for promise//short story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目を覚ませば、見慣れた木目の天井と、嗅ぎなれた部屋の匂い。
額には生温くなった濡れタオルがのせられている。
正直、あまり記憶がない。
浦原にふざけたメールを送り、なんだか帰るのが億劫になって、ビルの間に座り込んで、
…そこからどうしたっけ。
そういえば、喉も痛い気がする。
頭の芯もぼんやりとしている。
そうだ、風邪を引いたらこんな感じの体調になるんだった。
子供の頃以来だ。風邪を引くことなんて。
affectionate message
「あ、目ェ覚ましたんっスか?」
襖が静かに開き、小鍋を持った浦原がやってきた。
作務衣の上からエプロンをつけている。あまりにも珍しい格好に名無しは目を丸くした。
「浦原さん、その格好」
「え?あぁ、お粥作ってたんっスよ」
…お粥。彼が?料理なんて出来たのか?
名無しの記憶の中では一度だけ彼の料理を目にしたことがあるが、それは正直ゲテモノと言っても差支えのないものだった気がする。
「食べれるっスか?」と言いながら小鍋の蓋を開ける浦原。
出てきたのは黄緑色の粥だった。
……むしろ。粥?
視線を感じて襖へと顔を上げれば、鉄裁と雨、ジン太がハラハラとした様子でこちらを見ていた。
言いたいことは言わなくても伝わった。
私も言いたい。どうして止めなかった。
「…あの、この色」
「ボク特製の風邪薬入りっス」
浦原特製。すでにこの一言でパワーワードすぎる。
「鉄裁サンに教えてもらって作ったお粥なんで大丈夫だと思うっスよ」と笑いながら言う彼。そういう問題ではない。
スン・と匂いを嗅げば、普通の玉子粥の匂いだった。………多分大丈夫だろう。
「一度やってみたかったんっスよ。
ほら、名無しサン。あーん」
酷く上機嫌の浦原が、レンゲに掬った粥をしっかり冷まし口元へ運んでくる。
恐らく粥なんて初めて作ったのだろう。名無しだって初めて作った料理は……いやもう少しマシな色をしていた。味は、少し残念だったが。
それでも祖父母は当時の食事を食べてくれたのだ。腹を括ろう。
「いただきます」と一言言って、意を決して一口頬張る。
もそもそと柔らかい口当たりの粥の食感が口いっぱいに広がる。
襖の向こうからは、雨が心配そうな顔をし、ジン太が『やりやがった!』という顔をしている。
鉄裁に至っては気の毒そうに口元を抑えていた。
そんな反応するくらいなら身体を張って止めてほしいものだ。
ゆっくり咀嚼をする名無し。意外と味は普通の玉子粥だった。…見た目はアレだが。
「どうっスか?」
「美味しいです。…今度はその、風邪薬を混ぜずに作って欲しいですけど…」
この色はほうれん草を入れた、ということにしておこう。
安心したように緩々と笑う浦原。
一応自信作だったらしい。見た目で拒否しなくて本当によかった。
その反応に鉄裁達も安心したのか、そっと襖が閉められた。
「ささ、たっぷりあるっスからね。食べれる分はしっかり召し上がってください」
「あの、自分で食べれます…」
「ダメっスよぉ。今日は名無しサン甘やかす日なんっスから」
はい、あーん。と上機嫌で粥を差し出される。
これは言っても無駄か、と半ば諦めて、二口目をありがたく頂戴した。
「その、すみませんでした」
「何がっスか?」
「変なメール送って。」
そう名無しが言うと、「あぁ、あれっスか」と笑って浦原が答えた。
「そんなに変っスかね?」
「突然あんなの送ったら、変じゃないですか?場所も何も書いてなかったのに」
「名無しサンの場所くらい、霊圧探ればすぐ分かるっスよ」
霊圧は死神専用GPSか何かだろうか。
裏を返せばどこにいても分かる・ということだ。頼もしいやら、プライバシーがないというか。
「体調悪かったなら無理しなくてもよかったんっスよ?」
浦原の一言に、言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
別に体調が悪かったからあんなメールを送ったわけじゃなかった。
…いや、自覚していなかっただけで、体調が悪かったのかもしれないが。
「…体調が、悪かったわけじゃ、ないんです」
我ながら歯切れの悪い返事だ。
本音を言ったら浦原は呆れるだろうか。それとも怒るだろうか。
「雨が、嫌だったんです」
ポツリと小さな声で答える名無し。
――何を言ってるんだ。
白状したことを、後悔した。こんな理由で呼び出したら怒るに決まっている。
バツが悪そうに浦原の顔をチラリと見上げれば、
「そうっスかぁ。まぁそんな時もありますよねぇ」
相変わらず上機嫌で笑っていた。
困ったような、戸惑った顔の名無し。浦原の本心が読めなくて返す言葉を見失ってしまった。
「…怒らないんですか?呆れないんですか?」
「変なこと訊くっスね。怒りもしませんし、呆れないっスよ?」
まぁ、心配はしましたけど。
そう言って、何口目かの粥をレンゲで差し出す浦原。
ますます名無しは浦原が何を考えているのか分からなくなった。
「だって名無しサンが甘えてくるの、珍しいじゃないっスか」
少し照れくさそうに笑う。
…そうだったか?結構甘えてるし、頼っている気もするが。
「…結構甘えてますけど…」
「えー、アレでっスか?
