short story
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『名無しサンどうしたんっスか?……え?八百屋に行きたい?反対方向っスねぇ。ほら、こっちっスよ』
そう言って手を握れば『子供じゃないんですから大丈夫ですよ』と苦笑いした。
知っている。
キミはボクから見ればまだまだ子供だけれど、あまりにも大人びていたことも。
気恥しそうに眉を寄せるも、照れくさそうに笑う笑顔も。
『あーあ、怪我しちゃいましたね。……訓練だから仕方ない?まぁそうなんっスけど。ほら、手当てするんで手を出してください。』
働き者の、少し乾燥気味の手には、真新しい擦り傷。
『洗って消毒して、放っておけば治りますよ』なんてキミは言うけれど、やっぱりそういうわけにもいかなくて。
かといって怪我をしないように適当に手を抜けば怒る。
…うん、そういう子だってボクが一番よく知ってる。だから手は抜かない。
キミが君自身を、キミの思うままに護れるように。
――そう願いながらボクはそっと傷だらけの手に触れた。
***
「名無しサン、手を出してください。」
随分昔のことと、少し前のことを思い返し、ボクは藪から棒にそう言った。
のんびりテレビを眺めながら茶を啜っていたキミは、不思議そうに小さく首を傾げる。
「また突然どうしたんですか?」
問いながらも素直に手を差し出す名無し。
ボクよりも一回り小さいながらもスラリと伸びた指。
ささくれは辛うじてないものの、少し乾燥している指先は働き者の証拠だった。
理由は、ない。
なんとなく握りたくなったと言えば、キミは呆れるだろうか。
「いや。特に理由はないといえばないンっスけど……。
まぁ、強いて言うなら昔は何かしら口実を見つけては手を握っていたなぁ…なんて思い出しまして。」
そういえば思い当たる節があるのか、「あぁ、うん。」と納得したようにひとつ頷く名無し。
握り返された手のひらは微睡むような温かさで、優しく力を込められているはずなのに、やけに力強く感じた。
「別に、もう理由なんてなくても握ればいいんじゃないですか?」
まぁ時と場合によりますけど。
そう言いながら照れくさそうにはにかむ笑顔は、昔よりもやけに眩しく見えた。
臆病者の口実
『浦原さん。これ夜食用のお弁当です。よかったらどうぞ』
技術開発局にしばらく缶詰になるという彼に手渡す、少し大きめの弁当。
僅かに触れた指先はひんやりと冷たく、薬品で少し荒れていた。
『ありがとうございます、美味しくいただきますね』と言いながら笑う彼の目元には薄らと隈が浮かぶ。
寝不足なのだろう。本当は腕を思い切り掴んで『今日は休んで布団でしっかり寝て下さい』と言いたいところだが、そうもいかない。
彼は十二番隊隊長で、技術開発局局長で。責任ある立場だからそうおちおちと休んでもいられないのだ。
社会に出たことがない自分でもそんなことは分かっている。
それを止める権利がないことも、解っていた。
あぁ。もどかしい。
『名無しサン。さっき怪我しましたよね?』
『……いやいや、かすり傷ですし。』
『隠すのはよくないっスよ。ほら、見せてください』
そう言って握られた手。
嬉しい反面、情けなくもあった。
未熟な証。弱い証。あくまで自分は、生身の人間という証。
彼を守るほどの力もなく、彼とは根本的に命の成り立ちが違う証拠でもあって。
嬉しさ2割。情けなさ7割。……どうしようもない虚しさが1割。
なんだか見られるのが億劫だったのは、紛れもない事実。
『すみません。お手を煩わせます』
『何言ってるンっスか。訓練とはいえ怪我させているのはボクなんですから』
そう言って少し申し訳なさそうに笑う貴方の顔は、少し苦手だった。
――違う。それは、私が弱いから。
その言葉をつむぐ権利は、ない。
だから私は目を逸らす代わりに、そっと瞼を下げるのだった。
***
「名無しサン、手を出してください。」
家事の合間。だらだらとテレビを眺めながら茶を啜っていたら、貴方は笑いながらそう言った。
「また突然どうしたんですか?」
またロクなことを………と一瞬勘繰ったが、どうやらそうではないらしい。
素直に手を差し出せば、古い豆がある手のひらに包まれた。
私よりも一回りか二回り大きい手は、やはり前線を退いたとはいえ、闘う人の手だった。
たくさんの人を守る手。自分のものではないのに、なぜか少し誇らしかった。
「いや。特に理由はないといえばないンっスけど……。
まぁ、強いて言うなら昔は何かしら口実を見つけては手を握っていたなぁ…なんて思い出しまして。」
そう言われれば、思い当たる節がある。…というか自分もそうだったのだから。
