for promise
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「というわけで、今日は帰れません。」
『そうっスか…仕方ないスね。』
先程マユリから聞いた話を浦原に伝えれば、伝令神機越しの声が、僅かにトーンが下がった。
ただ、子供のように駄々をこねると思っていたので、ほんの少し肩透かし食らった気分だ。
「…珍しく聞き分けがいいですね?」
『そんなことないスよォ。いつもボクは聞き分けがいいじゃないっスか。』
「はいはい。」
報告書を提出するため尸魂界に出向く度、渋る人が何を言っているのやら。
『……それより名無しサンこそ、ボクに会えないからって泣かないでくださいね。』
「泣きませんよ。」
そんな大袈裟な。
呆れた声で返せば『それなら安心しました。』なんて、通信機越しに笑ったのが分かった。
for promise#21
can't fear your own world-03
瓦礫の山になった瀞霊廷は、まだまだ復興途中だ。
隊舎は勿論、それぞれの隊の宿舎も辛うじて部屋数が足りているような状況だった。
肝心の寝泊まりする場所に頭を悩ませていたら、たまたま出くわした白哉に『ならば朽木家に身を寄せれば良い』と言われてしまった。
連れ添っていた恋次に『どうしよう』と視線を投げたが、口パクで『隊長のご好意を無下にするな』と言われてしまう。
極めつけに「その方がルキアも喜ぶ。」と言われてしまえば、断る理由もないだろう。
(……寝れるのかな?私。)
敷居が高すぎる故、緊張して眠れない予感しかしない。
なんなら納屋で丁度いい。
知りうる限りの高級菓子を手土産に、朽木家の屋敷へ向かう。
東の空は夕闇が広がり始め、まるで深い水底を覗いているような色だった。
一方、西の空は赤く燃えるような光が尾を広げている。
逆光で翳った千切れ雲の隙間から覗く夕陽は、普段よりもより赤く――まるでそう、血のような赤に見えた。
この時間帯を、逢魔が時…或いは大禍時とは、先人達は的確な表現を遺してくれたものだ。
舗装し直されたばかりの石畳を歩いていけば、向かいからやって来るひとつの影。
魔物のように長く伸びる黒が、西日に照らされてゆらゆらと揺れる。
黄昏ではっきりと見えないが、その男の表情は……笑っているように、見えた。
「君が、浦原名無しかい?」
すれ違いざまに、掛けられる声。
ハスキー気味の低い声音は、初めて聞くものだ。
「……どちら様です?」
「あぁ、怪しい者ではない。私は綱彌代時灘。――綱彌代家の、新当主だ。」
物騒。暗殺。蛆虫の巣。
先程までマユリとの会話の、話題の渦中にいた人物だったとは。
反射的に置いていた刀の柄に手をかけたままだった。
それを見て満足そうに時灘は笑い「警戒を解いてもらえないかい?」と目を細める。
「君の活躍は耳にしていたよ。真央霊術院を半年で卒業するなんて創設以来の快挙だ。」
「……基礎は学んでいたので。」
「いや、それだけじゃない。一番の功績は――先の霊王護神大戦だ。」
切れ長の目を、それはそれは愉しそうに細める時灘。
右へ流された黒く長い前髪が、乾いた北風に吹かれて寒々しく揺れた。
「命を投げ打ってまで、崩壊しかけた世界を繋ぎ止めた、その志。――崇高で、気高い。私はあの光景を忘れはしないだろう。」
星の瞬きのように輝いた、世界を縫い止める眩い銀糸。
遠目から見たら、まるで手を伸ばせば届きそうな星の海に見えたことだろう。
「……世辞は結構です。私になにか御用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらおう。私の妻になってくれないか?」
初対面で、この男は何を言っている?
