茜色ドロップ//再会篇
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「んだよ、今日はジジイの方かよ…」
「すまんなジジイで。生憎名無しは休みじゃ」
茜色ドロップ//再会篇#05
花岡と名乗った医者は銀時の悪態を気にもせず、レントゲンで撮った写真を見ていた。
「お登勢の頼みで寄越しておるじゃろう。たまのジジイの診察くらいで文句を言う言うでねぇ」
「なんでこういう時に限って…いやこういう時だからなのか?運なさすぎだろ…」
ブツブツと文句を言う銀時を横目で見ながら、達筆な字でカルテを書いていく花岡。
好々爺といった見た目の目の前の医者は、不揃いな髭を撫でながらポソリと呟いた。
「名無しの旧知の知り合いだそうじゃな」
「んだよ、名無しから聞いたのか?」
「お登勢からじゃよ」
口が軽いな、と内心毒づきながら銀時は小さく溜息をついた。
「攘夷戦争か?」
「…最近の年寄りは勘が鋭くていけ好かねぇな、ったく」
「あの年で医療行為に慣れすぎておれば、察しもつくわい。」
特に外科に関しては長年医者をしている花岡でする目を見張るものがあった。
何より記憶がないのに場慣れしている。
身体が憶えるほどに、何度も現場へ嫌という程立ったのだろう。
「彼女は天人なのか?」
「また突然に、なんだよ」
「お前さんみたいな白髪も珍しいが、名無しのような赤眼も珍しい。色素欠乏…まぁ所謂アルビノじゃな。それだと白髪赤眼はよくあるが、如何せんお主も名無しも両方当てはまらん」
「何が言いてェんだよ、ジジイ」
「単刀直入に言うぞ。彼女が見つかった村で鬼子だの天人だのと迫害受けておったところを、ワシが引き取ったんじゃ」
珍しい血のような色をした赤い目。
海を漂流してきたせいで傷だらけだった身体が、みるみると治った体質。
人間だと思う方が無理な話だった。
「知らねーよ、育ての親だって知らなかったからな。
…天人だろうが人間だろうが、名無しは名無しだ。関係ねぇ」
「まぁそうじゃろうな。お前さん、惚れとるようじゃし」
「…………は!?」
ケラケラと笑いながら歯を剥く目の前の医者。
思わぬ指摘に思わず頬に熱が集まったのが分かった。
「ばっか野郎、何勝手に決めつけてんだジジイ!」
「図星を突かれて声を荒らげるなぞ、まだまだ若いの。」
「ぐぅ…っ」
そうだ。図星だ。
これだから勘のいい年寄りは苦手だ。
「ま、ワシはお前さんの事情なぞ興味はないからの。ただ、あの子が泣いとるのは見とうない」
カルテを閉じてペンを置く花岡。
慈愛に満ちた目元には皺が柔らかく寄っている。
かなりの高齢なのだろう、それは孫娘を見守る祖父のようだった。
「…だから今日はこっちだって腹括って…」
「ほー」
ニヤニヤと笑う男の視線がいたたまれなくて、銀時は拗ねたように視線を逸らした。
電話用のメモだろう、小さな紙にサラサラと地図を書いて花岡が銀時の左手に押し付けた。
「ほれ、とっとと行ってこい。住んどるのはワシの家じゃが、多分おらんじゃろうからな。ここにおるじゃろ」
書いてあるのは江戸の街からそう遠くない場所だ。
癖のある銀髪を軽く掻きむしり、黙って銀時は左手を軽く上げながら診察室を出ていった。
***
最早そこは廃墟だった。
昔は子供達の笑顔と騒がしい声で溢れ返っていたであろう、どこか見覚えのある建物の中を銀時は歩いていた。
畳はボロボロで、板間も所々穴が空いている。
沢山の文卓は部屋の隅へ乱雑に置かれており、手書きの書物は雨風に濡れて読める代物ではなかった。
寺子屋でだったのだろう、その廃墟の中に名無しはいた。
何をするわけでもなく、入ってきた野良猫の首の下を撫でながら座っていた。
「名無し」
