日常篇//壱
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「もう、何で私も手伝わなきゃいけないの」
「いいじゃねェか、今日は休みだろ?」
「そうだけど。」
ご近所の騒音の元だった平賀源外の工場からカラクリを運び出す。
よくもまぁこんなに一人で作ったものだ。感心すらする。
「バッカ野郎、お前らもう少し丁寧に置きやがれ!」
縄で縛られた平賀の声が晴天の下で響き渡った。
茜色ドロップ#祭りに火種はつきもの
「この甘ったりィ匂いは…綿菓子だ。綿菓子の匂いがする、綿菓子だよオイ!綿菓子ィィィ!!」
普段煌めかない目を輝かせて一目散に駆け出そうとする銀時。
が、彼の後頭部に平賀が投げたスパナが直撃する。これは痛そうだ。
「仕事放ったらかしでどこへ行く?遊んでねーで仕事しろ、仕事」
「ほら、銀時。綿菓子は後でね」
盛大に倒れた銀時の足を掴んで引き摺る名無し。
そこが足場の悪い河原だろうが、その点は容赦ない。
「いでっいででで!マジでか!リンゴ飴とクレープとかき氷もか!」
「どれかひとつに決まってるでしょ。」
掴んでいた銀時の足を放し、名無しが小さく溜息をついた。
軍手を付け直して平賀が作ったカラクリを設計図通りに組み立てていく。
「アンタ医者なんだろ?それにしゃァ随分手馴れてるな」
「昔、ある人に少し教えて貰ったんですよ」
『駄目ですよ、手は商売道具なんですから、雑に扱っちゃあ』
『いやァ、高杉総督に急いでるって言われてな。つい』
『暫くそこで冷やしてて下さい。火傷は痕になりやすいんですから。…で、後はどうやったら完成なんですか?』
『なんだ、手伝ってくれんのか?名無しちゃん』
『今回だけですよ。やり方は教えて下さいね』
(今回だけ、じゃなくなっちゃいましたよ、三郎さん)
奇しくも彼の父親の仕事手伝いをする日が来るとは思ってもみなかった。
妙な縁に名無しはそっと俯いて小さく笑った。
***
「なんとか間に合いましたね」
「まぁ、所々問題はあるけどね」
元通りの形に戻ったカラクリを眺めながら名無しが笑った。
平賀から小遣いを渡され、はしゃぐ新八と神楽。この面子で夏祭りなんて、初めてかもしれない。
「名無し、早く行くアル!」
「はいはい。……、…?」
河川敷を登っている途中、ふと視線を感じた。
橋の上で笠を被った男が黄昏に染まった景色の中佇む。
(…まさか、)
「新八くん、神楽ちゃん。ごめんね、ちょっとお手洗い行ってくるから、先に見て回ってて。すぐそっちに行くから」
「分かったアル!」
元気よく返事をする神楽と、小さく首を傾げる新八。
「あ、名無しさん、お手洗いはそっちじゃ…あー、行っちゃったよ」
「新八ィ、お前女子トイレの位置も把握してるアルか。ちょっとキモいヨ」
「オイイイ!男子トイレと併設してるから覚えてるだけだから!やめてくれる!?勘違いされちゃうでしょうが!」
夜の帳が広がる夕暮れの下、新八の声がけたたましく響いた。
***
祭り会場から少し離れた、小さな神社。
喧騒が遠い。
提灯の温かい光は遠く、石灯籠を灯す明かりだけが朧気に揺れる。
「…小太郎から京にいるって聞いてたけど。」
「あの距離で俺に気づくたァな。銀時の野郎は、ありゃダメだな」
笠を深く被り、クツクツとさも愉快げに笑う男。
風にのって漂う煙管の煙の匂い。
線香とは違う噎せるような香りに、名無しは小さく眉を潜めた。
「喫煙は身体に毒よ、晋助」
「久しぶりの再会だってのに、いきなり説教か?」
笠を軽く上げれば、左眼を包帯で巻いている男の姿。
