Re:pray
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次の日。
島中は昨晩の『奇跡』で話題が持ちきりだった。
「『奇跡』は本当にあったんだな!」
「ほら見ろ、言っただろう?」
「これも神の思し召しだわ!」
「司祭様と聖女様の祈りが、我らに奇跡を与えてくださった!」
盲信にも近い賞賛の声があちらこちらから響き合う。
それは賛美歌のように聴こえるし、もしくは一種の、
「…まるで洗脳だな。」
ほんの少し、忌々しげに神田がそっと呟いた。
Re:pray#06
Mont Saint-Michel of heresy-03
日曜日の朝。
モンサンミッシェルの島中の人間から訪れた外部の人間まで、吸い寄せられるように大聖堂へ集まっていた。
一般的な宗教と違い、祈りを捧げる先は神だけではなかった。
信仰…というより、賛辞を捧げる・といった光景だ。
「司祭様!」
「司祭様、あぁ我らに光を!」
「慈悲を」
「奇跡を!」
口々に飛び交う言葉は聖堂の前に立っている男へ向けられている。
レースの技巧がこらされた白いアルバに身を包んだ恰幅のいい男。齢は70くらいだろうか、年輪のように刻まれたシワが特徴的だ。
柔和に微笑む表情は聖職者そのもの。
だが、
「おお…信仰深いモンサンミッシェルの民よ。今日もよくぞ敬神的に礼拝へ参られた。」
司祭の声が、聖堂に響く。
それはまるで演説のように高らかに、そしてその言葉に耳を静かに傾ける大衆。
「昨晩、再び母なる『聖女』により、海から奇跡が舞い降りた。原初の海、還るべき漣に愛されたこの地に住まう尊き民よ」
「…聖女?」
「そういえば…そいつの姿はねぇな。それがイノセンスか…それとも、」
思案するように考え込む神田。
切れ長の目が、さらりと揺れる前髪の下で細められた。
「…神田さん?」
「いや。…なんでもねぇ」
司祭の高説を聞き流しながら名無しがそっと下から見上げる。
考え過ぎか・と伏せていた視線を、神田は再び『聖職者』へ向けた。
「しかし、この尊き『奇跡』を独占しようとする者達がいる!かの者達へ、人の手により天罰を!」
過熱し始めた司祭の声が荒々しく反響する。
それは戦いを鼓舞する指揮官のように、猛々しく、雄々しい。
「腐敗しきったヴァチカンへ鉄槌を!聖なる民よ、神の御心のままに武器を取れ!『奇跡』は我らと共にあり!」
老若男女、司祭に心酔していると思われる民衆が同じように声を上げる。
――礼拝なんて穏やかなものではない。
これは、そう。
まるで蜂起だ。
***
「まさか本当にヴァチカンへ反逆を企てようとはな。酔狂なヤツだ」
「…ファインダーの人達、無事だといいんですけど…」
「期待はするな。」
一見冷たいようにも取れる一言だが、少しずつ神田と行動していて分かったことがある。
期待をして失意に叩き落とされないよう、これは彼なりの線引きであり、優しさであり、一種の自己防衛だ。
分かっているからこそ反論はしない。
代わりに名無しは「はい。」と返事をはっきりと返す。
闇夜に紛れて大聖堂へ続く石畳を駆けていく。
僅かに鳴る靴音に情緒を見出せないこともないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
大聖堂へ続く扉はゴシック建築らしい見事な意匠が施されていた。
神や天使のレリーフが彫られた、まるで一種の芸術だ。
そっと息を吸い、吐き出す。
神田へ目配せをすれば、『行け』と言わんばかりに名無しへ小さく頷き返した。
重たく、潮風に吹かれて錆びた蝶番の鈍い音。
外の僅かな明かりが差し込み、淡く透けたステンドグラスが幻想的に輝いていた。
等間隔に置かれた燭台は、チリチリと空気を焦がしながら小さな火を揺らしている。
「夜は礼拝堂を開放していませんよ。…こんな夜更けにどうされました?」
祭壇に立ち、ゆらりと踊る灯りに照らされた司祭の顔は、信者が見ればさぞかし慈愛に満ちた表情に見えるのだろう。
柔らかそうな顎の輪郭が暗がりから浮かび上がり、美しく弧を描いていた目元が僅かに開く。
「答える義理はねぇな。」
神田の一刀両断するような言葉に、冷徹な色を湛えたブルーの瞳が訝しげに細められた。
「…ふむ、そうか。まぁよい、不審者を捕らえよ。」
司祭が片手を挙げれば、大聖堂には似つかわしくない衛兵が集う。
鈍色の鎧、燭台に照らされギラリと光る刃。
聞かなくても分かる。『最悪、殺しても構わない』、と刃が物語っていた。
「走れ!」
「はい!」
神田の声と同時に大聖堂から抜け出す。
入り組んだ修道院の内部へ逃げ込めば、そこはまるで迷宮のようだった。
監獄や要塞、修道院と様々な姿に形を変えたせいだろうか。深部へ行けば行くほど様変わりは顕著だった。
修道院の中は彼らの胃の中であることに等しい。
いくら鎧を纏った衛兵よりも早く走れるとはいえ、
―――――、
(海の、匂い?)
