茜色ドロップ//再会篇
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名無しが作り置きしてくれた夕飯を温めて食べれば、美味さで思わず頬が綻ぶと同時に何とも言えない感情が渦巻いた。
怪我が癒えれば、彼女と関わりはなくなる。
未だに自分の中で燻る僅かな後悔。
記憶なんて、取り戻さなくていい。そう決めたはずだった。
その時までは、そう思っていたんだ。
茜色ドロップ//再会篇#04
目を瞑れば何度でも蘇る悪夢。
いや、これは夢ではない。記憶だ。
大切なものがひとつひとつ、音を立てて崩れ落ちた過去。
師の首を斬り落とした感覚がまだ忘れられない。
同胞の悲痛な慟哭も、嘲るような烏の声も。
失意の果てに戻った場所に彼女がいなくて、遺品となった短刀を握りしめて叫んだ自分の声すらも。
過去がひたすら黒い手を伸ばして追いかけてくる。
逃げようとすればする程、それは生々しく蘇った。
学舎を燃やし尽くす炎の熱さも、戦場で死にゆく味方の血の赤さも。
モノトーンの景色の中で皮肉な程に鮮やかに映える赤の記憶。
曇天の下で見た師の血の赤さも、焦土と化した戦場で咲き誇る血の赤も。
自分の白い羽織を染める、敵か味方か分からない血の赤も。
その中で一際鮮明に思い出すのは、彼女の瞳。
血の赤とは違う、あたたかさを湛えた茜色。
時に鋭く、時に優しく、時には大粒の涙を零した双眸はどんな記憶よりも色鮮やかに蘇った。
一番好きだったのは嬉しそうに目尻を蕩けさせ、柔らかく細められた時だった。
赤い記憶。
それはどんなに手を伸ばしても、もう届くことのない過去の虚像だった。
***
「坂田さん、」
夕焼けが差し込む部屋の中で優しく声を掛けてくるのは、酷く懐かしい声だった。
涙が零れるほどに、愛しい、
「…あ、」
「腕、痛いんですか?それとも、怖い夢でも見られましたか?」
「んな、ガキじゃあるめェし」
左の手の甲で涙を雑に拭えば、名無しの手がそっと遮った。
「…見るなよ…格好悪ィだろ」
「見せんよ。ただそんな擦ったら目元が赤くなっちゃいますから」
近くにあったティッシュを一枚とり、まるで子供の涙を拭くように柔らかく目元に当ててくる名無し。
「今日は、来る予定じゃなかっただろ」
「すみません。何か、虫の知らせというか、なんと言うか。」
気になって来ちゃいました。
困ったようにはにかむ彼女の顔を見てたら、また涙が溢れそうになった。
届く距離にいるのに、手を伸ばせない。
届くのに届かない。
それがどうしても歯がゆかった。
「坂田さん、」
「…ん、だよ」
ソファに座ってしおしおになったティッシュで目元を抑えていると、ふいに柔らかく抱きしめられた。
まるで子供をあやす様に背中をトントンと擦る手が、残酷なくらい優しかった。
「ほら、これで見えませんよ。好きなだけ泣いちゃってください」
「…それ、大の男に向かってすることか?フツー」
「まぁそうですけど。私はそういう時、こうして欲しいな、って思ったので」
柔らかい石鹸の匂い。
後頭部の髪を撫でるように梳く細い指。
全部、俺の記憶のものよりも優しくて、あたたかくて。
「そういう時、って…なんだ、泣き虫か?」
「そうですね、泣き虫かもしれません。
…起きたら覚えてない夢の中で、どうしてか分からないのに、ずっと泣いてるんです」
怖い夢も、あたたかい夢も、どうしても涙が溢れて止まらなかった。
「寂しい、って言ったらいいんですかね、何も覚えてないって。忘れてるくらいだから、思い出さない方がいい記憶かもしれない。嫌な思い出かもしれない。
それでもわけも分からずに、ずっと泣くよりはいいかな、って思うんです」
そんな時どうしても人肌恋しくなる。
僅かな記憶の欠片の中で、どうしようも辛くて苦しい時、誰かの手がそっと撫でてくれていた。
温もりの主も、分からないのに。
「ねぇ、坂田さん。
そんなに昔の私は、思い出さない方がいいような人間でしたか?」
そっと身体が離され、視線が絡む。
窓の外から差し込む黄昏の光が柔らかく目の前の彼女に影を落とす。
泣きそうな顔で笑う名無しの瞳は、どんな赤よりも悲しい色の滴を湛えていた。
***
『すみません、忘れてください』
そう言って名無しが帰った後の部屋は、酷く広く感じた。
静寂が支配する暗がりの中、外から差し込む色とりどりの人工光。
ターミナルを煌々と照らす白い光が酷く眩しかった。
いつからだろう。
彼女が、『何回かしか会ったことがない』と言った俺の嘘に気がついたのは。
それでも今まで追及してこなかったのは、もしかしたら待っていたのかもしれない。
無理強いはしない。相手の嫌がるようなことはしない。
強情な割には脆く、臆病で、生き辛そうだと心配してしまう程に優しい。
どうしようもない泣き虫で、寂しがりで、
――あぁ、名無しは何も変わっちゃいない。
もしかしたら失うことに対して臆病になっていたのは、自分の方かもしれない。
背負い込むことを。
打ち明けることを。
誰かの手をとることを。
もうひとりでいい。
仲間なんて欲しくない。
家族なんて欲しくない。
そう願ったはずなのに、どうしてこんなにも寂しいのか。
答えは、自問自答するまでもなかった。
「……馬鹿なのは、俺か。」
