語で話せばいいものを、拙いながらも一生懸命話そうとする名無し。
決して発音が良いという訳でもない。
スラスラと流れるように話せている訳でもない。
それでも俺は耳を傾け、『その調子だ、頑張れ!』と内心拳を握り締めた。
「どうした?」
「えっと……言語学、詳しいとおうかがいしまして。ここの……文法?を教えて頂きたくて」
タイミングよくやってきた好機に、俺は思わずこぼれそうになる笑顔を抑える。
「丁度いいや。それ、神田に聞いてみな。」
「神田さん、ですか?」
「そ。食堂で茶菓子でも貰って、のんびり教えてもらったほうが、肩肘張らなくていいだろ?」
尤もらしい理由を足しながら諭せば、彼女は大きく頷き「ありがとうございます、リーバーさん。」と丁寧に頭を下げてきた。
下げられるようなことはしてないのだが、まぁ、あれだ。
長年反抗期が続いていた彼に、折角訪れた『春』なのだ。
少しくらいキューピット役をしてもバチは当たらないだろう。
教えて!リーバーくん
(頑張れよ、神田先生。)
半年に一度あるかないかの、束の間の休息。
科学班が珍しく一息つき、眠気覚ましの為ではなく、れっきとしたコーヒーブレイクを洒落こんでいた時のことだ。
数ヶ月ぶりに教団へ帰還してきた神田が、相変わらず不機嫌そう──いや。以前より少しだけ丸くなった彼が、本を片手に科学班の出入口に立ち、俺を呼び止めた。
……神田が本を持っているだなんて、明日は槍でも降るのだろうか。
「どうした、神田。何かあったのか?」
努めて冷静に。立派な大人になったとはいえ、神田の短気は相変わらずなのだ。
『本を持っているだけで笑ってしまった』なんて失態を犯せば、暫く会話拒否コースに決まっている。頑張れ、俺。
「英語を教えるコツってあんのか?」
彼が持ってきた本は、子供向けの教科書。
確かティモシーが教団に入団したばかりの頃、家庭教師役としてついてきたエミリアが持って来ていたものとそっくりだった。
神田が英語を教える相手なんて、一人しかいない。
彼の弟子に最近なったばかりの、女の子。
かなりゆっくりかつ、簡単な英文なら聞き取れるらしいが、日常会話は正直覚束無い、生粋の日本人である彼女。
日本語を話すことが出来、彼女をここに連れてきた神田が必然的に彼女──名無し名無しの師匠になった。
身分の偽装の為、神田になんとか日本語を教えたのはこの俺だ。
勉強嫌いで、やる気も薄く、『そこまで本格的に偽装しなくてもいいだろ』と文句を言っていた神田が、今度は名無しの英語教師役だなんて。
今よりも百倍生意気で、他人を信用せず、厭世的だった幼い神田を思い出し、胸の奥から熱いものが込み上げ、感じ入ってしまった。
「……ンだよ。」
「いや…成長したな、ってしみじみしただけだよ。俺も歳かな……」
「まだ二十代のくせに何言ってんだ。」
とはいえ、もうすぐ三十路だ。四捨五入すれば立派な三十歳である。
時が経つのは残酷ではある。
徹夜は若い頃より出来なくなってきたし、胃薬が手放せなくなってしまった。
ぐっすり寝ても疲れは取れにくいし、室長の無茶に付き合うのも諌めるのも三割増で疲労感が増している。
老いというものは避けられないとはいえ、取りなくないものである。
しかし時を重ね得たものは、そんなデメリットよりもずっと素晴らしく、とても尊いもので。
例えば、刀しか握ることを知らなかったであろう神田の手に、子供向けの英語の教科書が握られていることとか。
教え方を乞う為に、わざわざ足を運んできてくれたこととか。
勉強を苦手とする彼が、誰かの為に《教えよう》と奮起することとか。
極めつけは、その為に『俺』を訪ねて来てくれたこと。
幼い頃、根気よく教えた苦労が報われた気がして、柄にもなく涙ぐんでしまった。
……本当に、歳をとると涙脆くて困る。
「待ってろ。確か昔リナリーに貸した問題集があったはずだから」
気恥しい涙目を見られる訳にもいかず、俺は踵を返し、科学班の乱雑とした本棚へ足を向けるのであった。
***
その日の夕方。
幼い神田やリナリー、今よりも歳若い室長が写った、古びたアルバムを開いていた俺を訪ねてきた少女が一人。
「あの、リーバー、さん。今、お時間大丈夫ですか?」
俺だって日本語が分かるのだから気軽に日本語で話せばいいものを、拙いながらも一生懸命話そうとする名無し。
決して発音が良いという訳でもない。
スラスラと流れるように話せている訳でもない。
それでも俺は耳を傾け、『その調子だ、頑張れ!』と内心拳を握り締めた。
「どうした?」
「えっと……言語学、詳しいとおうかがいしまして。ここの……文法?を教えて頂きたくて」
タイミングよくやってきた好機に、俺は思わずこぼれそうになる笑顔を抑える。
「丁度いいや。それ、神田に聞いてみな。」
「神田さん、ですか?」
「そ。食堂で茶菓子でも貰って、のんびり教えてもらったほうが、肩肘張らなくていいだろ?」
尤もらしい理由を足しながら諭せば、彼女は大きく頷き「ありがとうございます、リーバーさん。」と丁寧に頭を下げてきた。
下げられるようなことはしてないのだが、まぁ、あれだ。
長年反抗期が続いていた彼に、折角訪れた『春』なのだ。
少しくらいキューピット役をしてもバチは当たらないだろう。
教えて!リーバーくん
(頑張れよ、神田先生。)
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