aster days
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私は、ただ帰る場所が欲しかった。
aster days#10
「帰れる?」
「そうっス」
技術開発局に珍しく呼び出された。
浦原から聞かされた言葉は「完成しました。元の世界へ帰れます」の一言。
「そう、ですか。帰れるんですね…」
安心したような、少しだけ残念なような。
…残念?
いや、そんなことはない。
唯一の『家族』をあちらに置いていってしまっている。
それに彼は約束をこうして守ってくれた。
…ほんの少し。
そう、少しだけ、ここの人達と関わりすぎた。それだけの話。
「あの、」
「はい」
「ありがとうございました」
頭を深々と下げる。
ゆっくりと顔を上げれば、複雑そうな表情で笑う浦原の顔。
違和感が、あった。
いつもの飄々とした笑顔ではなかったことに、この時追及すればよかった。
「いえ、こちらこそ迷惑をお掛けしました。
…早速ですけど、そこのカプセルに入って頂けますか?すぐ帰れる準備を始めるんで」
「すぐ、ですか?あの、ひよ里ちゃんやマユリさんにお別れを」
「今はすみません、ちょっといないんです」
「…わかりました」
そうだ、違和感だ。
普段の彼らしかぬ態度。
問い詰めれば、よかったのだ。
***
『いいですか、足元が浮いたら必ず目を閉じてください。多分かなり酔うと思うんで』
「はい」
SFみたいな世界だ。
機械で元いた世界へ転送・だなんて実感がわかない。浦原を信頼していないわけではないが、それでも一抹の不安は拭えなかった。
それに、ガラス越しに見る彼の表情は、随分と固い。
『喜助ェ!』
扉をけたたましく開け放ったのは、ひよ里。
急いできたのか、ぜぇぜぇと息を切らして研究室へ滑り込んできた。
『今すぐ機械を止めェ!』
助走をつけ、いつものように背中に跳び蹴りを入れる
はずだった。
『ダメっスよ、ひよ里サン。邪魔しないでください』
白刃取りのように足首を軽く掴む浦原。
小柄なひよ里は宙吊りになる、が抵抗するように浦原の手を蹴り続ける。
それでも彼は離さなかった。
『名無し!こいつ、自分の霊力全部注いで機械動かすつもりや!』
埒が明かないと悟ったのか、逆さになったままひよ里が吠える。
脳裏によぎるったのは、ここに来た最初の日。
彼が言った言葉。
『その霊力が完全に切れたら』
『死ぬッスね』
死ぬ。
全部、この機械に霊力を注いで。
私をかえすために。
「ちょっ…浦原さん!止めてください!」
『ダメっスよ。今日このタイミング逃したら絶対ひよ里サンにこの機械バラバラにされるっスから』
『当たり前や!こんなガラクタ、すぐに廃品回収に出したる!!名無し、はよ出てこい!』
カプセルの中の、唯一の扉。
慌てて掴んでみるも、内側からだとビクともしなかった。
「開けてください!」
『ダメと言ってるのが分からないんスか。
…約束、ですから。決めたんですよ、絶対に帰すって』
「こんな形でなんて、望んでいません!」
『そう言うと思いました。だから、ひよ里サンや涅サンには黙ってたんです。もちろん、名無しサンにも』
「このっ、」
拳で必死に叩いても、ヒビひとつ入りはしない。
機械が起動し始めたのか、無機質な電源音が鳴り始める。
足元に感じる浮遊感。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
このままだと取り返しがつかないことになる。
嫌だ。
誰かの死を看取るのは、もう懲り懲りだ。
『何モタついてるんだネ』
『マユリィ!この機械とバカを止めェ!』
『私にも無理だヨ。何をやっている名無し、中から壊してしまいなヨ』
「ダメです、ガラスが割れないんです!」
こんなに叩いているのに割れないなんて、これはガラスじゃないのかもしれない。
泣きそうになりながらマユリを見れば、やれやれと言わんばかりに小さく肩を竦めた。
『キミの細腕に何も期待してないヨ。
教えたはずだヨ、霊力で内側から水槽を【壊せば】いい。単純明快なことだネ』
水槽。
そうだ、金魚鉢のイメージ。
『まさか。名無しサン、ダメです!』
浦原の、声が聞こえる。
焦る気持ちを抑えるように大きくひとつ深呼吸をして、腹を括った。
一寸の光も通さないように、固く目を閉じる。
私は、水。
湧き出るソレを、ゆっくりと注げと以前マユリに言われた。
つまり
