Re:pray
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「君が、名無し名無しかね」
金髪にオールバック。
整えられた髭に、蛇のように鋭い目元。
組手で神田に投げられた名無しは、芝生の上で寝転んだまま無遠慮に見上げた。
「…ルベリエ。」
神田の忌々しそうに呟いた名前が、森の静寂に溶けた。
Re:pray#14
inescapable Your(my) fate-01
手洗い場に向かって吐瀉物を出せば、幾分か気分が落ち着いた。
まだ酸っぱい口の中を水ですすいで冷水で顔を洗えば、そこにはいつもより顔色の悪い自分が映っている。
視界がボヤけて見えにくいけれど、それでも青白い血色くらいは分かった。
――あぁ。酷い顔だ。
グラグラする脳天には、冷たい水が今は心地いい。
(でも、答えは決まってる)
頬をぱん・と軽く叩き、大きく深呼吸する。
秋の冷えた空気が肺いっぱいに満たされ、多少の息苦しさも楽になる気分だった。
女子トイレから外へ出れば、壁に凭れて待っている神田の姿。
きっと待っていたのだ。答えを聞くために。
「どうするつもりだ」
***
時は数十分前に遡る。
「君にイノセンス修復の任務を与えたい。」
用意された紅茶はアールグレイだろうか。独特の香りがふわりと鼻腔を擽る。
テーブルにはルベリエと名無し、壁に凭れ掛かった神田の分のティーカップが3つ。
まるで神田は『長話に付き合う必要はない』と言わんばかりの姿勢だ。
ルベリエの言葉に小さく舌打ちをして、忌々しそうに神田が口を開いた。
「戦争は終わった。必要ねぇ」
「それは今の世代の話だ。今後、ノアが――千年伯爵が万が一にも復活しない保証はない。それにアクマの根絶はまだ遠い話だろう」
中央庁は『今後の』話をしている。
万全の態勢で事に備えるのが我々の仕事だ。
そう答えて、ルベリエはティーカップを傾ける。
「それは『末路』を知っていて、言ってんのか」
「承知の上だ。だから強制ではない。これは交渉だ。私にしては譲歩している方だろう」
適合者だった人間達の悲惨な末路は勿論、イノセンスが『視てきた』全ての記憶を、修復に伴って否応なしに『視る』ことになる。
それは貴重な情報であると同時に、修復する『福音の瞳』の適合者は殆ど、発狂の末・死に至っていた。
自分の記憶ではないのに、匂いから温度・触覚までも追体験する。
それは死の間際まで、エクソシストが感じた死の恐怖も、全て。
「イノセンスの絶対数が増えれば適合者が見つかる可能性が上がる。そうすればアクマを根絶する未来も見えてくるだろう」
「――なるほど。確かに合理的ですね」
角砂糖をひとつ。
ティースプーンで紅茶を軽く混ぜながら名無しが小さく頷く。
ほろほろと砂糖は崩れ、染まり、紅茶色にとけた。
「確かな報告は受けている。…が、一応念の為だ。」
ルベリエがテーブルの上に『それ』を置く。
シワの刻まれた手のひらが除けられる前に、神田の大きな手が名無しの目元を咄嗟に覆った。
「う、わ!神田さん?」
「見なくていい。」
置かれたものは損傷したイノセンスの原石。
加工されたものならまだ教団でも修復可能だが、原石となれば話が変わってくる。
神が創りしものを直すなど、いくら技術が発達した科学班でも不可能だった。
出来るのは、神の目とも称されるイノセンスだけ。
「神田ユウ。エクソシストはアクマと千年伯爵を屠るためにいるものだろう」
「千年伯爵はもういねぇ。アクマは虱潰しに叩き切ればいい。」
「言っただろう。『今後』の備えが我々の仕事だと。人類の歴史はまだ永く続くのだ。人理を守るため、イノセンスの『整備』は必要不可欠なのだから」
ルベリエが言っていることは尤もだ。
そこに個人の命の重さを考慮しなければ、エクソシストとしての在り方も正当だろう。
「神田さん。」
名無しは目元を覆い隠す神田の手にそっと触れる。
「大丈夫ですよ。」
生温い人肌の目隠しをやんわりと外す。
瞼を上げた眩い黄金色の瞳へ、崩れかけた聖遺物が鏡のように映った。
***
「断る理由もないですし、お受けしようかと」
「分かって言ってんのか?」
「はい。」
話を聞く限りではルベリエの言っていることは正しい。
それはヴァチカンの方針として反対する者はいないだろう。
神田が言っているのは、彼女自身について。
決して楽なことではない。
過去の文献に残っている・ということは、それだけ凄惨な最期だった証拠でもある。
「毎度毎度、吐くほど嫌なのに、か。」
「ちょっと記憶に引っ張られるだけですから。でもほら、私が直さないとずっと壊れっぱなしなんて可哀想じゃないですか」
他人といえども死に際に感じる恐怖は筆舌に尽くし難いものだ。
…けれど、それは尊い誰かが儚く命を散らせた証拠でもある。
目を背けることは、赦されない。
「いいんです。これが私にしかできないことなら。」
