short story
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現世の町並みに似つかわしくない、下駄、帽子、レトロな杖。
ひょろりと長いくせに黒の羽織から伸びる腕は目を疑うほどに逞しい。
これで本人は『アタシは頭脳労働派っス』なんて宣うものだから、恋人兼弟子には常日頃から苦虫を噛み潰したような表情を浮かべられる。
それもそう。手合わせをすればコテンパンにされるのだ。謙遜は時に嫌味になる典型例と言えるだろう。
現世に残った仮面の軍勢の様子を見に行って帰っていた家路の途中。
秋になれば時折流れる、あのメロディ。
しかし都心では中々聞くことが滅多になくなってしまった、安っぽい拡声器に乗せて流される中年男声の宣伝文句。
──買って帰ったら喜びそう。
以前、商店の中庭で行った焼き芋は、大層美味しそうに彼女は頬張っていた。
記憶の中の光景が脳裏に蘇った瞬間、浦原の決断は光よりも早かった。
「すいませーん、焼き芋5つくださいっス。」
***
「名無しサン、焼き芋買ってきたンっス。食べましょ。」
金木犀の香りが鼻をくすぐる、10月。
茹だるような残暑から滑り落ちるように涼しくなった空の下で、愛しの彼女は箒で落ち葉を集めていた。
紺色の浦原商店エプロンが実に似合う彼女は、付き合いが長い間柄でないと気づかないくらい一瞬──そう、ほんの一瞬躊躇った後、首をゆるく横に振った。
「……えっと、私は後で頂きます。いい時間ですし、お茶でも入れましょうか」
嬉しそうに破顔するであろう名無しを想像していた浦原としては、実に肩透かしな反応である。
名無しは特別食いしん坊というわけではないが、甘いものは好きだったはず。
「あれ?おやつ時っスよ。小腹空いてません?」
「空いてませ」
きゅう。
「…………。」
「腹の虫は正直っスね」
彼女の言葉を遮るように鳴った、可愛らしい空腹の音。
当人は紅葉よりも顔を赤らめ、浦原はというと『録音したかった』と内心歯噛みしていた。
「もしかして、体調悪いンっか?」
「……いえ、元気です。とても」
名無しはコホンと咳払いを一つ零し、手を洗い、テキパキと温かい茶の準備をし始める。
雨とジン太は学校なので、店番をしている鉄裁と、浦原と、名無しの三人分。
彼女が取り出した萩焼の湯呑みは、花弁を思わせる淡い色合いと艶やかな釉薬が目に楽しい。
「でも最近ご飯の量も減ってません?」
顔を覗き込めば、ふいと逸らされる視線。
肯定の返事もないが否定もない。
「…………はっ…もしかしてつわりっスか?」
「名探偵顔で言うのやめてもらえません?違います。」
浦原としては心当たりがあるようでない。
行為の心当たりはあるがエチケットは守っている。渋々半分だが。
形のいい眉を寄せながら否定する名無しは絵に書いたような呆れ顔を浮かべている。
下手に隠しても無駄だと悟ったのか、それとも執拗く食い下がる浦原に対して諦めたのか、酷く言いにくそうに小声で白状した。
「…………った……です。」
「え?」
「……ふとったんです。」
食べれば、太る。
自然の摂理とはいえ大抵の女子にとって歓迎できることではない。
それは名無しも同様だったようで、自己嫌悪に近い表情をくしゃりと浮かべる。
それを打ち明ける相手が恋人なら、尚更苦々しく思っていることだろう。
「えぇ〜、そうっスか?」
「ぎゃっ!脇腹を摘むのやめてください!」
「ボクとしてはもう少し柔らかい方がいいくらいっスけど。ズボンキツくなったんです?」
鍛えても鍛えても筋肉が付きづらいのであろう。名無しの腹回りは肉が薄いと言えど柔らかい。
身近なところで比べれば──完璧なプロポーションと、見た目では想像出来ない筋力を持つ夜一とは対照的だ。
体質の違いとはいえ、時折『いいなぁ』と夜一に羨望の眼差しを向ける名無しにとって、『太った』という事実は死活問題なのかもしれない。
……余談だが、羨むのは夜一の抜群のプロポーションではなく力強い筋肉と白打の技術のようだ。
意外と脳筋な名無しらしいといえば、名無しらしい。
