aster days
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現世に来て一ヶ月。
浦原の目元の隈が日増しに酷くなっていた。
無理もない。
時間停止をかけているとはいえ、彼らのリミットは、もうすぐそこだったのだから。
aster days#16
「鉄裁さん」
慣れない台所で調理した食事。かまどなんて、初めて使った。
米を炊くのもまさか土鍋でするとは思わず、味見してみたがなんとか大丈夫そうで安心した。
現世は今、大正時代だ。それも第一次世界大戦の真っ只中。
歴史上は本土に被害はなかったとはいえ、町に出れば兵隊がいる…という光景は妙な気分だった。
祖父母から『戦時中は大変だったのよ』という話は良く聞いていたが、まさかそれが自分の身にも降り掛かることになるとは。
彼らが体験したのは第二次世界大戦の方だから、今回のコレとはまた違うといえば、違うのだが。
「お食事、ここに置いておきますね」
「かたじけない」
時間停止を行っている鉄裁も、そろそろ限界だろう。眼鏡の奥に疲労困憊の色が見えた。
まぁ一番切羽詰まっているのは、彼だろうが。
家の一番奥。
そこに彼はいた。
「浦原さん。…朝ごはんも食べられてないじゃないですか。倒れちゃいますよ」
手付かずの朝食を下げて、湯気が立ち込める昼食とそっと入れ替えた。
普段なら『せっかく作ったのに』と一言くらい文句を言ってやるのだが、今はそうもいかない。
鉄裁の元で眠っている、彼らを助ける術を探しているのだから。
「…名無しサン、」
「はい。どうか、されましたか?」
久しぶりに彼と目が合った。
光が、今にも消えそうな瞳。
――嫌な予感がした。
「…いえ。なんでも、ありません」
そう言って曖昧に力なく微笑む彼の表情は、どこか消えそうなくらい儚げで。
***
丑三つ時。
外に出ればゆらりと揺れるガス燈の仄かな明かりが町を照らしていた。
彼女には、言えなかった。
言いたくなかった。
鉄裁に言えば『…致し方ないとはいえ、』と悔しそうな顔をしていた。
分かっている。
そんなの、自分が一番よく分かっていた。
カラン・と下駄が乾いた音を立てて鳴る。
刀を持ったのなんて一ヶ月ぶりだ。
無益な殺人を起こそうとしているのは はじめてだが。
「どこに行かれるんですか」
玄関から伸びた手に、羽織を不意に掴まれた。
薄暗い家の中から伸ばされた生白い腕。
確認するまでもない。名無しだ。
「…ちょっと、散歩っスよ」
「刀を持ってですか?散歩なら、お昼に行けばいいじゃないですか」
彼女の責めるような双眸と視線が絡んだ。
――あぁ。鉄裁から、聞いたのだろうか。
「お昼は、ダメっスよ。目立っちゃいますから」
「そういう問題じゃありません。分かってるんですか?今、浦原さんが何をしようとしているのか」
分かっている。
でも、これしか方法がないんだ。
「命の重さは、均等じゃありません。彼らを、救わなければ」
「そんなの誰が決めたんですか!あなたが、」
ぐっと歯を食いしばり、絞り出すような声で彼女が呟く。
「奪おうとしている、命は、誰かの大切な人かもしれません」
「それでも、彼等の虚化を止めるには人間の魂魄が必要なんっス」
「彼らがそれを赦すとでも、思っているんですか。絶対に怒りますよ、ひよ里ちゃん達は。分かっているんでしょう?!」
分かっている。
…分かって、いるんだ。
「それでも、」
「〜〜〜ッあーーー!もう!埒が明かない!
