茜色ノ子鬼
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もう、出し惜しみはしない。
たとえ謗りを受けたとしても。
茜色ノ小鬼#15
後方で慌ただしく怪我人を手当している時に、それは起きた。
「名無しさん!来てください、坂本さんが!」
真っ青な顔をした兵士が拠点に戻ってくる。
彼も多少怪我をしているものの、息を切らして走って戻ってくるなんてただ事ではないのは分かった。
「どうしたんですか?」
「敵の負傷兵を撤退させている時に、負傷兵ごと斬られて、」
男の言葉はそれ以上続けられることはなかった。
ありったけの薬と縫合するための道具、必要な道具を抱えて名無しが走った。
10分以上走った時、運ばれてくる担架が見える。
「辰馬!」
今までになく血塗れの坂本が横たわっていた。
青藍色の羽織は赤く染まっており、特に右腕が目も当てられないような惨状だ。
「名無し、か…すまんのぅ、うててしもうた」
「…酷い、」
傷口が焼き切れたように爛れている。
止血はかろうじて応急で施されているが、切り口から神経まで見えてしまっていた。
肩から手首までざっくり斬られている惨い様子は、思わず名無しですら眉を顰めた。
「どうやら本当に説教が必要らしい」
様子を見ていた高杉が静かに声を掛けた。
その怒りは坂本に対してなのか、それとも政府に対してなのか。
「勘弁してくれ。折角生き残ったのにとどめをさすつもりか」
「侍としてのお前はもう死んだよ」
「…やっぱり?もう剣でリンゴの皮もむけんとは不便じゃのう」
困ったように笑う坂本からはいつもの覇気が感じられなかった。
「元々侍の風上にもおけねェ野郎だったな。戦場で敵に情けをかけて…利き手をもってかれるなんざ、てめェらしいマヌケな最期じゃねェか」
「晋助!」
傷の状態を見ていた名無しが僅かに語気を荒らげて名前を呼ぶ。
彼の本心ではないことは分かっている。
けれど、今は聞きたくなかった。
「死んじゃいねェよ。
…剣を振り回すばかりが侍じゃねぇ。敵を斬るばかりが戦じゃねぇ。
――坂本辰馬の戦は棒切れ一本で片づくせこい戦じゃねェのさ」
彼らが狙う首は、坂本の刀を奪った仇敵。
「…敵のツラ覚えてるか」
「お前ら…」
「生憎そのせこい戦とやらが好きでな」
「お前はお前の戦をすればいい 俺達ゃ俺達の戦をするだけだ」
傷の状態を見終わった名無しが小さく息を吐く。
緋色の瞳をスっと細めて、静かに口を開いた。
「担架をここで下ろして。拠点に行っても結果は同じよ」
坂本の担架が地面に下ろされ、息も絶え絶えに彼が笑う。
「こりゃ、のうが悪いかの?」
「刀は恐らく前のように振るえないかもしれない。神経と筋が手酷くやられてるから、このまま縫合しても腕はただのお飾りになる。」
左腕の作務衣をたくし上げ、名無しが短刀を取り出す。
「だから、腹を括るよ。
…終わらせやしない。世界を掴む腕は一本じゃ心許ないでしょ?」
磨かれた刃が名無しの左腕にプツリと食い込む。
痛みに眉を顰めながらも、奥歯を噛み締めてくぐもった呻きすら押し殺した。
「名無し、何しちょるんじゃ…!」
「黙ってて。」
痛みに思わず汗が滲む。
刃の切先と傷口からは動脈を切ったからか、心拍に合わせて血が勢いよく滴った。
ゆるりと顔を上げれば、背中を向けていたはずの銀時と高杉がこちらを見ていた。
銀時は、これを知っている。
高杉は見るのが初めてだろう。自傷行為している女と、その血を坂本の傷口に掛けているのだ。目を見開くのも無理はない。
縫合や輸血などの医療行為とは程遠い。
これこそ人外の化け物、そのものだった。
「傷が、」
その様子を見ていた兵士が小さく呟く。
あれだけ酷かった傷口が、肉が補填されるように塞がっていた。
まだ真新しい肉は生々しく、名無しは持ってきていた包帯とガーゼで坂本の腕を丁寧に巻いた。
「名無し、おんし」
「暫く動かさない方がいい。完全にまだ治っていないし、後遺症は多少残るだろうから。添え木をしておくから、一週間は動かさないで」
坂本の言葉を遮り、名無しが手際よく処置をしていると不意に掴まれた左手。
「…晋助、離して。」
「名無し、お前…天人だったのか?」
「分からない」
投げかけられた質問に、僅かに息を呑み込んで答えた。
掴まれた左手が、痛かった。