通り過ぎようとしていた袋小路へ足を止めれば、そこは大きな吹き抜けだった。
下から吹き上げてくる風は、潮の香りをのせ、吹き上げる。
……海と、繋がっている?
「神田さん、滑車が」
吹き抜け自体の造りは古いが、滑車は最近使われた形跡がある。
『何か』に使っていることは間違いなかった。
「…地下か。如何にもって感じだな」
「どうされるんですか?」
「決まってるだろ」
…どこかデジャヴを感じてしまう。
小脇に軽く抱えられ、吹き抜けの淵へ神田が足を掛ける。
宙ぶらりんになった名無しの身体。
そこが見えない暗がりを覗くような格好になり、思わず名無しは顔を青ざめた。
「え、ちょっ…またですかっ、」
「口閉じとかねぇと舌噛むぞ。」
神田の一言と同時に内臓が浮き上がる感覚。
さぁ、深淵の果てへ。
島中は昨晩の『奇跡』で話題が持ちきりだった。
「『奇跡』は本当にあったんだな!」
「ほら見ろ、言っただろう?」
「これも神の思し召しだわ!」
「司祭様と聖女様の祈りが、我らに奇跡を与えてくださった!」
盲信にも近い賞賛の声があちらこちらから響き合う。
それは賛美歌のように聴こえるし、もしくは一種の、
「…まるで洗脳だな。」
ほんの少し、忌々しげに神田がそっと呟いた。
Re:pray#06
Mont Saint-Michel of heresy-03
日曜日の朝。
モンサンミッシェルの島中の人間から訪れた外部の人間まで、吸い寄せられるように大聖堂へ集まっていた。
一般的な宗教と違い、祈りを捧げる先は神だけではなかった。
信仰…というより、賛辞を捧げる・といった光景だ。
「司祭様!」
「司祭様、あぁ我らに光を!」
「慈悲を」
「奇跡を!」
口々に飛び交う言葉は聖堂の前に立っている男へ向けられている。
レースの技巧がこらされた白いアルバに身を包んだ恰幅のいい男。齢は70くらいだろうか、年輪のように刻まれたシワが特徴的だ。
柔和に微笑む表情は聖職者そのもの。
だが、
「おお…信仰深いモンサンミッシェルの民よ。今日もよくぞ敬神的に礼拝へ参られた。」
司祭の声が、聖堂に響く。
それはまるで演説のように高らかに、そしてその言葉に耳を静かに傾ける大衆。
「昨晩、再び母なる『聖女』により、海から奇跡が舞い降りた。原初の海、還るべき漣に愛されたこの地に住まう尊き民よ」
「…聖女?」
「そういえば…そいつの姿はねぇな。それがイノセンスか…それとも、」
思案するように考え込む神田。
切れ長の目が、さらりと揺れる前髪の下で細められた。
「…神田さん?」
「いや。…なんでもねぇ」
司祭の高説を聞き流しながら名無しがそっと下から見上げる。
考え過ぎか・と伏せていた視線を、神田は再び『聖職者』へ向けた。
「しかし、この尊き『奇跡』を独占しようとする者達がいる!かの者達へ、人の手により天罰を!」
過熱し始めた司祭の声が荒々しく反響する。
それは戦いを鼓舞する指揮官のように、猛々しく、雄々しい。
「腐敗しきったヴァチカンへ鉄槌を!聖なる民よ、神の御心のままに武器を取れ!『奇跡』は我らと共にあり!」
老若男女、司祭に心酔していると思われる民衆が同じように声を上げる。
――礼拝なんて穏やかなものではない。
