Re:set
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「学校、休校になっちゃいました。」
粉雪に名無しがはしゃいだ、一週間後。
うっすら積もった雪に交通網は大混乱らしい。
先程からテレビで流れてくるニュースの映像は、こんな可愛らしい積雪で話題が持ちきりだ。
制服に着替えたものの、学校が休校になったせいだろう。ローテーブルに並べられた朝食を、名無しはのんびりと食べていた。
「本当に積もるとはな。」
「まだ降ってますし…食堂も、今日はおやすみでしょうねー」
しんしんと降り積もる雪は止む様子がなさそうだ。
かと言って、俺のすることは今日も変わりないのだが。
「あれ。神田さん、こんな雪の中お出かけですか?」
「いつものアクマ探しだ。」
まさか自分がファインダーのような仕事をすることになるとは。
戦う術がない彼らはもどかしく、無力で、最も危険な最前線と言われる所以も、身をもって理解した。
「お手伝い、いりますか?」
少しぬるくなってしまったであろう、粉末を湯で溶かしただけの簡易スープを飲みながら名無しが尋ねてくる。
…確かに、そちらの方が効率はいい。
彼女を一人にする危険性も考えられる。リスクは低い方がいい。
「…いいか?」
「任せてください!すぐ食べて、パパーッと用意しますね!」
「ゆっくりでいい。」
食べるスピードを早めた彼女は、まるでリスかハムスターのようだった。
頼られるのがそんなに嬉しいのか。…変わった女だ。本当に。
ローテーブルの側へ座り直して、少しだけ残っていたインスタントコーヒーをそっと傾ける。
湯気が立ち上っていた苦い飲み物は、もうすっかりと冷えきっていた。
『それでは、次のニュースです。
昨夜未明、市内の住宅街で一家死傷事件がありました。亡くなったのは――』
淡々とニュース記事を読み上げる男の声が部屋に響く。
俺は流れるテロップと映像に、じっと耳と目を傾けた。
Re:set#08
「今日はこの辺りだな。」
神田さんのために印刷したGoogleマップの地図は、すっかりくたくたになっていた。
捜索した地域は赤ペンでチェックされており、かなり捜索をした後だということが分かる。
徒歩だというのによくこんな広範囲を探せるものだ。
彼が指し示した場所は、一度調査している地域だった。
小さく首を傾げ、高々と髪を結い上げた神田さんを見上げる。
「でもこの地域、探されたんじゃ」
「今朝、死体が見つかっていないニュースがあっただろう。その家があった場所は心当たりがある。…確か、この辺り」
あのブルーシートで覆われた家や、僅かに流れる景色の映像で分かるものなのか。
確かに市内とは言ったが、よく場所が特定出来るのだと素直に感心した。
「死体が残っていないならアクマの犯行の可能性は高い。」
「…というと?」
「アクマが生成する毒で、大抵の人間は死体が霧散して死ぬからだ。」
淡々と説明する神田さんはその現場を嫌という程見たのだろう。
冷徹さと、義務感と、ほんの僅かな後悔と。微動だにしない表情が僅かに曇る瞬間を見てしまった。
「…怖くなったか?」
「うーん…怖くないと言えば嘘になりますけど…私が行かなくても神田さんは探しに行くんですよね?」
「あぁ。」
即答だ。
なるほど、もしかしたら最初聞いていた『遺跡物』の捜索より、こっちの方が本業なのかもしれない。
「だったらほら。アクマでしたっけ…。あれを探すのは結構得意なんですよ、私。
そりゃあ、プロの人には遠く及ばないかもしれませんけど」
探すというか、遭遇率というか。
まぁ、出会った瞬間に霧散してしまうのだけど。
あのきらきらと瞬く星の欠片を彷彿させる光の粒子は、涙が出そうなくらい綺麗な光景だ。
その理由も、正体も分からないけれど。
「…期待してる。」
ぽんと頭をひと撫でされ、慌てて見上げればほんの少しだけ神田さんの口元が緩んでいた。
きっとその言葉には、嘘もお世辞もない。
「…はい!頑張りますね、神田さん!」
それが、あなたが元いた場所へ戻ることが出来る、手掛かりになるかもしれないのなら。
***
「この辺りか。」
ブルーシートに囲まれた事件現場。
家の周りには警察やマスコミ、野次馬がごった返していた。
家の周りに積もった雪は踏み荒らされ、土と泥でドロドロに溶けきっていた。
