茜色ノ子鬼
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その太刀筋は、ひどく見覚えのあるもので。
茜色ノ小鬼#14
天人の屍を踏みつけて、天を仰ぐ。
頭の先から細い足まで、返り血で真っ赤に染まった姿は鬼を彷彿させた。
薄暗い暗がりの中でも、猫の目のようにギラりと光る双眸。
「名無し、」
名前を呼べばゆらりと揺れる身体。
空気を斬る音を奏でて、投擲される短刀。
それは銀時の背後に迫っていた天人の額に深く突き刺さった。
「銀時。逃げた負傷者を追っているヤツらが何人かいる。そっちをお願い」
拾い上げた太刀を握り、投擲された短刀を引き抜く名無し。
背中を向ける彼女の表情は、銀時からは見えるはずもなかった。
「お前、」
「大丈夫だよ。ね、お願い。」
拠点を潰すために天人はまだこちらに向かってきていた。
スラリと抜いた刃はまだ真新しく、鈍い銀色に輝く。
「…死ぬんじゃねーぞ」
「ありがとう」
彼の足音が遠ざかる音を聞きながら、名無しはホッと小さく溜息を吐いた。
「逃がすか!」
「追わさせない。化け物には、化け物の剣がお似合いよ。」
切先を向ける彼女の目は普段の穏やかな光はなく、ただ暗がりを覗き込んだような血の赤だけが映っていた。
「さぁ、殺し合いをしましょ」
誰かを守るためなら、鬼にだってなってやる。
***
「被害は最小限に収まったわけだが…銀時、怪我はないのか?」
「…ねーよ。」
桂が心配そうにこちらを見るが、本当に文字通り俺は怪我はない。
あるとしたら、
「名無しがおらんが、金時知っちょるか?」
「…知らねーよ。」
おもむろに立ち上がり、刀を持ったまま野営地を離れる。
高杉が「どこへ行く」と聞いてくるが、「野糞だよ、ほっとけ」と適当に返事をすればこれ以上追及はされなかった。
***
ボロ布に成り果てた作務衣を脱ぎ捨てて川の中へ頭の先まで潜れば、こびり付いていた血の跡がボロボロと剥がれていった。
生乾きだった血痕も冷水に溶けて元の生白い肌に戻る。
背中の袈裟斬りの跡も、戦いの最中に斬られた脇腹も、何事もなかったかのように無傷に戻っていた。
(まるで、本物の化け物ね)
幼い頃、まだ銀時と会う前。
『彼』が松陽に拾われる前。
物心ついた時には、既に気がつけば手ほどきを受けていた。
『やはり、私が教える剣は化け物の剣にしかなり得ないのでしょうか』
そう言って悲しそうに微笑んだ『あの人』の顔が頭から離れない。
彼が嫌っていた化け物の剣を、使ってしまった。
幼い頃、銀時を守るために使った以来だ。
剣を振るえば鮮やかに蘇る記憶。骨身にまで叩き込まれた太刀筋は忘れるはずがなかった。
『名無し。君には悪いことをしてしまった。剣術のことは忘れなさい。…君には、誰かを守るための手であって欲しいんです』
今更、虫が良すぎますかね?
