aster days
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運命の日は 突然訪れた。
穏やかな日々はもう戻らない。
さぁ、前に進め。
aster days#13
「魂魄消失?」
「そうっス。だから、しばらくちょっと研究室に篭もりますね」
「分かりました。お弁当は届けに行きますね」
「すみません、わざわざ」
「身体は資本ですから。あんまり徹夜しないでくださいね」
「んー…善処します」
これは徹夜だな。
そんなことを考えながら緑茶をすする。
本音と建前を笑顔で隠す浦原の考えも何となく読めてきた。
「名無しサン、」
「はい」
「くれぐれも、不急の外出は控えてくださいね。瀞霊廷は多分大丈夫でしょうけど、念の為」
「分かりました。気をつけて行ってきてください」
「はぁい。で、いってらっしゃいのチューを」
「しません」
「…相変わらず塩対応っスね」
「そういうのはお付き合いしている女性にお願いしてください」
こっちはまだ未成年だぞ。
この寝癖局長は何を言ってるのだろう。
機嫌よく手を振りながら、部屋をあとにする浦原。
そう。彼の笑顔を見たのは、これが最後になる。
***
夕暮れ時。
寂しげな橙色に太陽が沈む一方で、夜の帳が東の空から覆っていく。
コンコンッ
乾いたノック音。
浦原へ持っていく夕飯の弁当の用意をしていた手を止め、出入口に足を進める。
「はい、」
「こんばんは、名無しさん」
「あ、藍染さん」
穏やかな笑顔を浮かべた、三番隊の副隊長。
彼の後ろには三席の市丸も一緒にいた。
そう、【いつもの二人】だ。
「平子隊長を見なかったかい?」
「平子さん?いえ…。珍しいですね、藍染さんが平子さんを探すなんて」
「そうかな?」
「だって、いつも市丸くんと一緒にいるじゃないですか」
飄々とした平子の側には、目の前の副隊長である藍染と同姓の、【スキンヘッドの隊士】がいつも側にいた。
てっきり平子とは仲があまり良くないのかと思っていたのだが。
そう、思っていたのだ。
「なるほど。…君は、やっぱり僕の見込んだ通りの子だ」
「え?」
「ギン、」
「はいな。…【白伏】」
目の前がカメラのフラッシュのように、一瞬眩く光る。
それと同時にぐらりと歪む視界。
霊圧を一気に解放した後とは違う、意識が濁っていく感覚だ。
「あいぜ、」
「おやすみ、名無し。良い夢を」
意識は、ここでぷつりと途切れた。
***
「ただ忠実に僕の命令に従ったに過ぎない。どうか彼を責めないでやって下さいませんか、――平子隊長」
「藍…染…!やっぱし…お前やったんか…!」
「気づかれていましたか、流石ですね」
満身創痍の平子に対し、動揺の微塵もなく声をかける藍染。
射抜くような目をした平子が振り返れば、視界に入ったのは藍染に抱えられた名無しの姿。
ぐったりとした体をただ抱えられている様子を見る限り、意識は完全に手放している状態だった。
「オマエ…名無しに何したんや!」
「少し眠って貰っているだけですよ。あと丸二日は起きないでしょう。
…彼女の霊力は素晴らしい。この尸魂界の誰よりも、利用価値がある」
「そんなことして、喜助が黙ってる訳ないやろうが…!」
「気づきませんよ、誰も。
あなたの後ろをいつも歩いていたのが、【僕ではなかった】ということすら、気づかなかった貴方達には」
「なっ…!?」
「もっとも、彼女には鏡花水月の【完全催眠】すら効かなかったようですが」
平子の脳裏に過ぎったのは、ほんの少しの違和感。
藍染を連れて瀞霊廷を歩いていた時に一度だけ名無しに会った。
彼女と一緒にいたひよ里が言っていた。
