Re:pray
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声が、聴こえる。
泣いているような、さざなみのような、『海』の記憶。
――あぁ。なんて、
なんて、悲しい、
Re:pray#07
Mont Saint-Michel of heresy-04
何メートル、落ちたのだろうか。
暗がりの中だったため正確な高さは分からなかったが、目が眩むような降下距離だったことは確かだろう。
「ビビるほどの高さじゃねぇだろ」
「高いところから、飛び降りるの…苦手なんですよ…」
高所恐怖症ではないが、どうしても投げ出されるようなフリーフォールは無理だ。
名無しを足元へ降ろしながら「慣れとけ。」と一言で済ませる神田。そんな殺生な。
降ろされた石畳はかなり古いものだ。
恐らくここがモンサンミッシェルの中でも一番古い階層なのだろう。
岩山の上に作られた修道院の名残りか、壁は所々岩肌のままで、まるで自然要塞のように思える。
というより、足場に石畳が辛うじて敷かれているだけで、殆どこれは岩山を削って作ったような――もしくは、自然にできた地下水路のような姿だった。
水路は…恐らく海から直接潮が流れ込んで来ているのだろう。
濃い潮の匂いが、湿度の高い地下に充満していた。
消えかかってはいるが、所々燭台の火が頼りなく揺れている。
岩肌を削って作られているのは、粗末な牢屋だ。ここが昔の監獄だったのだろうか。
柵に触れてしまえば、指先へ錆がついてしまうほどに古めかしい。
お世辞にも快適とは言い難い環境だろう。
「…奥に続いてるな」
粗末な石畳は奥へ奥へと続いている。
お情け程度の燭台の光もよく見れば奥へ伸びているようだった。
コツコツと、神田と名無しの足音が二人分地下に響く。
ざわざわとさざめく水音と、岩肌の天井から落ちる水滴。
耳をすませば湿ったオイルを焦がす、炎の音。
そう。そこにはその音しか、なかったのだ。
角を曲がると唐突に現れた、巨大な水槽。
ぼんやりと光る、丸い球体のようなガラスの中には、
中、には、
「…人の、骨?」
「それだけじゃねぇな。」
神田が六幻を手に取り、水槽を叩き割るように刀を振るう。
粉々になったガラス片が地面に弾け落ちると同時に、中から流れ出す水。
ゴトリ・と落ち、欠けてしまった頭蓋骨が名無しの足元へ転がった。
それと、
「…イノセンスか。壊れかけて、使い物にならねぇが…なるほど。コイツが奇怪の根源だったか。」
キューブであるはずの原石は、砕けかけている角砂糖のように欠けてしまっている。
それを目にした瞬間、ザワりと視界が揺れた。
目眩とは違う、まるでノイズが入ったフィルター越しに世界を見ているような。
目元を擦ってみるが、特に目の中にゴミが入っているわけでもなさそうだ。
「…?、オイ。どうした。」
「へ…な、なんでもありません。
イノセンス、回収しま、」
す。
言い終わる前に、目の中に飛び込んでくる『光景』。
それは高速のスライドショーを見せられているように、次々と網膜に焼き付いては消えていく。
ある時はアクマを幾百も屠り、力尽きた最後。
別の時代ではオルゴールの装飾品に。
一番色濃く、鮮やかに流れ込んできた『誰かの記憶』は見覚えのある場所だった。
『おぉ…傷が治っていく、ありがとうございます。聖女様!』
人々に敬われる女の子。
傷を癒し『聖女』として崇められ、誰かのために献身的に尽くす姿は優しくも強かだった。
それが――
『お父様、この力は本来ヴァチカンが所有するものではございませんか。ならば私は神にこの身を捧げるのも吝かではございません』
『私の元を離れる気か!許さん、許さんぞ!お前も、その力も、私の為に使い、私の為に捧げるべきものだ!』
欲に染まった、激昴する男の声。
悲痛な女の子の願いも虚しく、仕置と称して薄暗く寒い地下牢へ繋がれた。
新月の夜。
海から流れてくる潮は激しく、地下の天井の高さまで迫り上がる。
錆び付いた牢は完全に水没し、しかし逃げる手立てもない。
冷たい海水の中で、聖女はもがく。
小さな唇から弾けたように放つ、なけなしの空気。
小さな指先は柵を掴むも、その手を救いだす人間は海の中にはいなかった。
苦しい。苦しい。
あぁ、誰か。誰か、
助けて、誰か、
『 』
「―――っ、」
ぶつりと途切れた『記憶』と同時に、せり上がってくる嘔吐感。
地面に撒き散らしてしまう胃液と、ぐるぐると脳内を巡る『誰か』の記憶。
今、私は『何』を視た?