「人前で血を使うな。剣を振るってはいけない。そう先生に言われていた。
けど、それはきっと私を守るための約束だ。
…もう逃げない。
得体が知れないとも化け物だと罵られても、使えるものは全部使って、後悔は絶対に残さない。」
高杉を見上げた茜色の瞳に、迷いはなかった。
***
「名無しは天人なのか?」
その夜。
事の顛末を聞いた桂が静かに銀時には問うた。
「お前が一番付き合いが長いだろう、銀時」
「知らねーよ。先生だって知らねぇっつってたんだ。俺が知るわけねェだろ」
子供の頃、何となしに問いかけた質問に松陽は曖昧に笑うだけだった。
恐らく彼は知っているのかもしれない。
けれどそれを確かめる術も今はないし、きっと名無し自身も知らないのだろう。
「これで被害が減ればいいのだが」
桂が溜息を吐きながらそっと呟く。
その言葉に即座に反応したのは、銀時だった。
「オイ。まさか使うつもりじゃねぇだろうな」
「…仕方あるまい。俺だって本意じゃない」
半ば諦め気味に高杉を見遣る桂。
言い出しっぺはコイツか、と言わんばかりに高杉を鋭く睨みつけた。
「バカヤロー、ンなのアイツだって…痛くねェわけねーだろうが!」
「後悔は残さない、使えるものは使うって言ったのはアイツだ。
それに人の口に戸は立てられねぇ。坂本のアレを見せられちゃあ、重傷のヤツほど不満が出るに決まってる。」
どっちにせよ謗りは受けるだろう。
今までどうして使わなかったのか。
どうして仲間を助けられなかったのか。
直接言われはしないだろうが、それでも必ず悪意は吹き出す。
それが、人の業だ。
「全部分かった上で腹を括ったのは名無しの意志だ。天人だろうが妖だろうが、今はこっちだって使えるものは使うさ。…アイツは強い女だ、そうそう真似は出来やしねェ」
強い女。
誰がだ?何処がだ?
必死こいて、歯を食いしばって、常に吹き荒れる逆風の中で耐えて立っているのがやっとだろう。
アイツ自身の血で、名無しは何を得られたというのだ。
確かに強い。剣だって、太刀筋は松陽のソレに近い。
人の死や痛みに向き合う強さだってある。
けれど、その強さは硝子のように、酷く脆い。
不意に見せる彼女の表情は、どうしても銀時には泣いているように見えて仕方がなかった。
たとえ謗りを受けたとしても。
茜色ノ小鬼#15
後方で慌ただしく怪我人を手当している時に、それは起きた。
「名無しさん!来てください、坂本さんが!」
真っ青な顔をした兵士が拠点に戻ってくる。
彼も多少怪我をしているものの、息を切らして走って戻ってくるなんてただ事ではないのは分かった。
「どうしたんですか?」
「敵の負傷兵を撤退させている時に、負傷兵ごと斬られて、」
男の言葉はそれ以上続けられることはなかった。
ありったけの薬と縫合するための道具、必要な道具を抱えて名無しが走った。
10分以上走った時、運ばれてくる担架が見える。
「辰馬!」
今までになく血塗れの坂本が横たわっていた。
青藍色の羽織は赤く染まっており、特に右腕が目も当てられないような惨状だ。
「名無し、か…すまんのぅ、うててしもうた」
「…酷い、」
傷口が焼き切れたように爛れている。
止血はかろうじて応急で施されているが、切り口から神経まで見えてしまっていた。
肩から手首までざっくり斬られている惨い様子は、思わず名無しですら眉を顰めた。
「どうやら本当に説教が必要らしい」
様子を見ていた高杉が静かに声を掛けた。
その怒りは坂本に対してなのか、それとも政府に対してなのか。
「勘弁してくれ。折角生き残ったのにとどめをさすつもりか」
「侍としてのお前はもう死んだよ」
「…やっぱり?もう剣でリンゴの皮もむけんとは不便じゃのう」
困ったように笑う坂本からはいつもの覇気が感じられなかった。
「元々侍の風上にもおけねェ野郎だったな。戦場で敵に情けをかけて…利き手をもってかれるなんざ、てめェらしいマヌケな最期じゃねェか」
「晋助!」
傷の状態を見ていた名無しが僅かに語気を荒らげて名前を呼ぶ。
彼の本心ではないことは分かっている。
けれど、今は聞きたくなかった。
「死んじゃいねェよ。
…剣を振り回すばかりが侍じゃねぇ。敵を斬るばかりが戦じゃねぇ。
――坂本辰馬の戦は棒切れ一本で片づくせこい戦じゃねェのさ」
彼らが狙う首は、坂本の刀を奪った仇敵。
「…敵のツラ覚えてるか」