これは、そう。
まるで蜂起だ。
***
「まさか本当にヴァチカンへ反逆を企てようとはな。酔狂なヤツだ」
「…ファインダーの人達、無事だといいんですけど…」
「期待はするな。」
一見冷たいようにも取れる一言だが、少しずつ神田と行動していて分かったことがある。
期待をして失意に叩き落とされないよう、これは彼なりの線引きであり、優しさであり、一種の自己防衛だ。
分かっているからこそ反論はしない。
代わりに名無しは「はい。」と返事をはっきりと返す。
闇夜に紛れて大聖堂へ続く石畳を駆けていく。
僅かに鳴る靴音に情緒を見出せないこともないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
大聖堂へ続く扉はゴシック建築らしい見事な意匠が施されていた。
神や天使のレリーフが彫られた、まるで一種の芸術だ。
そっと息を吸い、吐き出す。
神田へ目配せをすれば、『行け』と言わんばかりに名無しへ小さく頷き返した。
重たく、潮風に吹かれて錆びた蝶番の鈍い音。
外の僅かな明かりが差し込み、淡く透けたステンドグラスが幻想的に輝いていた。
等間隔に置かれた燭台は、チリチリと空気を焦がしながら小さな火を揺らしている。
「夜は礼拝堂を開放していませんよ。…こんな夜更けにどうされました?」
祭壇に立ち、ゆらりと踊る灯りに照らされた司祭の顔は、信者が見ればさぞかし慈愛に満ちた表情に見えるのだろう。
柔らかそうな顎の輪郭が暗がりから浮かび上がり、美しく弧を描いていた目元が僅かに開く。
「答える義理はねぇな。」
神田の一刀両断するような言葉に、冷徹な色を湛えたブルーの瞳が訝しげに細められた。
「…ふむ、そうか。まぁよい、不審者を捕らえよ。」
司祭が片手を挙げれば、大聖堂には似つかわしくない衛兵が集う。
鈍色の鎧、燭台に照らされギラリと光る刃。
聞かなくても分かる。『最悪、殺しても構わない』、と刃が物語っていた。
「走れ!」
「はい!」
神田の声と同時に大聖堂から抜け出す。
入り組んだ修道院の内部へ逃げ込めば、そこはまるで迷宮のようだった。
監獄や要塞、修道院と様々な姿に形を変えたせいだろうか。深部へ行けば行くほど様変わりは顕著だった。
修道院の中は彼らの胃の中であることに等しい。
いくら鎧を纏った衛兵よりも早く走れるとはいえ、
―――――、
(海の、匂い?)
通り過ぎようとしていた袋小路へ足を止めれば、そこは大きな吹き抜けだった。
下から吹き上げてくる風は、潮の香りをのせ、吹き上げる。
……海と、繋がっている?
「神田さん、滑車が」
吹き抜け自体の造りは古いが、滑車は最近使われた形跡がある。
『何か』に使っていることは間違いなかった。
「…地下か。如何にもって感じだな」
「どうされるんですか?」
「決まってるだろ」
…どこかデジャヴを感じてしまう。
小脇に軽く抱えられ、吹き抜けの淵へ神田が足を掛ける。
宙ぶらりんになった名無しの身体。
そこが見えない暗がりを覗くような格好になり、思わず名無しは顔を青ざめた。
「え、ちょっ…またですかっ、」
「口閉じとかねぇと舌噛むぞ。」
神田の一言と同時に内臓が浮き上がる感覚。
さぁ、深淵の果てへ。