茜色ノ子鬼
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俺がここに住み始めて三日が経とうとしていた。
疎らながらも彼女とは言葉を交わすようになったが、それでもまだ会話はぎこちなかった。
そういえば…あれから一度も彼女とは目が合っていない。
茜色ノ小鬼#02
「今日は直ぐ近くに行商人が集まっているみたいなので、買い物に行きましょうか」
銀時が拾われてから数日経った頃。
松陽が発したその一言で近くの村へ買い出しに出かることになった。
松陽は路銀を少々、俺は刀を抱えて、名無しは着物の長い裾を踏まないようにたくし上げて。
川沿いの一本道。
午前の涼しい初夏の風が土手沿いに生えているススキの葉をさらさらと鳴らした。
少し足元の悪い土手道。
銀時は松陽の後ろをのんびりと歩いていると、後ろから土を擦る音が聞こえた。
裾に躓いてこけたのか。名無しが地面に膝をついている。
「何やってんだよ…ほら」
手を差し出せば、少し困惑したような表情で擦り傷のできた手を伸ばしてきた。
けれど、俺は目を疑った。
血が滲んでいた手のひらは傷が治り、残ったのは土汚れと血のあとだけ。
はっとした表情で手を引っ込める名無し。
ビクビクと怯えてまるで小動物のようだった。
「…あー、ったく置いてくぞ」
腕を掴んで多少強引に立ち上がらせれば、揺れた前髪の隙間から見えた表情。
泣きそうな、動揺しているような、不安げに揺れる赤い瞳。
「裾が邪魔なら、端をこう…帯に挟めば楽だろ」
裾の端を帯にかませれば、まるで足踏み洗濯をしている女のような格好になったが、まぁこれなら邪魔にならないだろう。
日に焼けていない生白い足が初夏の日差しに照らされて眩しかった。
「あ……ありがとう」
初めて、お礼を言われた。
なんだか照れくさくて、俺は小さく「おぅ。」としか答えることが出来なかった。
「ほら、銀時、名無し。迷子にならないでくださいね」
そんな様子を微笑ましく眺めていた松陽が朗らかに声を上げる。
彼の眼下には小さな村。
俺は覗き込むように、いつもよりも多くの人間が集まるのを遠目で眺めた。
***
人混みをかき分けながら進む松陽の後ろをはぐれないようについていく。
むせ返るほどの、人、ヒト、ひと。
人間の、匂い。
ガヤガヤとわき立つように賑わう声の中で様々な会話が飛び交った。
「聞いた?さっき行商の人から聞いたんだけどさ、山の向こうの村で天人が出たんだってさ」
「やぁねぇ。幕府はきちんと取り締まって欲しいもんだよ」
「それがね、子供を片っ端から攫ってるらしいのよ。この村に来たらと思ったらゾッとするわぁ」
井戸端会議している中年くらいの女性の声。
『天人』
今、各地で起きている戦の相手らしい。
少し前の俺の、生きていくために漁っていた屍ができた原因。
「銀時、名無し。これなんかどうです。動きやすいですし、きっと涼しいですよ」
近くにあった行商人が出している露店で松陽が手にしているのは子供サイズの甚平。
ただし、色といい柄といい、明かに男向けのものだ。
「松陽。コイツ女じゃ」
「銀時、」
少しだけカサついた手のひらで口を塞がれる。
小さく人差し指を立て、言葉を遮られた。
「すみません、この着物と甚平を…そうですね、六着ほど頂けますか?」
「へい。そいやぁお客さん。向こう山の村で天人にガキが誘拐されたって話らしいですぜ」
「おや、そうなんですか」
「なんでも赤い目の女のガキを探してるって噂らしくてな。ちょうど、ほら。オタクの子供二人くらいのだよ」
ま、二人とも男だから安心だな。
そう言って風呂敷に着物を包んだ店主に対し、社交辞令のような返事をしながら松陽が着物を受け取る。
女の、俺くらいの子供って言ったら、
隣を見れば裾を上げた着物をシワになるくらい握りしめてる名無しの姿。
小さな指先は、僅かに震えていた。
「さぁ、帰りましょう」
風呂敷を背負い、両手を差し出す松陽。
震える名無しの指先をほどくように手を握り、もう片方の手で俺の手をとった。
傾き始めた西日が、目に刺さるようだった。
***
「銀時」
くたびれて結局松陽の背中で寝てしまった名無し。
それを起こさないためか、いつもより小声で松陽に声をかけられる。
「名無しが女の子なのは、外では秘密ですよ」
「…もしかして、天人ってやつが探しているのか?」
「そうです」
すぅすぅと松陽の背中で寝る様は、そこら辺にいる子供となんら変わりない姿だ。
少し鈍臭くて、自信なさげな小さな声で喋る彼女は引っ込み思案のただの子供にしか見えない。
「だからですね、銀時。約束して欲しいんです」
「やだね、面倒くさい」
「まだ言う前じゃないですか。そんなんじゃ剣の正しい使い方は教えられないです」
「ぐ…」
「君自身の剣で彼女を護ってやってください」
きっと、それが私より強くなれる道ですよ。
誰かを護るための剣がきっとこの世で一番強い『人の剣』です、と。