そう言って苦笑いした松陽。だから剣術から、道場から離れていた。
それなのに、
「…思ったより、覚えてるもんですね、先生」
新しい作務衣に袖を通しながら、ぽそりと名無しが呟いた。
痛い。
身体ではなく、心が。
彼との約束を悉く破ってしまっている事実に目眩すら覚える。
「んだよ、水浴びは終わりか?」
「…銀時。何か用?」
手拭いで顔を拭いていると茂みの奥から銀時がやってきた。
鎧はもう紐解かれており、僅かな返り血が飛び散った羽織を枝に引っ掛けながらこちらにやってくる。
「何か用、じゃねーよ。あれだ、野糞してたら水音が聞こえたからよ」
「………ん?それつまり覗き未遂じゃ…」
「してねーから。残念だけど。」
むっとした表情になるのは、疑われた故か、それとも見れなかったからなのか。
…いや、考えるのはよそう。
川原に座り込み、随分と伸びた髪を少し荒っぽく手拭いで乾かす。
人ひとり分ほど間を空け、足をだらしなく投げ出して隣に銀時が腰を下ろした。
「ねぇ銀時」
「ん。」
「刀を握るのって、怖いね」
当たり前のことだ。分かっているはずだった。
それなのに血の海が出来た惨状を作り出したあとに、手が震えた。
心は怖いと叫んでいるのに、身体は叩き込まれた太刀筋を忠実に再現している。
心と身体が乖離していく感覚が未だに忘れられない。
「そりゃそうだろ。斬られたら痛ェし、負けたら死ぬし、何にせよ守れるものが守らねぇからな」
「…守る、」
あれは、守っていたのだろうか。
返り血を全身に浴びて、一太刀浴びようとも怯まずに首を撥ねた『アレ』はまさしく、
「怖かったのか?」
そう優しく問われれば、思わず首を縦に振ってしまった。
「頑張ったな」
わしゃり、と頭を手ぬぐい越しに撫でられる。
大きな手。
張り詰めていた何かが、ボロボロと脆い砂糖菓子のように瓦解していく。
「先生に、『化け物の剣』は使うな、って言われてた」
あの人が唯一後悔していた『教え』。
忌み嫌っていたそれを、私は振るってしまった。
後悔と、後ろめたさと、僅かな恐怖。
「どうしよう、約束、守れてないよ」
抱えていた膝に滴る涙。
生暖かい雨は一度決壊したら止まらない。
あぁ、また泣き虫だと馬鹿にされてしまう。
「…お前がその時守りたかったのは、約束なんかよりアイツらだろ。それはもう化け物の剣なんかじゃねぇよ。立派な『人の剣』ってヤツだろ」
頭上から優しく降ってくるのは、柔らかい声。
諭すような口調は、どこか松陽に似ていた。
「お前がピーピー泣かなくてもいいように、俺が代わりに剣を振るってやる。今度は、俺がお前を守る番だ」
茜色ノ小鬼#14
天人の屍を踏みつけて、天を仰ぐ。
頭の先から細い足まで、返り血で真っ赤に染まった姿は鬼を彷彿させた。
薄暗い暗がりの中でも、猫の目のようにギラりと光る双眸。
「名無し、」
名前を呼べばゆらりと揺れる身体。
空気を斬る音を奏でて、投擲される短刀。
それは銀時の背後に迫っていた天人の額に深く突き刺さった。
「銀時。逃げた負傷者を追っているヤツらが何人かいる。そっちをお願い」
拾い上げた太刀を握り、投擲された短刀を引き抜く名無し。
背中を向ける彼女の表情は、銀時からは見えるはずもなかった。
「お前、」
「大丈夫だよ。ね、お願い。」
拠点を潰すために天人はまだこちらに向かってきていた。
スラリと抜いた刃はまだ真新しく、鈍い銀色に輝く。
「…死ぬんじゃねーぞ」
「ありがとう」
彼の足音が遠ざかる音を聞きながら、名無しはホッと小さく溜息を吐いた。
「逃がすか!」
「追わさせない。化け物には、化け物の剣がお似合いよ。」
切先を向ける彼女の目は普段の穏やかな光はなく、ただ暗がりを覗き込んだような血の赤だけが映っていた。
「さぁ、殺し合いをしましょ」
誰かを守るためなら、鬼にだってなってやる。
***
「被害は最小限に収まったわけだが…銀時、怪我はないのか?」
「…ねーよ。」
桂が心配そうにこちらを見るが、本当に文字通り俺は怪我はない。
あるとしたら、
「名無しがおらんが、金時知っちょるか?」
「…知らねーよ。」
おもむろに立ち上がり、刀を持ったまま野営地を離れる。
高杉が「どこへ行く」と聞いてくるが、「野糞だよ、ほっとけ」と適当に返事をすればこれ以上追及はされなかった。
***
ボロ布に成り果てた作務衣を脱ぎ捨てて川の中へ頭の先まで潜れば、こびり付いていた血の跡がボロボロと剥がれていった。
生乾きだった血痕も冷水に溶けて元の生白い肌に戻る。
背中の袈裟斬りの跡も、戦いの最中に斬られた脇腹も、何事もなかったかのように無傷に戻っていた。
(まるで、本物の化け物ね)
幼い頃、まだ銀時と会う前。
『彼』が松陽に拾われる前。
物心ついた時には、既に気がつけば手ほどきを受けていた。
『やはり、私が教える剣は化け物の剣にしかなり得ないのでしょうか』
そう言って悲しそうに微笑んだ『あの人』の顔が頭から離れない。
彼が嫌っていた化け物の剣を、使ってしまった。
幼い頃、銀時を守るために使った以来だ。
剣を振るえば鮮やかに蘇る記憶。骨身にまで叩き込まれた太刀筋は忘れるはずがなかった。
『名無し。君には悪いことをしてしまった。剣術のことは忘れなさい。…君には、誰かを守るための手であって欲しいんです』
今更、虫が良すぎますかね?