『藍染。オマエも副隊長なんやから、こんなハゲいつでも蹴っ飛ばしたれ』
その言葉に、小さく首を傾げていた名無しの姿を。
彼女には、副隊長である藍染には見えなかったのだ。
平子は、警戒するために、藍染を監視するためにあえて副官に選んだ。
そう。それも藍染にとっては予定調和の出来事に過ぎなかった。
平子の藍染に対する警戒心が強かったが故に、彼の些細な変化が分からなかった。
「期待通りでしたよ。つまり、僕があなたを選んだんですよ、平子隊長」
弓形に歪む口元を隠すこともなく、藍染が嘲笑のように嗤う。
そんな中、抱えられた名無しの瞼がピクリと動いた。
彼女がゆるゆると目を開ければ、真っ黒な死覇装が真っ先に視界に入る。
見上げれば、眼鏡の奥の冷ややかな視線と目が合ってしまった。
「あい、ぜん…さん?」
「おや。随分起きるのが早かったですね。ギン、手を抜いてはダメだろう」
「嫌やわ、本気でやりましたよ。名無しちゃんがおかしいんやわ」
「名無し、逃げぇや!」
耳に届いたのは平子の声。
まだ半覚醒の彼女の視界に飛び込んできたのは、平子の左目と口から溢れる白い『何か』。
それは平子自身を飲み込むように、勢いよく姿形を覆っていく。
同時に、人の肉声とは思えない断末魔が辺りに響き渡る。
あまりにも現実離れした、惨い光景だった。
「ひ……、
平子さん!!!」
朦朧とした意識が一気に覚醒した。
辺りに倒れている隊長格の、獣のような悲鳴が流魂街に木霊する。
耳を塞ぎたくなるくらいの、空気を震わせる咆哮。
「やはり興奮状態の方が虚化の進行は早いようだね」
「虚化…?なんや、それ…っ」
「――――!」
平子の問いかける声を遮るように、一際大きく吠えた声。
少女のソレは、名無しにとって聞き覚えのあるもので。
一角の角が生えた仮面を纏った、ツインテールの少女。
見間違うはずがない。
顔が見えなくとも、背丈と、声で分かる。
「シ…シン、ジ……?……名無し…?」
仮面の隙間から覗く瞳は、完全に正気を失っていた。
どうして こんなところにひよ里が、
「要。」
「はい」
冷ややかな視線を送り、藍染が東仙に声を掛けた。
迷いなく刀に添えられた手。
次に何が起こるのか、未来予知能力がなくとも分かりきっていた。
「ひよ里ちゃん!!」
油断していた藍染の腕を振りほどき、ひよ里と東仙の間に滑り込む。
盲目の剣士を睨みつけ、覚束無い足取りのひよ里を咄嗟に背に隠した。
「『近づくな!!』」
空気が、震えた。
騒がしい旋風が一瞬吹き荒れ、重く鋭い霊圧が空気を裂く。
凪いでいた草が、突風に煽られたかのように宙に舞った。
それと同時に刀を持った東仙の腕が、鎌鼬に斬られたような切傷が走る。
そう、まるで見えない刃に切りつけられたかのように。
「ぐっ…!」
「下がれ、要。その子は斬るな。
…おいたが過ぎるよ、名無し。こっちへ戻っておいで」
優しく、とても穏やかに。
一見、聖者のように穏やかな微笑みを浮かべ、藍染が手を差し伸べる。
分かっている。手をとるべきは、そっちじゃない。
「嫌です!」
後ろに隠したひよ里の手を強く握る。
意識がないのか、彼女の手に握り返されることは無かった。
恐怖、だ。
握り拳を作った己の指先は震え、冷たい汗が不意に滲む。
「やれやれ。材料を始末してから、少し仕置が必要か」
藍染が大きく刀を振りかぶる。
それは仮面に呑まれ抵抗が出来なくなった平子へ。
「く、そぉぉぉおおお!!!!!」
吠える獣の声に引き寄せられるように、音もなく風を切る気配。
黒い外套を羽織った、よく見知った男の姿。
驚きに思わず目を見開き、息を呑む。
すんでのところで浦原の振るった刃から半身躱す藍染。