だって名無しサン、無償のお願いなんて殆どしないじゃないっスか」
言われてみればそうかもしれない。
あまり意識はしていなかったが、無意識のうちにそうしようと心掛けていた部分はある。
「だって、」
「いいんっスよ、もっと甘えて。いつもギブアンドテイクだと寂しいじゃないっスかぁ」
少し、意外だった。
彼がそう思っていたことも、甘えていい・と言われたことも。
そんなことを言われたのは、祖父母以来だった。
もっとも、なるべく迷惑をかけないよう、昔から自分で出来る範囲は頑張っていたつもりだ。
もっと甘えればいいのに。何度かそう言われたことはあった。
もしかしたら祖父母から見たら随分と子供らしくない子供で、それは少し寂しいことだったのかもしれない。
甘えれば、きっといつか鬱陶しいと思われて、嫌われると思っていた。
距離感も、加減も、その頃の自分は分からなかった。
親に見放された後だったから仕方ないと言えばそうなのだが、その頃から全く成長していない自分に少しだけ失望した。
ほんの、少しだけ。
「…甘えたら、嫌いになりませんか?」
「えー。ボクが名無しサンに甘えたら嫌いになるんっスか?」
「そんなことはないです」
「じゃあボクもそうっスよ。
もっと甘えてもいいんっス。もっと頼ってください。ボクは名無しサンよりずっと大人ですし、ずっと長生きっスから」
「私だってもう大人ですよ。」
「いやぁ、それはまだまだっスよぉ。
ちゃんと甘えるってことを覚えて、子供を経験してから大人になるもんっス。だから名無しサンはまだ子供でいていいんですよ」
しっかりしすぎなのも、困ったもんっスね。
そう言って浦原は笑った。
その笑顔を見て、なんだか無性に泣きたくなった。
あぁ、彼といると涙腺がすぐ緩んでしまう。
情けないような、嬉しいような、妙な気分だった。
「まぁ、ボクは名無しサンの家族っスから、きちんと大人になった後も甘えて欲しいんっスけどね」
「へ、」
そう言われ、風邪のせいではない熱が頬に集まった。頬が、熱い。
「違うんっスか?」
「ち…ちがわ、ないですけど」
恥ずかしくて歯切れの悪い返事を返してしまった。
それでも浦原は至極満足そうに笑った。
「はい、最後の一口っスよー」
そう言って少し多めに掬われた粥を、名無しは頬張った。
見た目は凄いが、味は最後までキチンとまともだった。
「ごちそうさまでした…」
「いいえー」
始終ニコニコと上機嫌だった浦原。そんなに甘えられたことが嬉しかったのだろうか。
用意されていた白湯を飲まされ、布団を肩まで掛けられた。
まるで介護のようだ・と思ったら、少しだけ可笑しくなった。
「風邪の時の名無しサンは普段より本音言ってくれるんでいいっスね」
「風邪なんて、小学生ぶりに引きました…」
それこそ迷惑をかけないよう、ずっと体調には気をつけていた。
その時は周りから見てもあまりに顔色が悪かったらしく、学校の保健室に強制連行された。
迎えに来た祖母が泣きそうだったのを思い出す。
あの時も、もっと頼れば良かったのだろうか。
後悔しても遅いのは分かってはいるが、罪悪感でチクリと胸が痛んだ。
「何かして欲しいこと、あります?身体を拭くとか」
「なんで、真っ先にそれが出てくるんですか…」
下心が透けて見えてジト目で浦原を見遣る。
いや流石に病人に手は出さないだろうが、警戒するに越したことはない。