「お前ら…」
「生憎そのせこい戦とやらが好きでな」
「お前はお前の戦をすればいい 俺達ゃ俺達の戦をするだけだ」
傷の状態を見終わった名無しが小さく息を吐く。
緋色の瞳をスっと細めて、静かに口を開いた。
「担架をここで下ろして。拠点に行っても結果は同じよ」
坂本の担架が地面に下ろされ、息も絶え絶えに彼が笑う。
「こりゃ、のうが悪いかの?」
「刀は恐らく前のように振るえないかもしれない。神経と筋が手酷くやられてるから、このまま縫合しても腕はただのお飾りになる。」
左腕の作務衣をたくし上げ、名無しが短刀を取り出す。
「だから、腹を括るよ。
…終わらせやしない。世界を掴む腕は一本じゃ心許ないでしょ?」
磨かれた刃が名無しの左腕にプツリと食い込む。
痛みに眉を顰めながらも、奥歯を噛み締めてくぐもった呻きすら押し殺した。
「名無し、何しちょるんじゃ…!」
「黙ってて。」
痛みに思わず汗が滲む。
刃の切先と傷口からは動脈を切ったからか、心拍に合わせて血が勢いよく滴った。
ゆるりと顔を上げれば、背中を向けていたはずの銀時と高杉がこちらを見ていた。
銀時は、これを知っている。
高杉は見るのが初めてだろう。自傷行為している女と、その血を坂本の傷口に掛けているのだ。目を見開くのも無理はない。
縫合や輸血などの医療行為とは程遠い。
これこそ人外の化け物、そのものだった。
「傷が、」
その様子を見ていた兵士が小さく呟く。
あれだけ酷かった傷口が、肉が補填されるように塞がっていた。
まだ真新しい肉は生々しく、名無しは持ってきていた包帯とガーゼで坂本の腕を丁寧に巻いた。
「名無し、おんし」
「暫く動かさない方がいい。完全にまだ治っていないし、後遺症は多少残るだろうから。添え木をしておくから、一週間は動かさないで」
坂本の言葉を遮り、名無しが手際よく処置をしていると不意に掴まれた左手。
「…晋助、離して。」
「名無し、お前…天人だったのか?」
「分からない」
投げかけられた質問に、僅かに息を呑み込んで答えた。
掴まれた左手が、痛かった。
「人前で血を使うな。剣を振るってはいけない。そう先生に言われていた。
けど、それはきっと私を守るための約束だ。
…もう逃げない。
得体が知れないとも化け物だと罵られても、使えるものは全部使って、後悔は絶対に残さない。」
高杉を見上げた茜色の瞳に、迷いはなかった。
***
「名無しは天人なのか?」
その夜。
事の顛末を聞いた桂が静かに銀時には問うた。
「お前が一番付き合いが長いだろう、銀時」
「知らねーよ。先生だって知らねぇっつってたんだ。俺が知るわけねェだろ」
子供の頃、何となしに問いかけた質問に松陽は曖昧に笑うだけだった。
恐らく彼は知っているのかもしれない。
けれどそれを確かめる術も今はないし、きっと名無し自身も知らないのだろう。
「これで被害が減ればいいのだが」
桂が溜息を吐きながらそっと呟く。
その言葉に即座に反応したのは、銀時だった。
「オイ。まさか使うつもりじゃねぇだろうな」
「…仕方あるまい。俺だって本意じゃない」
半ば諦め気味に高杉を見遣る桂。
言い出しっぺはコイツか、と言わんばかりに高杉を鋭く睨みつけた。
「バカヤロー、ンなのアイツだって…痛くねェわけねーだろうが!」
「後悔は残さない、使えるものは使うって言ったのはアイツだ。
それに人の口に戸は立てられねぇ。坂本のアレを見せられちゃあ、重傷のヤツほど不満が出るに決まってる。」
どっちにせよ謗りは受けるだろう。
今までどうして使わなかったのか。
どうして仲間を助けられなかったのか。
直接言われはしないだろうが、それでも必ず悪意は吹き出す。
それが、人の業だ。
「全部分かった上で腹を括ったのは名無しの意志だ。天人だろうが妖だろうが、今はこっちだって使えるものは使うさ。…アイツは強い女だ、そうそう真似は出来やしねェ」
強い女。
誰がだ?何処がだ?
必死こいて、歯を食いしばって、常に吹き荒れる逆風の中で耐えて立っているのがやっとだろう。
アイツ自身の血で、名無しは何を得られたというのだ。
確かに強い。剣だって、太刀筋は松陽のソレに近い。
人の死や痛みに向き合う強さだってある。
けれど、その強さは硝子のように、酷く脆い。
不意に見せる彼女の表情は、どうしても銀時には泣いているように見えて仕方がなかった。