茜色ノ子鬼
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「今日からここが、私達の家です」
そう言って松陽は、楽しそうに笑った。
茜色ノ小鬼#05
寺子屋が出来てしばらく経った頃だった。
道場破りを仕掛け、そのあと講武館を抜けてきた子供が二人が、いつの間にか寺子屋に住み着いていた。
高杉や桂と道場で稽古している銀時を遠目でぼんやりと眺める名無し。
正しくは、松陽が稽古の時間を終えるのを待っているのだけど。
(彼らみたいに、強くなれば自分の身くらい自分で守れるようになるのだろうか)
長々と伸びた前髪をくるりと指先で弄ぶ。
サラリとコシのある黒い絹糸は滑るように指に絡み、ほどけた。
「名無し。お待たせしました」
松陽が木刀をしまって袂を直しながらやって来た。
「どうかしたんですか?君から相談なんて、初めてじゃないですか」
「…あの、どうやったら自分の身を守れるのか、教えてほしくて」
松陽を控えめに見上げながら名無しは問うた。
「名無しは、強さとはなんだと思いますか?」
「強さ、」
問いで返され、一巡して考えた。
「…銀時みたいに、負けない剣の強さ。
晋助みたいに諦めない強さ。
小太郎みたいに他の人に優しくできる強さ。
先生みたいに、誰かを背負える、強さ」
「よく見てるじゃないですか。すごいですよ。
では、君の強さとは一体なんでしょうか」
「…私は、強くない」
「そうかもしれません。でも、きっと弱さを認めることもまた強さです。
問題は、君がどうありたいのか願うことですよ」
「私が…」
そっと瞼を落とし、膝の上で固く握りしめられていた手のひらをじっと見つめる。
自分自身に負けない強さを。
誰かを、護りたい。
ぽつり、ぽつりと、けれど芯の通った声で名無しは答えた。
その答えに対し満足そうに微笑み、よっこらせとおじさんくさい声をあげて松陽が立ち上がった。
「いいものをあげます。きっと、これからの君に役立つものです」
***
「オーイ、名無し…ガキはもう寝る時間だぞ…」
欠伸をしながら銀時が声をかけるが、名無しは一心不乱に書物を読んでいた。
所々シミのある、古めかしい本。
麻の紐で束ねられたそれは、松陽が書いた教本よりも随分難しそうな内容だった。
「もうちょっとで終わるから」
そう言ってかれこれ二時間は経っている。
高杉や桂は昼間の鍛錬でくたびれたのだろう、すっかり夢の中だ。
起きているのは、俺と、名無しと、外で鳴いている鈴虫くらいなものだ。
誰も起きていないからか邪魔そうに前髪を紐で縛り、大五郎よろしくちょんまげを作っていた。休日の母ちゃんかお前は。
普段隠れている横顔が珍しくよく見える。
小さな蝋燭の火に照らされ白い肌が夜闇に浮き上がる。
夕陽のような目が繊細なガラス細工のように見えた。
「なぁ。」
「ん…?」
「前髪切っちまわねぇ?そんなんで本読んでたらよ、目が悪くなっちまうぞ」
なんてのは、建前。
朝焼けみたいな色の目を、目立つから隠しちまうなんて勿体ないと思っていた。
こっちなんて隠しようがない天然パーマと銀髪だぞ。
…どうせ高杉や桂には、初対面で女だとバレているんだ。
何も隠す必要なんて、ないように思えたのが正直なところだ。
「……そっか、そうだね。切っちゃおうか」
「え?」
天人に見つかったら、って言うと思っていた返答がまさかのイエス。
しかも布団から音を立てないように抜け出したかと思えば、なんと彼女は鋏を持ってきた。
おもむろに自分の前髪を鷲掴みにして、刃を入れようとする姿を見て、俺は慌てて止めた。
「ちょ、待て待て待て、今から切るのか?しかもそんな雑な切り方で!?」
「え、ダメ?」
「貸してみろ」
鋏を取り上げ、縁側へ手招きする。
今日は満月だ。
運良く月明かりで照らされているため、手元は狂うことはないだろう。
「しっかり目ェ瞑れ、髪の毛入るぞ」
「うん」
