茜色ドロップ//再会篇
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銀時に送られ『花岡』の表札が立て掛けられている家に着いた。
患者に家まで送ってもらうなんて何だか気が引けたが「昼の事もあるしな」と押し切られる形で送ってもらってしまった。
「ドクター、今帰りました」
玄関の扉は鍵が掛かっていなかった。恐らく帰ってきているのだろう。
しかし、どこか感じる違和感。
ふと視線を落とせば目に入る一枚の紙。
そこに殴り書きで書かれた文字を見て、名無しは僅かに目を細めた。
「どうかしたか?」
玄関の外で声を掛けてくる銀時。
…怪我人に、悟られてはいけない。
「なんでもないです。今日はありがとうございました、お気をつけて帰ってくださいね」
「ん。じゃあ、またな」
「はい。おやすみなさい」
名無しはニコリと笑って帰路につく銀時の背中を見送った。彼の姿が見えなくなるまで。
茜色ドロップ//再会篇#07
指定された場所は、名無しが昼間いた寺子屋跡地。
敷地内にある道場の扉を勢いよく開ければ、昼間見たゴロツキがそこにいた。
「約束通り、丸腰で来ましたよ。ドクターを離してください」
視線を上げれば、猿轡をされて天井近くの梁の上で縛られている花岡。
怪我はないようで安心したが、客人とは言えないような扱いに思わず眼光が鋭くなる。
「まぁそう焦んなよ、姉ちゃん。以前、江戸から少し離れた漁村にいたらしいな?
そこ出身の俺の弟分から聞いたんだけどよォ、なんでも怪我がすぐ治る天人なんだって?」
「…道理で見た覚えのある顔がいると思いましたよ」
昼間肘鉄をお見舞いした男の後ろから顔を出す痩せこけた男の顔は見覚えがあった。
なるほど、漁村での出来事を彼から聞いたのだろう。ナイフをチラつかせる男の笑みは非常に下衆を極めたような表情だった。
「最近なァ、いい玩具手に入ったんで、試し撃ちしてみたくてたまんねかったんだよなァ」
懐から取り出した黒光りする鉄の塊。
拳銃を突きつけられた瞬間、古い道場に響き渡る銃声。
頬と髪を掠る感覚と同時に、頬から一筋血が流れる。
チリついた痛みに僅かに目を細めるが、いつもと同じようにスっと傷口が塞がった。
頬に一筋流れた血の跡だけが怪我をしたという唯一の証拠のように。
「は、ははっ!本当に塞がった!まるで化け物じゃねぇか!」
乾いた笑いを浮かべながら、何度も引き金を引く男。
肩に、足に、脇腹に。
大丈夫、痛みには慣れている。
痛くなんかない。このくらい、どうってことない。
「なぁ、あと何発撃ち込んだら死ぬんだ!?化け物さんよォ!」
痛くなんか、
「こんばんはァ、お届け物でーす」
梁の上から降ってくる、先程まで聞いていた声。
やる気のなさそうな低い声に、名無しは思わずうつむき加減になっていた顔を上げた。
梁の上で縛られていた花岡のロープは切られており、その隣で銀時がゆるゆると手を振っている。
「集荷はジジイがひとりでよろしかったでしょーか?ってな。」
「…銀時、宅配業者の人だったの?」
「今はな。
――ほらよ。返すぜ、名無し。」
上から弧を描いて放り投げられたのは、一振の短刀。
暗朱の鞘に、黒い柄糸。僅かに刃を抜けば鈍く光る乱れ刃が顔を覗かせる。
初めて握ったはずなのに、この重さも、感触も、よく知っている気がした。
「これ、」
「お前の、守るための剣だ。
お前は化け物なんかじゃねぇ。ひと振りの、まっすぐとした立派な魂がそこにあるじゃねぇか。
海に沈もうが記憶がなくなろうが、誰かを守るっつー領分を見失わねェ、俺の知っている名無しがいる」
腰に差していた木刀を名無しに向かって放り投げる銀時。