隊の誇りであるはずの副官章が、宙を舞う。
「…ほう。これはまた、面白いお客様だ…」
穏やかな日々はもう戻らない。
さぁ、前に進め。
aster days#13
「魂魄消失?」
「そうっス。だから、しばらくちょっと研究室に篭もりますね」
「分かりました。お弁当は届けに行きますね」
「すみません、わざわざ」
「身体は資本ですから。あんまり徹夜しないでくださいね」
「んー…善処します」
これは徹夜だな。
そんなことを考えながら緑茶をすする。
本音と建前を笑顔で隠す浦原の考えも何となく読めてきた。
「名無しサン、」
「はい」
「くれぐれも、不急の外出は控えてくださいね。瀞霊廷は多分大丈夫でしょうけど、念の為」
「分かりました。気をつけて行ってきてください」
「はぁい。で、いってらっしゃいのチューを」
「しません」
「…相変わらず塩対応っスね」
「そういうのはお付き合いしている女性にお願いしてください」
こっちはまだ未成年だぞ。
この寝癖局長は何を言ってるのだろう。
機嫌よく手を振りながら、部屋をあとにする浦原。
そう。彼の笑顔を見たのは、これが最後になる。
***
夕暮れ時。
寂しげな橙色に太陽が沈む一方で、夜の帳が東の空から覆っていく。
コンコンッ
乾いたノック音。
浦原へ持っていく夕飯の弁当の用意をしていた手を止め、出入口に足を進める。
「はい、」
「こんばんは、名無しさん」
「あ、藍染さん」
穏やかな笑顔を浮かべた、三番隊の副隊長。
彼の後ろには三席の市丸も一緒にいた。
そう、【いつもの二人】だ。
「平子隊長を見なかったかい?」
「平子さん?いえ…。珍しいですね、藍染さんが平子さんを探すなんて」
「そうかな?」
「だって、いつも市丸くんと一緒にいるじゃないですか」
飄々とした平子の側には、目の前の副隊長である藍染と同姓の、【スキンヘッドの隊士】がいつも側にいた。
てっきり平子とは仲があまり良くないのかと思っていたのだが。
そう、思っていたのだ。
「なるほど。…君は、やっぱり僕の見込んだ通りの子だ」
「え?」
「ギン、」
「はいな。…【白伏】」
目の前がカメラのフラッシュのように、一瞬眩く光る。
それと同時にぐらりと歪む視界。
霊圧を一気に解放した後とは違う、意識が濁っていく感覚だ。
「あいぜ、」
「おやすみ、名無し。良い夢を」
意識は、ここでぷつりと途切れた。
***
「ただ忠実に僕の命令に従ったに過ぎない。どうか彼を責めないでやって下さいませんか、――平子隊長」
「藍…染…!やっぱし…お前やったんか…!」
「気づかれていましたか、流石ですね」
満身創痍の平子に対し、動揺の微塵もなく声をかける藍染。
射抜くような目をした平子が振り返れば、視界に入ったのは藍染に抱えられた名無しの姿。
ぐったりとした体をただ抱えられている様子を見る限り、意識は完全に手放している状態だった。
「オマエ…名無しに何したんや!」
「少し眠って貰っているだけですよ。あと丸二日は起きないでしょう。
…彼女の霊力は素晴らしい。この尸魂界の誰よりも、利用価値がある」
「そんなことして、喜助が黙ってる訳ないやろうが…!」
「気づきませんよ、誰も。
あなたの後ろをいつも歩いていたのが、【僕ではなかった】ということすら、気づかなかった貴方達には」
「なっ…!?」
「もっとも、彼女には鏡花水月の【完全催眠】すら効かなかったようですが」
平子の脳裏に過ぎったのは、ほんの少しの違和感。
藍染を連れて瀞霊廷を歩いていた時に一度だけ名無しに会った。
彼女と一緒にいたひよ里が言っていた。
『藍染。オマエも副隊長なんやから、こんなハゲいつでも蹴っ飛ばしたれ』
