Re:pray
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海の向こうから暗雲が立ち込める。
――否。
雲ではない、あれは
「来やがったか。」
まるで終わりを告げる、使者のようだ。
***
目障りなレベル3のアクマを一刀両断して、刀身にこびりついた血を払う。
ティエドールが作り出した巨人のような彫刻を踏み場に、俺はもう一度群へ向かって飛び出した。
六幻を振るい、アクマを一掃する。
鉄を砕くような感触、機械の断末魔。
日常の一部に組み込まれたかのように、聞き慣れてしまった『壊れる』音。
「界蟲、一幻」
刀身から放たれた赤黒い蟲がボール型のボディを貫き、レベル1・2の群が爆ぜるように四散していく。
「神田さん!」
ティエドールが作り上げた、村を覆う彫刻の上でアイツが叫ぶ。
眼下に見えるのは金晴眼を見開いた名無しと、
――六幻を掴んだまま肩から瓦解していく 俺の腕。
(あぁ、やっぱ直ってなかったか)
どこか他人事のようにぼんやりと巡る思考。
倒そうとしていたアクマは眼前に迫る。
貫かれる腹部。
もはや痛みは感じない。
落ちていく、石膏のようにひび割れた腕。
俺の手を離れた六幻は鈍色の黒い刀身に戻っていく。
――あぁ。死ぬのは、案外呆気ないもんだな。
撃ち落とされて落下していく身体。
瞼を閉じる直前に映ったのは、こちらへ駆けてくるアイツの姿。
(…死んだヤツは構うな、って教えるの、忘れてたな)
俺はそんな場違いなことを考えながら、薄れゆく思考を放棄した。
***
「神田さん!」
声を張り上げて走り出す名無し。
海から程なく近い森の中、枝を折りながら落ちてくるのは神田の身体。
最早動くことはない。最愛であり最哀の、僕の弟子の末路だ。
完全に止めを刺そうとする、レベル3のアクマが迫る。
僕はそれを止めようと鑿を握った。
「この人に、触るな!」
吼えるような声。
彼女の視線に射貫かれたアクマはレベル3だろうとお構い無しと言わんばかりに、美しい粒子となって砕けた。
息を呑むような光を払い、人形のように動かなくなったかの骸を抱き起こす。
「――元帥、すみません!神田さんをお願いします!」
声を張り上げて、僕の作った彫刻へ上り始める名無し。恐らく、アクマを迎撃するつもりなのだろう。
「まだ、生きてます!」
その一言に、僕は息を呑んだ。
年甲斐もなく駆け寄れば、確かにまだ息があった。
ボロボロの身体。下手に触れれば崩れてしまいそうな、ヒトであり『人間』ではない身体。
呪符の根深さに眉を顰めると同時に、
「…キミの弟子は…あきらめの悪い、いい子だね、神田」
最早目を開けることはないかもしれない愛弟子に向かって、僕はポソリと呟いた。
***
襲来してきたアクマを一掃すれば、辺りはすっかり夕暮れ時だった。
血のような茜色が目に眩しい。
今にも空を覆いそうな分厚い黒い雲は、もうすぐ雪を降らすのだろう。
ディエドールが作り出した『抱擁の庭』から降りれば、手足にできた傷が蝕むように痛んだ。
「名無しちゃん、お疲れ様」
十字架のようなハンマーと鑿を握ったままティエドールが眼鏡を掛け直した。
グレーの髭の合間から、ふわりと湯気のような吐息が漏れる。
彼の側には神田の身体が横たわっている。
腕が肩から落ちてしまったせいか、団服の右袖はくたりとくたびれてしまっていた。
水分が抜けたような地面に転がるのは、彼の腕。
まるで精巧なマネキンの腕が落ちてしまっているようにも見える。
けれどそれは、間違いなく彼のものだ。
装飾品をあまり好まない彼が唯一身につけている、数珠のようなブレスレット。
腕が千切れても手放していない、彼だけのイノセンス。
そっと拾い上げれば、刀の重さよりも腕の重みに少しだけ驚いた。
あぁ。人間の腕を持つのは――これで、二回目だ。
筋肉のついた腕はこんなにも重いのかと、ぼんやりと場違いなことを考えることしか出来なかった。
「…意外、だね。」
「何がですか?」
「驚かないのかい?彼のこと。」
ティエドールが横たわった愛弟子を見下ろしながら呟く。
…何も知らなければ、きっと取り乱しただろう。