洞爺湖と彫られた薄汚れた木刀は、どんな刀よりも重い気がした。
「貸してやるよ。俺はお医者様に絶対安静って言われてるしな。
お前の『人の剣』で、少しばかり刺激的な教育的指導を叩き込んでやれ」
「な、何勝手なことしてやがる!この野郎、ジジイ諸共殺してやる!」
男が銃口を向けた途端、手の甲に突き刺さる一振の刃。
先程までとは打って変わり、射抜くような眼光を宿す名無しが放った短刀だ。
道場内に響く男の悲鳴。
手の甲を貫通しているのだ。握りしめていた銃は重い音を立てて板の間に落ちる。
「そこの二人に牙を向けたらどうなるか、身をもって教えてあげようか。」
銀時に渡された木刀を突きつけながら名無しが男を睨みつける。
さながらその風貌は、まるで『鬼』のようだった。
***
死人を一人も出すことなく『教育的指導』を終えた名無しは小さく息をつきながら短刀を鞘にしまった。
カタナを振るう感覚は、身体が嫌という程覚えている。
もう少しで記憶が戻りそうなのに、もう一息というところでずっと何かが引っかかっていた。
「お疲れさん」
「銀時、」
花岡を連れて梁から降りてきた銀時が髪を掻きながらのんびりと降りてくる。
辺りはゴロツキの足跡や穴が空いた床板があるだけで、蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げていった男達の姿はもうなかった。
「木刀持ってる宅配業者さんだなんて、変な人ですね」
ありがとうございます、と礼を言いながら彼に木刀を渡せば、掴まれたのは刀ではなく私の手だった。
「?…銀時?」
「戦終わったら何するか教えろ、って前言ってただろ?」
困ったような苦笑いを浮かべて、彼は笑う。
「なんでも屋…万事屋だよ。お前が提案してきたんだぞ。」
『何でも屋さんは?ほら、銀時手先意外と器用だし。』
『儲からなさそうだな、オイ』
『でも同じ仕事ずっとしてたら、銀時すぐ飽きそう』
そう言って笑えば「それもそうだな」と気のない返事が返ってきた。
『じゃあ、今度教えてよ』
『ん?』
『戦が終わったら、何するのか。』
『…そうだな。考えておく』
「まぁ覚えちゃいねェか」
「京で、話した、」
強い突風で靄が一気に掻き消えたような感覚。
頭の中でベールを被っていた記憶が色鮮やかに蘇る。
松下村塾のこと。
攘夷戦争のこと。
仲間のこと。
兄のこと。
吉田松陽のこと。
坂田銀時の、こと。
「銀時、」
涙が、一筋零れた。
患者に家まで送ってもらうなんて何だか気が引けたが「昼の事もあるしな」と押し切られる形で送ってもらってしまった。
「ドクター、今帰りました」
玄関の扉は鍵が掛かっていなかった。恐らく帰ってきているのだろう。
しかし、どこか感じる違和感。
ふと視線を落とせば目に入る一枚の紙。
そこに殴り書きで書かれた文字を見て、名無しは僅かに目を細めた。
「どうかしたか?」
玄関の外で声を掛けてくる銀時。
…怪我人に、悟られてはいけない。
「なんでもないです。今日はありがとうございました、お気をつけて帰ってくださいね」
「ん。じゃあ、またな」
「はい。おやすみなさい」
名無しはニコリと笑って帰路につく銀時の背中を見送った。彼の姿が見えなくなるまで。
茜色ドロップ//再会篇#07
指定された場所は、名無しが昼間いた寺子屋跡地。
敷地内にある道場の扉を勢いよく開ければ、昼間見たゴロツキがそこにいた。
「約束通り、丸腰で来ましたよ。ドクターを離してください」
視線を上げれば、猿轡をされて天井近くの梁の上で縛られている花岡。
怪我はないようで安心したが、客人とは言えないような扱いに思わず眼光が鋭くなる。
「まぁそう焦んなよ、姉ちゃん。以前、江戸から少し離れた漁村にいたらしいな?