「あら、坂田さん。珍しいところで合いますね。今日の診察は終わったんですか?」
「おー。もうすぐくっつくだろ、ってよ」
「それはよかった。」
野良猫は俺の気配に気がついたのか、音もなく優雅な足取りで去っていった。
あとはお二人でどうぞ、と言わんばかりに。
「…名無し。」
「はい?」
「思い出したら辛いかもしれない記憶でも、お前は記憶を取り戻してェのか?」
意を決して投げかける問い。
手にじっとりと汗が滲む。
「はい。」
ふわりと笑った笑顔はそれはそれは花が咲くような表情で。
「だってその記憶には、きっと坂田さんもいるんでしょう?」
楽しそうに目元を細める名無し。
その言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。
ツンと鼻先が痺れるような感覚。
涙腺が緩みそうになるのを必死に抑え、俺はゆっくりと口を開いた。
「…銀時、だ。」
「?」
「昔のお前は、ずーっと四六時中、俺のこと銀時銀時って呼んでたぞ」
「えぇ…そんなにですか?なんか名前で呼ぶのは変な感じですね…」
「こっちは坂田さん呼ばわりが違和感ありすぎなンだよ。ほれ、呼んでみろ」
促せば少し躊躇した後に、照れくさそうに彼女ははにかんだ。
「えっと、…銀時。」
まだ数年程しか経ってないというのに、もう何百年ぶりに呼ばれたかのような衝撃がした。
もっと、お前の声で聞きたい。
「…もう一回。」
「銀時、」
「まだだ、もっと感情込めれるだろ。」
「えぇー…ギントキー」
「棒読みになってんじゃねーか!大根役者かテメー!」
回数を重ねる毎に雑になる名前の呼び方に、感動が段々薄れてきた。
酷い話だ。
「…ふふっ」
「何だよ」
「いえ、坂田さんの楽しそうな顔、初めて見たな、って思って。」
「バカヤロー、銀時だっつってんだろーが」
「はぁい、銀時。」
「そうそう。」
「こんな感じでいい銀時?」
「語尾にすんな!バグってんぞ!」
久しぶりに交わすこんな些細なやり取りですら、涙が出そうだった。
「すまんなジジイで。生憎名無しは休みじゃ」
茜色ドロップ//再会篇#05
花岡と名乗った医者は銀時の悪態を気にもせず、レントゲンで撮った写真を見ていた。
「お登勢の頼みで寄越しておるじゃろう。たまのジジイの診察くらいで文句を言う言うでねぇ」
「なんでこういう時に限って…いやこういう時だからなのか?運なさすぎだろ…」
ブツブツと文句を言う銀時を横目で見ながら、達筆な字でカルテを書いていく花岡。
好々爺といった見た目の目の前の医者は、不揃いな髭を撫でながらポソリと呟いた。
「名無しの旧知の知り合いだそうじゃな」
「んだよ、名無しから聞いたのか?」
「お登勢からじゃよ」
口が軽いな、と内心毒づきながら銀時は小さく溜息をついた。
「攘夷戦争か?」
「…最近の年寄りは勘が鋭くていけ好かねぇな、ったく」
「あの年で医療行為に慣れすぎておれば、察しもつくわい。」
特に外科に関しては長年医者をしている花岡でする目を見張るものがあった。
何より記憶がないのに場慣れしている。
身体が憶えるほどに、何度も現場へ嫌という程立ったのだろう。
「彼女は天人なのか?」
「また突然に、なんだよ」
「お前さんみたいな白髪も珍しいが、名無しのような赤眼も珍しい。色素欠乏…まぁ所謂アルビノじゃな。それだと白髪赤眼はよくあるが、如何せんお主も名無しも両方当てはまらん」
「何が言いてェんだよ、ジジイ」
「単刀直入に言うぞ。彼女が見つかった村で鬼子だの天人だのと迫害受けておったところを、ワシが引き取ったんじゃ」
珍しい血のような色をした赤い目。
海を漂流してきたせいで傷だらけだった身体が、みるみると治った体質。
人間だと思う方が無理な話だった。
