Re:set
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目を開けると、見飽きた天井が視界いっぱいに飛び込んできた。
「…起きたか。」
ベッドの傍に座り込んでいるのは、最初に出会った時と同じ服を着ている神田さんの姿。
周りには白衣を着たお医者さんらしき人もいれば、初老のナースさんもいる。
「おはようございます。」
まるでいつも通りの朝の挨拶のように、私は笑う。
左足へ付けられたギブスや、傷口に貼られたガーゼを除けば、いつかあったかもしれない普通の朝の光景だ。
――あぁ、こんな大怪我をしたのは久しぶりだ。
「…具合はどうだ。」
「動くのに不自由はしそうですけど、平気ですよ。」
心配かけないよう笑顔で答えるが、目の前の神田さんの表情は晴れない。
無理しているわけじゃない。けれど、痛くないわけではない。
そう。身体の痛みなど、この後の事を考えたら些細なことなのだ。
心の痛みに、比べてしまえば。
「――神田さん、帰っちゃうんですか?」
『何処へ』とは訊かない。
そんなこと、分かりきっていることだ。
同僚だろうか。
手当てをしてくださったのだろう外国人のお医者さんの向こうに、神田さんとそっくりの服を着た青年がいる。
はたりと目が合えば、人が良さそうな笑顔で柔らかく微笑まれた。
小さく会釈して隣にいる神田さんへ視線を戻せば、少しだけ眉間のしわが増えている。…なんで?
「…あの、神田さん?」
「……ちっ。まぁ、そうだな」
え。今の舌打ちは何?
何か気に障るようなことを訊いてしまったのかと焦るが、「お前のせいじゃねぇ」とポソリと呟かれた。
あぁ、よかった。
「この部屋も寂しくなっちゃいますね。」
「…元通りに、なるだけだろ。」
元通り。
…本当に?いや。そうじゃない。
人の住んでいた形は必ず残る。
それが離別でも、巣立ちだとしても。
「そんなことはないですよ。全部、元通りだなんて、」
記憶に残る。それは淡い思い出として。
微かにそっと、爪を立てて。
「…そうだな。」
ベッドの傍に座り直し、頬杖をつく神田さん。
思案するように巡らされる黒い双眸。
――きっと、彼は悩んでいる。
この目と、彼の仕事と、死を振りまく人の姿をしたモノ。
全て仮説でしかないけれど、十中八九正解だろう。
「――なぁ。」
「はい?」
「……いや。…何でもねぇ」
言葉は少なく、加えてお世辞にも口調は丁寧とは言えない。それに表情の機微も乏しい。
けれど彼はきっと、やさしい人だ。
必要としてくれているなら、私の都合なんて考えなければいいのに。
――私がほんの少しだけ勇気をだして『普通』を棄ててしまえば、あなたは私の手を取ってくれるのだろうか。
「――神田さん、」
「何だ」
「私、いっぱい積もった雪を見てみたいです」
あぁ、彼の故郷も今は冬だろうか。
それはきっと、この人が生きてきた世界なのだからどんな景色より尊いものなのだろう。
「お前、意味分かってんのか?」
「うーん…一応。」
きっと今後も、この目がある限り『アレ』がなくなることはないだろう。
知人に化けたアクマだったから『今回は』『たまたま』身の回りの知り合いに被害がなかった。
しかし現実はどうだ。
遺体すら残さず亡くなった人がいる。野次馬の中で泣き崩れた人がいる。
『普通』ではなくなった私がどんなに取り繕って群衆へ溶け込もうとも、きっとこの悲劇はいつかもっと近いところで起きてしまうだろう。
もっともらしい、善人ぶった理由はこれだ。
けれど、一番の理由は、
「でもほら。やっぱり、寂しいじゃないですか。
…ひとりなのも、『普通』じゃなくなったことも。」
きっと、戻れない。
幼少期に『これ』と出会った瞬間から。
私の穏やかで平凡な人生はきっと、紅茶に溶ける角砂糖のようにほろりほろりと崩れていっていたのだ。
見定めるように向けられる、神田さんの視線。
あとは、彼の返事次第だ。
「…今より酷い怪我は、覚悟の上か」
「そうならないように頑張ります!」
「足が治ったら体力作りから始めるぞ。」
「頑張ります!」