そこ出身の俺の弟分から聞いたんだけどよォ、なんでも怪我がすぐ治る天人なんだって?」
「…道理で見た覚えのある顔がいると思いましたよ」
昼間肘鉄をお見舞いした男の後ろから顔を出す痩せこけた男の顔は見覚えがあった。
なるほど、漁村での出来事を彼から聞いたのだろう。ナイフをチラつかせる男の笑みは非常に下衆を極めたような表情だった。
「最近なァ、いい玩具手に入ったんで、試し撃ちしてみたくてたまんねかったんだよなァ」
懐から取り出した黒光りする鉄の塊。
拳銃を突きつけられた瞬間、古い道場に響き渡る銃声。
頬と髪を掠る感覚と同時に、頬から一筋血が流れる。
チリついた痛みに僅かに目を細めるが、いつもと同じようにスっと傷口が塞がった。
頬に一筋流れた血の跡だけが怪我をしたという唯一の証拠のように。
「は、ははっ!本当に塞がった!まるで化け物じゃねぇか!」
乾いた笑いを浮かべながら、何度も引き金を引く男。
肩に、足に、脇腹に。
大丈夫、痛みには慣れている。
痛くなんかない。このくらい、どうってことない。
「なぁ、あと何発撃ち込んだら死ぬんだ!?化け物さんよォ!」
痛くなんか、
「こんばんはァ、お届け物でーす」
梁の上から降ってくる、先程まで聞いていた声。
やる気のなさそうな低い声に、名無しは思わずうつむき加減になっていた顔を上げた。
梁の上で縛られていた花岡のロープは切られており、その隣で銀時がゆるゆると手を振っている。
「集荷はジジイがひとりでよろしかったでしょーか?ってな。」
「…銀時、宅配業者の人だったの?」
「今はな。
――ほらよ。返すぜ、名無し。」
上から弧を描いて放り投げられたのは、一振の短刀。
暗朱の鞘に、黒い柄糸。僅かに刃を抜けば鈍く光る乱れ刃が顔を覗かせる。
初めて握ったはずなのに、この重さも、感触も、よく知っている気がした。
「これ、」
「お前の、守るための剣だ。
お前は化け物なんかじゃねぇ。ひと振りの、まっすぐとした立派な魂がそこにあるじゃねぇか。
海に沈もうが記憶がなくなろうが、誰かを守るっつー領分を見失わねェ、俺の知っている名無しがいる」
腰に差していた木刀を名無しに向かって放り投げる銀時。
洞爺湖と彫られた薄汚れた木刀は、どんな刀よりも重い気がした。
「貸してやるよ。俺はお医者様に絶対安静って言われてるしな。
お前の『人の剣』で、少しばかり刺激的な教育的指導を叩き込んでやれ」
「な、何勝手なことしてやがる!この野郎、ジジイ諸共殺してやる!」
男が銃口を向けた途端、手の甲に突き刺さる一振の刃。
先程までとは打って変わり、射抜くような眼光を宿す名無しが放った短刀だ。
道場内に響く男の悲鳴。
手の甲を貫通しているのだ。握りしめていた銃は重い音を立てて板の間に落ちる。
「そこの二人に牙を向けたらどうなるか、身をもって教えてあげようか。」
銀時に渡された木刀を突きつけながら名無しが男を睨みつける。
さながらその風貌は、まるで『鬼』のようだった。
***
死人を一人も出すことなく『教育的指導』を終えた名無しは小さく息をつきながら短刀を鞘にしまった。
カタナを振るう感覚は、身体が嫌という程覚えている。
もう少しで記憶が戻りそうなのに、もう一息というところでずっと何かが引っかかっていた。
「お疲れさん」
「銀時、」
花岡を連れて梁から降りてきた銀時が髪を掻きながらのんびりと降りてくる。
辺りはゴロツキの足跡や穴が空いた床板があるだけで、蜘蛛の子を散らすように方々へ逃げていった男達の姿はもうなかった。
「木刀持ってる宅配業者さんだなんて、変な人ですね」
ありがとうございます、と礼を言いながら彼に木刀を渡せば、掴まれたのは刀ではなく私の手だった。
「?…銀時?」
「戦終わったら何するか教えろ、って前言ってただろ?」
困ったような苦笑いを浮かべて、彼は笑う。
「なんでも屋…万事屋だよ。お前が提案してきたんだぞ。」
『何でも屋さんは?ほら、銀時手先意外と器用だし。』
『儲からなさそうだな、オイ』
『でも同じ仕事ずっとしてたら、銀時すぐ飽きそう』
そう言って笑えば「それもそうだな」と気のない返事が返ってきた。
『じゃあ、今度教えてよ』
『ん?』
『戦が終わったら、何するのか。』
『…そうだな。考えておく』
「まぁ覚えちゃいねェか」
「京で、話した、」
強い突風で靄が一気に掻き消えたような感覚。
頭の中でベールを被っていた記憶が色鮮やかに蘇る。
松下村塾のこと。
攘夷戦争のこと。
仲間のこと。
兄のこと。
吉田松陽のこと。
坂田銀時の、こと。
「銀時、」
涙が、一筋零れた。