その言葉に、小さく首を傾げていた名無しの姿を。
彼女には、副隊長である藍染には見えなかったのだ。
平子は、警戒するために、藍染を監視するためにあえて副官に選んだ。
そう。それも藍染にとっては予定調和の出来事に過ぎなかった。
平子の藍染に対する警戒心が強かったが故に、彼の些細な変化が分からなかった。
「期待通りでしたよ。つまり、僕があなたを選んだんですよ、平子隊長」
弓形に歪む口元を隠すこともなく、藍染が嘲笑のように嗤う。
そんな中、抱えられた名無しの瞼がピクリと動いた。
彼女がゆるゆると目を開ければ、真っ黒な死覇装が真っ先に視界に入る。
見上げれば、眼鏡の奥の冷ややかな視線と目が合ってしまった。
「あい、ぜん…さん?」
「おや。随分起きるのが早かったですね。ギン、手を抜いてはダメだろう」
「嫌やわ、本気でやりましたよ。名無しちゃんがおかしいんやわ」
「名無し、逃げぇや!」
耳に届いたのは平子の声。
まだ半覚醒の彼女の視界に飛び込んできたのは、平子の左目と口から溢れる白い『何か』。
それは平子自身を飲み込むように、勢いよく姿形を覆っていく。
同時に、人の肉声とは思えない断末魔が辺りに響き渡る。
あまりにも現実離れした、惨い光景だった。
「ひ……、
平子さん!!!」
朦朧とした意識が一気に覚醒した。
辺りに倒れている隊長格の、獣のような悲鳴が流魂街に木霊する。
耳を塞ぎたくなるくらいの、空気を震わせる咆哮。
「やはり興奮状態の方が虚化の進行は早いようだね」
「虚化…?なんや、それ…っ」
「――――!」
平子の問いかける声を遮るように、一際大きく吠えた声。
少女のソレは、名無しにとって聞き覚えのあるもので。
一角の角が生えた仮面を纏った、ツインテールの少女。
見間違うはずがない。
顔が見えなくとも、背丈と、声で分かる。
「シ…シン、ジ……?……名無し…?」
仮面の隙間から覗く瞳は、完全に正気を失っていた。
どうして こんなところにひよ里が、
「要。」
「はい」
冷ややかな視線を送り、藍染が東仙に声を掛けた。
迷いなく刀に添えられた手。
次に何が起こるのか、未来予知能力がなくとも分かりきっていた。
「ひよ里ちゃん!!」
油断していた藍染の腕を振りほどき、ひよ里と東仙の間に滑り込む。
盲目の剣士を睨みつけ、覚束無い足取りのひよ里を咄嗟に背に隠した。
「『近づくな!!』」
空気が、震えた。
騒がしい旋風が一瞬吹き荒れ、重く鋭い霊圧が空気を裂く。
凪いでいた草が、突風に煽られたかのように宙に舞った。
それと同時に刀を持った東仙の腕が、鎌鼬に斬られたような切傷が走る。
そう、まるで見えない刃に切りつけられたかのように。
「ぐっ…!」
「下がれ、要。その子は斬るな。
…おいたが過ぎるよ、名無し。こっちへ戻っておいで」
優しく、とても穏やかに。
一見、聖者のように穏やかな微笑みを浮かべ、藍染が手を差し伸べる。
分かっている。手をとるべきは、そっちじゃない。
「嫌です!」
後ろに隠したひよ里の手を強く握る。
意識がないのか、彼女の手に握り返されることは無かった。
恐怖、だ。
握り拳を作った己の指先は震え、冷たい汗が不意に滲む。
「やれやれ。材料を始末してから、少し仕置が必要か」
藍染が大きく刀を振りかぶる。
それは仮面に呑まれ抵抗が出来なくなった平子へ。
「く、そぉぉぉおおお!!!!!」
吠える獣の声に引き寄せられるように、音もなく風を切る気配。
黒い外套を羽織った、よく見知った男の姿。
驚きに思わず目を見開き、息を呑む。
すんでのところで浦原の振るった刃から半身躱す藍染。
隊の誇りであるはずの副官章が、宙を舞う。
「…ほう。これはまた、面白いお客様だ…」