Re:pray

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教団本部での用事も終わり、帰路につこうとした時だった。

「見つけたぞ。――マルコム・C・ルベリエ。」

結わえた黒髪を揺らしながら、彼はやってきた。
歩調に怒気を孕ませて、鋭い目元を刃のように尖らせて。

「何の用だね、神田ユウ。」

我ながらなんとも白々しい言葉だと思った。

「テメェ、こうなるの分かって話したのか」
「元帥をそう簡単に空席にするのは良くないと、私なりの配慮だよ」

――人は。
交換条件を出して一旦条件を呑むと互いに断りにくく、心理的に介入しやすいと言う。
私が交換条件を出すまでもなく、彼女から提案してきたのは予想外だったが。

結果的にイノセンスの修復任務につき、元帥の空席化も防げた。
多少のアクシデントはあったが、筋書き通りになった。私の思惑通りに。


「そうなるように仕向けたの間違いだろうが。」


憎悪を瞳の奥に潜ませて、かつての被検体は牙を剥く。
昔の私がヘブラスカに向けた、感情と同じように。



沈黙を破ったのは、通信機の音。
定期連絡はまだの時間だ。

私は「失礼」と一言断り、その場で彼の報告を聞くことにした。


「どうかしたかね」
『ルベリエ長官。…悪い状況です。』

腹心の部下の、焦りが滲んだ声。
確か次の修復任務についたのは――6日前だったか。完了の報告はまだ受けていなかった。


『彼女と通信が繋がりません』


状況を事細かに説明するリンク。
その言葉に耳を傾けながら、私は僅かに口元を緩めた。

「すぐに適任を送ろう。何、彼も彼女には会いたいだろうからね」



Re:pray#24
fragment of memories-01



取り急ぎ座標を送られ、アレンに方舟で転送してもらう。
薄暗い教団内部から視界が開けば、そこはまるで漂白されたような世界だった。

いや、正確には『視界が白く染まる程の濃霧に包まれた森』だ。


「…やはり貴方ですか」


声を掛けてきたのは一人の『鴉』。
聞き覚えのある声音。この気配もよく知っている。

足元には頭を抱えて地面に蹲るファインダーの姿。
同じ班の同僚だったのか、水を差し出し慌ただしく介抱しているファインダーもいた。

「あんなの、悪夢だ…悪夢だ…俺は悪くない…」

開ききった瞳孔を震わせながら、繰り返される言葉。
イノセンスの奇怪に充てられたのか、完全にそのファインダーの心は折られていた。完膚なきまでに。


「アイツはどこだ。」
「イノセンスのところですよ。この森の奥です」
「テメェは相変わらず見てるだけか。――ハワード・リンク。」

忌々しそうに吐き捨てる神田と、仮面越しに相対する鴉。
面をそっと取りフードを脱げば、霧の中でも一際目立つ金髪が揺れた。

「『来るな』と彼女に言われているので。
……七日間。森から、七日間戻ってこなければ『殉職』と見なして、奇怪が蔓延る森ごと焼き払え・と言われているんですよ」

その言葉に小さく舌打ちを零す神田。

冷徹で冷静な判断だ。
イノセンスを持たないリンクでは、奇怪の解決に役立つ場面は少ないだろう。

それに、この奇怪に充てられたファインダーを目の当たりにしたなら、尚更誰か一人此処に残しておくのが賢明だろう。全員こうなってしまっては身も蓋もないのだから。

正確すぎて、苛立ちすら募る。頭が良すぎるのも考えものだ。


「彼女が森に入ってから六日間です。…猶予は、あと一日。」


***


視界を覆う霧の中突き進むが、一向に髪の毛一本すら濡れることがない。
自然発生した霧ではないことは明確だ。


『あぁ、あの時収穫しておけば畑を無駄にすることはなかったのに』

『私がもっと早く帰っていれば、お父さんは病気で死なずに済んだのに』


誰かの記憶、だろうか。

霧の中、森の少し奥まったところで幻影のような人影があちこちで嘆いている。

ファインダーは『自分のせいで仲間を多く失った過去』を見続けたのだという。
とすれば、この霧は恐らく、森の捕えられた人間の『一番後悔している記憶』を延々と見せ続けるようなものだろうか。

「…悪趣味だな」

ポツリと呟くが、その言葉に同意する人物はいない。


鬱蒼とした森、目が眩む程の霧。
本来生き物の息遣いや、葉擦れの音しかしないであろう清廉な森の中は、今や地獄のように懺悔の声に満ちている。

――もし俺がここに捕えられたとしたら、見ることになるのはどの後悔だろうか。

アジア支部第五研究所の件か、北米支部での件か。
それとも、

(今が、後悔の真っ只中かもしれねぇな)








木々の葉を避け、くぐるように奥に踏み入る。

……霧が、晴れた。

それと同時に見える景色も様変わりする。



アジア系の人間が椅子に座り並ぶ狭い空間。
耳の鼓膜が僅かに圧迫されるような違和感。
小さな窓から見える景色は、透き通るような青と白の二色だった。

未来的なこの空間はどこか見覚えがある。
そう。これは確か、アイツが住んでいた世界の『電車』に近い。



「お母さん、お菓子食べる?」


不意に聞こえてきた日本語。
久方ぶりに聞くアイツの声。
それは聞き慣れたものより少し幼く、まだあどけなさが残っているもので。

「ありがとう、名無し。」
「こらこら、ちゃんと座っていなさい、名無し

前の座席を覗き込むように身を乗り出す少女は「はーい」と返事をして、大人しく椅子に座る。


それは今より数年若い、彼女の姿そのものだった。




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