「名無し!」
「ゲホッ…か、かんだ、さ…」
「お前、何をした?」
神田が向けている視線の先には、回収しようとしていたイノセンス。
それは形が朧気で、今にも崩れてしまいそうなくらいボロボロだったというのに――
二つの歯車、角が立った完璧な立方体。
美しい、神の結晶がそこにあった。
「やはり私の『奇跡』を奪いに来たか。ヴァチカンの狗め」
コツ・と。
司祭の足音と、鉄と鉄が擦れる鎧の軋音。
それは薄暗い地下牢の空間に響いて、反響し、静かに消える。
「さぁ。返してもらおうか」
「イノセンスの管理は黒の教団の管轄だ。テメェが扱える代物じゃねぇよ」
六幻の鯉口を切りながら神田が睨みつけるが、司祭は意に介する必要がないように鼻で嗤う。
「今までも私は何度も奇跡を起こしたというのに、か?若造め、口を慎め。」
「――それは、この子の骸があったからでしょう。」
口元を拭い、名無しが地面に転がった頭蓋骨をそっと拾い上げる。
側頭部の骨が欠けてしまった、小さな髏。
「実の娘を、殺したんですか。」
それは問いかけではなく、確認だ。
絞り出すような名無しの声が、地下水路の漣に混じる。
怒りを押し殺した声は僅かに震えていた。
「自分の欲のために、信仰を得るために、イノセンスの適合者だった実の娘をここに幽閉した。
新月と満月の日には潮が大きく満ち、必ず牢で溺死するということを知っていて。…そうでしょう?」
彼女がいなくなればイノセンスは娘の手から離れる。
そう考えていたが、それは大きく予想を外れた。
司祭には扱えなかった。適合者でないならば、当然の結果だ。
だから骸を残した。
肉が腐り、溶けようとも、水槽の中に死体とイノセンスを閉じ込めて。
娘の体を『治そう』とするイノセンスの光を利用した、『奇跡の日』の正体がこれだ。
地下に潮が満ちるなら、自ずと水槽も海水に盈ちる。
そして、イノセンスが放ち続けていた『力』が海に流れ出し、モンサンミッシェルの海へ奇跡を呼んだ。
「は。ははは!中々聡いじゃないか、娘!
だが、知ったところでどうした!ヴァチカンへ民衆が反旗を翻し、さらなる奇跡を私は手に入れるのだ!
貴様達はここで海の藻屑になるというのに!」
狂ったように笑いながら、司祭が合図を出そうと片手を挙げる。
「いや。残念ながらそこまでだな。
――聞いたな、『鴉』。」
懐の中のゴーレムに向けて、神田が問いかける。
薄暗い地下牢にて、煌々と光る『方舟』の扉が現れる。
中から雪崩込むように地下へ押し入ったのは仮面を着けた黒いローブの集団。
「貴様ら、どこから!何をする、離せ!!」
懐から取り出した呪符と、対人に特化したナイフ捌きで瞬きをするより早く司祭と衛兵を鎮圧する。
それは鮮やかな手口、そのものだ。
「…お陰様で言質は取れました。ご苦労でした、神田ユウ。」
「監査官は人遣いが荒ェな。イノセンスは基本的に対人で使えねぇんだぞ」
「貴方なら徒手でも戦えるでしょう。ともあれ異端者の摘発協力、感謝します」
方舟から出てきたのは金髪の青年。
額の黒子と、きっちりスーツを着こなした姿が特徴的だ。
「…あの、どなた、ですか?」
「ハワード・リンクと申します。話は聞き及んでいます、名無し名無し」
白い手袋を外し、握手を求めるよう手を差し出すリンク。
それを掴もうとする名無しの手は、虚空を薙いだ。
「あ、あれ?」
「…どうされました?」
訝しげに目を細めるリンクと、小さく目を開く神田。
まさか、
「名無し。お前、今…まさか『見えない』のか?」
泣いているような、さざなみのような、『海』の記憶。
――あぁ。なんて、
なんて、悲しい、
Re:pray#07
Mont Saint-Michel of heresy-04
何メートル、落ちたのだろうか。
暗がりの中だったため正確な高さは分からなかったが、目が眩むような降下距離だったことは確かだろう。
「ビビるほどの高さじゃねぇだろ」
