short story
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年が明けて暫くすれば、毎年恒例・年明けの祝日がやってくる。
華やかな振袖を着た女の子に、普段着ることなんてないであろう紋付袴を身にまとった青年が町を歩いていた。
それはかぶき町も例外ではない。
「ったく、成人だか何だか知らねーが、はしゃいじまってよォ」
読み終わったジャンプを片手に、まさに大人になりきれていない大人代表が窓から成人達を見下ろす。
少し前に手伝っていた仕事は、成人式の前撮り写真のアシスタントだった。
正直、振袖も袴も見飽きた。
開け放った窓から冬のからっ風が吹き込んできて、思わず身震いする。…無茶苦茶寒い。
――けれど窓を閉めることは許されない。
何故なら定期的な換気を口酸っぱく言ってくる『医者』がいるからだ。
「銀時、窓開けてくれた?」
「おー。」
ひょこりと台所から顔を出す名無し。
普段の味気ない作務衣に白衣…ではなく、今日は休みだからだろう。浅葱色の着物を纏い、朝から忙しなく家事をしていた。
「名無し!早く食べるアル!」
「はいはい。」
「あ。銀さんはお餅、いくつ入れられますか?」
ふんわり冷たい空気にのって漂ってくるのは、コトコト煮込んだ餡子の甘い匂い。
今日のおやつはどうやらぜんざいらしい。
「んー。2個。」
はしゃぐ神楽と、エプロンをつけた新八が台所へ消える。
名無しはというと窓際が冷えると思ったのだろう、膝掛けを持ってひょこりとやってきた。
「何見てたの?」
「アレ。」
事務所の椅子に座ったまま、俺は膝掛けを受け取りながら指をさす。
先程とは違う振袖を着た、成人式を終えた若者の群れ・その2だ。
「あー成人式だもんね。いいなぁ。」
ふにゃふにゃと目元を緩ませて、名無しが楽しそうに見下ろす。
「ほら、あの赤い振袖とか綺麗だね」とまるでファッションショーを見ているかのように。
…そういえば攘夷戦争で成人式なんてする暇なんかなかった。
強いて言うなら二十歳になったから酒が正式に飲めるようになった・くらいしか印象にない。
まぁ俺はいいとしよう。別に興味ない。
だが目の前で楽しそうに目を細めている彼女となれば話は別だ。
「………………ふーん。」
通り過ぎていく赤い振袖を、俺は覚えておくようにじっと眺め続けた。
***
「名無し、今日空いてるか?」
休みだと聞いていた、一月の下旬のある日。
神楽と新八は新しく出来たドッグランだとかに定春を連れて遊びに行った。…あれを犬と分類していいかはさて置き。
「ん?うん。空いてるけど。」
「あー、出かけるぞ」
どこへ?と言わんばかりに首を傾げるが、それは内緒だ。
これは俺が『見てみたい』という欲が半分、喜んでくれるか・という気持ち半分だからだ。
「あ。化粧はしっかりしとけよ。」
***
「待って。銀時、誰から聞いたの?」
目的地の写真館の前に着いたら、名無しが珍しく狼狽えながら頭を抱え始めた。
…誰から聞く・だなんて。俺は別に何もしちゃいないが。
「何の話だよ。ほら行くぞ」
「え、ちょっと待って。だってまだ、」
名無しの手を引いて中に入れば、つい数ヶ月前の仕事先の景色。
高そうな、しかし古めかしいカメラ。
上品な模様がうっすら入ったバックスクリーンに、傘のついたストロボ。
銀紙が貼られたようなレフ板は、俺の主な仕事道具だった。
「おぉ、来たか銀さん……って、ありゃ?名無しちゃん。『予約』はもう少し先だったろう?」
カメラのレンズを手入れしていた店主が、ニコニコ笑いながら声を掛けてくる。
俺――じゃない。名無しへ、だ。
今度は俺が首を捻る番だ。
手を引かれたままの名無しを見下ろせば、あからさまに視線を逸らされる。
…恥ずかしそうに耳を真っ赤にしているのは、バッチリ見えたが。
「それが、その、」
「……ははー、なるほどな。似たもの同士、お似合いだな」
ケタケタ笑いながら店主が頷く。
意味を察したのか、名無しは「…まだ予約、先ですけど…ありますか?」と店主に訊ねていた。
まて。理解出来ていないのは俺だけか?
意味が分かんないんですけど!
