茜色ノ小鬼//人に焦がれた鬼
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彼女と過ごす日々は穏やかで、あたたかくて。
愛しさで涙が零れそうになるなんて、私は知らなかった。
茜色ノ小鬼//人に焦がれた鬼#弍
仕事の合間をぬって、私は足繁く彼女の元に通った。
別に怪我も何もしていない。そもそもすぐに治ってしまうこの呪われた身体は、医者など必要としなかった。
それでも行くのをやめられない。
きっと、私がずっと求めていた『人間』が、彼女の手によって見つかりそうだったから。
「こんにちは」
「あら、こんにちは!少し待っててくださいね、もうすぐ終わりますから」
老人に向かって丁寧に個包装された薬の説明をする彼女。
老骨の男は話を聞いているのか聞いていないのか「へぇ、へぇ」と少し間抜けな声で相槌を打っている。
腰が曲がった老人はヘコヘコと頭を下げて帰路についた。
それを姿が見えなくなるまで手を振って見送る彼女の背中は、やはり女だからか酷くか細い。
「さて、お待たせしました。お夕飯の支度、しましょうか」
「その前に、」
懐から取り出したのは、ひと振りの小刀。
濃紅の鞘をしたそれを彼女の手へそっと握らせた。
「これを差し上げましょう」
「あら、また突然。随分と業物ですが…どうかされたんですか?」
「?、女は物をあげると喜ぶのでしょう?」
そう問えば、彼女は小さく噴き出した。
少し可笑しそうに、それでも嬉しそうに黒い瞳をとろりと細める。
「ふふっ…それで普通、刀は選びませんよ?」
「…そうなんですか?」
「えぇ。でも、嬉しいです。大事にしますね」
ふにゃりと綻ぶような笑顔。
彼女の笑顔を見るのは、好きだった。
胸の奥がじわりと暖まるような、今まで味わったことのない感情が滲み出る。
「鞘の色、綺麗ですね。あなたの瞳と、同じ色」
そっと手を伸ばして慈しむように頬に触れる細い指。
薬を扱っているからか、女の手の割にはささくれた指先が私は好きだった。
働き者の、生者の手だ。
「…私はこの色、本当は好きじゃないんです」
「そうなんですか?」
「人の目の色ではない。鬼だ、化け物だと今まで散々罵られてきましたから」
身体的特徴だけで罵られたわけではないけれど、それでもこの血のような色は嫌でも目立つ。
侮蔑を含んだ他人の視線に幾度となく晒されてきた、私と共に生きてきた茜色。
「そうなんですか?それは周りの人達が見る目なかったんですよ。こんなにも、綺麗なのに」
うんと手を伸ばして、私の長い髪をそっと搔き上げる彼女の手は涙が出そうなくらい優しい。
他人の手がこんなにも温かく触れてくることなんて、今まで一度もなかった。
「こんな色は、血の色ですよ」
「何言っているんですか。赤は世界中にいっぱいあるんですよ?
林檎の赤、赤子の頬の赤、暖かく照らしてくれる炎の赤。安直に血の赤だ〜なんて、後向きすぎます」
苦笑いして彼女がそっと手を離す。
「今日はお泊まりされるんですよね?
朝、少し早起きしましょう?いいもの、見に行きましょうよ」
***
肌寒い早朝。
まだ陽の光が遠く、西の空にはぽっかりと十六夜が浮かんでいた。
夜闇に溶けた山奥へ、獣道をスイスイと歩いて行く彼女。医者の割には笑ってしまう程に足腰が丈夫だった。
「もうすぐ付きますよ」
東の空が僅かに白んできた時、突然視界が開ける。
目の前に広がる絶景とも言える雲海。
満天の星が彩る夜空は、濃紺を撒き散らしたような色が広がる。
「もうそろそろだと思うんですけどね」
白い息をゆっくり吐きながら、彼女が東の空を眺める。
黒く連なる山脈。
まるで境界線が燃えるように、ジリジリと光が闇を焦がしていく。
「ほら、」
無邪気に笑って指をさす先には、目が醒めるような鮮やかな朝焼け。
紺色を溶かし、花色に微睡んでいく夜。
柔らかな藤紫の雲がたなびき、あたたかな赤が朝を告げる。
私が知らない、色鮮やかな赤。
「赤は血の色だなんて、勿体無い。
あなたの赤はもっと綺麗な、朝焼けのような赤ですよ」
新しい夜明けを告げる色。
彼女はそう言って笑った。
「亜麻色の髪も、茜色の瞳も、不器用な笑顔も、私は全部ぜんぶ、大好きですよ」
朝焼けで薔薇色に染まった微笑みを見て、どうしてだろう。
