aster days
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「さてと。とりあえず、反物屋にでも行きますか」
研究室から夜一につまみ出された二人。
親指をグッと立てて、瞬く間に消えた彼女。
どうして、こうなった。
aster days#05
「反物屋。…着物とか売ってる場所ですか?」
「正確には着物を仕立てるための布を売ってるとこっスね」
「…おーだーめいど、ってやつです?」
「そうっス。」
「絶対それ高いやつじゃないですか。普通の服でお願いします」
「えぇっ、それじゃあ夜一サンにボクが叱られますってば」
「そんなとこで買い物なんて、身分不相応ですよ、私が!」
なんで適当な白衣から一点物の着物に一気に格上げなんだ。
普通でいいんだ、普通で。
「えぇー、折角のデートっスよ?」
「買い物です。普通の。
それにこっちはお金出せない身分なんですから、普通か、それ以下でいいです」
「じゃあ、シノサンも、もし客人の世話するならそうするんっスか?」
「それは…なるべく、普通か、いいものを。お財布事情によりますが…」
「じゃあやっぱりまず反物屋に」
「あぁぁ、本人の意思をなるべく尊重します、私なら!」
なんなんだ、全く。
高いものを貢げばいいってもんじゃないでしょう。こっちの気持ちも汲んでほしいものだ。
***
「この桜色の着物は?」
「…ちょっと派手すぎじゃないです?」
「年頃の女の子だとこんなものでしょ。綺麗な色なのに」
「いや、いいです。あぁ、これいいですね、動きやすそう」
「作務衣じゃないスか」
「こういうのでいいんですよ、動きやすくて、洗濯しやすいし」
まるで男と買い物をしている気分だ。
今までに遊んだ若い女は、まぁ正直、何人もいた。
彼女達が好きそうな着物を勧めれば、高いだの色が派手だの文句三昧。
挙句の果てに彼女が選んだのは作務衣二着。
眼の前の少女は、行き過ぎた質素倹約だ。生まれてくる性別を間違えているのではなかろうか。
「でも総隊長に挨拶に行くのにそんな格好はダメっスよ?」
「…確かに。偉い人なんですよね?」
「少なくとも、ボクが所属している組織のトップではありますね」
「お年を召された方ですか?」
「そうっス」
「なるほど」
値札を見て、生地を見て、色を見る。
少しだけ考えた後、選んだ着物。
「じゃあ、これで」
「また色気のない色スね」
「いいじゃないですか、群青色。フォーマルな場なんでしょう?言っておきますけど、その手に持ってる真っ赤な着物は着ませんからね」
「えぇー、つまらないっス」
「つまらなくて結構です。お年を召された方なら、尚更ですよ。私は余所者なんですから、なるべくいい印象でなくちゃ」
そう言われれば、確かに。
若いようで意外とよく考えているのだ、この娘は。
今まで知り合った女の中では、実に庶民的で、実に普通の女だ。
そして、肝が据わっている。
変わった少女だ。
歳もまだ20年ないくらい、いや15年と少しくらいしか生きていなさそうな背格好なのに、落ち着ききった態度に違和感を覚えた。
「いい印象、ね。そんな気にしなくてもいいんじゃないスか?」
「ダメですよ。でなきゃあなたの顔に泥を塗ることになる」
意外な返答に、ボクは言葉に詰まった。
「こんな小娘の無礼すら注意できないのか、って思われるのは癪でしょう?あなたの客である以上、きちんと振る舞いますよ」
遊びに行くわけじゃないんですから、と言って、着物に合わせる帯を選びに行った。
高価なものを与えれば喜ぶのだと。
快楽を与えれば悦ぶのだと。
女とは、基本的にそういう生き物だと思っていた。
しかも今回は自分の不注意で、彼女はここにいるのだ。
罪滅ぼしの足しではないけれど、当然のごとく強請られるものだと思っていた。
それがどうだ。阿近の作った適当な飯でも、サイズのあってない適当な白衣でも、久しぶりに引っ張り出してきた、少し埃っぽい布団でも、彼女はこういうのだ。
『ありがとうございます』
と。
控えめ、と言うには、ズケズケと物を言う方だ。かといって不遜でもない。
そうだ、欲がないのだ。
遠慮している様子でもない、ただ最初から欲っさないのだ、彼女は。
その彼女の唯一の望みが、あの約束だ。
『約束ですよ』
細く、白い指。
温かい体温。
さぞかしボクの手は冷たく感じただろう。
「すみません、お待たせしました」
「ん?あ、あぁ。はいはい、お会計ね、っと」
店主に金を渡して、店を出る。
昼過ぎに出たからか、買い物が終わる頃には辺りは夕暮れ時になっていた。
「浦原さん。」
「ん?」
「ありがとうございます」
ふにゃりと笑った彼女。
黄昏に染まった景色と、逆光で影を落とす彼女の姿。
それでも、照れくさそうに笑った顔は、はっきりと見えた。
あぁ、彼女が元の世界に戻ったら、この笑顔はもう見れないのか。
そう、ふと脳裏に過ぎってしまった。