「オイオイ、じーさん。どういうことだよ。」
「頭悪いな、銀さん。
お前さんは名無しの振袖写真。名無しはお前さんの袴写真撮るように依頼されてたんだよ」
「日取りは違ったがな」と店主が言っている間、俺は気まずそうに明後日の方向を見てる名無しの顔を覗き込む。
茜色の目を伏せがちにして、恥ずかしそうに唇をへの字にまげていた。
何この生き物。スッゲー可愛いんですけど。
「名無しチャン?何、銀さんの袴写真が見たかったの?」
「…だって成人式なんてしてないじゃない。写真くらいならいいかな、って。」
ゴニョニョと自信なさげに尻すぼみになる言葉。
俺とほぼ同義の理由に、胸の奥から言葉にできない愛しさが湧き上がる。
ここが外じゃないなら脇目もはばからず抱きしめていただろう。
「まぁあれだ。一応振袖選んでるけどよ、他にもあるから好きなの選べばいいからな。」
「んーん。銀時が選んだ振袖着るよ。」
照れくさそうにふにゃふにゃ笑う名無し。
あー本当に。何なんだ、もう。
――やっぱり俺の恋人兼幼なじみは、世界一可愛い。
Smile photograph!
後日受け取った、俺の袴写真と名無しの真っ赤な振袖と写真。
出来栄えは言わずもがな・ってヤツだが。
『本当は一人ずつ撮るのが普通なんだけどな。面白かったからサービスしてやるよ』と店主が笑いながら、バックスクリーンの前に俺達二人を並べてシャッターをきった。
さり気なく俺の手を握る名無しと、意外と照れくさくて変な顔をしている俺が写っていた。
なんでもうちょっと、こう…写真映えしないんだよ!俺の顔!
ニヤつきそうなのを抑えている表情なのが余計情けない。
写真を現像した店主に訴えれば、何回かおろしたシャッターの中で一番これが良かったのだという。
『だってこれが一番、名無しちゃんが嬉しそーな顔してるだろ。』
にんまり満足そうに笑った好々爺は、自信ありげに腕を組んでいた。
「……ま、確かにそうなんだけどな。」
棚の上に増えた、一枚の写真立て。
けれど俺は知っている。この写真よりも嬉しそうに笑った名無しの顔を。
赤い振袖が良く似合うと褒めた時の笑顔が一番可愛かっただなんて、誰にも言えない。もちろん教えない。
…俺だけの、贅沢な秘密だ。
「…はー、ヅラと辰馬、あと高杉にでも自慢しとくかな」
とある万事屋の、ふたりぼっちの成人式。
華やかな振袖を着た女の子に、普段着ることなんてないであろう紋付袴を身にまとった青年が町を歩いていた。
それはかぶき町も例外ではない。
「ったく、成人だか何だか知らねーが、はしゃいじまってよォ」
読み終わったジャンプを片手に、まさに大人になりきれていない大人代表が窓から成人達を見下ろす。
少し前に手伝っていた仕事は、成人式の前撮り写真のアシスタントだった。
正直、振袖も袴も見飽きた。
開け放った窓から冬のからっ風が吹き込んできて、思わず身震いする。…無茶苦茶寒い。
――けれど窓を閉めることは許されない。
何故なら定期的な換気を口酸っぱく言ってくる『医者』がいるからだ。
「銀時、窓開けてくれた?」
「おー。」
ひょこりと台所から顔を出す名無し。
普段の味気ない作務衣に白衣…ではなく、今日は休みだからだろう。浅葱色の着物を纏い、朝から忙しなく家事をしていた。
「名無し!早く食べるアル!」
「はいはい。」
「あ。銀さんはお餅、いくつ入れられますか?」
ふんわり冷たい空気にのって漂ってくるのは、コトコト煮込んだ餡子の甘い匂い。
今日のおやつはどうやらぜんざいらしい。
「んー。2個。」
はしゃぐ神楽と、エプロンをつけた新八が台所へ消える。
名無しはというと窓際が冷えると思ったのだろう、膝掛けを持ってひょこりとやってきた。
「何見てたの?」
「アレ。」
事務所の椅子に座ったまま、俺は膝掛けを受け取りながら指をさす。
先程とは違う振袖を着た、成人式を終えた若者の群れ・その2だ。
「あー成人式だもんね。いいなぁ。」
ふにゃふにゃと目元を緩ませて、名無しが楽しそうに見下ろす。
「ほら、あの赤い振袖とか綺麗だね」とまるでファッションショーを見ているかのように。
…そういえば攘夷戦争で成人式なんてする暇なんかなかった。
強いて言うなら二十歳になったから酒が正式に飲めるようになった・くらいしか印象にない。
まぁ俺はいいとしよう。別に興味ない。