「思いっ切り、」
激流のように、注げ。
弾け飛ぶ手首の細い鎖。
それと同時に吐き気のように体の奥から溢れてくる『何か』。背筋に悪寒がはしり、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
囲っていたガラスが耳障りな不協和音を立てて砕け散る。
宙に舞った破片は、分解された粒子のようになって空気に溶けた。
「名無しサン、」
呆然と機械の前に立ち尽くしている浦原。
彼も多少なりとも霊力を込めた後だからか、小さく息を切らしていた。
ふらりと揺れる視界。立ちくらみのような感覚に目眩がした。
それでも両足に力を込めて、なんとか踏み止まる。
大きく息をひとつ吐いて、倍の空気を一気に吸い込み、
右手を大きく振りかぶった。
パンッ
乾いた音。
少しだけ赤くなった浦原の左頬。
私の右手も、少しだけ痛かった。
「バカ。」
その一言だけ吐き捨てて、研究室を足早に出ていった。
「…名無しサン、泣かしちゃいましたね」
「アンタのせいや」
はよ離せや、と一言いい、浦原の手首を一蹴りするひよ里。
先程まで頑なに解放されなかった拘束は、呆気なく解けた。
「迂闊だったネ、どうせなら『籠』に殺気石でも使っておけば良かったんだヨ」
ニンマリと笑いながらマユリが小馬鹿にしたように言い放つ。
その嫌味に緩く首を振って、浦原は床に落ちたガラス片をそっと手に取った。
「使っていましたよ。コレ、特注品っスから」
その一言にマユリが僅かに目を見開くが、そんなこと今は問題ではなかった。
打たれた左頬を抑えながら、そっと俯く。
帰れなかったから泣いたんじゃない。
きっと、間違いなく、自分が泣かした。
「あーあ、ひよ里サンのせいっスよ。この機械作るの大変だったんっスから」
「アホか。アンタに死なれたら副隊長のウチが迷惑や。えぇからさっさと名無しを追いかけんかい!」
いつものように浦原の背中を蹴飛ばす。
今度はいつものようにクリーンヒットした。
「いてて、分かってますよぉ」
白い隊長羽織を二、三度叩き、汚れを落とす。居場所を探すために霊圧感知に意識を研ぎ澄ませるまでもない。彼女の霊圧は、意識しなくてもすぐに分かる程に大きく膨れ上がっているから。
このままだと倒れるのも時間の問題。
そう判断した浦原は大きく息を吸って、瞬歩で駆けて行った。
aster days#10
「帰れる?」
「そうっス」
技術開発局に珍しく呼び出された。
浦原から聞かされた言葉は「完成しました。元の世界へ帰れます」の一言。
「そう、ですか。帰れるんですね…」
安心したような、少しだけ残念なような。
…残念?
いや、そんなことはない。
唯一の『家族』をあちらに置いていってしまっている。
それに彼は約束をこうして守ってくれた。
…ほんの少し。
そう、少しだけ、ここの人達と関わりすぎた。それだけの話。
「あの、」
「はい」
「ありがとうございました」
頭を深々と下げる。
ゆっくりと顔を上げれば、複雑そうな表情で笑う浦原の顔。
違和感が、あった。
いつもの飄々とした笑顔ではなかったことに、この時追及すればよかった。
「いえ、こちらこそ迷惑をお掛けしました。
…早速ですけど、そこのカプセルに入って頂けますか?すぐ帰れる準備を始めるんで」
「すぐ、ですか?あの、ひよ里ちゃんやマユリさんにお別れを」
「今はすみません、ちょっといないんです」
「…わかりました」
そうだ、違和感だ。
普段の彼らしかぬ態度。
問い詰めれば、よかったのだ。
***
『いいですか、足元が浮いたら必ず目を閉じてください。多分かなり酔うと思うんで』
「はい」
SFみたいな世界だ。
機械で元いた世界へ転送・だなんて実感がわかない。浦原を信頼していないわけではないが、それでも一抹の不安は拭えなかった。
それに、ガラス越しに見る彼の表情は、随分と固い。
『喜助ェ!』
扉をけたたましく開け放ったのは、ひよ里。
急いできたのか、ぜぇぜぇと息を切らして研究室へ滑り込んできた。
『今すぐ機械を止めェ!』
助走をつけ、いつものように背中に跳び蹴りを入れる
はずだった。
『ダメっスよ、ひよ里サン。邪魔しないでください』
白刃取りのように足首を軽く掴む浦原。
小柄なひよ里は宙吊りになる、が抵抗するように浦原の手を蹴り続ける。
それでも彼は離さなかった。
『名無し!こいつ、自分の霊力全部注いで機械動かすつもりや!』