そう言って笑う名無しを、ただただ神田は苦虫を噛み潰したような表情で、そっと視線を逸らした。
金髪にオールバック。
整えられた髭に、蛇のように鋭い目元。
組手で神田に投げられた名無しは、芝生の上で寝転んだまま無遠慮に見上げた。
「…ルベリエ。」
神田の忌々しそうに呟いた名前が、森の静寂に溶けた。
Re:pray#14
inescapable Your(my) fate-01
手洗い場に向かって吐瀉物を出せば、幾分か気分が落ち着いた。
まだ酸っぱい口の中を水ですすいで冷水で顔を洗えば、そこにはいつもより顔色の悪い自分が映っている。
視界がボヤけて見えにくいけれど、それでも青白い血色くらいは分かった。
――あぁ。酷い顔だ。
グラグラする脳天には、冷たい水が今は心地いい。
(でも、答えは決まってる)
頬をぱん・と軽く叩き、大きく深呼吸する。
秋の冷えた空気が肺いっぱいに満たされ、多少の息苦しさも楽になる気分だった。
女子トイレから外へ出れば、壁に凭れて待っている神田の姿。
きっと待っていたのだ。答えを聞くために。
「どうするつもりだ」
***
時は数十分前に遡る。
「君にイノセンス修復の任務を与えたい。」
用意された紅茶はアールグレイだろうか。独特の香りがふわりと鼻腔を擽る。
テーブルにはルベリエと名無し、壁に凭れ掛かった神田の分のティーカップが3つ。
まるで神田は『長話に付き合う必要はない』と言わんばかりの姿勢だ。
ルベリエの言葉に小さく舌打ちをして、忌々しそうに神田が口を開いた。
「戦争は終わった。必要ねぇ」
「それは今の世代の話だ。今後、ノアが――千年伯爵が万が一にも復活しない保証はない。それにアクマの根絶はまだ遠い話だろう」
中央庁は『今後の』話をしている。
万全の態勢で事に備えるのが我々の仕事だ。
そう答えて、ルベリエはティーカップを傾ける。
「それは『末路』を知っていて、言ってんのか」
「承知の上だ。だから強制ではない。これは交渉だ。私にしては譲歩している方だろう」
適合者だった人間達の悲惨な末路は勿論、イノセンスが『視てきた』全ての記憶を、修復に伴って否応なしに『視る』ことになる。
それは貴重な情報であると同時に、修復する『福音の瞳』の適合者は殆ど、発狂の末・死に至っていた。
自分の記憶ではないのに、匂いから温度・触覚までも追体験する。
それは死の間際まで、エクソシストが感じた死の恐怖も、全て。
「イノセンスの絶対数が増えれば適合者が見つかる可能性が上がる。そうすればアクマを根絶する未来も見えてくるだろう」
「――なるほど。確かに合理的ですね」
角砂糖をひとつ。
ティースプーンで紅茶を軽く混ぜながら名無しが小さく頷く。
ほろほろと砂糖は崩れ、染まり、紅茶色にとけた。
「確かな報告は受けている。…が、一応念の為だ。」
ルベリエがテーブルの上に『それ』を置く。
シワの刻まれた手のひらが除けられる前に、神田の大きな手が名無しの目元を咄嗟に覆った。
「う、わ!神田さん?」
「見なくていい。」
置かれたものは損傷したイノセンスの原石。
加工されたものならまだ教団でも修復可能だが、原石となれば話が変わってくる。
神が創りしものを直すなど、いくら技術が発達した科学班でも不可能だった。
出来るのは、神の目とも称されるイノセンスだけ。
「神田ユウ。エクソシストはアクマと千年伯爵を屠るためにいるものだろう」
「千年伯爵はもういねぇ。アクマは虱潰しに叩き切ればいい。」
「言っただろう。『今後』の備えが我々の仕事だと。人類の歴史はまだ永く続くのだ。人理を守るため、イノセンスの『整備』は必要不可欠なのだから」
ルベリエが言っていることは尤もだ。
そこに個人の命の重さを考慮しなければ、エクソシストとしての在り方も正当だろう。
「神田さん。」
名無しは目元を覆い隠す神田の手にそっと触れる。
「大丈夫ですよ。」
生温い人肌の目隠しをやんわりと外す。
瞼を上げた眩い黄金色の瞳へ、崩れかけた聖遺物が鏡のように映った。
***
「断る理由もないですし、お受けしようかと」
「分かって言ってんのか?」
「はい。」
話を聞く限りではルベリエの言っていることは正しい。
それはヴァチカンの方針として反対する者はいないだろう。
神田が言っているのは、彼女自身について。
決して楽なことではない。
過去の文献に残っている・ということは、それだけ凄惨な最期だった証拠でもある。
「毎度毎度、吐くほど嫌なのに、か。」
「ちょっと記憶に引っ張られるだけですから。でもほら、私が直さないとずっと壊れっぱなしなんて可哀想じゃないですか」
他人といえども死に際に感じる恐怖は筆舌に尽くし難いものだ。
…けれど、それは尊い誰かが儚く命を散らせた証拠でもある。
目を背けることは、赦されない。
「いいんです。これが私にしかできないことなら。」
そう言って笑う名無しを、ただただ神田は苦虫を噛み潰したような表情で、そっと視線を逸らした。