for promise//short story
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秋雨。
虚を倒した後、直後に轟音を立てて降り始めた。
終わりかけのくすんだ色の紅葉を濡らす。
冷えた空気を切り裂く雨粒。
灰色に染まる景色。
rain message
帰るのが億劫で、雨避けがあるビルの合間へ逃げ込んだ。
人通りの少ない裏路地。
コンクリートを穿つ、不規則な雨音。
湿った秋の空気の匂い、枯葉が濡れる香り。
少し濡れてしまった死覇装の胸元を掴めば、全速力で走ってなんかいないのに心臓がバクバクと音を立てていた。
嫌だ。
この時期の雨は、嫌いだ。
冷たくなった体温。
何よりも大切だった人達の、いなくなった朝を思い出す。
肉親に浴びせられた暴言を思い出す。
すぅ、と体の芯から底冷えする感覚。
立つのも何だか疲れてしまって、ビルの薄汚れた壁にもたれ掛かるようにズルズルと座り込んだ。
『名無し、』
呼んでもいないのに影からするりと現れる天狼。
深い蒼の隻眼が心配そうに顔を覗き込んだ。
『大丈夫か?』
「…ん。
……あぁ、天狼と初めてあった時、こんな感じのビルの間だったね」
その時、私は彼を『一ツ目』と呼んでいた時の話だ。
無理に話を逸らしたのが分かったのか、天狼は黙ってそっと隣へ寄り添った。
膝を抱え込み顔を俯けば、ぐるぐると昔の出来事を思い出す。
ダメだ。こんな日のひとりは、正直しんどい。
天狼が隣に寄り添ってはいるが、この叫びたくなるような不安と、沼のように底の見えない恐怖感は埋めようがなかった。
豪雨が雑音のように鼓膜を揺らす。
冷えていく気温。
人の気配がなくなる街の中。
嫌だ。早く帰りたいのに、帰れない。
『迎えにきて』
伝令神機で短いテキストをメールで送った。
こんな素っ気のない文章、なんだか怪文書のようで笑ってしまう。
何処に迎えに、なんて場所すら書いていないメッセージだ。イタズラかと思われるだろうか。
それでも、送らずにいられなかった。
雨音はまだ鳴り止まない。
それは耳鳴りのようでもあり、呪詛のようでもあった。
***
「名無しサン。」
どのくらい時間が経っただろう。
頭を、そっと撫でる温かい手。
ゆるゆると顔を上げると、寝起きの時のようにぼんやりと呆けた視界。
雨水をはねて泥水で汚れた下駄と、作務衣の裾。
そっと伸ばされた大きな左手。
頬に触れた温かい体温に、思わず涙が一筋流れた。
***
伝令神機が音を立ててメッセージを受信する。
鳴ったことのない呼出音だ。
首を傾げながら浦原が画面を開くと送り主は名無しだった。
あまりメール機能を使わず、電話ばかりの彼女。メッセージ機能を使ったのは初めてじゃないだろうか。
名無しのみ着信音とメッセージ受信音を別々に変更していたせいで、先程の通知音がなんなのか分からなかった訳を理解出来た。
少しだけ胸を踊らせながら開くと、彼女らしかぬ文章。
『迎えにきて』
外を見遣れば、先程から延々と降り注ぐ冷たい豪雨。
以前見たことのある彼女の記憶の中で、最も暗くて、重くて、抉るような記憶。
その時、必ず雨が降っていた。
しかも秋の、冷えた空気を割いて降り注ぐ時雨だ。
番傘を一本掴みいつもの下駄を履く。
霊圧を探れば、少し離れた場所に彼女はいた。
虚の霊圧はもう感じられなかったため、討伐は終わったらしい。
怪我でもしたのだろうか。それとも、
一歩店の外へ踏み出せば、いつもの心地いい乾いた下駄の音はしない。
代わりに水溜りの水を跳ね、泥水で汚れてしまった。
突然の豪雨に道路を往来していた人の気配もすっかりなくなった。
車通りの少ない住宅街に入ってしまえば、雨音以外何も聞こえない。
まるで世界にたったひとり、取り残されたような。
――あぁ、分かってしまった。
彼女の記憶の中の雨は、きっと今でも止んでいない。いとも簡単に暗い記憶に引きずり込まれてしまう。
百年ほど眠りについていた名無しにとって、大切なものが壊れてしまったのは、まだつい数年前の出来事なのだ。
傘を閉じて、瞬歩で駆けつける。
