short story
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唐突だが、浦原喜助は愛しの彼女に説教されていた。
「実験されるのはいいです。失敗もつきものでしょう。散らかるのも、百歩譲っていいとします。」
年季が入っているものの目地が整った畳の上。
ショッキングピンクの……綿?綿と思わしきものが、服やら髪にくっついたまま、浦原は珍しく正座のままお叱りを受けていた。
「もう少しで生き埋めだったんですよ。危険だったことは自覚がおありですか?」
「えぇ、まぁ。」
──事の発端はなんてことない、浦原の思いつきだった。
霊圧遮断の素材をあれこれ試作しているうちについつい夢中になって、ありとあらゆる素材を試していると『うっかり』暴発してしまったのだ。
圧縮袋から飛び出してきた綿のように、モコモコモコモコ、ふわふわポコポコ、浦原商店の一角からピンクの綿が溢れ出してしまった。
……それは一見するとファンシーな光景だったかもしれない。
が、よく見知った腕が綿の海から空気を求めるようにもがいていれば話は別だ。
夢カワなカラーリングとは裏腹に、人の腕が助けを求めるように空へ伸ばされれば、一周まわってホラーでしかない。
普通の綿なら浦原もどうにか出来ただろう。
しかし残念ながら彼が作っていたものは、不運にも『霊圧遮断』の新素材。
つまり、死神である彼は部屋の中で文字通り『溺れそうになった』。
しかも綿で。更に言うと自分の失敗作で。
「じゃあ何でニヤニヤしてるんですか。」
そう。
名無しが怒っているのは、実験失敗による大惨事になってしまった部屋の片付けが原因ではない。
下手をすれば命の危機にもなりかねなかったというのに、ヘラヘラしている浦原に対して怒っているのだ。
「……白状しても怒らないって約束してくださります?」
「既に怒っているので無駄だと思いますけど。」
当社比で可愛らしく、おねだりするように上目遣いをする浦原。
だが、普段ならくるりと丸い黒い瞳を、今やスッと冷ややかに細め、静かに仁王立ちしている名無しに魅了効果があるかどうか……話は別である。
「心配してくださったのが嬉しくて、つい。」
羽毛のように軽く、静電気で思うように離れなかった綿塊を掻き分けて、浦原の手を取ったのは名無しだった。
血相を変えて目を見開き、彼女よりも一回りも二回りも大きい浦原の身体を力一杯引きずり出したのだ。
こんなことを言っては本当に不謹慎なのだが、助けに来てくれたのが名無しで、本当に嬉しかったのだ。浦原は。
冗談ではなく本心で言っている。
ゆるゆるとした彼の笑みに毒気が抜かれたのか、名無しは項垂れて深い深い溜息を、これでもかというほど長く長く吐き出した。
「……気が気じゃないので、危ないことする前は誰かに声を必ずかけるようにしてください」
正座と仁王
歩けば足の裏へ、指先へ、裾へ張り付く、失敗作の綿毛を回収しながら浦原は思い出す。
(怒られるの、ちょっと癖になりそうっス)
自他共に認めるドSの自覚はあったが、はて。困ったものだ。
冷ややかに見下ろされる視線と、小柄ながらも圧をかけるような仁王立ち。
出会った頃の遠慮しがちの名無しからは考えつかなかった無遠慮さがくすぐったくて、浦原は一人ほくそ笑んだ。
(遠慮がなくなってきたのが嬉しいなんて言ったら火に油っスから、黙っておきましょ)
元々名無しのことを『下』に見ていたことは一度もないが、いつだって彼女は一歩引いて何事も謙譲していた。
だからこそ容赦なく叱ってくれることは、素直に喜ばしい。
……怒られて嬉しいなんて激白した日には、きっと彼女に呆れ返られるのだろうけど。
「実験されるのはいいです。失敗もつきものでしょう。散らかるのも、百歩譲っていいとします。」
年季が入っているものの目地が整った畳の上。
ショッキングピンクの……綿?綿と思わしきものが、服やら髪にくっついたまま、浦原は珍しく正座のままお叱りを受けていた。
「もう少しで生き埋めだったんですよ。危険だったことは自覚がおありですか?」
「えぇ、まぁ。」
──事の発端はなんてことない、浦原の思いつきだった。
霊圧遮断の素材をあれこれ試作しているうちについつい夢中になって、ありとあらゆる素材を試していると『うっかり』暴発してしまったのだ。
圧縮袋から飛び出してきた綿のように、モコモコモコモコ、ふわふわポコポコ、浦原商店の一角からピンクの綿が溢れ出してしまった。
……それは一見するとファンシーな光景だったかもしれない。
が、よく見知った腕が綿の海から空気を求めるようにもがいていれば話は別だ。
夢カワなカラーリングとは裏腹に、人の腕が助けを求めるように空へ伸ばされれば、一周まわってホラーでしかない。
普通の綿なら浦原もどうにか出来ただろう。
しかし残念ながら彼が作っていたものは、不運にも『霊圧遮断』の新素材。
つまり、死神である彼は部屋の中で文字通り『溺れそうになった』。
しかも綿で。更に言うと自分の失敗作で。
「じゃあ何でニヤニヤしてるんですか。」
そう。
名無しが怒っているのは、実験失敗による大惨事になってしまった部屋の片付けが原因ではない。
下手をすれば命の危機にもなりかねなかったというのに、ヘラヘラしている浦原に対して怒っているのだ。
「……白状しても怒らないって約束してくださります?」
「既に怒っているので無駄だと思いますけど。」
当社比で可愛らしく、おねだりするように上目遣いをする浦原。
だが、普段ならくるりと丸い黒い瞳を、今やスッと冷ややかに細め、静かに仁王立ちしている名無しに魅了効果があるかどうか……話は別である。
「心配してくださったのが嬉しくて、つい。」
羽毛のように軽く、静電気で思うように離れなかった綿塊を掻き分けて、浦原の手を取ったのは名無しだった。
血相を変えて目を見開き、彼女よりも一回りも二回りも大きい浦原の身体を力一杯引きずり出したのだ。
こんなことを言っては本当に不謹慎なのだが、助けに来てくれたのが名無しで、本当に嬉しかったのだ。浦原は。
冗談ではなく本心で言っている。
ゆるゆるとした彼の笑みに毒気が抜かれたのか、名無しは項垂れて深い深い溜息を、これでもかというほど長く長く吐き出した。
「……気が気じゃないので、危ないことする前は誰かに声を必ずかけるようにしてください」
正座と仁王
歩けば足の裏へ、指先へ、裾へ張り付く、失敗作の綿毛を回収しながら浦原は思い出す。
(怒られるの、ちょっと癖になりそうっス)
自他共に認めるドSの自覚はあったが、はて。困ったものだ。
冷ややかに見下ろされる視線と、小柄ながらも圧をかけるような仁王立ち。
出会った頃の遠慮しがちの名無しからは考えつかなかった無遠慮さがくすぐったくて、浦原は一人ほくそ笑んだ。
(遠慮がなくなってきたのが嬉しいなんて言ったら火に油っスから、黙っておきましょ)
元々名無しのことを『下』に見ていたことは一度もないが、いつだって彼女は一歩引いて何事も謙譲していた。
だからこそ容赦なく叱ってくれることは、素直に喜ばしい。
……怒られて嬉しいなんて激白した日には、きっと彼女に呆れ返られるのだろうけど。
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