埒が明かないと悟ったのか、逆さになったままひよ里が吠える。
脳裏によぎるったのは、ここに来た最初の日。
彼が言った言葉。
『その霊力が完全に切れたら』
『死ぬッスね』
死ぬ。
全部、この機械に霊力を注いで。
私をかえすために。
「ちょっ…浦原さん!止めてください!」
『ダメっスよ。今日このタイミング逃したら絶対ひよ里サンにこの機械バラバラにされるっスから』
『当たり前や!こんなガラクタ、すぐに廃品回収に出したる!!名無し、はよ出てこい!』
カプセルの中の、唯一の扉。
慌てて掴んでみるも、内側からだとビクともしなかった。
「開けてください!」
『ダメと言ってるのが分からないんスか。
…約束、ですから。決めたんですよ、絶対に帰すって』
「こんな形でなんて、望んでいません!」
『そう言うと思いました。だから、ひよ里サンや涅サンには黙ってたんです。もちろん、名無しサンにも』
「このっ、」
拳で必死に叩いても、ヒビひとつ入りはしない。
機械が起動し始めたのか、無機質な電源音が鳴り始める。
足元に感じる浮遊感。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
このままだと取り返しがつかないことになる。
嫌だ。
誰かの死を看取るのは、もう懲り懲りだ。
『何モタついてるんだネ』
『マユリィ!この機械とバカを止めェ!』
『私にも無理だヨ。何をやっている名無し、中から壊してしまいなヨ』
「ダメです、ガラスが割れないんです!」
こんなに叩いているのに割れないなんて、これはガラスじゃないのかもしれない。
泣きそうになりながらマユリを見れば、やれやれと言わんばかりに小さく肩を竦めた。
『キミの細腕に何も期待してないヨ。
教えたはずだヨ、霊力で内側から水槽を【壊せば】いい。単純明快なことだネ』
水槽。
そうだ、金魚鉢のイメージ。
『まさか。名無しサン、ダメです!』
浦原の、声が聞こえる。
焦る気持ちを抑えるように大きくひとつ深呼吸をして、腹を括った。
一寸の光も通さないように、固く目を閉じる。
私は、水。
湧き出るソレを、ゆっくりと注げと以前マユリに言われた。
つまり
「思いっ切り、」
激流のように、注げ。
弾け飛ぶ手首の細い鎖。
それと同時に吐き気のように体の奥から溢れてくる『何か』。背筋に悪寒がはしり、ぞわりと全身の毛が逆立つ。
囲っていたガラスが耳障りな不協和音を立てて砕け散る。
宙に舞った破片は、分解された粒子のようになって空気に溶けた。
「名無しサン、」
呆然と機械の前に立ち尽くしている浦原。
彼も多少なりとも霊力を込めた後だからか、小さく息を切らしていた。
ふらりと揺れる視界。立ちくらみのような感覚に目眩がした。
それでも両足に力を込めて、なんとか踏み止まる。
大きく息をひとつ吐いて、倍の空気を一気に吸い込み、
右手を大きく振りかぶった。
パンッ
乾いた音。
少しだけ赤くなった浦原の左頬。
私の右手も、少しだけ痛かった。
「バカ。」
その一言だけ吐き捨てて、研究室を足早に出ていった。
「…名無しサン、泣かしちゃいましたね」
「アンタのせいや」
はよ離せや、と一言いい、浦原の手首を一蹴りするひよ里。
先程まで頑なに解放されなかった拘束は、呆気なく解けた。
「迂闊だったネ、どうせなら『籠』に殺気石でも使っておけば良かったんだヨ」
ニンマリと笑いながらマユリが小馬鹿にしたように言い放つ。
その嫌味に緩く首を振って、浦原は床に落ちたガラス片をそっと手に取った。
「使っていましたよ。コレ、特注品っスから」
その一言にマユリが僅かに目を見開くが、そんなこと今は問題ではなかった。
打たれた左頬を抑えながら、そっと俯く。
帰れなかったから泣いたんじゃない。
きっと、間違いなく、自分が泣かした。
「あーあ、ひよ里サンのせいっスよ。この機械作るの大変だったんっスから」
「アホか。アンタに死なれたら副隊長のウチが迷惑や。えぇからさっさと名無しを追いかけんかい!」
いつものように浦原の背中を蹴飛ばす。
今度はいつものようにクリーンヒットした。
「いてて、分かってますよぉ」
白い隊長羽織を二、三度叩き、汚れを落とす。居場所を探すために霊圧感知に意識を研ぎ澄ませるまでもない。彼女の霊圧は、意識しなくてもすぐに分かる程に大きく膨れ上がっているから。
このままだと倒れるのも時間の問題。
そう判断した浦原は大きく息を吸って、瞬歩で駆けて行った。