「お安い御用ッスよ。早く、帰れるようにボクも善処しますね」
そう答えてしまったのが、少しだけ 口惜しくなった。
研究室から夜一につまみ出された二人。
親指をグッと立てて、瞬く間に消えた彼女。
どうして、こうなった。
aster days#05
「反物屋。…着物とか売ってる場所ですか?」
「正確には着物を仕立てるための布を売ってるとこっスね」
「…おーだーめいど、ってやつです?」
「そうっス。」
「絶対それ高いやつじゃないですか。普通の服でお願いします」
「えぇっ、それじゃあ夜一サンにボクが叱られますってば」
「そんなとこで買い物なんて、身分不相応ですよ、私が!」
なんで適当な白衣から一点物の着物に一気に格上げなんだ。
普通でいいんだ、普通で。
「えぇー、折角のデートっスよ?」
「買い物です。普通の。
それにこっちはお金出せない身分なんですから、普通か、それ以下でいいです」
「じゃあ、シノサンも、もし客人の世話するならそうするんっスか?」
「それは…なるべく、普通か、いいものを。お財布事情によりますが…」
「じゃあやっぱりまず反物屋に」
「あぁぁ、本人の意思をなるべく尊重します、私なら!」
なんなんだ、全く。
高いものを貢げばいいってもんじゃないでしょう。こっちの気持ちも汲んでほしいものだ。
***
「この桜色の着物は?」
「…ちょっと派手すぎじゃないです?」
「年頃の女の子だとこんなものでしょ。綺麗な色なのに」
「いや、いいです。あぁ、これいいですね、動きやすそう」
「作務衣じゃないスか」
「こういうのでいいんですよ、動きやすくて、洗濯しやすいし」
まるで男と買い物をしている気分だ。
今までに遊んだ若い女は、まぁ正直、何人もいた。
彼女達が好きそうな着物を勧めれば、高いだの色が派手だの文句三昧。
挙句の果てに彼女が選んだのは作務衣二着。
眼の前の少女は、行き過ぎた質素倹約だ。生まれてくる性別を間違えているのではなかろうか。
「でも総隊長に挨拶に行くのにそんな格好はダメっスよ?」
「…確かに。偉い人なんですよね?」
「少なくとも、ボクが所属している組織のトップではありますね」
「お年を召された方ですか?」
「そうっス」
「なるほど」
値札を見て、生地を見て、色を見る。
少しだけ考えた後、選んだ着物。
「じゃあ、これで」
「また色気のない色スね」
「いいじゃないですか、群青色。フォーマルな場なんでしょう?言っておきますけど、その手に持ってる真っ赤な着物は着ませんからね」
「えぇー、つまらないっス」
「つまらなくて結構です。お年を召された方なら、尚更ですよ。私は余所者なんですから、なるべくいい印象でなくちゃ」
そう言われれば、確かに。
若いようで意外とよく考えているのだ、この娘は。
今まで知り合った女の中では、実に庶民的で、実に普通の女だ。
そして、肝が据わっている。
変わった少女だ。
歳もまだ20年ないくらい、いや15年と少しくらいしか生きていなさそうな背格好なのに、落ち着ききった態度に違和感を覚えた。
「いい印象、ね。そんな気にしなくてもいいんじゃないスか?」
「ダメですよ。でなきゃあなたの顔に泥を塗ることになる」
意外な返答に、ボクは言葉に詰まった。
「こんな小娘の無礼すら注意できないのか、って思われるのは癪でしょう?あなたの客である以上、きちんと振る舞いますよ」
遊びに行くわけじゃないんですから、と言って、着物に合わせる帯を選びに行った。
高価なものを与えれば喜ぶのだと。
快楽を与えれば悦ぶのだと。
女とは、基本的にそういう生き物だと思っていた。
しかも今回は自分の不注意で、彼女はここにいるのだ。
罪滅ぼしの足しではないけれど、当然のごとく強請られるものだと思っていた。
それがどうだ。阿近の作った適当な飯でも、サイズのあってない適当な白衣でも、久しぶりに引っ張り出してきた、少し埃っぽい布団でも、彼女はこういうのだ。
『ありがとうございます』
と。
控えめ、と言うには、ズケズケと物を言う方だ。かといって不遜でもない。
そうだ、欲がないのだ。
遠慮している様子でもない、ただ最初から欲っさないのだ、彼女は。
その彼女の唯一の望みが、あの約束だ。
『約束ですよ』
細く、白い指。
温かい体温。
さぞかしボクの手は冷たく感じただろう。
「すみません、お待たせしました」
「ん?あ、あぁ。はいはい、お会計ね、っと」
店主に金を渡して、店を出る。
昼過ぎに出たからか、買い物が終わる頃には辺りは夕暮れ時になっていた。
「浦原さん。」
「ん?」
「ありがとうございます」
ふにゃりと笑った彼女。
黄昏に染まった景色と、逆光で影を落とす彼女の姿。
それでも、照れくさそうに笑った顔は、はっきりと見えた。
あぁ、彼女が元の世界に戻ったら、この笑顔はもう見れないのか。
そう、ふと脳裏に過ぎってしまった。
「お安い御用ッスよ。早く、帰れるようにボクも善処しますね」
そう答えてしまったのが、少しだけ 口惜しくなった。