最後に見たのは、松陽が処刑される少し前のことだ。
風貌は左眼以外は殆ど変わらないはずなのに、雰囲気はまるで別人のようだった。
昔から彼はぶっきらぼうではあったが、こんな風に歪んだ笑みを浮かべるような男ではなかった。
真っ直ぐで、真面目かと思いきや破天荒で、誰よりも繊細な、
「随分なイメチェンね。まるで遊び人みたい」
「そういうお前は相変わらず色気のねぇ格好だな。胸がなけりゃあ男に間違えられてもおかしくねーぞ」
余計な世話だ。
小さく溜息をついて、名無しは真っ直ぐ高杉を見上げる。
「何しに来たの」
昼間の茹だるような暑さが残った、湿り気を帯びた風が頬を撫でる。
鬱蒼とした神社の木々がザワザワと鳴り、不気味な雰囲気を一層濃くしていた。
「何、たまたま祭りを見に来ただけさ」
「嘘。小太郎から色々話は聞いてるよ。
……もう一度聞くけど、何しに来たの」
かつての旧友を疫病神扱いなどしたくないが、先日万事屋へやってきた桂から近情は色々聞いている。
今一番攘夷浪士で危険なのは高杉だ、と。
「なァ、名無し。どうしてお前はこんな世界でのうのうと生きてられる?俺達の先生はもういねェんだぞ」
「だからといって、攘夷に走るのが正しいとは思わない。晋助といい、小太郎といい…今のアンタ達を見たら先生から拳骨飛んでくるわよ」
名無しがそう言えば「違いねェな」と小さく呟き、自嘲的な笑みを浮かべる高杉。
人は、憎しみを捨てることは出来ない。
それを呑み込んで生きることが苦しいことも知っている。
向き合うことが痛みを伴うのも知っている。
憎しみに駆られて生きることの危うさも。
だからこそどうやったら彼らを止めることが出来るのか。その術が、名無しには分からなかった。
「死んだ人は、蘇らない。
思い出の中でしか死んだ人は生きられないというなら、私は這ってでも生きるよ」
ただひとつ、確かなことはそれだけだ。
「綺麗事だな。それじゃあ納得出来ない獣なんて、そこら辺にいるぜ。
――そう、例えば平賀三郎の親父とかな」
煙管を手の中で弄びながら高杉が嗤う。
切れ長の隻眼が愉快そうに細められるのとは対照的に、名無しの目が大きく見開かれる。
「晋助、何をしたの」
「なァに、ちょいと獣の牙を研いでやったまでさ。大衆の目の前で将軍の首がとぶように、な。」
ニタリと口角を上げる表情に狂気が滲む。
ひらりと踵を返したと思ったら、解けるように暗がりに彼は消えていった。
「待って、晋助!待ちなさいってば!」
名無しの声は漆黒の藪の中に消える。
声は、届かない。
それから祭り会場から轟音が響いたのは、すぐ後の出来事だった。
***
祭りの騒動から暫く後。
露天商のように風呂敷いっぱいに広げたカラクリ前に、名無しは静かに座り込んだ。
「あの、平賀さん」
「…息子は、元気にやってたか?」
名無しの言葉を遮り、ポソリと小さな声で訊く平賀。
その言葉で僅かに目を見開く名無し。
そっと息を呑んで、困ったように苦笑いを浮かべた。
「お見通し、ですか」
「息子の機械を弄るときのクセまで教えられてるとはな」
なるほど、見よう見まね・一から十まで教えて貰ったせいでクセまで身についてしまったらしい。
「黙っててすみません」
「…アイツの思うように生きたなら、悔いはねェだろうさ」
少しずつ、息子の死を受け入れてきているのだろうか。
諦めたような色を浮かべているが、どこか穏やかな表情でもあった。
「長生きしろ、って言われちまったしな」
「…銀時に、ですか。」
本当に彼らしい。