それを遠巻きに見ながら神田さんは地図へ視線を落とす。
「事件が起きた現場に、犯人は戻るとは言いますけど…」
「アクマは基本的に人間を無差別に襲うからな。アテにはならん」
なるほど人の習性とはかなり異なるらしい。
まるで快楽殺人者か、野生の獣のようだ。
「あぁ、どうして、どうして…!」
野次馬から啜り泣く声が、聞こえる。
被害者の中に知り合いがいたのだろうか。妙齢の女性が泣き崩れている姿を、私はぼんやりと遠目に眺めた。
――誰かの『普通』は、こうもあっけなく壊されるものなのだろう。
それは身をもって体感している。
『人の死は、唐突なものなのだ』と。
「行くぞ。」
「…はい!」
目の奥が、チリつくように。
こみ上げる何かで少しだけ熱くなるのを、私は頭の隅へ追いやった。
…追いやることしか、今は出来なかった。
***
事件現場から少し離れた場所にある、人気のない廃材現場。
山のように立ち並ぶそこは、見通しが悪い上に錆びた鉄の匂いで異様な環境だった。
棄てられたタイヤや、アナログテレビ。はたまた大きなワゴン車まで捨てられているのだから、もしかしたら不法投棄の温床なのかもしれない。
「…血痕が途切れているのは、この辺りか」
日当たりがいい道路では、雪が溶けてアスファルトはすっかり剥き出しになっている。
それはここでも例外ではなく、経年劣化したボロボロのアスファルトの上に僅かに滴った真新しい血の跡を神田さんは見逃しはしなかった。
「…ここに、いるんですかね?」
「どうだろうな。」
声をひそめて問いかければ、その返事は思ったよりあっさりとしたものだった。
場馴れしていると言えばいいのだろうか。
イエスともノーとも取れない返事は、きっと確信がないからだろう。
つまり『警戒を怠るな』と。遠回しに言っているのだ、彼は。
アクマを探すだなんて、人生初の経験だ。
ホラー映画の主人公は…こんな気持ちなのだろうか。
「――止まれ。」
神田さんの、静かな声。
物音ひとつ立てず耳を傾ければ、僅かに聞こえてくる水音。
時々布を切り裂くような音が混じり、何かを砕くような音も聞こえてくる。
背中でそっと遮られるものの、その音源は目の前の暗がりから聞こえてきた。
ぐちゅり、と。
濡れた雑巾を踏み潰すような、音。
乾いた風にのって漂う臭いは、鉄と油と生臭いような――
「…っ、あ」
見覚えのある制服。
何度も見た、地面に転がる学生鞄。
血塗れたその顔は、
『名無し、ごめん!世界史のノート、写させて!』
友人と呼ぶには曖昧で、知り合いと呼ぶには少し長い付き合いの彼女。
腸を抉り出された細い身体は、まるで魚の身を真ん中から贅沢に喰い千切ったようにも見える。
熱い。あつい。アツイ。
目の奥が、沸騰しそうな何かで焼き付いてしまいそうだ。
『イノセンス、見ィけた』
耳障りな無邪気な声が、暗がりから響く。
有り得ない方向に曲がった首。
壊れたマリオネットのような動き。
甲冑にも似た装甲を纏った、見知らぬ『ソレ』。
「チッ…下がれ!」
忌々しそうな神田さんの舌打ち。
地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、居合抜きのように鋭く突き穿った
鋼鉄の身体であろう、人の形に似たそれは瓦礫の山へ勢いよく叩きつけられた。
「よりによってレベル3とはな…よく人間を殺したもんだ」
くの字に曲がった鉄パイプを投げ捨てて、神田さんが私の腕を引く。
それは『その瀕死の人間は置いていく』という、無言の意思表示。
けど、
「待って、ください。あの子、知り合いなんです!」
「…あれはもう、」
助からない。
そう続けられるはずだった言葉は、沈黙で遮られた。
見開かれた神田さんの目。
指先から腕まで…小刻みに、震えている。
『エクソシストはマナーがなっていないナ。ショーは、最後まで黙って見るモノだよ』
吹き飛ばされたはずのレベル3のアクマが、まるで寝起きかのように首を回しながら歩み寄ってくる。
『さぁ、哀れな子羊ノ解体ショーだ!』
高らかに宣言したと同時に、何かをこちらへ向けられる気配。
友人だった『ソレ』はドロリと黒い影になった瞬間、黒い何かを吹き付けてきた。
視界を覆う黒。
目元を中心に広がる病熱。
痛い、いたい、イタイ――