夕日に照らされた微笑みを浮かべながら、目の前の男はそう言った。
疎らながらも彼女とは言葉を交わすようになったが、それでもまだ会話はぎこちなかった。
そういえば…あれから一度も彼女とは目が合っていない。
茜色ノ小鬼#02
「今日は直ぐ近くに行商人が集まっているみたいなので、買い物に行きましょうか」
銀時が拾われてから数日経った頃。
松陽が発したその一言で近くの村へ買い出しに出かることになった。
松陽は路銀を少々、俺は刀を抱えて、名無しは着物の長い裾を踏まないようにたくし上げて。
川沿いの一本道。
午前の涼しい初夏の風が土手沿いに生えているススキの葉をさらさらと鳴らした。
少し足元の悪い土手道。
銀時は松陽の後ろをのんびりと歩いていると、後ろから土を擦る音が聞こえた。
裾に躓いてこけたのか。名無しが地面に膝をついている。
「何やってんだよ…ほら」
手を差し出せば、少し困惑したような表情で擦り傷のできた手を伸ばしてきた。
けれど、俺は目を疑った。
血が滲んでいた手のひらは傷が治り、残ったのは土汚れと血のあとだけ。
はっとした表情で手を引っ込める名無し。
ビクビクと怯えてまるで小動物のようだった。
「…あー、ったく置いてくぞ」
腕を掴んで多少強引に立ち上がらせれば、揺れた前髪の隙間から見えた表情。
泣きそうな、動揺しているような、不安げに揺れる赤い瞳。
「裾が邪魔なら、端をこう…帯に挟めば楽だろ」
裾の端を帯にかませれば、まるで足踏み洗濯をしている女のような格好になったが、まぁこれなら邪魔にならないだろう。
日に焼けていない生白い足が初夏の日差しに照らされて眩しかった。
「あ……ありがとう」
初めて、お礼を言われた。
なんだか照れくさくて、俺は小さく「おぅ。」としか答えることが出来なかった。
「ほら、銀時、名無し。迷子にならないでくださいね」
そんな様子を微笑ましく眺めていた松陽が朗らかに声を上げる。
彼の眼下には小さな村。
俺は覗き込むように、いつもよりも多くの人間が集まるのを遠目で眺めた。
***
人混みをかき分けながら進む松陽の後ろをはぐれないようについていく。
むせ返るほどの、人、ヒト、ひと。
人間の、匂い。
ガヤガヤとわき立つように賑わう声の中で様々な会話が飛び交った。
「聞いた?さっき行商の人から聞いたんだけどさ、山の向こうの村で天人が出たんだってさ」
「やぁねぇ。幕府はきちんと取り締まって欲しいもんだよ」
「それがね、子供を片っ端から攫ってるらしいのよ。この村に来たらと思ったらゾッとするわぁ」
井戸端会議している中年くらいの女性の声。
『天人』
今、各地で起きている戦の相手らしい。
少し前の俺の、生きていくために漁っていた屍ができた原因。
「銀時、名無し。これなんかどうです。動きやすいですし、きっと涼しいですよ」
近くにあった行商人が出している露店で松陽が手にしているのは子供サイズの甚平。
ただし、色といい柄といい、明かに男向けのものだ。
「松陽。コイツ女じゃ」
「銀時、」
少しだけカサついた手のひらで口を塞がれる。
小さく人差し指を立て、言葉を遮られた。
「すみません、この着物と甚平を…そうですね、六着ほど頂けますか?」
「へい。そいやぁお客さん。向こう山の村で天人にガキが誘拐されたって話らしいですぜ」
「おや、そうなんですか」
「なんでも赤い目の女のガキを探してるって噂らしくてな。ちょうど、ほら。オタクの子供二人くらいのだよ」
ま、二人とも男だから安心だな。
そう言って風呂敷に着物を包んだ店主に対し、社交辞令のような返事をしながら松陽が着物を受け取る。
女の、俺くらいの子供って言ったら、
隣を見れば裾を上げた着物をシワになるくらい握りしめてる名無しの姿。
小さな指先は、僅かに震えていた。
「さぁ、帰りましょう」
風呂敷を背負い、両手を差し出す松陽。
震える名無しの指先をほどくように手を握り、もう片方の手で俺の手をとった。
傾き始めた西日が、目に刺さるようだった。
***
「銀時」
くたびれて結局松陽の背中で寝てしまった名無し。
それを起こさないためか、いつもより小声で松陽に声をかけられる。
「名無しが女の子なのは、外では秘密ですよ」
「…もしかして、天人ってやつが探しているのか?」
「そうです」
すぅすぅと松陽の背中で寝る様は、そこら辺にいる子供となんら変わりない姿だ。
少し鈍臭くて、自信なさげな小さな声で喋る彼女は引っ込み思案のただの子供にしか見えない。
「だからですね、銀時。約束して欲しいんです」
「やだね、面倒くさい」
「まだ言う前じゃないですか。そんなんじゃ剣の正しい使い方は教えられないです」
「ぐ…」
「君自身の剣で彼女を護ってやってください」
きっと、それが私より強くなれる道ですよ。
誰かを護るための剣がきっとこの世で一番強い『人の剣』です、と。
夕日に照らされた微笑みを浮かべながら、目の前の男はそう言った。