予想以上に衝撃的な光景で、覚悟をしていたとはいえつい声を荒らげてしまったが。
「知っていました。」
「…なるほど。じゃあもしかして、僕が君の『引継ぎ』に来たことは?」
「聞いています。…すみません、黙ってて」
曖昧に笑えば、目の前の初老の男は困ったように髪を掻きむしった。
気まずさと、驚きと…なんともまぁ複雑な表情を浮かべている。
「ティエドール元帥。
…この人は、悔いのない人生が…送れたと、思われますか?」
もの言わぬ骸のようになりかけている彼の側へ座り込んで、さらりとした前髪をひと撫でする。
穏やかな顔だ。
痛みはあったのだろうか。それとも痛みすら感じなくなってしまっていたのだろうか。
「…彼は、君の成長を楽しみにしていたからね。
彼とは長い付き合いになるけど、過酷な人生の中で唯一心残りがあるとすれば、君のことが気がかりだと言っていたよ」
意外な、答えだった。
まさか私の名前が出てくるなんて、夢にも思っていたなかったから。
「…そうですか」と味気のない返事をひとつ零す。
――まだ、正直少し迷っていた。
けれど、これでもう、
「じゃあ…今からのことは心置き無く全部『私のせい』に出来ますね」
緊張で僅かに声が震える。
大丈夫。絶対に出来る。
ひとつ大きな深呼吸をして、早鐘を打つ心臓の鼓動を押さえつけた。
神田の団服のボタンを外して追い剥ぐように服を捲れば、目を背けたくなるような惨たらしい呪符の紋様が身体を蝕んでいた。
それは左胸から這うように、その肉体を喰らい尽くそうとしているようにも見える。
まさに『呪い』だ。
不幸中の幸いなことに、これは『術式』であり、あくまで『物』だ。
彼の魂と肉体を繋ぎ止める楔であるが故に『干渉』できる。
これ程までに、この瞳を持っていて良かったと。
心から喜べるのは過去も今も、この先も…きっとこれっきりの話だろう。
「神田さん、」
「――ごめんなさい。」
きっと繋ぎ止めれば、彼はまた戦場に出向くのだろう。
過酷な人生がまだ続くだろう。
それを知っていて尚、『直す』のはあまりにも酷な話で、冒涜にも近い所業だろう。
色々考え直す理由を見つけては、ずっと頭の中で反芻していた。
けれど…あぁ。
やっぱりこれが一番素直で、心からの願いで、私の【祈り】だ。
生きてください。
あなたの人生が、笑って最期を迎えられるよう。
幸多い生を、歩めますように。
――眩い光。
呪印の周りを蝕む黒は、音もなく霧散して
昇華するように金色の光の粒子になって、消えた。
Re:pray#19
CHINA crisis-04
それは、息を呑むような光景だった。
一枚の絵画のような、瞬きすら忘れる一瞬。
年端もいかぬ少女が今まさに息絶えようとしている青年に『奇跡』を起こそうとしていた。
崩れ落ちそうな上半身を抱き上げ、慈愛に満ちた琥珀色の双眸は『呪い』に向けられている。
蝕んでいた黒は霧のように解け、輝きに変わり散々となった。
添えられていた右腕は何も無かったかのように『元通り』になり、真っ白だった顔色には健康的な血色が戻る。
ゆっくりと、しかし確かに。
繰り返される呼吸によって上下する胸板に、僕は涙が出そうになった。
まるで彼の心臓の鼓動が聴こえてきそうな、命を吹き返す光景に言葉が出なかった。
「用は済みましたか」
深い夕暮れ色に染まった森の中、音もなく現れたのは黒い影。
ヴァチカン直属の部隊――『鴉』だ。
「はい。…そういう約束でしたもんね」
そっと瞼を閉じて、再び彼女が眼を開けば濡羽色の瞳に変わっていた。
どうしてここに鴉が。
いや。そんなことより、どうして彼女は、
「ティエドール元帥。すみません、神田さんに伝えておいて頂けますか。
『気が変わりました、『修復任務』につきます。あと、私なんかを生き甲斐にしない方がいいですよ』って。」
すくりと立ち上がり、団服についた砂埃を軽くはたく。
まるで今から散歩に出掛けるような、軽い足取りで。
「名無しちゃん、」
「すみません。任務を途中で抜けてしまうことになりますが、後のことはよろしくお願いします」
大きな瞳を弓形にして、彼女はいつも通り笑う。
無邪気に、純粋に、それは…とてもとても綺麗に。
「ごめんなさい」
