Re:pray
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寒いアジア支部の廊下を歩けば、ブーツの石畳を蹴る音が静かに響く。
広い広いアジア支部の最深部。
立入禁止区域に指定された扉は固く閉ざされており、ひたりと手を当てても開く気配が一切ない。
――彼が、生まれた場所。
ほぅと息を吐き出せば白い靄が空気にとける。
寒い冬、陽が差し込むことのない薄暗い研究所で、幼かった彼は一体何を想ったのだろう。
Re:pray#17
CHINA crisis-02
深夜。
窓から見える中国の山景色は、シンシンと降り積もる白い粉雪で薄化粧を施されている。
日本と似ている・けれどどこが違う銀世界を、私はぼんやりと眺めていた。
「何やってんだ?」
人の気配はなく、するりと後ろから話しかけてきたのはフォーだった。
ピンクの髪に赤い瞳。まるで少女のようにも見えるが、実態はアジア支部の『守神』だそうだ。
「眠れないから、ちょっと散歩を。」
「禁止区域の近くまで、か?」
「あぁ、そんなことまで知ってるんですね」
まるで監視カメラか防衛システムだ。
きっとここでの行動は彼女に筒抜けなのだろう。
「あんなとこ、もう何も無いぞ」
「知ってます。けどほら、あそこで生まれたんだな・って思うと、何だか感慨深くて。」
誰が・と言う必要はないだろう。
ずっと昔から彼女はここで見守ってきたと聞いている。
ならばここで起きた『悲劇』も全て知っているし、見てきたのだろう。
「…感慨深い…ねぇ。ロクなもんじゃなかったけどな」
「関係者の方々はきっと皆さんそう言うんでしょうね」
「お前はそうは思わないってか?」
「はい。」
誰かにとって――彼にとってそれは『悲劇』だったとしても、私にとってはかけがえのない『奇跡』だったのだから。
「だって、世界で最高の師匠に出会えたんですもん」
それは胸を張って言える、ただひとつの本音。
優しくて、厳しくて、不器用で、ちょっと脳筋で、可愛い人。
凛と背筋を伸ばして真っ直ぐ立つ後ろ姿は――そう、まるで蓮の花だ。
「…ん?ちょっと待った。
まさかとは思うけど――名無し、お前知ってるのか?」
「『何が』ですか?」
質問を質問で返せば、目の前の守神はぐっと口を噤む。
分かっている。この『事実』を彼女の口から言わせることはとても残酷で、度し難いということを。
「…フォーさん。私、悪い人間なんです。
きっと皆さんが思っている程、真っ直ぐでもないし、歪んでるし、自分勝手だし、押し付けがましいんです。」
嘘はつかない。だから意にそぐわないことは黙って笑う。
妬まない。だって何にも執着しないようにしてきたのだから。
弱音は吐かない。吐いても無駄だってことは痛い程知っている。
「だって、『あぁ満足な人生だった』って、うんと長生きして、大往生で笑って死んで欲しい…なんて考えているんですよ。」
彼にとって生とは、戦いに身を置くことだとこの一年でずっと見てきた。
それでも私は、彼を――
(あぁ、私は酷い人間だ)
未だに続く苦しみを与えようとしているのだから。
だからこれは、私のエゴだ。
自分勝手で、誰に頼まれた訳でもなく、ましてや彼に懇願された訳でもない。
恐らく本人が知ったらゲンコツではすまないだろう。彼はそういう人間だ。
――もっと彼に、笑っていて欲しい。
笑顔が見たい。
戦いだけの人生ではなく、もっと尊い、彼自身のやりたいことをして欲しい。
幸せなんて人それぞれの定義で、違う価値観なのは重々承知だ。
だからこれは私の押しつけで、自分勝手な判断で、もしかしたらただの迷惑になるかもしれない。
それでも私は、
(彼に、幸せになって欲しい。)
おじいさんになるまで生きて、大好きな蕎麦をお腹いっぱいに食べて。
もっと楽しいことを見つけて、怒って、笑って、ずっとずっと生きて、
満足な人生だった・と。
笑って死んで欲しい。
「名無しは、」
「はい?」
「死ぬって、何だと思う?」
守神である彼女から、意外な質問だった。
「難しい質問ですね」と私は答え、窓際で膝を抱えて考える。
「…罪を償う方法でもあり、罰から逃げる手段。
終わりのない戦いから解放される唯一の救いの手立てでもあり、生の喜びを手放してしまう愚かな事…ですかね。」
「…若いのに悟った物言いだな。まるで一度死んだ人間みたいだ」
呆れたようにフォーが小さく息をつく。
的を射た思わぬ一言に、私はそっと目を丸くした。
「…確かに。私は、死んだ人間かもしれません」
あの日から、ずっと。
そう。私は『生き延びてしまった』。
「さてと。そろそろ部屋に戻ります。
…今日言ったこと、内緒にしといてくださいね。特に神田さんとか、教団の人達には。」
「なんで俺には話すつもりになったわけ?」
「うーん…口が堅そう、だからですかね」
「ほら。最後くらい、誰かに自分の本音を少し話したくなる時だってあるじゃないですか」
きっと、彼女と言葉を交わすのもこれで最後になるだろう。