敵わないなぁ、と口の中でそっと呟き、照りつける太陽をそっと見上げる。
空は、憎らしいくらいに今日も快晴だった。
「いいじゃねェか、今日は休みだろ?」
「そうだけど。」
ご近所の騒音の元だった平賀源外の工場からカラクリを運び出す。
よくもまぁこんなに一人で作ったものだ。感心すらする。
「バッカ野郎、お前らもう少し丁寧に置きやがれ!」
縄で縛られた平賀の声が晴天の下で響き渡った。
茜色ドロップ#祭りに火種はつきもの
「この甘ったりィ匂いは…綿菓子だ。綿菓子の匂いがする、綿菓子だよオイ!綿菓子ィィィ!!」
普段煌めかない目を輝かせて一目散に駆け出そうとする銀時。
が、彼の後頭部に平賀が投げたスパナが直撃する。これは痛そうだ。
「仕事放ったらかしでどこへ行く?遊んでねーで仕事しろ、仕事」
「ほら、銀時。綿菓子は後でね」
盛大に倒れた銀時の足を掴んで引き摺る名無し。
そこが足場の悪い河原だろうが、その点は容赦ない。
「いでっいででで!マジでか!リンゴ飴とクレープとかき氷もか!」
「どれかひとつに決まってるでしょ。」
掴んでいた銀時の足を放し、名無しが小さく溜息をついた。
軍手を付け直して平賀が作ったカラクリを設計図通りに組み立てていく。
「アンタ医者なんだろ?それにしゃァ随分手馴れてるな」
「昔、ある人に少し教えて貰ったんですよ」
『駄目ですよ、手は商売道具なんですから、雑に扱っちゃあ』
『いやァ、高杉総督に急いでるって言われてな。つい』
『暫くそこで冷やしてて下さい。火傷は痕になりやすいんですから。…で、後はどうやったら完成なんですか?』
『なんだ、手伝ってくれんのか?名無しちゃん』
『今回だけですよ。やり方は教えて下さいね』
(今回だけ、じゃなくなっちゃいましたよ、三郎さん)
奇しくも彼の父親の仕事手伝いをする日が来るとは思ってもみなかった。
妙な縁に名無しはそっと俯いて小さく笑った。
***
「なんとか間に合いましたね」
「まぁ、所々問題はあるけどね」
元通りの形に戻ったカラクリを眺めながら名無しが笑った。
平賀から小遣いを渡され、はしゃぐ新八と神楽。この面子で夏祭りなんて、初めてかもしれない。
「名無し、早く行くアル!」
「はいはい。……、…?」
河川敷を登っている途中、ふと視線を感じた。
橋の上で笠を被った男が黄昏に染まった景色の中佇む。
(…まさか、)
「新八くん、神楽ちゃん。ごめんね、ちょっとお手洗い行ってくるから、先に見て回ってて。すぐそっちに行くから」
「分かったアル!」
元気よく返事をする神楽と、小さく首を傾げる新八。
「あ、名無しさん、お手洗いはそっちじゃ…あー、行っちゃったよ」
「新八ィ、お前女子トイレの位置も把握してるアルか。ちょっとキモいヨ」
「オイイイ!男子トイレと併設してるから覚えてるだけだから!やめてくれる!?勘違いされちゃうでしょうが!」
夜の帳が広がる夕暮れの下、新八の声がけたたましく響いた。
***
祭り会場から少し離れた、小さな神社。
喧騒が遠い。
提灯の温かい光は遠く、石灯籠を灯す明かりだけが朧気に揺れる。
「…小太郎から京にいるって聞いてたけど。」
「あの距離で俺に気づくたァな。銀時の野郎は、ありゃダメだな」
笠を深く被り、クツクツとさも愉快げに笑う男。
風にのって漂う煙管の煙の匂い。
線香とは違う噎せるような香りに、名無しは小さく眉を潜めた。
「喫煙は身体に毒よ、晋助」
「久しぶりの再会だってのに、いきなり説教か?」
笠を軽く上げれば、左眼を包帯で巻いている男の姿。
最後に見たのは、松陽が処刑される少し前のことだ。