「日本語は通じねぇからな。基本は英語だ。読み書きを最短でマスターしろ」
「う…ぐ…が、頑張ります!」
「変な人体実験もあるかもしれねぇぞ。」
「…………、………が、頑張り、」
「冗談だ。」
良かった、最後のは冗談か。
小さく口元を緩め、折れてくれたのか、はたまた半ば呆れたのか。
ゆるりと口角を上げ、鷹のような目元がふっとまろむ。
「――ようこそ、黒の教団へ」
Re:set#10
バイト先へ遠くへ引越すことになったと挨拶をした。今までお世話になりました、とも。
『寂しいけど、いい門出になるといいね』と女将さんは笑っていた。
ぶっきらぼうな店長も『達者でな』と言葉を掛けてくれた。少し涙声だったのは、聞こえなかったフリをしよう。
学校…は、退学届を郵送すればいいか。最寄りのポストへ投函した。
しばらくの間の着替えもカバンに詰めた。
英語の辞書もしっかり持った。
棚の上に飾っていた、唯一の家族写真を一枚拝借。
淡い思い出だけそっと心へしまって、私は写真立てをそっと伏せた。
***
「…危なっかしいな。」
「松葉杖なんて久しぶりですもん」
積もっていた雪はすっかり溶けてしまった。
北から吹き付ける空っ風は相変わらず頬へ刺すような冷たさだ。
よろよろと三本足で立つ名無しは、危なっかしくて見てられない。
…アクマが原因とはいえ、手を下したのは俺だ。罪悪感が皆無といえば嘘になる。
「…仕方ねぇか。」
方舟を起動する準備に入っていたモヤシへ、久方ぶりに喋る英語で話しかける。
あぁ。やはりこっちの言葉の方が慣れ親しんでいるせいか、しっくりくる。
『モヤシ。松葉杖と荷物を持ってやれ』
『アレンですってば。…って、松葉杖もですか?』
『方舟で移動する時、転げられたら困るからな』
俺の意図が分かったのか、モヤシは少し呆れたように肩を竦める。
『僕の方が適任では?』といい性格が滲み出た笑顔で言ってくるが、聞こえぬフリをする。この似非紳士め。
コイツは、俺が見つけたんだ。
松葉杖を取り上げ、よろめいた名無しの身体を引き寄せるよう支えれば、「あの、神田さん?」と驚いたような顔で見上げてきた。
「じっとしてろよ」
「う、わ!」
足の負担を考えれば、これが一番いいだろう。
モヤシが『お姫様だっこじゃないんですね…』と呆れているが、それをやったら足が痛むだろうが。
米俵を担ぐように肩へ担げば、思った以上に小さくて軽い身体だった。
…とりあえず体作りからだな。ジェリーにしっかり飯を作ってもらうとするか。
「これ、完全に人攫いじゃないですか!」
「結果的には似たようなもんだろ。」
「肩に担がれるなんて人生初体験ですよ、もう」
肩越しに、名無しが笑う。
見なくても分かるくらい弾んだ声。
さぁ。
普通に縛られていた君の世界を、リ・セットしよう。
「…起きたか。」
ベッドの傍に座り込んでいるのは、最初に出会った時と同じ服を着ている神田さんの姿。
周りには白衣を着たお医者さんらしき人もいれば、初老のナースさんもいる。
「おはようございます。」
まるでいつも通りの朝の挨拶のように、私は笑う。
左足へ付けられたギブスや、傷口に貼られたガーゼを除けば、いつかあったかもしれない普通の朝の光景だ。
――あぁ、こんな大怪我をしたのは久しぶりだ。
「…具合はどうだ。」
「動くのに不自由はしそうですけど、平気ですよ。」
心配かけないよう笑顔で答えるが、目の前の神田さんの表情は晴れない。
無理しているわけじゃない。けれど、痛くないわけではない。
そう。身体の痛みなど、この後の事を考えたら些細なことなのだ。
心の痛みに、比べてしまえば。
「――神田さん、帰っちゃうんですか?」
『何処へ』とは訊かない。
そんなこと、分かりきっていることだ。
同僚だろうか。
手当てをしてくださったのだろう外国人のお医者さんの向こうに、神田さんとそっくりの服を着た青年がいる。
はたりと目が合えば、人が良さそうな笑顔で柔らかく微笑まれた。
小さく会釈して隣にいる神田さんへ視線を戻せば、少しだけ眉間のしわが増えている。…なんで?
「…あの、神田さん?」
「……ちっ。まぁ、そうだな」
え。今の舌打ちは何?