「知らねーよ、育ての親だって知らなかったからな。
…天人だろうが人間だろうが、名無しは名無しだ。関係ねぇ」
「まぁそうじゃろうな。お前さん、惚れとるようじゃし」
「…………は!?」
ケラケラと笑いながら歯を剥く目の前の医者。
思わぬ指摘に思わず頬に熱が集まったのが分かった。
「ばっか野郎、何勝手に決めつけてんだジジイ!」
「図星を突かれて声を荒らげるなぞ、まだまだ若いの。」
「ぐぅ…っ」
そうだ。図星だ。
これだから勘のいい年寄りは苦手だ。
「ま、ワシはお前さんの事情なぞ興味はないからの。ただ、あの子が泣いとるのは見とうない」
カルテを閉じてペンを置く花岡。
慈愛に満ちた目元には皺が柔らかく寄っている。
かなりの高齢なのだろう、それは孫娘を見守る祖父のようだった。
「…だから今日はこっちだって腹括って…」
「ほー」
ニヤニヤと笑う男の視線がいたたまれなくて、銀時は拗ねたように視線を逸らした。
電話用のメモだろう、小さな紙にサラサラと地図を書いて花岡が銀時の左手に押し付けた。
「ほれ、とっとと行ってこい。住んどるのはワシの家じゃが、多分おらんじゃろうからな。ここにおるじゃろ」
書いてあるのは江戸の街からそう遠くない場所だ。
癖のある銀髪を軽く掻きむしり、黙って銀時は左手を軽く上げながら診察室を出ていった。
***
最早そこは廃墟だった。
昔は子供達の笑顔と騒がしい声で溢れ返っていたであろう、どこか見覚えのある建物の中を銀時は歩いていた。
畳はボロボロで、板間も所々穴が空いている。
沢山の文卓は部屋の隅へ乱雑に置かれており、手書きの書物は雨風に濡れて読める代物ではなかった。
寺子屋でだったのだろう、その廃墟の中に名無しはいた。
何をするわけでもなく、入ってきた野良猫の首の下を撫でながら座っていた。
「名無し」
「あら、坂田さん。珍しいところで合いますね。今日の診察は終わったんですか?」
「おー。もうすぐくっつくだろ、ってよ」
「それはよかった。」
野良猫は俺の気配に気がついたのか、音もなく優雅な足取りで去っていった。
あとはお二人でどうぞ、と言わんばかりに。
「…名無し。」
「はい?」
「思い出したら辛いかもしれない記憶でも、お前は記憶を取り戻してェのか?」
意を決して投げかける問い。
手にじっとりと汗が滲む。
「はい。」
ふわりと笑った笑顔はそれはそれは花が咲くような表情で。
「だってその記憶には、きっと坂田さんもいるんでしょう?」
楽しそうに目元を細める名無し。
その言葉に、不覚にも目頭が熱くなった。
ツンと鼻先が痺れるような感覚。
涙腺が緩みそうになるのを必死に抑え、俺はゆっくりと口を開いた。
「…銀時、だ。」
「?」
「昔のお前は、ずーっと四六時中、俺のこと銀時銀時って呼んでたぞ」
「えぇ…そんなにですか?なんか名前で呼ぶのは変な感じですね…」
「こっちは坂田さん呼ばわりが違和感ありすぎなンだよ。ほれ、呼んでみろ」
促せば少し躊躇した後に、照れくさそうに彼女ははにかんだ。
「えっと、…銀時。」
まだ数年程しか経ってないというのに、もう何百年ぶりに呼ばれたかのような衝撃がした。
もっと、お前の声で聞きたい。
「…もう一回。」
「銀時、」
「まだだ、もっと感情込めれるだろ。」
「えぇー…ギントキー」
「棒読みになってんじゃねーか!大根役者かテメー!」
回数を重ねる毎に雑になる名前の呼び方に、感動が段々薄れてきた。
酷い話だ。
「…ふふっ」
「何だよ」
「いえ、坂田さんの楽しそうな顔、初めて見たな、って思って。」
「バカヤロー、銀時だっつってんだろーが」
「はぁい、銀時。」
「そうそう。」
「こんな感じでいい銀時?」
「語尾にすんな!バグってんぞ!」
久しぶりに交わすこんな些細なやり取りですら、涙が出そうだった。