「冗談っスよ。半分。流石に病人には手を出さないっスよぉ。…多分」
「さっきから、語尾が怪しすぎるんですけど…」
小さく咳をしながら言えば、浦原が自然と背中を擦ってくれた。
細かいところに気がつくのに、どうしてこう…残念なのか。本当に勿体無い。
けれどそんなところも嫌いにはなれなかった。
あぁ、惚れた弱みだろうか。
「…あの、お願いが」
「なんっスか?」
「仕事を、」
「虚退治なら鉄裁サン達にお願いしましたから」
お見通しか。
もはや彼が預言者のように思えてきた。
「他にはないんっスか?」
初めておつかいを頼まれる子供のように、わくわくとした表情で訊いてくる浦原。
何も頼まないわけにはいかなさそうだ。
少し考え込み、言いにくそうに名無しは口を開く。
「あの、無理にとは言わないんですけど…いいですか?」
「どうぞぉ」
「…眠るまで、ここにいてくれませんか?」
甘えるのは、こんなに恥ずかしいことなのか。
照れくさくて、擽ったくて、思わず布団の中にモゾっと潜り込んだ。
「あ…あの、風邪うつっちゃうかもしれませんし、その、退屈でしょうから、やっぱり」
「寝るまででいいんっスか?」
布団を捲ってモゾモゾと入ってくる浦原。
まさか添い寝するつもりじゃないだろうな。
そこまで過激なものを頼んだつもりはなく、恥ずかしさで顔に血が上った。
絶対にこれは、熱が上がっている。
「あの、浦原さん、」
「いるっスよ。ちゃんとここに」
肘枕をして、すっかり添い寝体勢だ。
布団の上から抱き寄せるように、優しく背中を擦られた。
本当に彼は、甘やかし上手だ。
自分がダメな人間になってしまいそうで、少しだけ怖くて、言葉にできない幸福感で胸がいっぱいになった。
「…風邪、うつったらどうするんですか…」
もぞりと浦原の懐に入るように寄り添う。
心地いい人肌の温度に、微睡みそうになる。
「その時は名無しサンが目一杯、ボクを甘やかして看病してほしいっスね」
浦原の要望に思わず苦笑いをする名無し。
「お安い御用ですよ」と答え、静かに瞼を閉じた。
生ぬるい体温と、僅かに感じる心臓の鼓動。
遠くから聞こえてくる嫌いな雨音すら、今は優しく聞こえた。
「おやすみなさい、名無しサン」
微睡む意識の向こうで、彼が笑った気がした。
額には生温くなった濡れタオルがのせられている。
正直、あまり記憶がない。
浦原にふざけたメールを送り、なんだか帰るのが億劫になって、ビルの間に座り込んで、
…そこからどうしたっけ。
そういえば、喉も痛い気がする。
頭の芯もぼんやりとしている。
そうだ、風邪を引いたらこんな感じの体調になるんだった。
子供の頃以来だ。風邪を引くことなんて。
affectionate message
「あ、目ェ覚ましたんっスか?」
襖が静かに開き、小鍋を持った浦原がやってきた。
作務衣の上からエプロンをつけている。あまりにも珍しい格好に名無しは目を丸くした。
「浦原さん、その格好」
「え?あぁ、お粥作ってたんっスよ」
…お粥。彼が?料理なんて出来たのか?
名無しの記憶の中では一度だけ彼の料理を目にしたことがあるが、それは正直ゲテモノと言っても差支えのないものだった気がする。
「食べれるっスか?」と言いながら小鍋の蓋を開ける浦原。
出てきたのは黄緑色の粥だった。
……むしろ。粥?