それはマユリ曰く『つまらない男』である綱彌代時灘でなくとも、そう思っただろう。
初対面の男からの求婚。
それは全く心に響くことはなく、心拍数も跳ね上がらない。
ただ呆れと疑問と、ほんの少しの嫌悪感がぽこりと湧き出た。
「丁重にお断り致します。私は四大貴族の方に釣り合うほど、立派な身分でもなければ優秀な死神でもありませんから。」
表情ひとつ変えず、滑るように出てくる辞退の言葉。
失礼します、と言わんばかりに頭を下げ、早々と歩を進めようとした時だった。
「浦原喜助がいるからかい?」
先程よりも僅かにトーンを上げた、愉しそうな声で。
ゆっくりと男を振り返れば「いや、何。噂には聞き及んでいる」と笑みを深めた。
「崩玉を作り出した尸魂界一の大罪人が、新しい霊王の欠片を手に入れたと聞いたからね。」
嫌味を隠すことなく、告げられた言葉。
流石にそれを軽く聞き流す程、名無しの懐は広くなければ、無神経にはなれなかった。
「――訂正して下さい。」
「おっと、君を霊王の欠片扱いしたことか?」
「大罪人という件です。貴方に、浦原さんの何が分かるんですか。」
「分かるとも。少なくとも、彼に騙されている君以上には」
悠然と語る目の前の男に対して、名無しは露骨に目を細める。
「霊王の右足は、確かに空間を統べる力を持っていた。……しかしそれだけでは足りない。崩れ落ちかけた世界を支えるには、底なしの『力』が必要だからだ。」
ざり、と時灘が石畳を踏む音が静かに響く。
「疑問に思わなかったのかい?なぜ、その右足は君に会えたのか。
なぜ、死神にしか扱えない『鬼道』が人間の頃から使えたのか。」
「君が持っていたからだ。死神と滅却師、人間でありながらも虚の力を生まれ持った――霊王の魄睡を。だから無意識の内にそれに惹かれ、霊王の右足は君へ取り憑いた。」
それは推測の域を出ない発言だろうが、きっと正解なのだろう。
全てに辻褄が合う。
言われなければ気にしていなかった疑問を、的確に紐解いていく『こたえ』だったからだ。
どことなく腑に落ちたように黙って聞いている名無しを見て、綱彌代時灘は笑みを色濃くさせた。
「霊王の魄睡を持っていたのは知らなかったのか。君に知られたらまずいことでもあったのかな?
――それでも君は、浦原喜助を信用に値する男だと言うのかな。」
「信頼してますよ。」
数瞬の間を置いて、澱みなく紡がれた言葉。
それは考えあぐねていたわけではなく、どこか憐れむように小さく溜息をついたからだ。
目の前の小柄な女は、曇りひとつない瞳をこちらに向ける。
「以前の霊王の魄睡を持ってるだなんて、そんな『些細なこと』どうでもいいんですよ。
使える物は使う。使えないならそれだけの話です。
――何も分かっちゃいないのは、貴方の方です。」
年端もいかぬ少女。
落ち着ききった声が、暗がりが深くなる白壁の通りに響いては消えた。
――強い、双眸だ。
迷いも憂いも何もない。
だからこそ。それを屈服させてやりたくて、手折りたくて、手酷く扱って泣かせてやりたいというのに。
「あの人が仮に悪人だろうが、死神の風上にも置けないような人でなしだとしても、私は『浦原喜助』を選びます。
――決して、貴方ではない。」
――あぁ。やはり、こうでなくては。
踵を返して立ち去る女の背中を見送りながら、私はここ数年で久方ぶりに……心の底から愉しく笑えたのであった。
そうか、そうか。
それ程までに大切なものならば。
奪ってしまおう。
壊してしまおう。
矜持も想いも、何もかも。
貴方はまだ、星を見た事がないだけよ。
いや。
今から見れるさ。
「真っ直ぐな者ほど、壊してしまった時の輝きは星にも勝るとも。――なぁ、歌匡。」