「あ、ああぁぁあ、あ!」
獣のような己の悲鳴が、辺りに木霊した。
粉雪に名無しがはしゃいだ、一週間後。
うっすら積もった雪に交通網は大混乱らしい。
先程からテレビで流れてくるニュースの映像は、こんな可愛らしい積雪で話題が持ちきりだ。
制服に着替えたものの、学校が休校になったせいだろう。ローテーブルに並べられた朝食を、名無しはのんびりと食べていた。
「本当に積もるとはな。」
「まだ降ってますし…食堂も、今日はおやすみでしょうねー」
しんしんと降り積もる雪は止む様子がなさそうだ。
かと言って、俺のすることは今日も変わりないのだが。
「あれ。神田さん、こんな雪の中お出かけですか?」
「いつものアクマ探しだ。」
まさか自分がファインダーのような仕事をすることになるとは。
戦う術がない彼らはもどかしく、無力で、最も危険な最前線と言われる所以も、身をもって理解した。
「お手伝い、いりますか?」
少しぬるくなってしまったであろう、粉末を湯で溶かしただけの簡易スープを飲みながら名無しが尋ねてくる。
…確かに、そちらの方が効率はいい。
彼女を一人にする危険性も考えられる。リスクは低い方がいい。
「…いいか?」
「任せてください!すぐ食べて、パパーッと用意しますね!」
「ゆっくりでいい。」
食べるスピードを早めた彼女は、まるでリスかハムスターのようだった。
頼られるのがそんなに嬉しいのか。…変わった女だ。本当に。
ローテーブルの側へ座り直して、少しだけ残っていたインスタントコーヒーをそっと傾ける。
湯気が立ち上っていた苦い飲み物は、もうすっかりと冷えきっていた。
『それでは、次のニュースです。
昨夜未明、市内の住宅街で一家死傷事件がありました。亡くなったのは――』
淡々とニュース記事を読み上げる男の声が部屋に響く。
俺は流れるテロップと映像に、じっと耳と目を傾けた。
Re:set#08
「今日はこの辺りだな。」
神田さんのために印刷したGoogleマップの地図は、すっかりくたくたになっていた。
捜索した地域は赤ペンでチェックされており、かなり捜索をした後だということが分かる。
徒歩だというのによくこんな広範囲を探せるものだ。
彼が指し示した場所は、一度調査している地域だった。
小さく首を傾げ、高々と髪を結い上げた神田さんを見上げる。
「でもこの地域、探されたんじゃ」
「今朝、死体が見つかっていないニュースがあっただろう。その家があった場所は心当たりがある。…確か、この辺り」
あのブルーシートで覆われた家や、僅かに流れる景色の映像で分かるものなのか。
確かに市内とは言ったが、よく場所が特定出来るのだと素直に感心した。
「死体が残っていないならアクマの犯行の可能性は高い。」
「…というと?」
「アクマが生成する毒で、大抵の人間は死体が霧散して死ぬからだ。」
淡々と説明する神田さんはその現場を嫌という程見たのだろう。
冷徹さと、義務感と、ほんの僅かな後悔と。微動だにしない表情が僅かに曇る瞬間を見てしまった。
「…怖くなったか?」
「うーん…怖くないと言えば嘘になりますけど…私が行かなくても神田さんは探しに行くんですよね?」
「あぁ。」
即答だ。
なるほど、もしかしたら最初聞いていた『遺跡物』の捜索より、こっちの方が本業なのかもしれない。
「だったらほら。アクマでしたっけ…。あれを探すのは結構得意なんですよ、私。
そりゃあ、プロの人には遠く及ばないかもしれませんけど」
探すというか、遭遇率というか。
まぁ、出会った瞬間に霧散してしまうのだけど。
あのきらきらと瞬く星の欠片を彷彿させる光の粒子は、涙が出そうなくらい綺麗な光景だ。
その理由も、正体も分からないけれど。
「…期待してる。」
ぽんと頭をひと撫でされ、慌てて見上げればほんの少しだけ神田さんの口元が緩んでいた。
きっとその言葉には、嘘もお世辞もない。
「…はい!頑張りますね、神田さん!」
それが、あなたが元いた場所へ戻ることが出来る、手掛かりになるかもしれないのなら。
***
「この辺りか。」
ブルーシートに囲まれた事件現場。
家の周りには警察やマスコミ、野次馬がごった返していた。
家の周りに積もった雪は踏み荒らされ、土と泥でドロドロに溶けきっていた。
それを遠巻きに見ながら神田さんは地図へ視線を落とす。