サラリとした前髪に鋏を入れれば、独特の切った感触。
露わになっていく顔はぎゅっと目を閉じ、少しだけ眉間にシワがよってる。
そんなに目を固く閉じなくても髪は入らねーよ、と言いたいところだがバカ正直に言いつけを守ってるのが面白くてそのままにしておいた。
「またなんで前髪切ろうと思ったんだ?前はどんな理由あっても断ってたじゃねーか」
「…隠して、逃げるのは、やめようと思って」
はらり、はらりと細切れになった髪の毛が地面に落ちていく。
指先で軽くはたくように落としてやれば、スッキリとした顔がそこにあった。
「目、開けていい?」
「おぅ」
眩い夕焼けのような瞳がゆっくり開く。
鏡のように映り込むのは、呆けた俺の顔。
中性的な顔つきは少年とも少女ともつかない曖昧なもので、女だと知っているのに俺は何だか変な気分になった。
「わぁ、視界すっきり」
「…だ、だろ?」
「ありがとう銀時」
ふにゃりと控えめに笑う顔はあどけなくて、前髪切っただけでこんなに見える表情が違うのかと感心した。
「明日、先生驚くかなぁ」
「だろーよ。他のヤツらの顔も見物だな」
空を見上げれば満天の星。
緩やかにカーブする天の川も見れた。
「そいや何の本読んでんだよ」
「ん?えっと、ヒミツ」
楽しそうに目を細め、はにかんだように笑う。
名無しとは他の連中よりも長い付き合いだけど、何か隠されたのは初めてだった。
でも、何だろう。
嬉しいような、寂しいような。
(何か、変な感じだ)
隣を見れば無邪気に満月を見上げる横顔。
とりあえず、コイツが嬉しそうだから今はそれでいいか。
***
「どうした、名無し!前髪、」
「切ってもらっちゃった」
「切ってもらった、て…」
桂は動揺しているし、高杉に至っては誰だコイツと言わんばかりの顔をしている。
他の寺子屋の子供もほぼ全員二度見していた。無理もない。
「名無し」
「あ…先生」
「よく似合ってますよ」
松陽の手のひらがくしゃりと髪を撫でる。
嬉しそうにふにゃふにゃと笑う名無しの顔を見て、俺は誰も見ていない場所で小さくほくそ笑んだ。
そう言って松陽は、楽しそうに笑った。
茜色ノ小鬼#05
寺子屋が出来てしばらく経った頃だった。
道場破りを仕掛け、そのあと講武館を抜けてきた子供が二人が、いつの間にか寺子屋に住み着いていた。
高杉や桂と道場で稽古している銀時を遠目でぼんやりと眺める名無し。
正しくは、松陽が稽古の時間を終えるのを待っているのだけど。
(彼らみたいに、強くなれば自分の身くらい自分で守れるようになるのだろうか)
長々と伸びた前髪をくるりと指先で弄ぶ。
サラリとコシのある黒い絹糸は滑るように指に絡み、ほどけた。
「名無し。お待たせしました」
松陽が木刀をしまって袂を直しながらやって来た。
「どうかしたんですか?君から相談なんて、初めてじゃないですか」
「…あの、どうやったら自分の身を守れるのか、教えてほしくて」
松陽を控えめに見上げながら名無しは問うた。
「名無しは、強さとはなんだと思いますか?」
「強さ、」
問いで返され、一巡して考えた。
「…銀時みたいに、負けない剣の強さ。
晋助みたいに諦めない強さ。
小太郎みたいに他の人に優しくできる強さ。
先生みたいに、誰かを背負える、強さ」
「よく見てるじゃないですか。すごいですよ。
では、君の強さとは一体なんでしょうか」
「…私は、強くない」
「そうかもしれません。でも、きっと弱さを認めることもまた強さです。
問題は、君がどうありたいのか願うことですよ」
「私が…」
そっと瞼を落とし、膝の上で固く握りしめられていた手のひらをじっと見つめる。
自分自身に負けない強さを。
誰かを、護りたい。
ぽつり、ぽつりと、けれど芯の通った声で名無しは答えた。
その答えに対し満足そうに微笑み、よっこらせとおじさんくさい声をあげて松陽が立ち上がった。
「いいものをあげます。きっと、これからの君に役立つものです」
***
「オーイ、名無し…ガキはもう寝る時間だぞ…」
