for promise
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次の授業は白打の実習だ。急がなければ。
二回生の座学から戻る途中、走ったら怒られるので、競歩のような早歩きで中庭に面した廊下を歩いていたら意外な人物に引き止められた。
「いたいた。おぉ〜い、名無しちゃん」
「わ、京楽隊長。」
どうしてここに。
そういう前に両肩を思い切り掴まれた。少し、痛い。
「…ホントに名無しちゃん?」
「本物ですよ、失礼ですね」
そう答えると重く長い溜息を吐かれる。
少し強ばっていた彼の表情がふっと緩んだのを見て、それは安堵の息だと分かった。
「……生きてる。」
「正確には死んで、尸魂界に来ちゃったんですけどね」
「いや。もうそれでもいいよ。日番谷隊長からは聞いていたんだけどね、如何せん皆忙しくて。」
お礼を、ずっと言いたかったんだ。
そう言う彼の表情は、どこか泣きそうな顔をしていた。
そうか。彼は、親友を喪ったんだ。
「いいんですよ、お礼なんて。一番頑張ったのは皆さんなんですから」
「それでも言いたかったんだ。…ところで、浦原店長には伝えていないって、本当?」
「はい」
即答で返事すれば、京楽は少し困ったように笑った。
「…いやね、名無しちゃんいなくなって一番やっぱり彼がショックだったみたいで。…言った方が喜ぶと思うんだけどなぁ」
「駄目ですよ。そしたらあの人、店をほったらかしてこっちに来ちゃいそうですし。
ほら、浦原さんって有名人じゃないですか。彼の後ろ盾で護廷十三隊に入った〜って言われるのも癪ですし。
――早く卒業して、今度は私が浦原さんに会いに行くんです。」
そう言って微笑めば、京楽は少し目を見開いた後にあっけらかんと声を上げて笑った。
「ははは!なるほど、それで護廷十三隊か。」
「やっぱり不純ですかね?」
「いや。今は人手が1人でも欲しいからね。もちろん歓迎するよ。…ま、卒業出来てから、だよね」
「しますよ。目標は半年ですから。」
「大きく出たねぇ」
それじゃあ次の授業があるんで。失礼します。
そう言って頭を下げれば、京楽は緩く手を振ってくれた。
分かっている。簡単なことじゃないってことは。
周りから向けられる悪意の視線も、何もかも。
***
授業が終わり夕食を食べた後、名無しは寮の中庭で浅打を握っていた。
まだ風を切る音が切先から鳴る。綺麗な素振りは音がしないのを、名無しはよく知っていた。
浦原の刃は無音で、鋭く、容赦なく岩をも砕く。
思い出せ、彼の太刀筋を。
淡い月光に照らされて刃が夜闇に瞬く。
涼しい夜風が吹いているはずなのに、名無しの額からは玉のような汗が滴った。
そんな彼女を遠目で見ている人物が、ひとり。七瀬だ。
(まさか本当に夜中に鍛錬してるとは)
次元が違う。
努力家とか、真面目だとか、そんなものではない。
これは最早、執念だ。
ブンッ、と空気を裂いていた刃をピタリと止めた名無し。
手の甲で雑に汗を拭うと、見渡すように視線を巡らせた。
すっと細い腕を俺がいる木々に向けられる。
「縛道の六十三『 鎖条鎖縛』」
詠唱破棄された、鬼道。
凛とした声が響くと同時に放たれる鎖。
俺の少し離れた場所からザラリと耳障りな金属音が聞こえた。
くぐもった声と同時に、何か重いものが地面に落ちる音。
昼間、名無しと京楽を見て悪態をついていた男だ。
「貴方も鍛錬?不意打ちで鬼道を使うなら、せめて詠唱破棄出来るようにならないとね」
にこっと名無しが笑って地面に落ちた青年に歩み寄る。
さっきまで、彼女は向こうにいたのに。
俺は一瞬で理解した。
これは、瞬歩だ。
「っの、ちょっと隊長に推薦されたからって調子に乗りやがって!」
「調子に乗ってる?どこがですか。
悔しければ私を殺せる程に強くなればいい。あなたは今、その力がない。」
彼が持っていた浅打をすらりと抜く名無し。
その切っ先を、彼目掛けて、
俺は思わず目を瞑った。
地面を穿つ音。
彼の顔の横に突き刺された斬魄刀。
殺気を向けていた彼はすっかり失神しており、白目を剥いていた。
刃に怯えたように見えたが、それは違う。
俺は粟立った腕を掻き抱くように手で摩った。
重い、霊圧。木々がまるで畏れるようにざわめく。
まるで、死神のソレではないような、
「殺し合いに生き残ってから、喧嘩売りに来なさい。…私の生き方にどうこう言う権利は、あなたにはないわ」
ふっと緩む空気に、俺は呼吸を思い出したかのように、音を立てないよう息を繰り返した。
「七瀬くん、出てきていいよ」
下から声を掛けられ、慌てて下を見遣れば名無しがこちらをバッチリ見上げていた。
嘘だ、バレていたのか?