何か気に障るようなことを訊いてしまったのかと焦るが、「お前のせいじゃねぇ」とポソリと呟かれた。
あぁ、よかった。
「この部屋も寂しくなっちゃいますね。」
「…元通りに、なるだけだろ。」
元通り。
…本当に?いや。そうじゃない。
人の住んでいた形は必ず残る。
それが離別でも、巣立ちだとしても。
「そんなことはないですよ。全部、元通りだなんて、」
記憶に残る。それは淡い思い出として。
微かにそっと、爪を立てて。
「…そうだな。」
ベッドの傍に座り直し、頬杖をつく神田さん。
思案するように巡らされる黒い双眸。
――きっと、彼は悩んでいる。
この目と、彼の仕事と、死を振りまく人の姿をしたモノ。
全て仮説でしかないけれど、十中八九正解だろう。
「――なぁ。」
「はい?」
「……いや。…何でもねぇ」
言葉は少なく、加えてお世辞にも口調は丁寧とは言えない。それに表情の機微も乏しい。
けれど彼はきっと、やさしい人だ。
必要としてくれているなら、私の都合なんて考えなければいいのに。
――私がほんの少しだけ勇気をだして『普通』を棄ててしまえば、あなたは私の手を取ってくれるのだろうか。
「――神田さん、」
「何だ」
「私、いっぱい積もった雪を見てみたいです」
あぁ、彼の故郷も今は冬だろうか。
それはきっと、この人が生きてきた世界なのだからどんな景色より尊いものなのだろう。
「お前、意味分かってんのか?」
「うーん…一応。」
きっと今後も、この目がある限り『アレ』がなくなることはないだろう。
知人に化けたアクマだったから『今回は』『たまたま』身の回りの知り合いに被害がなかった。
しかし現実はどうだ。
遺体すら残さず亡くなった人がいる。野次馬の中で泣き崩れた人がいる。
『普通』ではなくなった私がどんなに取り繕って群衆へ溶け込もうとも、きっとこの悲劇はいつかもっと近いところで起きてしまうだろう。
もっともらしい、善人ぶった理由はこれだ。
けれど、一番の理由は、
「でもほら。やっぱり、寂しいじゃないですか。
…ひとりなのも、『普通』じゃなくなったことも。」
きっと、戻れない。
幼少期に『これ』と出会った瞬間から。
私の穏やかで平凡な人生はきっと、紅茶に溶ける角砂糖のようにほろりほろりと崩れていっていたのだ。
見定めるように向けられる、神田さんの視線。
あとは、彼の返事次第だ。
「…今より酷い怪我は、覚悟の上か」
「そうならないように頑張ります!」
「足が治ったら体力作りから始めるぞ。」
「頑張ります!」
「日本語は通じねぇからな。基本は英語だ。読み書きを最短でマスターしろ」
「う…ぐ…が、頑張ります!」
「変な人体実験もあるかもしれねぇぞ。」
「…………、………が、頑張り、」
「冗談だ。」
良かった、最後のは冗談か。
小さく口元を緩め、折れてくれたのか、はたまた半ば呆れたのか。
ゆるりと口角を上げ、鷹のような目元がふっとまろむ。
「――ようこそ、黒の教団へ」
Re:set#10
バイト先へ遠くへ引越すことになったと挨拶をした。今までお世話になりました、とも。
『寂しいけど、いい門出になるといいね』と女将さんは笑っていた。
ぶっきらぼうな店長も『達者でな』と言葉を掛けてくれた。少し涙声だったのは、聞こえなかったフリをしよう。
学校…は、退学届を郵送すればいいか。最寄りのポストへ投函した。
しばらくの間の着替えもカバンに詰めた。
英語の辞書もしっかり持った。
棚の上に飾っていた、唯一の家族写真を一枚拝借。
淡い思い出だけそっと心へしまって、私は写真立てをそっと伏せた。
***
「…危なっかしいな。」
「松葉杖なんて久しぶりですもん」
積もっていた雪はすっかり溶けてしまった。
北から吹き付ける空っ風は相変わらず頬へ刺すような冷たさだ。
よろよろと三本足で立つ名無しは、危なっかしくて見てられない。
…アクマが原因とはいえ、手を下したのは俺だ。罪悪感が皆無といえば嘘になる。
「…仕方ねぇか。」
方舟を起動する準備に入っていたモヤシへ、久方ぶりに喋る英語で話しかける。
あぁ。やはりこっちの言葉の方が慣れ親しんでいるせいか、しっくりくる。
『モヤシ。松葉杖と荷物を持ってやれ』
『アレンですってば。…って、松葉杖もですか?』
『方舟で移動する時、転げられたら困るからな』
俺の意図が分かったのか、モヤシは少し呆れたように肩を竦める。
『僕の方が適任では?』といい性格が滲み出た笑顔で言ってくるが、聞こえぬフリをする。この似非紳士め。
コイツは、俺が見つけたんだ。
松葉杖を取り上げ、よろめいた名無しの身体を引き寄せるよう支えれば、「あの、神田さん?」と驚いたような顔で見上げてきた。
「じっとしてろよ」
「う、わ!」
足の負担を考えれば、これが一番いいだろう。
モヤシが『お姫様だっこじゃないんですね…』と呆れているが、それをやったら足が痛むだろうが。
米俵を担ぐように肩へ担げば、思った以上に小さくて軽い身体だった。
…とりあえず体作りからだな。ジェリーにしっかり飯を作ってもらうとするか。
「これ、完全に人攫いじゃないですか!」
「結果的には似たようなもんだろ。」
「肩に担がれるなんて人生初体験ですよ、もう」
肩越しに、名無しが笑う。
見なくても分かるくらい弾んだ声。
さぁ。
普通に縛られていた君の世界を、リ・セットしよう。
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