視線を感じて襖へと顔を上げれば、鉄裁と雨、ジン太がハラハラとした様子でこちらを見ていた。
言いたいことは言わなくても伝わった。
私も言いたい。どうして止めなかった。
「…あの、この色」
「ボク特製の風邪薬入りっス」
浦原特製。すでにこの一言でパワーワードすぎる。
「鉄裁サンに教えてもらって作ったお粥なんで大丈夫だと思うっスよ」と笑いながら言う彼。そういう問題ではない。
スン・と匂いを嗅げば、普通の玉子粥の匂いだった。………多分大丈夫だろう。
「一度やってみたかったんっスよ。
ほら、名無しサン。あーん」
酷く上機嫌の浦原が、レンゲに掬った粥をしっかり冷まし口元へ運んでくる。
恐らく粥なんて初めて作ったのだろう。名無しだって初めて作った料理は……いやもう少しマシな色をしていた。味は、少し残念だったが。
それでも祖父母は当時の食事を食べてくれたのだ。腹を括ろう。
「いただきます」と一言言って、意を決して一口頬張る。
もそもそと柔らかい口当たりの粥の食感が口いっぱいに広がる。
襖の向こうからは、雨が心配そうな顔をし、ジン太が『やりやがった!』という顔をしている。
鉄裁に至っては気の毒そうに口元を抑えていた。
そんな反応するくらいなら身体を張って止めてほしいものだ。
ゆっくり咀嚼をする名無し。意外と味は普通の玉子粥だった。…見た目はアレだが。
「どうっスか?」
「美味しいです。…今度はその、風邪薬を混ぜずに作って欲しいですけど…」
この色はほうれん草を入れた、ということにしておこう。
安心したように緩々と笑う浦原。
一応自信作だったらしい。見た目で拒否しなくて本当によかった。
その反応に鉄裁達も安心したのか、そっと襖が閉められた。
「ささ、たっぷりあるっスからね。食べれる分はしっかり召し上がってください」
「あの、自分で食べれます…」
「ダメっスよぉ。今日は名無しサン甘やかす日なんっスから」
はい、あーん。と上機嫌で粥を差し出される。
これは言っても無駄か、と半ば諦めて、二口目をありがたく頂戴した。
「その、すみませんでした」
「何がっスか?」
「変なメール送って。」
そう名無しが言うと、「あぁ、あれっスか」と笑って浦原が答えた。
「そんなに変っスかね?」
「突然あんなの送ったら、変じゃないですか?場所も何も書いてなかったのに」
「名無しサンの場所くらい、霊圧探ればすぐ分かるっスよ」
霊圧は死神専用GPSか何かだろうか。
裏を返せばどこにいても分かる・ということだ。頼もしいやら、プライバシーがないというか。
「体調悪かったなら無理しなくてもよかったんっスよ?」
浦原の一言に、言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。
別に体調が悪かったからあんなメールを送ったわけじゃなかった。
…いや、自覚していなかっただけで、体調が悪かったのかもしれないが。
「…体調が、悪かったわけじゃ、ないんです」
我ながら歯切れの悪い返事だ。
本音を言ったら浦原は呆れるだろうか。それとも怒るだろうか。
「雨が、嫌だったんです」
ポツリと小さな声で答える名無し。
――何を言ってるんだ。
白状したことを、後悔した。こんな理由で呼び出したら怒るに決まっている。
バツが悪そうに浦原の顔をチラリと見上げれば、
「そうっスかぁ。まぁそんな時もありますよねぇ」
相変わらず上機嫌で笑っていた。
困ったような、戸惑った顔の名無し。浦原の本心が読めなくて返す言葉を見失ってしまった。
「…怒らないんですか?呆れないんですか?」
「変なこと訊くっスね。怒りもしませんし、呆れないっスよ?」
まぁ、心配はしましたけど。
そう言って、何口目かの粥をレンゲで差し出す浦原。
ますます名無しは浦原が何を考えているのか分からなくなった。
「だって名無しサンが甘えてくるの、珍しいじゃないっスか」
少し照れくさそうに笑う。
…そうだったか?結構甘えてるし、頼っている気もするが。
「…結構甘えてますけど…」
「えー、アレでっスか?
だって名無しサン、無償のお願いなんて殆どしないじゃないっスか」
言われてみればそうかもしれない。
あまり意識はしていなかったが、無意識のうちにそうしようと心掛けていた部分はある。
「だって、」
「いいんっスよ、もっと甘えて。いつもギブアンドテイクだと寂しいじゃないっスかぁ」
少し、意外だった。
彼がそう思っていたことも、甘えていい・と言われたことも。
そんなことを言われたのは、祖父母以来だった。
もっとも、なるべく迷惑をかけないよう、昔から自分で出来る範囲は頑張っていたつもりだ。
もっと甘えればいいのに。何度かそう言われたことはあった。
もしかしたら祖父母から見たら随分と子供らしくない子供で、それは少し寂しいことだったのかもしれない。