いや。彼女だけではない。
きっと――
「それじゃあ、おやすみなさい。」
広い広いアジア支部の最深部。
立入禁止区域に指定された扉は固く閉ざされており、ひたりと手を当てても開く気配が一切ない。
――彼が、生まれた場所。
ほぅと息を吐き出せば白い靄が空気にとける。
寒い冬、陽が差し込むことのない薄暗い研究所で、幼かった彼は一体何を想ったのだろう。
Re:pray#17
CHINA crisis-02
深夜。
窓から見える中国の山景色は、シンシンと降り積もる白い粉雪で薄化粧を施されている。
日本と似ている・けれどどこが違う銀世界を、私はぼんやりと眺めていた。
「何やってんだ?」
人の気配はなく、するりと後ろから話しかけてきたのはフォーだった。
ピンクの髪に赤い瞳。まるで少女のようにも見えるが、実態はアジア支部の『守神』だそうだ。
「眠れないから、ちょっと散歩を。」
「禁止区域の近くまで、か?」
「あぁ、そんなことまで知ってるんですね」
まるで監視カメラか防衛システムだ。
きっとここでの行動は彼女に筒抜けなのだろう。
「あんなとこ、もう何も無いぞ」
「知ってます。けどほら、あそこで生まれたんだな・って思うと、何だか感慨深くて。」
誰が・と言う必要はないだろう。
ずっと昔から彼女はここで見守ってきたと聞いている。
ならばここで起きた『悲劇』も全て知っているし、見てきたのだろう。
「…感慨深い…ねぇ。ロクなもんじゃなかったけどな」
「関係者の方々はきっと皆さんそう言うんでしょうね」
「お前はそうは思わないってか?」
「はい。」
誰かにとって――彼にとってそれは『悲劇』だったとしても、私にとってはかけがえのない『奇跡』だったのだから。
「だって、世界で最高の師匠に出会えたんですもん」
それは胸を張って言える、ただひとつの本音。
優しくて、厳しくて、不器用で、ちょっと脳筋で、可愛い人。
凛と背筋を伸ばして真っ直ぐ立つ後ろ姿は――そう、まるで蓮の花だ。
「…ん?ちょっと待った。
まさかとは思うけど――名無し、お前知ってるのか?」
「『何が』ですか?」
質問を質問で返せば、目の前の守神はぐっと口を噤む。
分かっている。この『事実』を彼女の口から言わせることはとても残酷で、度し難いということを。
「…フォーさん。私、悪い人間なんです。
きっと皆さんが思っている程、真っ直ぐでもないし、歪んでるし、自分勝手だし、押し付けがましいんです。」
嘘はつかない。だから意にそぐわないことは黙って笑う。
妬まない。だって何にも執着しないようにしてきたのだから。
弱音は吐かない。吐いても無駄だってことは痛い程知っている。
「だって、『あぁ満足な人生だった』って、うんと長生きして、大往生で笑って死んで欲しい…なんて考えているんですよ。」
彼にとって生とは、戦いに身を置くことだとこの一年でずっと見てきた。
それでも私は、彼を――
(あぁ、私は酷い人間だ)
未だに続く苦しみを与えようとしているのだから。
だからこれは、私のエゴだ。
自分勝手で、誰に頼まれた訳でもなく、ましてや彼に懇願された訳でもない。
恐らく本人が知ったらゲンコツではすまないだろう。彼はそういう人間だ。
――もっと彼に、笑っていて欲しい。
笑顔が見たい。
戦いだけの人生ではなく、もっと尊い、彼自身のやりたいことをして欲しい。
幸せなんて人それぞれの定義で、違う価値観なのは重々承知だ。
だからこれは私の押しつけで、自分勝手な判断で、もしかしたらただの迷惑になるかもしれない。
それでも私は、
(彼に、幸せになって欲しい。)
おじいさんになるまで生きて、大好きな蕎麦をお腹いっぱいに食べて。
もっと楽しいことを見つけて、怒って、笑って、ずっとずっと生きて、
満足な人生だった・と。
笑って死んで欲しい。
「名無しは、」
「はい?」
「死ぬって、何だと思う?」
守神である彼女から、意外な質問だった。
「難しい質問ですね」と私は答え、窓際で膝を抱えて考える。
「…罪を償う方法でもあり、罰から逃げる手段。
終わりのない戦いから解放される唯一の救いの手立てでもあり、生の喜びを手放してしまう愚かな事…ですかね。」
「…若いのに悟った物言いだな。まるで一度死んだ人間みたいだ」
呆れたようにフォーが小さく息をつく。
的を射た思わぬ一言に、私はそっと目を丸くした。
「…確かに。私は、死んだ人間かもしれません」
あの日から、ずっと。
そう。私は『生き延びてしまった』。
「さてと。そろそろ部屋に戻ります。
…今日言ったこと、内緒にしといてくださいね。特に神田さんとか、教団の人達には。」
「なんで俺には話すつもりになったわけ?」
「うーん…口が堅そう、だからですかね」
「ほら。最後くらい、誰かに自分の本音を少し話したくなる時だってあるじゃないですか」
きっと、彼女と言葉を交わすのもこれで最後になるだろう。
いや。彼女だけではない。
きっと――
「それじゃあ、おやすみなさい。」