Re:pray
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新月の夜、それは奇跡が起こる日。
Re:pray#05
Mont Saint-Michel of heresy-02
「お待ちしておりました」
モンサンミッシェルへ続く陸路の手前。
現地で潜伏していたファインダーの一人と接触すれば、丁寧な挨拶で出迎えられた。
早速渡されたのは足元まであるローブ。
まるで森に潜伏できそうな、深いモスグリーンのものだった。
「これは?」
「あの島ではヴァチカンすら、異端になっておりまして」
大昔に修道院として作られたモンサンミッシェルは、元々ケルト人が信仰する聖地を奪い、建てられた建造物だ。
ある時は修道院、ある時は戦争の要塞。ある時は監獄としての顔を持つ島であり、その遍歴を知るには長い歴史を紐解くことになる。
仮想19世紀のこの世界では、ヴァチカンの名の元に信仰深い参拝が途絶えない、現在は聖地として崇め奉られているはずなのだが――
「…神の、」
ポソリ、と。
「…神の奇跡を用いた異端なる司祭の名の元に、ヴァチカンへ反抗しようとする教徒が集まっております。島の中へ潜伏したファインダーとも連絡がつきません。
イノセンスの可能性…奇怪が起きているとはいえ、お気をつけてください」
神妙な顔でファインダーの男は慎重に口を開く。
仲間と連絡が取れないことに憔悴しきっている様子。きっとここに神田達が来ることを誰よりも待ち続けていたのだろう。
「あぁ。分かった。
――行くぞ。気を抜くなよ」
バサりとローブを纏い、干潮になりつつあるモンサンミッシェルへ向かう神田。
その足取りは迷うことなく目的地へと向けられていた。
「…はい!」
いざ、潜入開始。
***
敷き詰められた石畳。
戦争の爪痕が残る大砲や砲弾。
まるで要塞のように街が修道院を囲い、ひとつの国家と見紛う島だ。
「うわぁ…すごいですね、神田さん!」
潜伏拠点となる宿に到着し、窓から名無しが見下ろす先には人々の往来が絶えない細い路地。
所狭しと作られた建物の間の道は、ポツポツと照らされた街灯によってノスタルジックにも見えた。
「こんなもんだろ。」
さして珍しい様子もなく神田が宿の隅へ荷物を下ろす。
彼からしたら任務先の風景など特に関心もない。
その土地の風景や香りに興味があったのは、マリや師であるティエドールくらいなものだった。
勿論、任務遂行上地形把握は欠かさないが『楽しむ』ということは今までしたことすらない。
「そうなんですか?外国って日本と雰囲気違うから…何だか物珍しくて。」
少し恥ずかしそうにはにかむ名無しを見て、神田は内心そっと納得した。
確かに彼女が住んでいた時代では珍しいかもしれない。
城のように大きな、コンクリートで作られた建物の群れは情緒がない。
一周まわってアレを芸術だと賞賛する少数派はいるかもしれないが、少なくとも味気ない景色・というのは全面同意だった。
「…まぁ。お前はそれでいいか。」
「あ。今、少し呆れましたね?お仕事ってことはちゃーんと覚えてますから、大丈夫ですよ!」
…そうではない。
明らかにアジア人である自分達が、物珍しい様子もなく淡々と街を闊歩していれば、それこそ『異質』だ。
巡礼のためにやってきたような…そう、名無しのように多少『おのぼり』感があった方がむしろこの町には溶け込むかもしれない。
「まずは聞き込みですね!」
頑張りますね、神田さん!