謝罪の一言を遺して、彼女は現れた『鴉』と共に森の暗がりに消えていった。
――否。
雲ではない、あれは
「来やがったか。」
まるで終わりを告げる、使者のようだ。
***
目障りなレベル3のアクマを一刀両断して、刀身にこびりついた血を払う。
ティエドールが作り出した巨人のような彫刻を踏み場に、俺はもう一度群へ向かって飛び出した。
六幻を振るい、アクマを一掃する。
鉄を砕くような感触、機械の断末魔。
日常の一部に組み込まれたかのように、聞き慣れてしまった『壊れる』音。
「界蟲、一幻」
刀身から放たれた赤黒い蟲がボール型のボディを貫き、レベル1・2の群が爆ぜるように四散していく。
「神田さん!」
ティエドールが作り上げた、村を覆う彫刻の上でアイツが叫ぶ。
眼下に見えるのは金晴眼を見開いた名無しと、
――六幻を掴んだまま肩から瓦解していく 俺の腕。
(あぁ、やっぱ直ってなかったか)
どこか他人事のようにぼんやりと巡る思考。
倒そうとしていたアクマは眼前に迫る。
貫かれる腹部。
もはや痛みは感じない。
落ちていく、石膏のようにひび割れた腕。
俺の手を離れた六幻は鈍色の黒い刀身に戻っていく。
――あぁ。死ぬのは、案外呆気ないもんだな。
撃ち落とされて落下していく身体。
瞼を閉じる直前に映ったのは、こちらへ駆けてくるアイツの姿。
(…死んだヤツは構うな、って教えるの、忘れてたな)
俺はそんな場違いなことを考えながら、薄れゆく思考を放棄した。
***
「神田さん!」
声を張り上げて走り出す名無し。
海から程なく近い森の中、枝を折りながら落ちてくるのは神田の身体。
最早動くことはない。最愛であり最哀の、僕の弟子の末路だ。
完全に止めを刺そうとする、レベル3のアクマが迫る。
僕はそれを止めようと鑿を握った。
「この人に、触るな!」
吼えるような声。
彼女の視線に射貫かれたアクマはレベル3だろうとお構い無しと言わんばかりに、美しい粒子となって砕けた。
息を呑むような光を払い、人形のように動かなくなったかの骸を抱き起こす。
「――元帥、すみません!神田さんをお願いします!」
声を張り上げて、僕の作った彫刻へ上り始める名無し。恐らく、アクマを迎撃するつもりなのだろう。
「まだ、生きてます!」
その一言に、僕は息を呑んだ。
年甲斐もなく駆け寄れば、確かにまだ息があった。
ボロボロの身体。下手に触れれば崩れてしまいそうな、ヒトであり『人間』ではない身体。
呪符の根深さに眉を顰めると同時に、
「…キミの弟子は…あきらめの悪い、いい子だね、神田」
最早目を開けることはないかもしれない愛弟子に向かって、僕はポソリと呟いた。
***
襲来してきたアクマを一掃すれば、辺りはすっかり夕暮れ時だった。
血のような茜色が目に眩しい。
今にも空を覆いそうな分厚い黒い雲は、もうすぐ雪を降らすのだろう。
ディエドールが作り出した『抱擁の庭』から降りれば、手足にできた傷が蝕むように痛んだ。
「名無しちゃん、お疲れ様」
十字架のようなハンマーと鑿を握ったままティエドールが眼鏡を掛け直した。
グレーの髭の合間から、ふわりと湯気のような吐息が漏れる。
彼の側には神田の身体が横たわっている。
腕が肩から落ちてしまったせいか、団服の右袖はくたりとくたびれてしまっていた。
水分が抜けたような地面に転がるのは、彼の腕。
まるで精巧なマネキンの腕が落ちてしまっているようにも見える。
けれどそれは、間違いなく彼のものだ。
装飾品をあまり好まない彼が唯一身につけている、数珠のようなブレスレット。
腕が千切れても手放していない、彼だけのイノセンス。
そっと拾い上げれば、刀の重さよりも腕の重みに少しだけ驚いた。
あぁ。人間の腕を持つのは――これで、二回目だ。
筋肉のついた腕はこんなにも重いのかと、ぼんやりと場違いなことを考えることしか出来なかった。
「…意外、だね。」
「何がですか?」
「驚かないのかい?彼のこと。」
ティエドールが横たわった愛弟子を見下ろしながら呟く。
…何も知らなければ、きっと取り乱しただろう。
予想以上に衝撃的な光景で、覚悟をしていたとはいえつい声を荒らげてしまったが。