「高いところから、飛び降りるの…苦手なんですよ…」
高所恐怖症ではないが、どうしても投げ出されるようなフリーフォールは無理だ。
名無しを足元へ降ろしながら「慣れとけ。」と一言で済ませる神田。そんな殺生な。
降ろされた石畳はかなり古いものだ。
恐らくここがモンサンミッシェルの中でも一番古い階層なのだろう。
岩山の上に作られた修道院の名残りか、壁は所々岩肌のままで、まるで自然要塞のように思える。
というより、足場に石畳が辛うじて敷かれているだけで、殆どこれは岩山を削って作ったような――もしくは、自然にできた地下水路のような姿だった。
水路は…恐らく海から直接潮が流れ込んで来ているのだろう。
濃い潮の匂いが、湿度の高い地下に充満していた。
消えかかってはいるが、所々燭台の火が頼りなく揺れている。
岩肌を削って作られているのは、粗末な牢屋だ。ここが昔の監獄だったのだろうか。
柵に触れてしまえば、指先へ錆がついてしまうほどに古めかしい。
お世辞にも快適とは言い難い環境だろう。
「…奥に続いてるな」
粗末な石畳は奥へ奥へと続いている。
お情け程度の燭台の光もよく見れば奥へ伸びているようだった。
コツコツと、神田と名無しの足音が二人分地下に響く。
ざわざわとさざめく水音と、岩肌の天井から落ちる水滴。
耳をすませば湿ったオイルを焦がす、炎の音。
そう。そこにはその音しか、なかったのだ。
角を曲がると唐突に現れた、巨大な水槽。
ぼんやりと光る、丸い球体のようなガラスの中には、
中、には、
「…人の、骨?」
「それだけじゃねぇな。」
神田が六幻を手に取り、水槽を叩き割るように刀を振るう。
粉々になったガラス片が地面に弾け落ちると同時に、中から流れ出す水。
ゴトリ・と落ち、欠けてしまった頭蓋骨が名無しの足元へ転がった。
それと、
「…イノセンスか。壊れかけて、使い物にならねぇが…なるほど。コイツが奇怪の根源だったか。」
キューブであるはずの原石は、砕けかけている角砂糖のように欠けてしまっている。
それを目にした瞬間、ザワりと視界が揺れた。
目眩とは違う、まるでノイズが入ったフィルター越しに世界を見ているような。
目元を擦ってみるが、特に目の中にゴミが入っているわけでもなさそうだ。
「…?、オイ。どうした。」
「へ…な、なんでもありません。
イノセンス、回収しま、」
す。
言い終わる前に、目の中に飛び込んでくる『光景』。
それは高速のスライドショーを見せられているように、次々と網膜に焼き付いては消えていく。
ある時はアクマを幾百も屠り、力尽きた最後。
別の時代ではオルゴールの装飾品に。
一番色濃く、鮮やかに流れ込んできた『誰かの記憶』は見覚えのある場所だった。
『おぉ…傷が治っていく、ありがとうございます。聖女様!』
人々に敬われる女の子。
傷を癒し『聖女』として崇められ、誰かのために献身的に尽くす姿は優しくも強かだった。
それが――
『お父様、この力は本来ヴァチカンが所有するものではございませんか。ならば私は神にこの身を捧げるのも吝かではございません』
『私の元を離れる気か!許さん、許さんぞ!お前も、その力も、私の為に使い、私の為に捧げるべきものだ!』
欲に染まった、激昴する男の声。
悲痛な女の子の願いも虚しく、仕置と称して薄暗く寒い地下牢へ繋がれた。
新月の夜。
海から流れてくる潮は激しく、地下の天井の高さまで迫り上がる。
錆び付いた牢は完全に水没し、しかし逃げる手立てもない。
冷たい海水の中で、聖女はもがく。
小さな唇から弾けたように放つ、なけなしの空気。
小さな指先は柵を掴むも、その手を救いだす人間は海の中にはいなかった。
苦しい。苦しい。
あぁ、誰か。誰か、
助けて、誰か、
『 』
「―――っ、」
ぶつりと途切れた『記憶』と同時に、せり上がってくる嘔吐感。
地面に撒き散らしてしまう胃液と、ぐるぐると脳内を巡る『誰か』の記憶。
今、私は『何』を視た?