無邪気に名無しは笑いながらローブを羽織る。
前向きに任務をこなそうとする弟子を見ながら、神田は小さく口元を緩め「期待している。」と呟いた。
***
「奇跡の海、ですか?」
「えぇ。新月か満月の夜に、満潮になった海へ身体の調子が悪い部分を浸せばたちまち治るの!」
まるで夢を見ているかのように語る、オムレツ屋の店員。
簡単な昼食を食べながら神田と名無しは聞き込みを行い、人当たりの良さそうなウェイトレスに訊ねると花の咲くような笑顔で答えてくれた。
行く先々で『あれは奇跡だな』と賞賛され、『アンタらもアレ目当てで来たんだろ?遠い所からよく来たな』と労われた。
愛想の格別良い、この女性店員に訊いたところ冒頭のような【答え】が返ってきた。
「そうなんですね…。いえ、兄が流行病で耳が聞こえなくなってしまいまして。親戚に『とにかくモンサンミッシェルへ向かえ』と言われていたんです。理由が分かって、なんだかほっとしました。」
「ふふっ、きっと驚かすために黙っていたんだわ。お兄様の耳、きっと良くなるわよ!」
ふわりとウェイレススカートを揺らし、店員の女性が去っていく。
誰かの回復を心から喜べる、きっと素敵な女性なのだろう。
「…嘘も方便だな。」
「少しだけ心苦しいですけどね」
外はサクッと、中はトロっとした名物のオムレツを必死に冷ます名無し。
彼女にしか聞こえないような声量で神田が呟けば、それと同じくらい小さな声で返事を返す。
寡黙な神田がまさかこんなところで一役買うことになるとは。
「…でも『こちら側』が異端とされる理由が…いまいち分からないんですよねぇ」
「それは例の奇跡が本当かどうか見定めてから、だな」
神田が視線を向けた先には、壁へ掲示された一枚の紙。
カレンダーのようなそれは普段見なれているものとは少し違う。
日付・曜日、それと大きく記された月暦。
そう。今晩は――
***
月が無くなってしまったかのような闇夜に、遠来から潮騒が囁く。
海面を照らすものは、遠くからぼんやりと照らす街の灯りだけ。
頭上を見上げれば見事な星空が広がるばかりだ。海を照らす灯火としては、些か頼りないが。
満潮の時間まであと少し。
闇目に慣れないと足元が危なっかしい、岩だらけの海岸だ。
にも関わらず、様々な人種の人々が海の近くへと集まっている。
…それは、異様な光景だった。
まるで海へ祈るように、縋るように、今にも身を投げ出さんばかりに集まっているのだから。
「…もうそろそろですね。」
教団から支給されている懐中時計に目を凝らしながら名無しが呟く。
秒針がコツコツと動き、そして――
「…あぁ!今宵も『司教様』と『聖女様』が施しを与えてくださった!!」
そう。それはホタルイカの身投げのようだった。
波打ち際に淡く光る星屑のような煌めき。
キラキラと輝くそれは金粉を蒔いた瞬きのように、幻想的に光を灯す。
――これは、
「神田さん、」
「……怪奇だな。間違いねぇ」
腕を折っていた若者は大きく諸手を挙げる。まるで歓喜するように。
目が不自由だった老人は眼鏡を投げ捨てる。まるで世界が変わったかのように。
息も絶え絶えだった赤子は元気よくあどけない泣き声をあげる。まるで母親から産まれたばかりの時のように。
そう。そこは確かに『奇跡の海』だった。
Re:pray#05
Mont Saint-Michel of heresy-02
「お待ちしておりました」
モンサンミッシェルへ続く陸路の手前。
現地で潜伏していたファインダーの一人と接触すれば、丁寧な挨拶で出迎えられた。
早速渡されたのは足元まであるローブ。
まるで森に潜伏できそうな、深いモスグリーンのものだった。
「これは?」
「あの島ではヴァチカンすら、異端になっておりまして」
大昔に修道院として作られたモンサンミッシェルは、元々ケルト人が信仰する聖地を奪い、建てられた建造物だ。
ある時は修道院、ある時は戦争の要塞。ある時は監獄としての顔を持つ島であり、その遍歴を知るには長い歴史を紐解くことになる。
仮想19世紀のこの世界では、ヴァチカンの名の元に信仰深い参拝が途絶えない、現在は聖地として崇め奉られているはずなのだが――
「…神の、」
ポソリ、と。
「…神の奇跡を用いた異端なる司祭の名の元に、ヴァチカンへ反抗しようとする教徒が集まっております。島の中へ潜伏したファインダーとも連絡がつきません。
イノセンスの可能性…奇怪が起きているとはいえ、お気をつけてください」
神妙な顔でファインダーの男は慎重に口を開く。
仲間と連絡が取れないことに憔悴しきっている様子。きっとここに神田達が来ることを誰よりも待ち続けていたのだろう。
「あぁ。分かった。
――行くぞ。気を抜くなよ」
バサりとローブを纏い、干潮になりつつあるモンサンミッシェルへ向かう神田。
その足取りは迷うことなく目的地へと向けられていた。
「…はい!」
いざ、潜入開始。
***
敷き詰められた石畳。
戦争の爪痕が残る大砲や砲弾。
まるで要塞のように街が修道院を囲い、ひとつの国家と見紛う島だ。
「うわぁ…すごいですね、神田さん!」
潜伏拠点となる宿に到着し、窓から名無しが見下ろす先には人々の往来が絶えない細い路地。
所狭しと作られた建物の間の道は、ポツポツと照らされた街灯によってノスタルジックにも見えた。
「こんなもんだろ。」
さして珍しい様子もなく神田が宿の隅へ荷物を下ろす。
彼からしたら任務先の風景など特に関心もない。
その土地の風景や香りに興味があったのは、マリや師であるティエドールくらいなものだった。
勿論、任務遂行上地形把握は欠かさないが『楽しむ』ということは今までしたことすらない。
「そうなんですか?外国って日本と雰囲気違うから…何だか物珍しくて。」
少し恥ずかしそうにはにかむ名無しを見て、神田は内心そっと納得した。
確かに彼女が住んでいた時代では珍しいかもしれない。
城のように大きな、コンクリートで作られた建物の群れは情緒がない。
一周まわってアレを芸術だと賞賛する少数派はいるかもしれないが、少なくとも味気ない景色・というのは全面同意だった。
「…まぁ。お前はそれでいいか。」
「あ。今、少し呆れましたね?お仕事ってことはちゃーんと覚えてますから、大丈夫ですよ!」
…そうではない。
明らかにアジア人である自分達が、物珍しい様子もなく淡々と街を闊歩していれば、それこそ『異質』だ。
巡礼のためにやってきたような…そう、名無しのように多少『おのぼり』感があった方がむしろこの町には溶け込むかもしれない。
「まずは聞き込みですね!」
頑張りますね、神田さん!