欠伸をしながら銀時が声をかけるが、名無しは一心不乱に書物を読んでいた。
所々シミのある、古めかしい本。
麻の紐で束ねられたそれは、松陽が書いた教本よりも随分難しそうな内容だった。
「もうちょっとで終わるから」
そう言ってかれこれ二時間は経っている。
高杉や桂は昼間の鍛錬でくたびれたのだろう、すっかり夢の中だ。
起きているのは、俺と、名無しと、外で鳴いている鈴虫くらいなものだ。
誰も起きていないからか邪魔そうに前髪を紐で縛り、大五郎よろしくちょんまげを作っていた。休日の母ちゃんかお前は。
普段隠れている横顔が珍しくよく見える。
小さな蝋燭の火に照らされ白い肌が夜闇に浮き上がる。
夕陽のような目が繊細なガラス細工のように見えた。
「なぁ。」
「ん…?」
「前髪切っちまわねぇ?そんなんで本読んでたらよ、目が悪くなっちまうぞ」
なんてのは、建前。
朝焼けみたいな色の目を、目立つから隠しちまうなんて勿体ないと思っていた。
こっちなんて隠しようがない天然パーマと銀髪だぞ。
…どうせ高杉や桂には、初対面で女だとバレているんだ。
何も隠す必要なんて、ないように思えたのが正直なところだ。
「……そっか、そうだね。切っちゃおうか」
「え?」
天人に見つかったら、って言うと思っていた返答がまさかのイエス。
しかも布団から音を立てないように抜け出したかと思えば、なんと彼女は鋏を持ってきた。
おもむろに自分の前髪を鷲掴みにして、刃を入れようとする姿を見て、俺は慌てて止めた。
「ちょ、待て待て待て、今から切るのか?しかもそんな雑な切り方で!?」
「え、ダメ?」
「貸してみろ」
鋏を取り上げ、縁側へ手招きする。
今日は満月だ。
運良く月明かりで照らされているため、手元は狂うことはないだろう。
「しっかり目ェ瞑れ、髪の毛入るぞ」
「うん」
サラリとした前髪に鋏を入れれば、独特の切った感触。
露わになっていく顔はぎゅっと目を閉じ、少しだけ眉間にシワがよってる。
そんなに目を固く閉じなくても髪は入らねーよ、と言いたいところだがバカ正直に言いつけを守ってるのが面白くてそのままにしておいた。
「またなんで前髪切ろうと思ったんだ?前はどんな理由あっても断ってたじゃねーか」
「…隠して、逃げるのは、やめようと思って」
はらり、はらりと細切れになった髪の毛が地面に落ちていく。
指先で軽くはたくように落としてやれば、スッキリとした顔がそこにあった。
「目、開けていい?」
「おぅ」
眩い夕焼けのような瞳がゆっくり開く。
鏡のように映り込むのは、呆けた俺の顔。
中性的な顔つきは少年とも少女ともつかない曖昧なもので、女だと知っているのに俺は何だか変な気分になった。
「わぁ、視界すっきり」
「…だ、だろ?」
「ありがとう銀時」
ふにゃりと控えめに笑う顔はあどけなくて、前髪切っただけでこんなに見える表情が違うのかと感心した。
「明日、先生驚くかなぁ」
「だろーよ。他のヤツらの顔も見物だな」
空を見上げれば満天の星。
緩やかにカーブする天の川も見れた。
「そいや何の本読んでんだよ」
「ん?えっと、ヒミツ」
楽しそうに目を細め、はにかんだように笑う。
名無しとは他の連中よりも長い付き合いだけど、何か隠されたのは初めてだった。
でも、何だろう。
嬉しいような、寂しいような。
(何か、変な感じだ)
隣を見れば無邪気に満月を見上げる横顔。
とりあえず、コイツが嬉しそうだから今はそれでいいか。
***
「どうした、名無し!前髪、」
「切ってもらっちゃった」
「切ってもらった、て…」
桂は動揺しているし、高杉に至っては誰だコイツと言わんばかりの顔をしている。
他の寺子屋の子供もほぼ全員二度見していた。無理もない。
「名無し」
「あ…先生」
「よく似合ってますよ」
松陽の手のひらがくしゃりと髪を撫でる。
嬉しそうにふにゃふにゃと笑う名無しの顔を見て、俺は誰も見ていない場所で小さくほくそ笑んだ。