だが目の前で楽しそうに目を細めている彼女となれば話は別だ。
「………………ふーん。」
通り過ぎていく赤い振袖を、俺は覚えておくようにじっと眺め続けた。
***
「名無し、今日空いてるか?」
休みだと聞いていた、一月の下旬のある日。
神楽と新八は新しく出来たドッグランだとかに定春を連れて遊びに行った。…あれを犬と分類していいかはさて置き。
「ん?うん。空いてるけど。」
「あー、出かけるぞ」
どこへ?と言わんばかりに首を傾げるが、それは内緒だ。
これは俺が『見てみたい』という欲が半分、喜んでくれるか・という気持ち半分だからだ。
「あ。化粧はしっかりしとけよ。」
***
「待って。銀時、誰から聞いたの?」
目的地の写真館の前に着いたら、名無しが珍しく狼狽えながら頭を抱え始めた。
…誰から聞く・だなんて。俺は別に何もしちゃいないが。
「何の話だよ。ほら行くぞ」
「え、ちょっと待って。だってまだ、」
名無しの手を引いて中に入れば、つい数ヶ月前の仕事先の景色。
高そうな、しかし古めかしいカメラ。
上品な模様がうっすら入ったバックスクリーンに、傘のついたストロボ。
銀紙が貼られたようなレフ板は、俺の主な仕事道具だった。
「おぉ、来たか銀さん……って、ありゃ?名無しちゃん。『予約』はもう少し先だったろう?」
カメラのレンズを手入れしていた店主が、ニコニコ笑いながら声を掛けてくる。
俺――じゃない。名無しへ、だ。
今度は俺が首を捻る番だ。
手を引かれたままの名無しを見下ろせば、あからさまに視線を逸らされる。
…恥ずかしそうに耳を真っ赤にしているのは、バッチリ見えたが。
「それが、その、」
「……ははー、なるほどな。似たもの同士、お似合いだな」
ケタケタ笑いながら店主が頷く。
意味を察したのか、名無しは「…まだ予約、先ですけど…ありますか?」と店主に訊ねていた。
まて。理解出来ていないのは俺だけか?
意味が分かんないんですけど!
「オイオイ、じーさん。どういうことだよ。」
「頭悪いな、銀さん。
お前さんは名無しの振袖写真。名無しはお前さんの袴写真撮るように依頼されてたんだよ」
「日取りは違ったがな」と店主が言っている間、俺は気まずそうに明後日の方向を見てる名無しの顔を覗き込む。
茜色の目を伏せがちにして、恥ずかしそうに唇をへの字にまげていた。
何この生き物。スッゲー可愛いんですけど。
「名無しチャン?何、銀さんの袴写真が見たかったの?」
「…だって成人式なんてしてないじゃない。写真くらいならいいかな、って。」
ゴニョニョと自信なさげに尻すぼみになる言葉。
俺とほぼ同義の理由に、胸の奥から言葉にできない愛しさが湧き上がる。
ここが外じゃないなら脇目もはばからず抱きしめていただろう。
「まぁあれだ。一応振袖選んでるけどよ、他にもあるから好きなの選べばいいからな。」
「んーん。銀時が選んだ振袖着るよ。」
照れくさそうにふにゃふにゃ笑う名無し。
あー本当に。何なんだ、もう。
――やっぱり俺の恋人兼幼なじみは、世界一可愛い。
Smile photograph!
後日受け取った、俺の袴写真と名無しの真っ赤な振袖と写真。
出来栄えは言わずもがな・ってヤツだが。
『本当は一人ずつ撮るのが普通なんだけどな。面白かったからサービスしてやるよ』と店主が笑いながら、バックスクリーンの前に俺達二人を並べてシャッターをきった。
さり気なく俺の手を握る名無しと、意外と照れくさくて変な顔をしている俺が写っていた。
なんでもうちょっと、こう…写真映えしないんだよ!俺の顔!
ニヤつきそうなのを抑えている表情なのが余計情けない。
写真を現像した店主に訴えれば、何回かおろしたシャッターの中で一番これが良かったのだという。
『だってこれが一番、名無しちゃんが嬉しそーな顔してるだろ。』
にんまり満足そうに笑った好々爺は、自信ありげに腕を組んでいた。
「……ま、確かにそうなんだけどな。」
棚の上に増えた、一枚の写真立て。
けれど俺は知っている。この写真よりも嬉しそうに笑った名無しの顔を。
赤い振袖が良く似合うと褒めた時の笑顔が一番可愛かっただなんて、誰にも言えない。もちろん教えない。
…俺だけの、贅沢な秘密だ。
「…はー、ヅラと辰馬、あと高杉にでも自慢しとくかな」
とある万事屋の、ふたりぼっちの成人式。