「知っていました。」
「…なるほど。じゃあもしかして、僕が君の『引継ぎ』に来たことは?」
「聞いています。…すみません、黙ってて」
曖昧に笑えば、目の前の初老の男は困ったように髪を掻きむしった。
気まずさと、驚きと…なんともまぁ複雑な表情を浮かべている。
「ティエドール元帥。
…この人は、悔いのない人生が…送れたと、思われますか?」
もの言わぬ骸のようになりかけている彼の側へ座り込んで、さらりとした前髪をひと撫でする。
穏やかな顔だ。
痛みはあったのだろうか。それとも痛みすら感じなくなってしまっていたのだろうか。
「…彼は、君の成長を楽しみにしていたからね。
彼とは長い付き合いになるけど、過酷な人生の中で唯一心残りがあるとすれば、君のことが気がかりだと言っていたよ」
意外な、答えだった。
まさか私の名前が出てくるなんて、夢にも思っていたなかったから。
「…そうですか」と味気のない返事をひとつ零す。
――まだ、正直少し迷っていた。
けれど、これでもう、
「じゃあ…今からのことは心置き無く全部『私のせい』に出来ますね」
緊張で僅かに声が震える。
大丈夫。絶対に出来る。
ひとつ大きな深呼吸をして、早鐘を打つ心臓の鼓動を押さえつけた。
神田の団服のボタンを外して追い剥ぐように服を捲れば、目を背けたくなるような惨たらしい呪符の紋様が身体を蝕んでいた。
それは左胸から這うように、その肉体を喰らい尽くそうとしているようにも見える。
まさに『呪い』だ。
不幸中の幸いなことに、これは『術式』であり、あくまで『物』だ。
彼の魂と肉体を繋ぎ止める楔であるが故に『干渉』できる。
これ程までに、この瞳を持っていて良かったと。
心から喜べるのは過去も今も、この先も…きっとこれっきりの話だろう。
「神田さん、」
「――ごめんなさい。」
きっと繋ぎ止めれば、彼はまた戦場に出向くのだろう。
過酷な人生がまだ続くだろう。
それを知っていて尚、『直す』のはあまりにも酷な話で、冒涜にも近い所業だろう。
色々考え直す理由を見つけては、ずっと頭の中で反芻していた。
けれど…あぁ。
やっぱりこれが一番素直で、心からの願いで、私の【祈り】だ。
生きてください。
あなたの人生が、笑って最期を迎えられるよう。
幸多い生を、歩めますように。
――眩い光。
呪印の周りを蝕む黒は、音もなく霧散して
昇華するように金色の光の粒子になって、消えた。
Re:pray#19
CHINA crisis-04
それは、息を呑むような光景だった。
一枚の絵画のような、瞬きすら忘れる一瞬。
年端もいかぬ少女が今まさに息絶えようとしている青年に『奇跡』を起こそうとしていた。
崩れ落ちそうな上半身を抱き上げ、慈愛に満ちた琥珀色の双眸は『呪い』に向けられている。
蝕んでいた黒は霧のように解け、輝きに変わり散々となった。
添えられていた右腕は何も無かったかのように『元通り』になり、真っ白だった顔色には健康的な血色が戻る。
ゆっくりと、しかし確かに。
繰り返される呼吸によって上下する胸板に、僕は涙が出そうになった。
まるで彼の心臓の鼓動が聴こえてきそうな、命を吹き返す光景に言葉が出なかった。
「用は済みましたか」
深い夕暮れ色に染まった森の中、音もなく現れたのは黒い影。
ヴァチカン直属の部隊――『鴉』だ。
「はい。…そういう約束でしたもんね」
そっと瞼を閉じて、再び彼女が眼を開けば濡羽色の瞳に変わっていた。
どうしてここに鴉が。
いや。そんなことより、どうして彼女は、
「ティエドール元帥。すみません、神田さんに伝えておいて頂けますか。
『気が変わりました、『修復任務』につきます。あと、私なんかを生き甲斐にしない方がいいですよ』って。」
すくりと立ち上がり、団服についた砂埃を軽くはたく。
まるで今から散歩に出掛けるような、軽い足取りで。
「名無しちゃん、」
「すみません。任務を途中で抜けてしまうことになりますが、後のことはよろしくお願いします」
大きな瞳を弓形にして、彼女はいつも通り笑う。
無邪気に、純粋に、それは…とてもとても綺麗に。
「ごめんなさい」
謝罪の一言を遺して、彼女は現れた『鴉』と共に森の暗がりに消えていった。