甘えれば、きっといつか鬱陶しいと思われて、嫌われると思っていた。
距離感も、加減も、その頃の自分は分からなかった。
親に見放された後だったから仕方ないと言えばそうなのだが、その頃から全く成長していない自分に少しだけ失望した。
ほんの、少しだけ。
「…甘えたら、嫌いになりませんか?」
「えー。ボクが名無しサンに甘えたら嫌いになるんっスか?」
「そんなことはないです」
「じゃあボクもそうっスよ。
もっと甘えてもいいんっス。もっと頼ってください。ボクは名無しサンよりずっと大人ですし、ずっと長生きっスから」
「私だってもう大人ですよ。」
「いやぁ、それはまだまだっスよぉ。
ちゃんと甘えるってことを覚えて、子供を経験してから大人になるもんっス。だから名無しサンはまだ子供でいていいんですよ」
しっかりしすぎなのも、困ったもんっスね。
そう言って浦原は笑った。
その笑顔を見て、なんだか無性に泣きたくなった。
あぁ、彼といると涙腺がすぐ緩んでしまう。
情けないような、嬉しいような、妙な気分だった。
「まぁ、ボクは名無しサンの家族っスから、きちんと大人になった後も甘えて欲しいんっスけどね」
「へ、」
そう言われ、風邪のせいではない熱が頬に集まった。頬が、熱い。
「違うんっスか?」
「ち…ちがわ、ないですけど」
恥ずかしくて歯切れの悪い返事を返してしまった。
それでも浦原は至極満足そうに笑った。
「はい、最後の一口っスよー」
そう言って少し多めに掬われた粥を、名無しは頬張った。
見た目は凄いが、味は最後までキチンとまともだった。
「ごちそうさまでした…」
「いいえー」
始終ニコニコと上機嫌だった浦原。そんなに甘えられたことが嬉しかったのだろうか。
用意されていた白湯を飲まされ、布団を肩まで掛けられた。
まるで介護のようだ・と思ったら、少しだけ可笑しくなった。
「風邪の時の名無しサンは普段より本音言ってくれるんでいいっスね」
「風邪なんて、小学生ぶりに引きました…」
それこそ迷惑をかけないよう、ずっと体調には気をつけていた。
その時は周りから見てもあまりに顔色が悪かったらしく、学校の保健室に強制連行された。
迎えに来た祖母が泣きそうだったのを思い出す。
あの時も、もっと頼れば良かったのだろうか。
後悔しても遅いのは分かってはいるが、罪悪感でチクリと胸が痛んだ。
「何かして欲しいこと、あります?身体を拭くとか」
「なんで、真っ先にそれが出てくるんですか…」
下心が透けて見えてジト目で浦原を見遣る。
いや流石に病人に手は出さないだろうが、警戒するに越したことはない。
「冗談っスよ。半分。流石に病人には手を出さないっスよぉ。…多分」
「さっきから、語尾が怪しすぎるんですけど…」
小さく咳をしながら言えば、浦原が自然と背中を擦ってくれた。
細かいところに気がつくのに、どうしてこう…残念なのか。本当に勿体無い。
けれどそんなところも嫌いにはなれなかった。
あぁ、惚れた弱みだろうか。
「…あの、お願いが」
「なんっスか?」
「仕事を、」
「虚退治なら鉄裁サン達にお願いしましたから」
お見通しか。
もはや彼が預言者のように思えてきた。
「他にはないんっスか?」
初めておつかいを頼まれる子供のように、わくわくとした表情で訊いてくる浦原。
何も頼まないわけにはいかなさそうだ。
少し考え込み、言いにくそうに名無しは口を開く。
「あの、無理にとは言わないんですけど…いいですか?」
「どうぞぉ」
「…眠るまで、ここにいてくれませんか?」
甘えるのは、こんなに恥ずかしいことなのか。
照れくさくて、擽ったくて、思わず布団の中にモゾっと潜り込んだ。
「あ…あの、風邪うつっちゃうかもしれませんし、その、退屈でしょうから、やっぱり」
「寝るまででいいんっスか?」
布団を捲ってモゾモゾと入ってくる浦原。
まさか添い寝するつもりじゃないだろうな。
そこまで過激なものを頼んだつもりはなく、恥ずかしさで顔に血が上った。
絶対にこれは、熱が上がっている。
「あの、浦原さん、」
「いるっスよ。ちゃんとここに」
肘枕をして、すっかり添い寝体勢だ。
布団の上から抱き寄せるように、優しく背中を擦られた。
本当に彼は、甘やかし上手だ。
自分がダメな人間になってしまいそうで、少しだけ怖くて、言葉にできない幸福感で胸がいっぱいになった。
「…風邪、うつったらどうするんですか…」
もぞりと浦原の懐に入るように寄り添う。
心地いい人肌の温度に、微睡みそうになる。
「その時は名無しサンが目一杯、ボクを甘やかして看病してほしいっスね」
浦原の要望に思わず苦笑いをする名無し。
「お安い御用ですよ」と答え、静かに瞼を閉じた。
生ぬるい体温と、僅かに感じる心臓の鼓動。
遠くから聞こえてくる嫌いな雨音すら、今は優しく聞こえた。
「おやすみなさい、名無しサン」
微睡む意識の向こうで、彼が笑った気がした。