少し身体は濡れてしまうがそんなことはお構いなしだった。
霊圧を辿って行き着いた場所は、雑ビルが立ち並ぶ人通りの少ない場所。
そこからはすぐに分かった。
ぼんやりと青白い毛並みが、ビルの合間の暗がりにいた。
最初浦原に気づいたのは天狼だった。
少し不満げな顔をしてこちらを見たが、彼らしくもなく小さく頭を下げ、任せたと言わんばかりに名無しの影の中に溶けた。
お世辞にも衛生的とは言えない場所で、蹲ったまま動かない名無し。
黒い死覇装は、横に吹き付ける雨に濡れて、すっかり重たくなっていた。
「名無しサン、」
名前を、呼ぶ。
湿ってしまった黒髪をそっと撫でれば、氷のように冷たかった。
ゆるゆると気だるげに顔を上げる彼女。
ぼんやりとした目。少し、様子がおかしい。
そっと頬に触れた瞬間だった。
ぽろり。
彼女の瞳から涙が一筋零れた。
突然の泣き顔に驚く浦原だが、それより戸惑っていたのは名無しだった。
「あ…」
手の甲で擦るように涙を拭う名無し。力を込めて擦っているのか、目元が赤くなっている。
そっと抱き寄せてあやす様に背中を摩ると、ふと違和感に気づく。
服は冷えているのに、身体が妙に熱い。
「名無しサン、」
彼女の額に手を当てると、平熱よりも明らかに高い熱を帯びていた。
普段の彼女から想像出来ないほどの、ぼんやりした表情。
雨の中、多少雨宿りできる場所だったと言えども死覇装はすっかり濡れてしまっている。
体調不良と、雨と、季節故か。
色々不安定になる要素は満載で、彼女の様子にも納得できた。
「とりあえず、帰りましょっか」
羽織で名無しを包み、横抱きにする。
傘は…とりあえず置いておこう。換えはいくらでもある。
大人しく抱えられている様子からして、かなり辛い状態なのかもしれない。
いつもなら恥ずかしいだの・ひとりで歩けるだの、抵抗があるというのに。
不謹慎かもしれないが、珍しく頼ってくる彼女がいつもより可愛く見えてしまった。
元々、ひとりで何でもこなそうと気張る性格だ。迎えに来て、なんてメール自体が天変地異並の出来事なのだ。
もっと頼ってくれてもいいんっスけど、と心の中で苦笑いをこぼし、浦原は瞬歩で店まで駆けて行った。
虚を倒した後、直後に轟音を立てて降り始めた。
終わりかけのくすんだ色の紅葉を濡らす。
冷えた空気を切り裂く雨粒。
灰色に染まる景色。
rain message
帰るのが億劫で、雨避けがあるビルの合間へ逃げ込んだ。
人通りの少ない裏路地。
コンクリートを穿つ、不規則な雨音。
湿った秋の空気の匂い、枯葉が濡れる香り。
少し濡れてしまった死覇装の胸元を掴めば、全速力で走ってなんかいないのに心臓がバクバクと音を立てていた。
嫌だ。
この時期の雨は、嫌いだ。
冷たくなった体温。
何よりも大切だった人達の、いなくなった朝を思い出す。
肉親に浴びせられた暴言を思い出す。
すぅ、と体の芯から底冷えする感覚。
立つのも何だか疲れてしまって、ビルの薄汚れた壁にもたれ掛かるようにズルズルと座り込んだ。
『名無し、』
呼んでもいないのに影からするりと現れる天狼。
深い蒼の隻眼が心配そうに顔を覗き込んだ。
『大丈夫か?』
「…ん。
……あぁ、天狼と初めてあった時、こんな感じのビルの間だったね」
その時、私は彼を『一ツ目』と呼んでいた時の話だ。
無理に話を逸らしたのが分かったのか、天狼は黙ってそっと隣へ寄り添った。
膝を抱え込み顔を俯けば、ぐるぐると昔の出来事を思い出す。
ダメだ。こんな日のひとりは、正直しんどい。
天狼が隣に寄り添ってはいるが、この叫びたくなるような不安と、沼のように底の見えない恐怖感は埋めようがなかった。
豪雨が雑音のように鼓膜を揺らす。
冷えていく気温。
人の気配がなくなる街の中。
嫌だ。早く帰りたいのに、帰れない。
『迎えにきて』
伝令神機で短いテキストをメールで送った。
こんな素っ気のない文章、なんだか怪文書のようで笑ってしまう。
何処に迎えに、なんて場所すら書いていないメッセージだ。イタズラかと思われるだろうか。
それでも、送らずにいられなかった。
雨音はまだ鳴り止まない。
それは耳鳴りのようでもあり、呪詛のようでもあった。
