茜色ノ小鬼//short story
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ここは暗殺集団・天照院奈落。
昔ながらの造りをした建物には侵入者を阻む数々の罠が設置されている。
が、どうやら羽虫には効かないらしい。
「おおおお、お兄ちゃん!なんか、なんかいる、」
ぴえぇぇと泣き出しそうな顔で俺の着物を掴む名無し。
最初は人見知りが酷かったものの、今はすっかりこの様だ。
すっかり『兄』として板についてしまった俺は、しがみついてくる妹分を宥めるようにそっと髪を撫でた。
『先生』の小姓として部屋の掃除は勿論、書物の整理もしている。
部屋のことについては一番俺が把握しているはずだが…はて、彼女の『何か』とは一体何だろうか。
ぐいぐいと着物を引っ張られ、連れていかれた先は窓が開け放たれた廊下…といっても、格子窓だから景色はお世辞にも良くない。
そこでビチビチ音を立てている、茶色い塊がひとつ。
「蝉だな。」
「せ、せみ?」
「外でミンミン鳴いている虫だよ」
あまり建物から外に出る機会がないからだろう。
どうやら名無しは蝉を見るのは初めてだったらしい。
「…この子、鳴かないね。バチバチいってるけど」
「死にかけなのかもしれないな。蝉の命は一週間くらいらしいし」
夏真っ盛りは過ぎてしまった。
残暑だけがジリジリと焦げ付き、蝉の声も確かに遠のいてきた。
こいつは行き遅れだろう。今から番を見つけるのも難しいかもしれない。
耳障りな羽音を立てながら、まるで自分はここにいる・と主張しているようだった。
静かになった途端、不意に動き出すものだから蝉を見ている名無しは大きく肩を震わせる。
幼いながらも暗殺剣を仕込まれているというのに、虫はどうやら苦手らしい。
俺は小さく息をついて、無様にひっくり返った蝉を鷲掴みにした。
「お兄ちゃん、」
「どうした?」
「…殺しちゃうの?」
眉を八の字に寄せて名無しが恐る恐る聞いてくる。
「あぁ」と短く返事を返せば、小さな手は俺の着物を止めるように引っ張ってきた。
「あのね、外に逃がしてあげられないかなぁ、って思って」
「もうこいつ長生きしないぞ、多分」
そう教えても「それでも、かわいそうだよ」と困ったように見上げてくる可愛い妹。
…やれやれ。仕方がない。
「分かったよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ふにゃふにゃと綿菓子のような笑顔で名無しの顔が綻ぶ。
あぁ、やっぱりこの子は笑顔が一番よく似合う。
外に出ることを禁止されている彼女に代わって、俺は蝉を片手に立ち上がる。
「少し待ってろ、すぐ戻るから」と言い髪を撫でれば、可愛い妹は大きく頷いて満足そうに笑った。
蝉の残照
中庭の木へ蝉を逃がしながら、俺はぼんやりと思った。
(あぁ、死にかけを救われるなんて、まるで昔の俺のようだ)
蝉を見て思ってしまった。
(あぁ、死ねる自由と、飛べる自由があるなんて。うらやましいなぁ)
中庭を見下ろす小さな妹の影に、俺はその時気がつかなかったんだ。
昔ながらの造りをした建物には侵入者を阻む数々の罠が設置されている。
が、どうやら羽虫には効かないらしい。
「おおおお、お兄ちゃん!なんか、なんかいる、」
ぴえぇぇと泣き出しそうな顔で俺の着物を掴む名無し。
最初は人見知りが酷かったものの、今はすっかりこの様だ。
すっかり『兄』として板についてしまった俺は、しがみついてくる妹分を宥めるようにそっと髪を撫でた。
『先生』の小姓として部屋の掃除は勿論、書物の整理もしている。
部屋のことについては一番俺が把握しているはずだが…はて、彼女の『何か』とは一体何だろうか。
ぐいぐいと着物を引っ張られ、連れていかれた先は窓が開け放たれた廊下…といっても、格子窓だから景色はお世辞にも良くない。
そこでビチビチ音を立てている、茶色い塊がひとつ。
「蝉だな。」
「せ、せみ?」
「外でミンミン鳴いている虫だよ」
あまり建物から外に出る機会がないからだろう。
どうやら名無しは蝉を見るのは初めてだったらしい。
「…この子、鳴かないね。バチバチいってるけど」
「死にかけなのかもしれないな。蝉の命は一週間くらいらしいし」
夏真っ盛りは過ぎてしまった。
残暑だけがジリジリと焦げ付き、蝉の声も確かに遠のいてきた。
こいつは行き遅れだろう。今から番を見つけるのも難しいかもしれない。
耳障りな羽音を立てながら、まるで自分はここにいる・と主張しているようだった。
静かになった途端、不意に動き出すものだから蝉を見ている名無しは大きく肩を震わせる。
幼いながらも暗殺剣を仕込まれているというのに、虫はどうやら苦手らしい。
俺は小さく息をついて、無様にひっくり返った蝉を鷲掴みにした。
「お兄ちゃん、」
「どうした?」
「…殺しちゃうの?」
眉を八の字に寄せて名無しが恐る恐る聞いてくる。
「あぁ」と短く返事を返せば、小さな手は俺の着物を止めるように引っ張ってきた。
「あのね、外に逃がしてあげられないかなぁ、って思って」
「もうこいつ長生きしないぞ、多分」
そう教えても「それでも、かわいそうだよ」と困ったように見上げてくる可愛い妹。
…やれやれ。仕方がない。
「分かったよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ふにゃふにゃと綿菓子のような笑顔で名無しの顔が綻ぶ。
あぁ、やっぱりこの子は笑顔が一番よく似合う。
外に出ることを禁止されている彼女に代わって、俺は蝉を片手に立ち上がる。
「少し待ってろ、すぐ戻るから」と言い髪を撫でれば、可愛い妹は大きく頷いて満足そうに笑った。
蝉の残照
中庭の木へ蝉を逃がしながら、俺はぼんやりと思った。
(あぁ、死にかけを救われるなんて、まるで昔の俺のようだ)
蝉を見て思ってしまった。
(あぁ、死ねる自由と、飛べる自由があるなんて。うらやましいなぁ)
中庭を見下ろす小さな妹の影に、俺はその時気がつかなかったんだ。
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