鉄裁さん!!浦原さんを中に入れてください!」
痺れを切らしたように珍しく彼女が声を荒らげる。
鉄裁も諦めたように首をひとつ振り、ボクの肩を強く掴んだ。
「浦原殿。貴方の手を汚すわけにはいかない」
「しかし鉄裁サン、もうこれしか方法がないんっス」
何度目かの、諦めにも近い言葉。
羽織を掴んでいた名無しの手がふっと離れると、下から作務衣の胸倉を荒々しく両手で掴まれた。
外から差し込むガス燈の僅かな明かりと、禍々しく夜空へ昇る赤い満月が彼女の顔を照らす。
覚悟を、決めた顔。
獣のような強い瞳に、ボクはただ言葉を失った。
「改造魂魄、でしたっけ。研究室にあったアレ。
たしか莫大な霊力と魂の片鱗を使って造られるんですよね?」
「…そうっスけど、それが何か」
「私が、人間の魂魄の代用を造ります。」
曇りひとつない、黒い瞳。
濁ってしまったボクの眼には、あまりにも眩しすぎた。
浦原の目元の隈が日増しに酷くなっていた。
無理もない。
時間停止をかけているとはいえ、彼らのリミットは、もうすぐそこだったのだから。
aster days#16
「鉄裁さん」
慣れない台所で調理した食事。かまどなんて、初めて使った。
米を炊くのもまさか土鍋でするとは思わず、味見してみたがなんとか大丈夫そうで安心した。
現世は今、大正時代だ。それも第一次世界大戦の真っ只中。
歴史上は本土に被害はなかったとはいえ、町に出れば兵隊がいる…という光景は妙な気分だった。
祖父母から『戦時中は大変だったのよ』という話は良く聞いていたが、まさかそれが自分の身にも降り掛かることになるとは。
彼らが体験したのは第二次世界大戦の方だから、今回のコレとはまた違うといえば、違うのだが。
「お食事、ここに置いておきますね」
「かたじけない」
時間停止を行っている鉄裁も、そろそろ限界だろう。眼鏡の奥に疲労困憊の色が見えた。
まぁ一番切羽詰まっているのは、彼だろうが。
家の一番奥。
そこに彼はいた。
「浦原さん。…朝ごはんも食べられてないじゃないですか。倒れちゃいますよ」
手付かずの朝食を下げて、湯気が立ち込める昼食とそっと入れ替えた。
普段なら『せっかく作ったのに』と一言くらい文句を言ってやるのだが、今はそうもいかない。
鉄裁の元で眠っている、彼らを助ける術を探しているのだから。
「…名無しサン、」
「はい。どうか、されましたか?」
久しぶりに彼と目が合った。
光が、今にも消えそうな瞳。
――嫌な予感がした。
「…いえ。なんでも、ありません」
そう言って曖昧に力なく微笑む彼の表情は、どこか消えそうなくらい儚げで。
***
丑三つ時。
外に出ればゆらりと揺れるガス燈の仄かな明かりが町を照らしていた。
彼女には、言えなかった。
言いたくなかった。
鉄裁に言えば『…致し方ないとはいえ、』と悔しそうな顔をしていた。
分かっている。
そんなの、自分が一番よく分かっていた。
カラン・と下駄が乾いた音を立てて鳴る。
刀を持ったのなんて一ヶ月ぶりだ。
無益な殺人を起こそうとしているのは はじめてだが。
「どこに行かれるんですか」
玄関から伸びた手に、羽織を不意に掴まれた。
薄暗い家の中から伸ばされた生白い腕。
確認するまでもない。名無しだ。
「…ちょっと、散歩っスよ」
「刀を持ってですか?散歩なら、お昼に行けばいいじゃないですか」
彼女の責めるような双眸と視線が絡んだ。
――あぁ。鉄裁から、聞いたのだろうか。
「お昼は、ダメっスよ。目立っちゃいますから」
「そういう問題じゃありません。分かってるんですか?今、浦原さんが何をしようとしているのか」
分かっている。
でも、これしか方法がないんだ。
「命の重さは、均等じゃありません。彼らを、救わなければ」
「そんなの誰が決めたんですか!あなたが、」
ぐっと歯を食いしばり、絞り出すような声で彼女が呟く。
「奪おうとしている、命は、誰かの大切な人かもしれません」
「それでも、彼等の虚化を止めるには人間の魂魄が必要なんっス」
「彼らがそれを赦すとでも、思っているんですか。絶対に怒りますよ、ひよ里ちゃん達は。分かっているんでしょう?!」
分かっている。
…分かって、いるんだ。
「それでも、」
「〜〜〜ッあーーー!もう!埒が明かない!
鉄裁さん!!浦原さんを中に入れてください!」
痺れを切らしたように珍しく彼女が声を荒らげる。
鉄裁も諦めたように首をひとつ振り、ボクの肩を強く掴んだ。
「浦原殿。貴方の手を汚すわけにはいかない」
「しかし鉄裁サン、もうこれしか方法がないんっス」
何度目かの、諦めにも近い言葉。
羽織を掴んでいた名無しの手がふっと離れると、下から作務衣の胸倉を荒々しく両手で掴まれた。
外から差し込むガス燈の僅かな明かりと、禍々しく夜空へ昇る赤い満月が彼女の顔を照らす。
覚悟を、決めた顔。
獣のような強い瞳に、ボクはただ言葉を失った。
「改造魂魄、でしたっけ。研究室にあったアレ。
たしか莫大な霊力と魂の片鱗を使って造られるんですよね?」
「…そうっスけど、それが何か」
「私が、人間の魂魄の代用を造ります。」
曇りひとつない、黒い瞳。
濁ってしまったボクの眼には、あまりにも眩しすぎた。