***
「名無しサン。」
どのくらい時間が経っただろう。
頭を、そっと撫でる温かい手。
ゆるゆると顔を上げると、寝起きの時のようにぼんやりと呆けた視界。
雨水をはねて泥水で汚れた下駄と、作務衣の裾。
そっと伸ばされた大きな左手。
頬に触れた温かい体温に、思わず涙が一筋流れた。
***
伝令神機が音を立ててメッセージを受信する。
鳴ったことのない呼出音だ。
首を傾げながら浦原が画面を開くと送り主は名無しだった。
あまりメール機能を使わず、電話ばかりの彼女。メッセージ機能を使ったのは初めてじゃないだろうか。
名無しのみ着信音とメッセージ受信音を別々に変更していたせいで、先程の通知音がなんなのか分からなかった訳を理解出来た。
少しだけ胸を踊らせながら開くと、彼女らしかぬ文章。
『迎えにきて』
外を見遣れば、先程から延々と降り注ぐ冷たい豪雨。
以前見たことのある彼女の記憶の中で、最も暗くて、重くて、抉るような記憶。
その時、必ず雨が降っていた。
しかも秋の、冷えた空気を割いて降り注ぐ時雨だ。
番傘を一本掴みいつもの下駄を履く。
霊圧を探れば、少し離れた場所に彼女はいた。
虚の霊圧はもう感じられなかったため、討伐は終わったらしい。
怪我でもしたのだろうか。それとも、
一歩店の外へ踏み出せば、いつもの心地いい乾いた下駄の音はしない。
代わりに水溜りの水を跳ね、泥水で汚れてしまった。
突然の豪雨に道路を往来していた人の気配もすっかりなくなった。
車通りの少ない住宅街に入ってしまえば、雨音以外何も聞こえない。
まるで世界にたったひとり、取り残されたような。
――あぁ、分かってしまった。
彼女の記憶の中の雨は、きっと今でも止んでいない。いとも簡単に暗い記憶に引きずり込まれてしまう。
百年ほど眠りについていた名無しにとって、大切なものが壊れてしまったのは、まだつい数年前の出来事なのだ。
傘を閉じて、瞬歩で駆けつける。
少し身体は濡れてしまうがそんなことはお構いなしだった。
霊圧を辿って行き着いた場所は、雑ビルが立ち並ぶ人通りの少ない場所。
そこからはすぐに分かった。
ぼんやりと青白い毛並みが、ビルの合間の暗がりにいた。
最初浦原に気づいたのは天狼だった。
少し不満げな顔をしてこちらを見たが、彼らしくもなく小さく頭を下げ、任せたと言わんばかりに名無しの影の中に溶けた。
お世辞にも衛生的とは言えない場所で、蹲ったまま動かない名無し。
黒い死覇装は、横に吹き付ける雨に濡れて、すっかり重たくなっていた。
「名無しサン、」
名前を、呼ぶ。
湿ってしまった黒髪をそっと撫でれば、氷のように冷たかった。
ゆるゆると気だるげに顔を上げる彼女。
ぼんやりとした目。少し、様子がおかしい。
そっと頬に触れた瞬間だった。
ぽろり。
彼女の瞳から涙が一筋零れた。
突然の泣き顔に驚く浦原だが、それより戸惑っていたのは名無しだった。
「あ…」
手の甲で擦るように涙を拭う名無し。力を込めて擦っているのか、目元が赤くなっている。
そっと抱き寄せてあやす様に背中を摩ると、ふと違和感に気づく。
服は冷えているのに、身体が妙に熱い。
「名無しサン、」
彼女の額に手を当てると、平熱よりも明らかに高い熱を帯びていた。
普段の彼女から想像出来ないほどの、ぼんやりした表情。
雨の中、多少雨宿りできる場所だったと言えども死覇装はすっかり濡れてしまっている。
体調不良と、雨と、季節故か。
色々不安定になる要素は満載で、彼女の様子にも納得できた。
「とりあえず、帰りましょっか」
羽織で名無しを包み、横抱きにする。
傘は…とりあえず置いておこう。換えはいくらでもある。
大人しく抱えられている様子からして、かなり辛い状態なのかもしれない。
いつもなら恥ずかしいだの・ひとりで歩けるだの、抵抗があるというのに。
不謹慎かもしれないが、珍しく頼ってくる彼女がいつもより可愛く見えてしまった。
元々、ひとりで何でもこなそうと気張る性格だ。迎えに来て、なんてメール自体が天変地異並の出来事なのだ。
もっと頼ってくれてもいいんっスけど、と心の中で苦笑いをこぼし、浦原は瞬歩で店まで駆けて行った。