「…気配消してたはずなんだけど。」
「うん、まぁそういう人、身近にいたから何となく」
あなた、普段も足音立ててないじゃない。
そう言って彼女は笑った。
「参ったな、隠密機動所属の親仕込みだぞ?このクセ」
「なるほど、それで似てたんですね」
似ていた?
…誰に?誰の、
「あ。」
『あと…すみません、苗字で呼ばれるの慣れていないので…下の名前で呼んでもらってもいいですか?』
彼女の苗字は『浦原』。
蛆虫の巣をおよそ百年前まで統括していた男の名前も浦原。
もしかして、
「…あの人の身内だったのか?そりゃ隊長とも知り合いだよなぁ」
「まぁ色々ありまして。」
曖昧な表情で苦笑いする彼女。
俺の勘はどうやら正解らしい。
「で、俺は伸さなくてもいいのか?」
「そんな手荒い真似しませんよ、大事な友人に」
友人。
そう彼女が言ってくれただけで、なんだか胸のあたりがキュッとなった。
「あなたも物好きですね。こんな得体の知れないクラスメイトと授業で手合わせしてくれたり」
「親が、隠密機動だからさ。俺もあまりいい目で見られなくてさ」
諜報や暗殺。いわゆる死神の汚れ仕事を受け持つ部隊だ。
仕事柄、戦死率も格段に高い。
俺は、家の名を恥じたことは一度もないけど、それでも遠巻きに見られるのは少し堪えた。
「ふぅん。隠密機動って強い人ばっかいるイメージだったけど、色々大変ですね」
すくっと彼女は立ち上がり、少し欠けた十六夜を背負って笑った。
「育ちがどうとか家柄がどうとか私はあまり分からないけど、あなたはすごくいい人だし、隠密機動だって私は立派な死神だと思ってますよ」
月白の光に照らされた名無しの笑顔が、酷く眩しかった。
それから半月後に二回生へ、半年後に真央霊術院を卒業という最速記録を彼女が塗り替えるのは、もう少し先の話だ。
二回生の座学から戻る途中、走ったら怒られるので、競歩のような早歩きで中庭に面した廊下を歩いていたら意外な人物に引き止められた。
「いたいた。おぉ〜い、名無しちゃん」
「わ、京楽隊長。」
どうしてここに。
そういう前に両肩を思い切り掴まれた。少し、痛い。
「…ホントに名無しちゃん?」
「本物ですよ、失礼ですね」
そう答えると重く長い溜息を吐かれる。
少し強ばっていた彼の表情がふっと緩んだのを見て、それは安堵の息だと分かった。
「……生きてる。」
「正確には死んで、尸魂界に来ちゃったんですけどね」
「いや。もうそれでもいいよ。日番谷隊長からは聞いていたんだけどね、如何せん皆忙しくて。」
お礼を、ずっと言いたかったんだ。
そう言う彼の表情は、どこか泣きそうな顔をしていた。
そうか。彼は、親友を喪ったんだ。
「いいんですよ、お礼なんて。一番頑張ったのは皆さんなんですから」
「それでも言いたかったんだ。…ところで、浦原店長には伝えていないって、本当?」
「はい」
即答で返事すれば、京楽は少し困ったように笑った。
「…いやね、名無しちゃんいなくなって一番やっぱり彼がショックだったみたいで。…言った方が喜ぶと思うんだけどなぁ」
「駄目ですよ。そしたらあの人、店をほったらかしてこっちに来ちゃいそうですし。
ほら、浦原さんって有名人じゃないですか。彼の後ろ盾で護廷十三隊に入った〜って言われるのも癪ですし。
――早く卒業して、今度は私が浦原さんに会いに行くんです。」
そう言って微笑めば、京楽は少し目を見開いた後にあっけらかんと声を上げて笑った。
「ははは!なるほど、それで護廷十三隊か。」
「やっぱり不純ですかね?」
「いや。今は人手が1人でも欲しいからね。もちろん歓迎するよ。…ま、卒業出来てから、だよね」
「しますよ。目標は半年ですから。」
「大きく出たねぇ」
それじゃあ次の授業があるんで。失礼します。
そう言って頭を下げれば、京楽は緩く手を振ってくれた。
分かっている。簡単なことじゃないってことは。
周りから向けられる悪意の視線も、何もかも。
***
授業が終わり夕食を食べた後、名無しは寮の中庭で浅打を握っていた。
まだ風を切る音が切先から鳴る。綺麗な素振りは音がしないのを、名無しはよく知っていた。