「名無し!」
「ゲホッ…か、かんだ、さ…」
「お前、何をした?」
神田が向けている視線の先には、回収しようとしていたイノセンス。
それは形が朧気で、今にも崩れてしまいそうなくらいボロボロだったというのに――
二つの歯車、角が立った完璧な立方体。
美しい、神の結晶がそこにあった。
「やはり私の『奇跡』を奪いに来たか。ヴァチカンの狗め」
コツ・と。
司祭の足音と、鉄と鉄が擦れる鎧の軋音。
それは薄暗い地下牢の空間に響いて、反響し、静かに消える。
「さぁ。返してもらおうか」
「イノセンスの管理は黒の教団の管轄だ。テメェが扱える代物じゃねぇよ」
六幻の鯉口を切りながら神田が睨みつけるが、司祭は意に介する必要がないように鼻で嗤う。
「今までも私は何度も奇跡を起こしたというのに、か?若造め、口を慎め。」
「――それは、この子の骸があったからでしょう。」
口元を拭い、名無しが地面に転がった頭蓋骨をそっと拾い上げる。
側頭部の骨が欠けてしまった、小さな髏。
「実の娘を、殺したんですか。」
それは問いかけではなく、確認だ。
絞り出すような名無しの声が、地下水路の漣に混じる。
怒りを押し殺した声は僅かに震えていた。
「自分の欲のために、信仰を得るために、イノセンスの適合者だった実の娘をここに幽閉した。
新月と満月の日には潮が大きく満ち、必ず牢で溺死するということを知っていて。…そうでしょう?」
彼女がいなくなればイノセンスは娘の手から離れる。
そう考えていたが、それは大きく予想を外れた。
司祭には扱えなかった。適合者でないならば、当然の結果だ。
だから骸を残した。
肉が腐り、溶けようとも、水槽の中に死体とイノセンスを閉じ込めて。
娘の体を『治そう』とするイノセンスの光を利用した、『奇跡の日』の正体がこれだ。
地下に潮が満ちるなら、自ずと水槽も海水に盈ちる。
そして、イノセンスが放ち続けていた『力』が海に流れ出し、モンサンミッシェルの海へ奇跡を呼んだ。
「は。ははは!中々聡いじゃないか、娘!
だが、知ったところでどうした!ヴァチカンへ民衆が反旗を翻し、さらなる奇跡を私は手に入れるのだ!
貴様達はここで海の藻屑になるというのに!」
狂ったように笑いながら、司祭が合図を出そうと片手を挙げる。
「いや。残念ながらそこまでだな。
――聞いたな、『鴉』。」
懐の中のゴーレムに向けて、神田が問いかける。
薄暗い地下牢にて、煌々と光る『方舟』の扉が現れる。
中から雪崩込むように地下へ押し入ったのは仮面を着けた黒いローブの集団。
「貴様ら、どこから!何をする、離せ!!」
懐から取り出した呪符と、対人に特化したナイフ捌きで瞬きをするより早く司祭と衛兵を鎮圧する。
それは鮮やかな手口、そのものだ。
「…お陰様で言質は取れました。ご苦労でした、神田ユウ。」
「監査官は人遣いが荒ェな。イノセンスは基本的に対人で使えねぇんだぞ」
「貴方なら徒手でも戦えるでしょう。ともあれ異端者の摘発協力、感謝します」
方舟から出てきたのは金髪の青年。
額の黒子と、きっちりスーツを着こなした姿が特徴的だ。
「…あの、どなた、ですか?」
「ハワード・リンクと申します。話は聞き及んでいます、名無し名無し」
白い手袋を外し、握手を求めるよう手を差し出すリンク。
それを掴もうとする名無しの手は、虚空を薙いだ。
「あ、あれ?」
「…どうされました?」
訝しげに目を細めるリンクと、小さく目を開く神田。
まさか、
「名無し。お前、今…まさか『見えない』のか?」