無邪気に名無しは笑いながらローブを羽織る。
前向きに任務をこなそうとする弟子を見ながら、神田は小さく口元を緩め「期待している。」と呟いた。
***
「奇跡の海、ですか?」
「えぇ。新月か満月の夜に、満潮になった海へ身体の調子が悪い部分を浸せばたちまち治るの!」
まるで夢を見ているかのように語る、オムレツ屋の店員。
簡単な昼食を食べながら神田と名無しは聞き込みを行い、人当たりの良さそうなウェイトレスに訊ねると花の咲くような笑顔で答えてくれた。
行く先々で『あれは奇跡だな』と賞賛され、『アンタらもアレ目当てで来たんだろ?遠い所からよく来たな』と労われた。
愛想の格別良い、この女性店員に訊いたところ冒頭のような【答え】が返ってきた。
「そうなんですね…。いえ、兄が流行病で耳が聞こえなくなってしまいまして。親戚に『とにかくモンサンミッシェルへ向かえ』と言われていたんです。理由が分かって、なんだかほっとしました。」
「ふふっ、きっと驚かすために黙っていたんだわ。お兄様の耳、きっと良くなるわよ!」
ふわりとウェイレススカートを揺らし、店員の女性が去っていく。
誰かの回復を心から喜べる、きっと素敵な女性なのだろう。
「…嘘も方便だな。」
「少しだけ心苦しいですけどね」
外はサクッと、中はトロっとした名物のオムレツを必死に冷ます名無し。
彼女にしか聞こえないような声量で神田が呟けば、それと同じくらい小さな声で返事を返す。
寡黙な神田がまさかこんなところで一役買うことになるとは。
「…でも『こちら側』が異端とされる理由が…いまいち分からないんですよねぇ」
「それは例の奇跡が本当かどうか見定めてから、だな」
神田が視線を向けた先には、壁へ掲示された一枚の紙。
カレンダーのようなそれは普段見なれているものとは少し違う。
日付・曜日、それと大きく記された月暦。
そう。今晩は――
***
月が無くなってしまったかのような闇夜に、遠来から潮騒が囁く。
海面を照らすものは、遠くからぼんやりと照らす街の灯りだけ。
頭上を見上げれば見事な星空が広がるばかりだ。海を照らす灯火としては、些か頼りないが。
満潮の時間まであと少し。
闇目に慣れないと足元が危なっかしい、岩だらけの海岸だ。
にも関わらず、様々な人種の人々が海の近くへと集まっている。
…それは、異様な光景だった。
まるで海へ祈るように、縋るように、今にも身を投げ出さんばかりに集まっているのだから。
「…もうそろそろですね。」
教団から支給されている懐中時計に目を凝らしながら名無しが呟く。
秒針がコツコツと動き、そして――
「…あぁ!今宵も『司教様』と『聖女様』が施しを与えてくださった!!」
そう。それはホタルイカの身投げのようだった。
波打ち際に淡く光る星屑のような煌めき。
キラキラと輝くそれは金粉を蒔いた瞬きのように、幻想的に光を灯す。
――これは、
「神田さん、」
「……怪奇だな。間違いねぇ」
腕を折っていた若者は大きく諸手を挙げる。まるで歓喜するように。
目が不自由だった老人は眼鏡を投げ捨てる。まるで世界が変わったかのように。
息も絶え絶えだった赤子は元気よくあどけない泣き声をあげる。まるで母親から産まれたばかりの時のように。
そう。そこは確かに『奇跡の海』だった。