私が零した独白は、全てを呑み込むような心地よい夜闇にとけてしまった。
『そうっスか…仕方ないスね。』
先程マユリから聞いた話を浦原に伝えれば、伝令神機越しの声が、僅かにトーンが下がった。
ただ、子供のように駄々をこねると思っていたので、ほんの少し肩透かし食らった気分だ。
「…珍しく聞き分けがいいですね?」
『そんなことないスよォ。いつもボクは聞き分けがいいじゃないっスか。』
「はいはい。」
報告書を提出するため尸魂界に出向く度、渋る人が何を言っているのやら。
『……それより名無しサンこそ、ボクに会えないからって泣かないでくださいね。』
「泣きませんよ。」
そんな大袈裟な。
呆れた声で返せば『それなら安心しました。』なんて、通信機越しに笑ったのが分かった。
for promise#21
can't fear your own world-03
瓦礫の山になった瀞霊廷は、まだまだ復興途中だ。
隊舎は勿論、それぞれの隊の宿舎も辛うじて部屋数が足りているような状況だった。
肝心の寝泊まりする場所に頭を悩ませていたら、たまたま出くわした白哉に『ならば朽木家に身を寄せれば良い』と言われてしまった。
連れ添っていた恋次に『どうしよう』と視線を投げたが、口パクで『隊長のご好意を無下にするな』と言われてしまう。
極めつけに「その方がルキアも喜ぶ。」と言われてしまえば、断る理由もないだろう。
(……寝れるのかな?私。)
敷居が高すぎる故、緊張して眠れない予感しかしない。
なんなら納屋で丁度いい。
知りうる限りの高級菓子を手土産に、朽木家の屋敷へ向かう。
東の空は夕闇が広がり始め、まるで深い水底を覗いているような色だった。
一方、西の空は赤く燃えるような光が尾を広げている。
逆光で翳った千切れ雲の隙間から覗く夕陽は、普段よりもより赤く――まるでそう、血のような赤に見えた。
この時間帯を、逢魔が時…或いは大禍時とは、先人達は的確な表現を遺してくれたものだ。
舗装し直されたばかりの石畳を歩いていけば、向かいからやって来るひとつの影。
魔物のように長く伸びる黒が、西日に照らされてゆらゆらと揺れる。
黄昏ではっきりと見えないが、その男の表情は……笑っているように、見えた。
「君が、浦原名無しかい?」
すれ違いざまに、掛けられる声。
ハスキー気味の低い声音は、初めて聞くものだ。
「……どちら様です?」
「あぁ、怪しい者ではない。私は綱彌代時灘。――綱彌代家の、新当主だ。」
物騒。暗殺。蛆虫の巣。
先程までマユリとの会話の、話題の渦中にいた人物だったとは。
反射的に置いていた刀の柄に手をかけたままだった。
それを見て満足そうに時灘は笑い「警戒を解いてもらえないかい?」と目を細める。
「君の活躍は耳にしていたよ。真央霊術院を半年で卒業するなんて創設以来の快挙だ。」
「……基礎は学んでいたので。」
「いや、それだけじゃない。一番の功績は――先の霊王護神大戦だ。」
切れ長の目を、それはそれは愉しそうに細める時灘。
右へ流された黒く長い前髪が、乾いた北風に吹かれて寒々しく揺れた。
「命を投げ打ってまで、崩壊しかけた世界を繋ぎ止めた、その志。――崇高で、気高い。私はあの光景を忘れはしないだろう。」
星の瞬きのように輝いた、世界を縫い止める眩い銀糸。
遠目から見たら、まるで手を伸ばせば届きそうな星の海に見えたことだろう。
「……世辞は結構です。私になにか御用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらおう。私の妻になってくれないか?」
初対面で、この男は何を言っている?
