Good bye,halcyon days
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ターミナルの屋上。
そこで江戸の町を見下ろす男がひとり。
ずっと守ってきたもの。
その目は慈しむような目でもあり、苦々しくもあった。
「…今日も来たのか」
よく知っている、愛しい気配。
ザリ、と瓦礫を踏む音が風にさらわれた。
「銀時。」
向けられるのは鈍色の切先。
空を覆う重苦しい曇天が刃渡りに映り込み、灰色に光る。
彼女を見遣れば、固く結ばれた唇。寄せられた眉。今にも泣き出しそうな茜色の瞳。
「今日こそ、死んで。」
僅かに震える声は、烏の鳴き声で無常にも掻き消された。
Good bye,halcyon days//懺悔の雨
勢いよく瓦礫に叩きつけられ、一瞬視界が揺れた。
口の中を切ったのか血の味がする。
手から滑り落ちた刀をもう一度握り、戦慄く足に力を入れて立ち上がった。
銀時と刃を交えるのは、これで何度目だろう。
この数年で数えきれない程に挑み、敗れてきた。
本来ならば素直に、強いな・と賞賛したいところだが、そうもいかない。
私が、殺さなければ。
「傷がすぐ治るってのも厄介だな」
「なんの、今ほど自分のタフさに感謝したことなんてないよ」
痛くない。
大丈夫だ、まだやれる。
シャン、と軽やかな音を立てて銀時の振るう錫杖が鳴る。
音とは裏腹に繰り出される一撃は何よりも重い。
呪詛のように巻かれた札の隙間から覗く瞳には、光がない。
それでもそれは紛れもなく『彼』のもので。
いやだ。
ダメだ、殺せない。
迷いをのせた刃が、それでも彼の肉を抉る。
――殺したくない。
斬られるより、斬る方がこんなにも痛いなんて。
刀をこんなにも握りたくないと願うのは、初めてだった。
「悪ィ。斬りたくなんかねぇのに、身体がいうこときかねぇんだ」
鳩尾に叩き込まれる錫杖。
ターミナルの屋上から投げ出される身体。
――あぁ、これで何度目だろう。
「頼む、俺を斬ってくれるヤツを、」
続きは、聞こえなかった。
それでも、
(そんなの、分かってるよ)
***
気がつけば無人になった建物の中で目が覚めた。
周りには夥しい血の水溜り。
自分の失血したものだと分かっている。もうそんな光景は見慣れてしまった。
空から止めどなく降り注ぐ雨が頬を撫でる。
血溜まりを溶かすように冷たい雨がコンクリートを濡らす。
ボロボロになった排水溝へ絵の具を流したように、ゆっくりと赤が流れるのをぼんやりと眺めた。
空爆でもあったのかと錯覚する程に大きく空いた天井は鈍い曇天だ。
紺色の作務衣は赤黒く染まって、元の布地の色が分からなくなる程だった。
「今日はここに吹っ飛ばされたのか」
番傘を差した源外が、建物の入口からやってきた。
低く嗄れた声も随分聞き慣れてしまった。
「…もうすぐ『例のもの』が完成する。何もお前がやらなくてもいいんだぞ」
「分かってます」
でも、それでも、
私がやらなければ。
破れた作務衣の下の傷はもうすっかり塞がった。
血が足りなくて多少クラクラするが、まだ生きている。
骨は何本か折れているが、恐らく放っておいても治るだろう。
病院なんて行く必要も無いし、治療もいらない。あそこには今、患者が溢れかえっているだろうから。
一番酷かった脇腹の傷があった場所をぎゅっと抑える。
生白い肌が見えてはいるが、もうそこには何も無い。彼が穿った、傷さえも。
「…いてぇのか」
「いたくなんか、ない。ちがう、そうじゃない」
あの人を殺せなかった自分が悔しい。
弱い自分。
まだ迷ってる。
こんな自分を、知りたくなかった。
雨に紛れてボロボロと大粒の涙が零れる。
痛み故でも、悔しさ故でもない。
彼に勝てるのは、『彼』しかいない。
(先生を斬らせるだけじゃなくて、自分をも斬らせることになるなんて)