「事件が起きた現場に、犯人は戻るとは言いますけど…」
「アクマは基本的に人間を無差別に襲うからな。アテにはならん」
なるほど人の習性とはかなり異なるらしい。
まるで快楽殺人者か、野生の獣のようだ。
「あぁ、どうして、どうして…!」
野次馬から啜り泣く声が、聞こえる。
被害者の中に知り合いがいたのだろうか。妙齢の女性が泣き崩れている姿を、私はぼんやりと遠目に眺めた。
――誰かの『普通』は、こうもあっけなく壊されるものなのだろう。
それは身をもって体感している。
『人の死は、唐突なものなのだ』と。
「行くぞ。」
「…はい!」
目の奥が、チリつくように。
こみ上げる何かで少しだけ熱くなるのを、私は頭の隅へ追いやった。
…追いやることしか、今は出来なかった。
***
事件現場から少し離れた場所にある、人気のない廃材現場。
山のように立ち並ぶそこは、見通しが悪い上に錆びた鉄の匂いで異様な環境だった。
棄てられたタイヤや、アナログテレビ。はたまた大きなワゴン車まで捨てられているのだから、もしかしたら不法投棄の温床なのかもしれない。
「…血痕が途切れているのは、この辺りか」
日当たりがいい道路では、雪が溶けてアスファルトはすっかり剥き出しになっている。
それはここでも例外ではなく、経年劣化したボロボロのアスファルトの上に僅かに滴った真新しい血の跡を神田さんは見逃しはしなかった。
「…ここに、いるんですかね?」
「どうだろうな。」
声をひそめて問いかければ、その返事は思ったよりあっさりとしたものだった。
場馴れしていると言えばいいのだろうか。
イエスともノーとも取れない返事は、きっと確信がないからだろう。
つまり『警戒を怠るな』と。遠回しに言っているのだ、彼は。
アクマを探すだなんて、人生初の経験だ。
ホラー映画の主人公は…こんな気持ちなのだろうか。
「――止まれ。」
神田さんの、静かな声。
物音ひとつ立てず耳を傾ければ、僅かに聞こえてくる水音。
時々布を切り裂くような音が混じり、何かを砕くような音も聞こえてくる。
背中でそっと遮られるものの、その音源は目の前の暗がりから聞こえてきた。
ぐちゅり、と。
濡れた雑巾を踏み潰すような、音。
乾いた風にのって漂う臭いは、鉄と油と生臭いような――
「…っ、あ」
見覚えのある制服。
何度も見た、地面に転がる学生鞄。
血塗れたその顔は、
『名無し、ごめん!世界史のノート、写させて!』
友人と呼ぶには曖昧で、知り合いと呼ぶには少し長い付き合いの彼女。
腸を抉り出された細い身体は、まるで魚の身を真ん中から贅沢に喰い千切ったようにも見える。
熱い。あつい。アツイ。
目の奥が、沸騰しそうな何かで焼き付いてしまいそうだ。
『イノセンス、見ィけた』
耳障りな無邪気な声が、暗がりから響く。
有り得ない方向に曲がった首。
壊れたマリオネットのような動き。
甲冑にも似た装甲を纏った、見知らぬ『ソレ』。
「チッ…下がれ!」
忌々しそうな神田さんの舌打ち。
地面に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、居合抜きのように鋭く突き穿った
鋼鉄の身体であろう、人の形に似たそれは瓦礫の山へ勢いよく叩きつけられた。
「よりによってレベル3とはな…よく人間を殺したもんだ」
くの字に曲がった鉄パイプを投げ捨てて、神田さんが私の腕を引く。
それは『その瀕死の人間は置いていく』という、無言の意思表示。
けど、
「待って、ください。あの子、知り合いなんです!」
「…あれはもう、」
助からない。
そう続けられるはずだった言葉は、沈黙で遮られた。
見開かれた神田さんの目。
指先から腕まで…小刻みに、震えている。
『エクソシストはマナーがなっていないナ。ショーは、最後まで黙って見るモノだよ』
吹き飛ばされたはずのレベル3のアクマが、まるで寝起きかのように首を回しながら歩み寄ってくる。
『さぁ、哀れな子羊ノ解体ショーだ!』
高らかに宣言したと同時に、何かをこちらへ向けられる気配。
友人だった『ソレ』はドロリと黒い影になった瞬間、黒い何かを吹き付けてきた。
視界を覆う黒。
目元を中心に広がる病熱。
痛い、いたい、イタイ――
「あ、ああぁぁあ、あ!」
獣のような己の悲鳴が、辺りに木霊した。