自嘲気味に笑い、床の間に飾っていた古い小刀を手に取る。
どうしても手放せなかった彼女が唯一残したそれを、祈るように銀時はそっと握りしめた。
怪我が癒えれば、彼女と関わりはなくなる。
未だに自分の中で燻る僅かな後悔。
記憶なんて、取り戻さなくていい。そう決めたはずだった。
その時までは、そう思っていたんだ。
茜色ドロップ//再会篇#04
目を瞑れば何度でも蘇る悪夢。
いや、これは夢ではない。記憶だ。
大切なものがひとつひとつ、音を立てて崩れ落ちた過去。
師の首を斬り落とした感覚がまだ忘れられない。
同胞の悲痛な慟哭も、嘲るような烏の声も。
失意の果てに戻った場所に彼女がいなくて、遺品となった短刀を握りしめて叫んだ自分の声すらも。
過去がひたすら黒い手を伸ばして追いかけてくる。
逃げようとすればする程、それは生々しく蘇った。
学舎を燃やし尽くす炎の熱さも、戦場で死にゆく味方の血の赤さも。
モノトーンの景色の中で皮肉な程に鮮やかに映える赤の記憶。
曇天の下で見た師の血の赤さも、焦土と化した戦場で咲き誇る血の赤も。
自分の白い羽織を染める、敵か味方か分からない血の赤も。
その中で一際鮮明に思い出すのは、彼女の瞳。
血の赤とは違う、あたたかさを湛えた茜色。
時に鋭く、時に優しく、時には大粒の涙を零した双眸はどんな記憶よりも色鮮やかに蘇った。
一番好きだったのは嬉しそうに目尻を蕩けさせ、柔らかく細められた時だった。
赤い記憶。
それはどんなに手を伸ばしても、もう届くことのない過去の虚像だった。
***
「坂田さん、」
夕焼けが差し込む部屋の中で優しく声を掛けてくるのは、酷く懐かしい声だった。
涙が零れるほどに、愛しい、
「…あ、」
「腕、痛いんですか?それとも、怖い夢でも見られましたか?」
「んな、ガキじゃあるめェし」
左の手の甲で涙を雑に拭えば、名無しの手がそっと遮った。
「…見るなよ…格好悪ィだろ」
「見せんよ。ただそんな擦ったら目元が赤くなっちゃいますから」
近くにあったティッシュを一枚とり、まるで子供の涙を拭くように柔らかく目元に当ててくる名無し。
「今日は、来る予定じゃなかっただろ」
「すみません。何か、虫の知らせというか、なんと言うか。」
気になって来ちゃいました。
困ったようにはにかむ彼女の顔を見てたら、また涙が溢れそうになった。
届く距離にいるのに、手を伸ばせない。
届くのに届かない。
それがどうしても歯がゆかった。
「坂田さん、」
「…ん、だよ」
ソファに座ってしおしおになったティッシュで目元を抑えていると、ふいに柔らかく抱きしめられた。
まるで子供をあやす様に背中をトントンと擦る手が、残酷なくらい優しかった。
「ほら、これで見えませんよ。好きなだけ泣いちゃってください」
「…それ、大の男に向かってすることか?フツー」
「まぁそうですけど。私はそういう時、こうして欲しいな、って思ったので」
柔らかい石鹸の匂い。
後頭部の髪を撫でるように梳く細い指。
全部、俺の記憶のものよりも優しくて、あたたかくて。
「そういう時、って…なんだ、泣き虫か?」
「そうですね、泣き虫かもしれません。
…起きたら覚えてない夢の中で、どうしてか分からないのに、ずっと泣いてるんです」
怖い夢も、あたたかい夢も、どうしても涙が溢れて止まらなかった。
「寂しい、って言ったらいいんですかね、何も覚えてないって。忘れてるくらいだから、思い出さない方がいい記憶かもしれない。嫌な思い出かもしれない。
それでもわけも分からずに、ずっと泣くよりはいいかな、って思うんです」
そんな時どうしても人肌恋しくなる。
僅かな記憶の欠片の中で、どうしようも辛くて苦しい時、誰かの手がそっと撫でてくれていた。
温もりの主も、分からないのに。
「ねぇ、坂田さん。
そんなに昔の私は、思い出さない方がいいような人間でしたか?」
そっと身体が離され、視線が絡む。
窓の外から差し込む黄昏の光が柔らかく目の前の彼女に影を落とす。
泣きそうな顔で笑う名無しの瞳は、どんな赤よりも悲しい色の滴を湛えていた。
***
『すみません、忘れてください』
そう言って名無しが帰った後の部屋は、酷く広く感じた。
静寂が支配する暗がりの中、外から差し込む色とりどりの人工光。
ターミナルを煌々と照らす白い光が酷く眩しかった。
いつからだろう。
彼女が、『何回かしか会ったことがない』と言った俺の嘘に気がついたのは。
それでも今まで追及してこなかったのは、もしかしたら待っていたのかもしれない。
無理強いはしない。相手の嫌がるようなことはしない。
強情な割には脆く、臆病で、生き辛そうだと心配してしまう程に優しい。
どうしようもない泣き虫で、寂しがりで、
――あぁ、名無しは何も変わっちゃいない。
もしかしたら失うことに対して臆病になっていたのは、自分の方かもしれない。
背負い込むことを。
打ち明けることを。
誰かの手をとることを。
もうひとりでいい。
仲間なんて欲しくない。
家族なんて欲しくない。
そう願ったはずなのに、どうしてこんなにも寂しいのか。
答えは、自問自答するまでもなかった。
「……馬鹿なのは、俺か。」
自嘲気味に笑い、床の間に飾っていた古い小刀を手に取る。
どうしても手放せなかった彼女が唯一残したそれを、祈るように銀時はそっと握りしめた。