「へ？尸魂界にですか？」
「技術開発局の仕事で、ちょーっとお手伝いが」

二週間ほどの出張だ。
いつもの作務衣と羽織、下着類をせっせと荷造りする浦原。
歯ブラシやらシャンプーは向こうで寝泊まりする部屋に備え付けられていると阿近から聞いている。持っていく手荷物は必要最低限で事足りるだろう。

「そうなんですね。マユリさんと喧嘩したらダメですよ？」
「大丈夫っスよぉ。多分」

曖昧な返事を書く返せば、不安そうに眉を顰める名無し。
今回の出張は技術開発局からの要請だ。無下には扱われないだろうと腹を括って、浦原はいつも通りの笑顔で笑った。


キミがいないtwo week


最初の二日ほどは、頼まれた仕事で忙殺されていた。
三日目の朝。
徹夜明けのため泥のように眠り、中々起きない浦原を起こしに来た阿近を名無しと間違えた。
阿近の心底嫌そうな顔が忘れられない。
…あの表情は仮にも元・上司に向ける顔ではないだろう。


四日目は、なんだか寂しくなってきた。
ふと気を抜けば、名無しは何してるのか・とか、虚退治でヘマして怪我をしていないか・とか。
手を止めた時に脳裏に過ぎるのは、いつも彼女のことだった。


五日目。
マユリがずっとイライラしていたので理由を聞くと『どうして名無しを連れてこなかった。彼女の作る食事を楽しみにしていたのに』と文句を言われた。
浦原の出張だから、と弁解すれば『時々上の空になる癖に生意気だヨ』と言われた。

いやはや全くその通りだ。
彼女も連れてくるべきだったと心の底から後悔した。


六日目はかなり仕事を詰めてこなした。
明日は彼女が尸魂界へ定期報告しにやってくる日だ。
名無しにもし会ったら話が出来る時間を作るために根気を入れて仕事をした。

後の阿近は『いつもこれくらい真剣に取り組んで貰えたら』と語った。
しかし仕事量が仕事量だ。こなせども、こなせども案件が減らない。
瀞霊廷復興のためとはいえ技術開発局自体がオーバーワークな気がした。
だからこそ、人手が足りぬ故に浦原が古巣へ呼ばれたのだろうけど。


そして七日目。
新しく尸魂界に設置する予定の外敵からの侵入感知技術について、浦原とマユリの議論は白熱していた。
滅却師が用いていた影の中の空間を利用する派の浦原と、名無しが用いた、尸魂界の崩壊を食い止めた霊力の残滓を使うべきだと主張するマユリ。
糸状の霊子サンプルを回収していたマユリはこれを解析して使うべきだ、と主張が食い違っていた。

あまりにも白熱するものだから技術開発局の中にいては周りに迷惑だと思い、マユリを連れて浦原は一旦外に出た。
廊下で意見をまとめようと資料を持ってお互いの理論を交わした。

「あ。」

マユリが気がついたように声を不意に上げた。
浦原が何事かと顔を上げれば、十二番隊隊舎へ踵を返し、走っていく名無し……の、後ろ姿だった。
彼女の後ろ姿を見間違えるわけがない。
あぁ、顔すら見えなかった。

「追いかけていっていいっスか？涅隊長」
「キミは今、技術開発局の仕事中だろう。さっきの話もまだ終わってないヨ」

無情にも、技術開発局の中に連行されてしまった。


八日目。
今日は全く仕事が手につかない。
いくら科学者という職業柄、モチベーションか左右されるからと言っても浦原の唯ならぬ様子に局員も遠巻きに眺めていた。

「いい加減にしたまえ、浦原喜助」
「だってぇ…あれじゃあお預け状態じゃないっスかぁ…」
「この腑抜けめ。口を動かす暇があったらとっとと手を動かしたまえ」

浦原の伝令神機を掴み、机にうつ伏す浦原の目の前に勢いよく置くマユリ。
連絡でもしろ、ということなのだろうか。

伝令神機を開いてみても名無しからの連絡は一切なかった。
せめて写真を下さい・と言っても恐らく名無しは送らないだろう。
ダメ元で鉄裁に『名無しサン今何してます？写真下さい』とメールを送り、伝令神機を閉じた。