浦原の刃は無音で、鋭く、容赦なく岩をも砕く。
思い出せ、彼の太刀筋を。
淡い月光に照らされて刃が夜闇に瞬く。
涼しい夜風が吹いているはずなのに、名無しの額からは玉のような汗が滴った。
そんな彼女を遠目で見ている人物が、ひとり。七瀬だ。
(まさか本当に夜中に鍛錬してるとは)
次元が違う。
努力家とか、真面目だとか、そんなものではない。
これは最早、執念だ。
ブンッ、と空気を裂いていた刃をピタリと止めた名無し。
手の甲で雑に汗を拭うと、見渡すように視線を巡らせた。
すっと細い腕を俺がいる木々に向けられる。
「縛道の六十三『 鎖条鎖縛』」
詠唱破棄された、鬼道。
凛とした声が響くと同時に放たれる鎖。
俺の少し離れた場所からザラリと耳障りな金属音が聞こえた。
くぐもった声と同時に、何か重いものが地面に落ちる音。
昼間、名無しと京楽を見て悪態をついていた男だ。
「貴方も鍛錬?不意打ちで鬼道を使うなら、せめて詠唱破棄出来るようにならないとね」
にこっと名無しが笑って地面に落ちた青年に歩み寄る。
さっきまで、彼女は向こうにいたのに。
俺は一瞬で理解した。
これは、瞬歩だ。
「っの、ちょっと隊長に推薦されたからって調子に乗りやがって!」
「調子に乗ってる?どこがですか。
悔しければ私を殺せる程に強くなればいい。あなたは今、その力がない。」
彼が持っていた浅打をすらりと抜く名無し。
その切っ先を、彼目掛けて、
俺は思わず目を瞑った。
地面を穿つ音。
彼の顔の横に突き刺された斬魄刀。
殺気を向けていた彼はすっかり失神しており、白目を剥いていた。
刃に怯えたように見えたが、それは違う。
俺は粟立った腕を掻き抱くように手で摩った。
重い、霊圧。木々がまるで畏れるようにざわめく。
まるで、死神のソレではないような、
「殺し合いに生き残ってから、喧嘩売りに来なさい。…私の生き方にどうこう言う権利は、あなたにはないわ」
ふっと緩む空気に、俺は呼吸を思い出したかのように、音を立てないよう息を繰り返した。
「七瀬くん、出てきていいよ」
下から声を掛けられ、慌てて下を見遣れば名無しがこちらをバッチリ見上げていた。
嘘だ、バレていたのか?
「…気配消してたはずなんだけど。」
「うん、まぁそういう人、身近にいたから何となく」
あなた、普段も足音立ててないじゃない。
そう言って彼女は笑った。
「参ったな、隠密機動所属の親仕込みだぞ?このクセ」
「なるほど、それで似てたんですね」
似ていた?
…誰に?誰の、
「あ。」
『あと…すみません、苗字で呼ばれるの慣れていないので…下の名前で呼んでもらってもいいですか?』
彼女の苗字は『浦原』。
蛆虫の巣をおよそ百年前まで統括していた男の名前も浦原。
もしかして、
「…あの人の身内だったのか?そりゃ隊長とも知り合いだよなぁ」
「まぁ色々ありまして。」
曖昧な表情で苦笑いする彼女。
俺の勘はどうやら正解らしい。
「で、俺は伸さなくてもいいのか?」
「そんな手荒い真似しませんよ、大事な友人に」
友人。
そう彼女が言ってくれただけで、なんだか胸のあたりがキュッとなった。
「あなたも物好きですね。こんな得体の知れないクラスメイトと授業で手合わせしてくれたり」
「親が、隠密機動だからさ。俺もあまりいい目で見られなくてさ」
諜報や暗殺。いわゆる死神の汚れ仕事を受け持つ部隊だ。
仕事柄、戦死率も格段に高い。
俺は、家の名を恥じたことは一度もないけど、それでも遠巻きに見られるのは少し堪えた。
「ふぅん。隠密機動って強い人ばっかいるイメージだったけど、色々大変ですね」
すくっと彼女は立ち上がり、少し欠けた十六夜を背負って笑った。
「育ちがどうとか家柄がどうとか私はあまり分からないけど、あなたはすごくいい人だし、隠密機動だって私は立派な死神だと思ってますよ」
月白の光に照らされた名無しの笑顔が、酷く眩しかった。
それから半月後に二回生へ、半年後に真央霊術院を卒業という最速記録を彼女が塗り替えるのは、もう少し先の話だ。