風貌は左眼以外は殆ど変わらないはずなのに、雰囲気はまるで別人のようだった。
昔から彼はぶっきらぼうではあったが、こんな風に歪んだ笑みを浮かべるような男ではなかった。
真っ直ぐで、真面目かと思いきや破天荒で、誰よりも繊細な、
「随分なイメチェンね。まるで遊び人みたい」
「そういうお前は相変わらず色気のねぇ格好だな。胸がなけりゃあ男に間違えられてもおかしくねーぞ」
余計な世話だ。
小さく溜息をついて、名無しは真っ直ぐ高杉を見上げる。
「何しに来たの」
昼間の茹だるような暑さが残った、湿り気を帯びた風が頬を撫でる。
鬱蒼とした神社の木々がザワザワと鳴り、不気味な雰囲気を一層濃くしていた。
「何、たまたま祭りを見に来ただけさ」
「嘘。小太郎から色々話は聞いてるよ。
……もう一度聞くけど、何しに来たの」
かつての旧友を疫病神扱いなどしたくないが、先日万事屋へやってきた桂から近情は色々聞いている。
今一番攘夷浪士で危険なのは高杉だ、と。
「なァ、名無し。どうしてお前はこんな世界でのうのうと生きてられる?俺達の先生はもういねェんだぞ」
「だからといって、攘夷に走るのが正しいとは思わない。晋助といい、小太郎といい…今のアンタ達を見たら先生から拳骨飛んでくるわよ」
名無しがそう言えば「違いねェな」と小さく呟き、自嘲的な笑みを浮かべる高杉。
人は、憎しみを捨てることは出来ない。
それを呑み込んで生きることが苦しいことも知っている。
向き合うことが痛みを伴うのも知っている。
憎しみに駆られて生きることの危うさも。
だからこそどうやったら彼らを止めることが出来るのか。その術が、名無しには分からなかった。
「死んだ人は、蘇らない。
思い出の中でしか死んだ人は生きられないというなら、私は這ってでも生きるよ」
ただひとつ、確かなことはそれだけだ。
「綺麗事だな。それじゃあ納得出来ない獣なんて、そこら辺にいるぜ。
――そう、例えば平賀三郎の親父とかな」
煙管を手の中で弄びながら高杉が嗤う。
切れ長の隻眼が愉快そうに細められるのとは対照的に、名無しの目が大きく見開かれる。
「晋助、何をしたの」
「なァに、ちょいと獣の牙を研いでやったまでさ。大衆の目の前で将軍の首がとぶように、な。」
ニタリと口角を上げる表情に狂気が滲む。
ひらりと踵を返したと思ったら、解けるように暗がりに彼は消えていった。
「待って、晋助!待ちなさいってば!」
名無しの声は漆黒の藪の中に消える。
声は、届かない。
それから祭り会場から轟音が響いたのは、すぐ後の出来事だった。
***
祭りの騒動から暫く後。
露天商のように風呂敷いっぱいに広げたカラクリ前に、名無しは静かに座り込んだ。
「あの、平賀さん」
「…息子は、元気にやってたか?」
名無しの言葉を遮り、ポソリと小さな声で訊く平賀。
その言葉で僅かに目を見開く名無し。
そっと息を呑んで、困ったように苦笑いを浮かべた。
「お見通し、ですか」
「息子の機械を弄るときのクセまで教えられてるとはな」
なるほど、見よう見まね・一から十まで教えて貰ったせいでクセまで身についてしまったらしい。
「黙っててすみません」
「…アイツの思うように生きたなら、悔いはねェだろうさ」
少しずつ、息子の死を受け入れてきているのだろうか。
諦めたような色を浮かべているが、どこか穏やかな表情でもあった。
「長生きしろ、って言われちまったしな」
「…銀時に、ですか。」
本当に彼らしい。
敵わないなぁ、と口の中でそっと呟き、照りつける太陽をそっと見上げる。
空は、憎らしいくらいに今日も快晴だった。