作業に戻り、暫くすると伝令神機から通知音が鳴った。
あぁ、写真断られたっスかね…と半ば諦めながら開くと、一枚画像が添付されていた。

現世の天気がよかったから名無しが干したのだろう。二つ折りに畳まれ取り込まれた浦原の布団。
その上で身体を丸くして昼寝してしまっている名無し。ご丁寧に枕まで抱えたまま眠っていた。

浦原の、布団の上で、だ。

（なんっスか、これ、無茶苦茶、かわいい）

思わず熱くなった顔を隠すように片手で口元を覆う浦原。
すやすやと眠るその姿は、浦原の語彙力を奪うには充分だった。

「ヤバい、かわいい」
「なんて顔してるんですか…」

うわぁ、と言わんばかりの表情で浦原を見る阿近。
大の男が伝令神機の画面を見ながら、頬を染めて声に出して悶絶していたら、そんな塩対応をしたくなるのは当たり前だろうが。

「阿近サン、行程短縮しましょ。アタシ早く帰らなきゃ行けない用事できたんで」
「そう思うんだったら早く取り掛かりましょう。そろそろ局長がキレますから」


九日目と十日目。
行程を短縮して、しかし手を抜かず。
徹夜で浦原のするべき所を怒涛の勢いで終わらせた。

仕事の目処が立ったところで、鉄裁に明日帰ると連絡を入れた。
あぁ、早く帰って、彼女を抱きしめたい。
そろそろ浦原の我慢も限界だった。


十一日目。
「こんなに頑張ったのに見送りしてくれないんっスかぁ」
「大の男が何を言ってるんだネ」
「そうですよ」

浦原が荷物を纏め、帰ることをマユリと阿近に伝えたらこのような反応をされた。
「世知辛いなぁ」とブツブツ言いながらも、忘れ物がないか自分が使っていたデスク周りをチェックする。

「ん？穿界門に反応が、」

阿近がモニターに写せば、一人の死神が門から出てきた。
名無しだ。

忘れ物をチェックしていたにも関わらず、画面に釘付けになる浦原。
監視カメラに気づいていないのか、穿界門の近くで座り込む。そわそわと辺りを見回したり、髪を直したり、立って周りを歩いてみたり。
主人の帰りを待つ犬よろしく、落ち着かない様子で…恐らく浦原を待っている様子だった。

「店先で繋がれた犬を思い出したヨ」
「これずっとアタシ眺めれるっス。ほら、阿近サン、無茶苦茶可愛くないっスか？
迎えに来るなんて聞いてないっスから、驚かそうとして十二番隊に来ずに穿界門で律儀に待ってるんっスよ？無茶苦茶可愛くないっスか？」
「何回も言わなくても聞いてますってば。
早く行かないと名無しの奴、痺れ切らして現世に帰るんじゃないんですか？」

それは困る。
後でこの監視カメラの映像は阿近に送ってもらっておくとして、浦原は急いで技術開発局を後にした。

＊＊＊

遠くからそっと穿界門を見れば、相変わらずソワソワと待ちぼうけする名無しの姿。
朝、徹夜で入れていなかった風呂にも入ったし、服も洗濯したものだ。
ヒゲは相変わらずの無精髭だが、大丈夫だろう。

深呼吸を吸って、吐いて、一歩踏み出す。
カラン、コロン、と鳴る下駄の音。

浦原に気づいたのか、勢いよく顔が上がる名無し。
主人を見つけた忠犬のように嬉しそうな笑顔を彼女は浮かべる。
あぁ、どうしてこうも可愛いのか。

「浦は、」

名前を呼ばれるより早く、瞬歩で走って抱きしめた。
髪からは彼女が使っているシャンプーの香り。抱きしめたら羽織の中にすっぽり収まる小さな身体が、愛おしさを倍増させた。

百年待ったり、半年ほど待ったりしたが、今思えばよく耐えれたものだと昔の自分を褒めてやりたい。
今？
…今は一週間だけでも耐えられない。もう無理。

（涅隊長の言う通り、今度出張する時は名無しサンも連れて行こう）

そう心から誓った浦原だった。