むにむにと服の上から腹回りを確かめる浦原の手を無下に払い落とし、忌々しげに彼女は自供する。
「…………下着が。」
ズボンではなく、下着が。
そう。下着が、キツくなったのだ。
その一言に浦原は「あ。」と小さく声を零した。
──身に覚えがある。
服を脱がした時に視界に入る、窮屈そうなった胸周り。
カップの縁にやわらかく食い込む白い乳房。
それは太ったというより──
「名無しサン、近々ボクと下着屋サン行きましょ。それがいい、そうしましょう。」
丸々とした焼き芋を半分に割れば、ほわりと甘い香りが立ち込める湯気が昇る。
浦原はいい笑顔で名無しへ焼き芋を手渡せば、困惑しながら彼女は受け取った。
体型の変化を気にして、ほお張ることを未だに躊躇っているようだが。
「い、嫌ですよ。太ったのが数字で見えて分かるじゃないですか!」
「いやいや、数字というかアルファベットじゃないっスか?あとほら。生産者責任と言いますか。」
「生産者責任……?」
数字ではなく、アルファベット。生産者責任。
謎掛けのような問答の正解がまだ見つからぬ名無しは小さく首を傾げるばかり。
そんな仕草が『可愛いな』と内心ほくそ笑みながら、浦原は浮かべた笑みを深く刻んだ。
「あるでしょう?スーパーの野菜とか。」
「『ボクが育てました』って。」
数瞬の、沈黙。
鉄裁が店番から戻って来ていたなら、やんわりと諌めてくれていただろうに。
ジン太がいたなら名無しの代わりに『うわぁ…』ドン引きしていたに違いない。
雨がいたなら『店長……最低…』と思春期らしい言葉のナイフを放っていただろう。
残念ながら浦原のデリカシーの欠片もないどころか、堂々としたセクハラに声を上げるのは、被害者の名無しただ一人。
「す、スケベ!浦原さんのドスケベ!」
「おや、今更っスか?でも名無しサンだって胸を可愛がったらヨさそうに、」
「焼き芋でも食べて!静かにしてください!」
生産者責任の怪
「どうせだから可愛い下着、たくさん買いましょうね。」
「織姫ちゃんと買いに行くので結構です!」
「えぇ〜、ボクが丹精込めて育てたのにっスか?
……あ、そうだ。シール作って貼っていいです?ボクがエッチな身体にしました、って。」
「さ、最低!」
ひょろりと長いくせに黒の羽織から伸びる腕は目を疑うほどに逞しい。
これで本人は『アタシは頭脳労働派っス』なんて宣うものだから、恋人兼弟子には常日頃から苦虫を噛み潰したような表情を浮かべられる。
それもそう。手合わせをすればコテンパンにされるのだ。謙遜は時に嫌味になる典型例と言えるだろう。
現世に残った仮面の軍勢の様子を見に行って帰っていた家路の途中。
秋になれば時折流れる、あのメロディ。
しかし都心では中々聞くことが滅多になくなってしまった、安っぽい拡声器に乗せて流される中年男声の宣伝文句。
──買って帰ったら喜びそう。
以前、商店の中庭で行った焼き芋は、大層美味しそうに彼女は頬張っていた。
記憶の中の光景が脳裏に蘇った瞬間、浦原の決断は光よりも早かった。
「すいませーん、焼き芋5つくださいっス。」
***
「名無しサン、焼き芋買ってきたンっス。食べましょ。」
金木犀の香りが鼻をくすぐる、10月。
茹だるような残暑から滑り落ちるように涼しくなった空の下で、愛しの彼女は箒で落ち葉を集めていた。
紺色の浦原商店エプロンが実に似合う彼女は、付き合いが長い間柄でないと気づかないくらい一瞬──そう、ほんの一瞬躊躇った後、首をゆるく横に振った。
「……えっと、私は後で頂きます。いい時間ですし、お茶でも入れましょうか」
嬉しそうに破顔するであろう名無しを想像していた浦原としては、実に肩透かしな反応である。
名無しは特別食いしん坊というわけではないが、甘いものは好きだったはず。
「あれ?おやつ時っスよ。小腹空いてません?」
「空いてませ」
きゅう。
「…………。」
「腹の虫は正直っスね」
彼女の言葉を遮るように鳴った、可愛らしい空腹の音。
当人は紅葉よりも顔を赤らめ、浦原はというと『録音したかった』と内心歯噛みしていた。
「もしかして、体調悪いンっか?」
「……いえ、元気です。とても」