それはマユリ曰く『つまらない男』である綱彌代時灘でなくとも、そう思っただろう。
初対面の男からの求婚。
それは全く心に響くことはなく、心拍数も跳ね上がらない。
ただ呆れと疑問と、ほんの少しの嫌悪感がぽこりと湧き出た。
「丁重にお断り致します。私は四大貴族の方に釣り合うほど、立派な身分でもなければ優秀な死神でもありませんから。」
表情ひとつ変えず、滑るように出てくる辞退の言葉。
失礼します、と言わんばかりに頭を下げ、早々と歩を進めようとした時だった。
「浦原喜助がいるからかい?」
先程よりも僅かにトーンを上げた、愉しそうな声で。
ゆっくりと男を振り返れば「いや、何。噂には聞き及んでいる」と笑みを深めた。
「崩玉を作り出した尸魂界一の大罪人が、新しい霊王の欠片を手に入れたと聞いたからね。」
嫌味を隠すことなく、告げられた言葉。
流石にそれを軽く聞き流す程、名無しの懐は広くなければ、無神経にはなれなかった。
「――訂正して下さい。」
「おっと、君を霊王の欠片扱いしたことか?」
「大罪人という件です。貴方に、浦原さんの何が分かるんですか。」
「分かるとも。少なくとも、彼に騙されている君以上には」
悠然と語る目の前の男に対して、名無しは露骨に目を細める。
「霊王の右足は、確かに空間を統べる力を持っていた。……しかしそれだけでは足りない。崩れ落ちかけた世界を支えるには、底なしの『力』が必要だからだ。」
ざり、と時灘が石畳を踏む音が静かに響く。
「疑問に思わなかったのかい?なぜ、その右足は君に会えたのか。
なぜ、死神にしか扱えない『鬼道』が人間の頃から使えたのか。」
「君が持っていたからだ。死神と滅却師、人間でありながらも虚の力を生まれ持った――霊王の魄睡を。だから無意識の内にそれに惹かれ、霊王の右足は君へ取り憑いた。」
それは推測の域を出ない発言だろうが、きっと正解なのだろう。
全てに辻褄が合う。
言われなければ気にしていなかった疑問を、的確に紐解いていく『こたえ』だったからだ。
どことなく腑に落ちたように黙って聞いている名無しを見て、綱彌代時灘は笑みを色濃くさせた。
「霊王の魄睡を持っていたのは知らなかったのか。君に知られたらまずいことでもあったのかな?
――それでも君は、浦原喜助を信用に値する男だと言うのかな。」
「信頼してますよ。」
数瞬の間を置いて、澱みなく紡がれた言葉。
それは考えあぐねていたわけではなく、どこか憐れむように小さく溜息をついたからだ。
目の前の小柄な女は、曇りひとつない瞳をこちらに向ける。
「以前の霊王の魄睡を持ってるだなんて、そんな『些細なこと』どうでもいいんですよ。
使える物は使う。使えないならそれだけの話です。
――何も分かっちゃいないのは、貴方の方です。」
年端もいかぬ少女。
落ち着ききった声が、暗がりが深くなる白壁の通りに響いては消えた。
――強い、双眸だ。
迷いも憂いも何もない。
だからこそ。それを屈服させてやりたくて、手折りたくて、手酷く扱って泣かせてやりたいというのに。
「あの人が仮に悪人だろうが、死神の風上にも置けないような人でなしだとしても、私は『浦原喜助』を選びます。
――決して、貴方ではない。」
――あぁ。やはり、こうでなくては。
踵を返して立ち去る女の背中を見送りながら、私はここ数年で久方ぶりに……心の底から愉しく笑えたのであった。
そうか、そうか。
それ程までに大切なものならば。
奪ってしまおう。
壊してしまおう。
矜持も想いも、何もかも。
貴方はまだ、星を見た事がないだけよ。
いや。
今から見れるさ。
「真っ直ぐな者ほど、壊してしまった時の輝きは星にも勝るとも。――なぁ、歌匡。」
私が零した独白は、全てを呑み込むような心地よい夜闇にとけてしまった。