そう言って苦笑いした松陽。だから剣術から、道場から離れていた。
それなのに、
「…思ったより、覚えてるもんですね、先生」
新しい作務衣に袖を通しながら、ぽそりと名無しが呟いた。
痛い。
身体ではなく、心が。
彼との約束を悉く破ってしまっている事実に目眩すら覚える。
「んだよ、水浴びは終わりか?」
「…銀時。何か用?」
手拭いで顔を拭いていると茂みの奥から銀時がやってきた。
鎧はもう紐解かれており、僅かな返り血が飛び散った羽織を枝に引っ掛けながらこちらにやってくる。
「何か用、じゃねーよ。あれだ、野糞してたら水音が聞こえたからよ」
「………ん?それつまり覗き未遂じゃ…」
「してねーから。残念だけど。」
むっとした表情になるのは、疑われた故か、それとも見れなかったからなのか。
…いや、考えるのはよそう。
川原に座り込み、随分と伸びた髪を少し荒っぽく手拭いで乾かす。
人ひとり分ほど間を空け、足をだらしなく投げ出して隣に銀時が腰を下ろした。
「ねぇ銀時」
「ん。」
「刀を握るのって、怖いね」
当たり前のことだ。分かっているはずだった。
それなのに血の海が出来た惨状を作り出したあとに、手が震えた。
心は怖いと叫んでいるのに、身体は叩き込まれた太刀筋を忠実に再現している。
心と身体が乖離していく感覚が未だに忘れられない。
「そりゃそうだろ。斬られたら痛ェし、負けたら死ぬし、何にせよ守れるものが守らねぇからな」
「…守る、」
あれは、守っていたのだろうか。
返り血を全身に浴びて、一太刀浴びようとも怯まずに首を撥ねた『アレ』はまさしく、
「怖かったのか?」
そう優しく問われれば、思わず首を縦に振ってしまった。
「頑張ったな」
わしゃり、と頭を手ぬぐい越しに撫でられる。
大きな手。
張り詰めていた何かが、ボロボロと脆い砂糖菓子のように瓦解していく。
「先生に、『化け物の剣』は使うな、って言われてた」
あの人が唯一後悔していた『教え』。
忌み嫌っていたそれを、私は振るってしまった。
後悔と、後ろめたさと、僅かな恐怖。
「どうしよう、約束、守れてないよ」
抱えていた膝に滴る涙。
生暖かい雨は一度決壊したら止まらない。
あぁ、また泣き虫だと馬鹿にされてしまう。
「…お前がその時守りたかったのは、約束なんかよりアイツらだろ。それはもう化け物の剣なんかじゃねぇよ。立派な『人の剣』ってヤツだろ」
頭上から優しく降ってくるのは、柔らかい声。
諭すような口調は、どこか松陽に似ていた。
「お前がピーピー泣かなくてもいいように、俺が代わりに剣を振るってやる。今度は、俺がお前を守る番だ」