名無しはコホンと咳払いを一つ零し、手を洗い、テキパキと温かい茶の準備をし始める。
雨とジン太は学校なので、店番をしている鉄裁と、浦原と、名無しの三人分。
彼女が取り出した萩焼の湯呑みは、花弁を思わせる淡い色合いと艶やかな釉薬が目に楽しい。
「でも最近ご飯の量も減ってません?」
顔を覗き込めば、ふいと逸らされる視線。
肯定の返事もないが否定もない。
「…………はっ…もしかしてつわりっスか?」
「名探偵顔で言うのやめてもらえません?違います。」
浦原としては心当たりがあるようでない。
行為の心当たりはあるがエチケットは守っている。渋々半分だが。
形のいい眉を寄せながら否定する名無しは絵に書いたような呆れ顔を浮かべている。
下手に隠しても無駄だと悟ったのか、それとも執拗く食い下がる浦原に対して諦めたのか、酷く言いにくそうに小声で白状した。
「…………った……です。」
「え?」
「……ふとったんです。」
食べれば、太る。
自然の摂理とはいえ大抵の女子にとって歓迎できることではない。
それは名無しも同様だったようで、自己嫌悪に近い表情をくしゃりと浮かべる。
それを打ち明ける相手が恋人なら、尚更苦々しく思っていることだろう。
「えぇ〜、そうっスか?」
「ぎゃっ!脇腹を摘むのやめてください!」
「ボクとしてはもう少し柔らかい方がいいくらいっスけど。ズボンキツくなったんです?」
鍛えても鍛えても筋肉が付きづらいのであろう。名無しの腹回りは肉が薄いと言えど柔らかい。
身近なところで比べれば──完璧なプロポーションと、見た目では想像出来ない筋力を持つ夜一とは対照的だ。
体質の違いとはいえ、時折『いいなぁ』と夜一に羨望の眼差しを向ける名無しにとって、『太った』という事実は死活問題なのかもしれない。
……余談だが、羨むのは夜一の抜群のプロポーションではなく力強い筋肉と白打の技術のようだ。
意外と脳筋な名無しらしいといえば、名無しらしい。
むにむにと服の上から腹回りを確かめる浦原の手を無下に払い落とし、忌々しげに彼女は自供する。
「…………下着が。」
ズボンではなく、下着が。
そう。下着が、キツくなったのだ。
その一言に浦原は「あ。」と小さく声を零した。
──身に覚えがある。
服を脱がした時に視界に入る、窮屈そうなった胸周り。
カップの縁にやわらかく食い込む白い乳房。
それは太ったというより──
「名無しサン、近々ボクと下着屋サン行きましょ。それがいい、そうしましょう。」
丸々とした焼き芋を半分に割れば、ほわりと甘い香りが立ち込める湯気が昇る。
浦原はいい笑顔で名無しへ焼き芋を手渡せば、困惑しながら彼女は受け取った。
体型の変化を気にして、ほお張ることを未だに躊躇っているようだが。
「い、嫌ですよ。太ったのが数字で見えて分かるじゃないですか!」
「いやいや、数字というかアルファベットじゃないっスか?あとほら。生産者責任と言いますか。」
「生産者責任……?」
数字ではなく、アルファベット。生産者責任。
謎掛けのような問答の正解がまだ見つからぬ名無しは小さく首を傾げるばかり。
そんな仕草が『可愛いな』と内心ほくそ笑みながら、浦原は浮かべた笑みを深く刻んだ。
「あるでしょう?スーパーの野菜とか。」
「『ボクが育てました』って。」
数瞬の、沈黙。
鉄裁が店番から戻って来ていたなら、やんわりと諌めてくれていただろうに。
ジン太がいたなら名無しの代わりに『うわぁ…』ドン引きしていたに違いない。
雨がいたなら『店長……最低…』と思春期らしい言葉のナイフを放っていただろう。
残念ながら浦原のデリカシーの欠片もないどころか、堂々としたセクハラに声を上げるのは、被害者の名無しただ一人。
「す、スケベ!浦原さんのドスケベ!」
「おや、今更っスか?でも名無しサンだって胸を可愛がったらヨさそうに、」
「焼き芋でも食べて!静かにしてください!」
生産者責任の怪
「どうせだから可愛い下着、たくさん買いましょうね。」
「織姫ちゃんと買いに行くので結構です!」
「えぇ〜、ボクが丹精込めて育てたのにっスか?
……あ、そうだ。シール作って貼っていいです?ボクがエッチな身体にしました、って。」
「さ、最低!」