何故だか、涙が止まらなかった。
(こんなあたたかさ、わたしはしらなかった)
愛しさで涙が零れそうになるなんて、私は知らなかった。
茜色ノ小鬼//人に焦がれた鬼#弍
仕事の合間をぬって、私は足繁く彼女の元に通った。
別に怪我も何もしていない。そもそもすぐに治ってしまうこの呪われた身体は、医者など必要としなかった。
それでも行くのをやめられない。
きっと、私がずっと求めていた『人間』が、彼女の手によって見つかりそうだったから。
「こんにちは」
「あら、こんにちは!少し待っててくださいね、もうすぐ終わりますから」
老人に向かって丁寧に個包装された薬の説明をする彼女。
老骨の男は話を聞いているのか聞いていないのか「へぇ、へぇ」と少し間抜けな声で相槌を打っている。
腰が曲がった老人はヘコヘコと頭を下げて帰路についた。
それを姿が見えなくなるまで手を振って見送る彼女の背中は、やはり女だからか酷くか細い。
「さて、お待たせしました。お夕飯の支度、しましょうか」
「その前に、」
懐から取り出したのは、ひと振りの小刀。
濃紅の鞘をしたそれを彼女の手へそっと握らせた。
「これを差し上げましょう」
「あら、また突然。随分と業物ですが…どうかされたんですか?」
「?、女は物をあげると喜ぶのでしょう?」
そう問えば、彼女は小さく噴き出した。
少し可笑しそうに、それでも嬉しそうに黒い瞳をとろりと細める。
「ふふっ…それで普通、刀は選びませんよ?」
「…そうなんですか?」
「えぇ。でも、嬉しいです。大事にしますね」
ふにゃりと綻ぶような笑顔。
彼女の笑顔を見るのは、好きだった。
胸の奥がじわりと暖まるような、今まで味わったことのない感情が滲み出る。
「鞘の色、綺麗ですね。あなたの瞳と、同じ色」
そっと手を伸ばして慈しむように頬に触れる細い指。
薬を扱っているからか、女の手の割にはささくれた指先が私は好きだった。
働き者の、生者の手だ。
「…私はこの色、本当は好きじゃないんです」
「そうなんですか?」
「人の目の色ではない。鬼だ、化け物だと今まで散々罵られてきましたから」
身体的特徴だけで罵られたわけではないけれど、それでもこの血のような色は嫌でも目立つ。
侮蔑を含んだ他人の視線に幾度となく晒されてきた、私と共に生きてきた茜色。
「そうなんですか?それは周りの人達が見る目なかったんですよ。こんなにも、綺麗なのに」
うんと手を伸ばして、私の長い髪をそっと搔き上げる彼女の手は涙が出そうなくらい優しい。
他人の手がこんなにも温かく触れてくることなんて、今まで一度もなかった。
「こんな色は、血の色ですよ」
「何言っているんですか。赤は世界中にいっぱいあるんですよ?
林檎の赤、赤子の頬の赤、暖かく照らしてくれる炎の赤。安直に血の赤だ〜なんて、後向きすぎます」
苦笑いして彼女がそっと手を離す。
「今日はお泊まりされるんですよね?
朝、少し早起きしましょう?いいもの、見に行きましょうよ」
***
肌寒い早朝。
まだ陽の光が遠く、西の空にはぽっかりと十六夜が浮かんでいた。
夜闇に溶けた山奥へ、獣道をスイスイと歩いて行く彼女。医者の割には笑ってしまう程に足腰が丈夫だった。
「もうすぐ付きますよ」
東の空が僅かに白んできた時、突然視界が開ける。
目の前に広がる絶景とも言える雲海。
満天の星が彩る夜空は、濃紺を撒き散らしたような色が広がる。
「もうそろそろだと思うんですけどね」
白い息をゆっくり吐きながら、彼女が東の空を眺める。
黒く連なる山脈。
まるで境界線が燃えるように、ジリジリと光が闇を焦がしていく。
「ほら、」
無邪気に笑って指をさす先には、目が醒めるような鮮やかな朝焼け。
紺色を溶かし、花色に微睡んでいく夜。
柔らかな藤紫の雲がたなびき、あたたかな赤が朝を告げる。
私が知らない、色鮮やかな赤。
「赤は血の色だなんて、勿体無い。
あなたの赤はもっと綺麗な、朝焼けのような赤ですよ」
新しい夜明けを告げる色。
彼女はそう言って笑った。
「亜麻色の髪も、茜色の瞳も、不器用な笑顔も、私は全部ぜんぶ、大好きですよ」
朝焼けで薔薇色に染まった微笑みを見て、どうしてだろう。
何故だか、涙が止まらなかった。
(こんなあたたかさ、わたしはしらなかった)