そこで江戸の町を見下ろす男がひとり。
ずっと守ってきたもの。
その目は慈しむような目でもあり、苦々しくもあった。
「…今日も来たのか」
よく知っている、愛しい気配。
ザリ、と瓦礫を踏む音が風にさらわれた。
「銀時。」
向けられるのは鈍色の切先。
空を覆う重苦しい曇天が刃渡りに映り込み、灰色に光る。
彼女を見遣れば、固く結ばれた唇。寄せられた眉。今にも泣き出しそうな茜色の瞳。
「今日こそ、死んで。」
僅かに震える声は、烏の鳴き声で無常にも掻き消された。
Good bye,halcyon days//懺悔の雨
勢いよく瓦礫に叩きつけられ、一瞬視界が揺れた。
口の中を切ったのか血の味がする。
手から滑り落ちた刀をもう一度握り、戦慄く足に力を入れて立ち上がった。
銀時と刃を交えるのは、これで何度目だろう。
この数年で数えきれない程に挑み、敗れてきた。
本来ならば素直に、強いな・と賞賛したいところだが、そうもいかない。
私が、殺さなければ。
「傷がすぐ治るってのも厄介だな」
「なんの、今ほど自分のタフさに感謝したことなんてないよ」
痛くない。
大丈夫だ、まだやれる。
シャン、と軽やかな音を立てて銀時の振るう錫杖が鳴る。
音とは裏腹に繰り出される一撃は何よりも重い。
呪詛のように巻かれた札の隙間から覗く瞳には、光がない。
それでもそれは紛れもなく『彼』のもので。
いやだ。
ダメだ、殺せない。
迷いをのせた刃が、それでも彼の肉を抉る。
――殺したくない。
斬られるより、斬る方がこんなにも痛いなんて。
刀をこんなにも握りたくないと願うのは、初めてだった。
「悪ィ。斬りたくなんかねぇのに、身体がいうこときかねぇんだ」
鳩尾に叩き込まれる錫杖。
ターミナルの屋上から投げ出される身体。
――あぁ、これで何度目だろう。
「頼む、俺を斬ってくれるヤツを、」
続きは、聞こえなかった。
それでも、
(そんなの、分かってるよ)
***
気がつけば無人になった建物の中で目が覚めた。
周りには夥しい血の水溜り。
自分の失血したものだと分かっている。もうそんな光景は見慣れてしまった。
空から止めどなく降り注ぐ雨が頬を撫でる。
血溜まりを溶かすように冷たい雨がコンクリートを濡らす。
ボロボロになった排水溝へ絵の具を流したように、ゆっくりと赤が流れるのをぼんやりと眺めた。
空爆でもあったのかと錯覚する程に大きく空いた天井は鈍い曇天だ。
紺色の作務衣は赤黒く染まって、元の布地の色が分からなくなる程だった。
「今日はここに吹っ飛ばされたのか」
番傘を差した源外が、建物の入口からやってきた。
低く嗄れた声も随分聞き慣れてしまった。
「…もうすぐ『例のもの』が完成する。何もお前がやらなくてもいいんだぞ」
「分かってます」
でも、それでも、
私がやらなければ。
破れた作務衣の下の傷はもうすっかり塞がった。
血が足りなくて多少クラクラするが、まだ生きている。
骨は何本か折れているが、恐らく放っておいても治るだろう。
病院なんて行く必要も無いし、治療もいらない。あそこには今、患者が溢れかえっているだろうから。
一番酷かった脇腹の傷があった場所をぎゅっと抑える。
生白い肌が見えてはいるが、もうそこには何も無い。彼が穿った、傷さえも。
「…いてぇのか」
「いたくなんか、ない。ちがう、そうじゃない」
あの人を殺せなかった自分が悔しい。
弱い自分。
まだ迷ってる。
こんな自分を、知りたくなかった。
雨に紛れてボロボロと大粒の涙が零れる。
痛み故でも、悔しさ故でもない。
彼に勝てるのは、『彼』しかいない。
(先生を斬らせるだけじゃなくて、自分をも斬らせることになるなんて)
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