なんだか不意打ちで図星を突かれた気分だ。なんとも気のない返事で「あぁ、うん。」と相槌を打ってしまった。
――しかし考えみれば、もうまどろっこしい理由をつける必要はない。
晴れて恋人という関係に発展したわけで。だから手を握るくらいなら、なんというか…その、当たり前……の、はず。
だから、
「別に、もう理由なんてなくても握ればいいんじゃないですか?」
珍しく面食らう目の前の貴方に対して「まぁ時と場合によりますけど…」と付け足す。
……こういっておかなければ『じゃあ四六時中手を握りましょう!今すぐ!』なんて言い出しかねない。
ぽかんとした顔を崩して、ゆるゆると――しかしこっちが恥ずかしくなるくらい嬉しそうに笑う貴方を見て、思わず私は目を細めてしまうのだった。
そう言って手を握れば『子供じゃないんですから大丈夫ですよ』と苦笑いした。
知っている。
キミはボクから見ればまだまだ子供だけれど、あまりにも大人びていたことも。
気恥しそうに眉を寄せるも、照れくさそうに笑う笑顔も。
『あーあ、怪我しちゃいましたね。……訓練だから仕方ない?まぁそうなんっスけど。ほら、手当てするんで手を出してください。』
働き者の、少し乾燥気味の手には、真新しい擦り傷。
『洗って消毒して、放っておけば治りますよ』なんてキミは言うけれど、やっぱりそういうわけにもいかなくて。
かといって怪我をしないように適当に手を抜けば怒る。
…うん、そういう子だってボクが一番よく知ってる。だから手は抜かない。
キミが君自身を、キミの思うままに護れるように。
――そう願いながらボクはそっと傷だらけの手に触れた。
***
「名無しサン、手を出してください。」
随分昔のことと、少し前のことを思い返し、ボクは藪から棒にそう言った。
のんびりテレビを眺めながら茶を啜っていたキミは、不思議そうに小さく首を傾げる。
「また突然どうしたんですか?」
問いながらも素直に手を差し出す名無し。
ボクよりも一回り小さいながらもスラリと伸びた指。
ささくれは辛うじてないものの、少し乾燥している指先は働き者の証拠だった。
理由は、ない。
なんとなく握りたくなったと言えば、キミは呆れるだろうか。
「いや。特に理由はないといえばないンっスけど……。
まぁ、強いて言うなら昔は何かしら口実を見つけては手を握っていたなぁ…なんて思い出しまして。」
そういえば思い当たる節があるのか、「あぁ、うん。」と納得したようにひとつ頷く名無し。
握り返された手のひらは微睡むような温かさで、優しく力を込められているはずなのに、やけに力強く感じた。
「別に、もう理由なんてなくても握ればいいんじゃないですか?」
まぁ時と場合によりますけど。
そう言いながら照れくさそうにはにかむ笑顔は、昔よりもやけに眩しく見えた。
臆病者の口実
『浦原さん。これ夜食用のお弁当です。よかったらどうぞ』
技術開発局にしばらく缶詰になるという彼に手渡す、少し大きめの弁当。
僅かに触れた指先はひんやりと冷たく、薬品で少し荒れていた。
『ありがとうございます、美味しくいただきますね』と言いながら笑う彼の目元には薄らと隈が浮かぶ。
寝不足なのだろう。本当は腕を思い切り掴んで『今日は休んで布団でしっかり寝て下さい』と言いたいところだが、そうもいかない。
彼は十二番隊隊長で、技術開発局局長で。責任ある立場だからそうおちおちと休んでもいられないのだ。
社会に出たことがない自分でもそんなことは分かっている。
それを止める権利がないことも、解っていた。
あぁ。もどかしい。
『名無しサン。さっき怪我しましたよね?』
『……いやいや、かすり傷ですし。』
『隠すのはよくないっスよ。ほら、見せてください』
そう言って握られた手。
嬉しい反面、情けなくもあった。
未熟な証。弱い証。あくまで自分は、生身の人間という証。
彼を守るほどの力もなく、彼とは根本的に命の成り立ちが違う証拠でもあって。
嬉しさ2割。情けなさ7割。……どうしようもない虚しさが1割。
なんだか見られるのが億劫だったのは、紛れもない事実。
『すみません。お手を煩わせます』
『何言ってるンっスか。訓練とはいえ怪我させているのはボクなんですから』
そう言って少し申し訳なさそうに笑う貴方の顔は、少し苦手だった。
――違う。それは、私が弱いから。
その言葉をつむぐ権利は、ない。
だから私は目を逸らす代わりに、そっと瞼を下げるのだった。
***
「名無しサン、手を出してください。」
家事の合間。だらだらとテレビを眺めながら茶を啜っていたら、貴方は笑いながらそう言った。
「また突然どうしたんですか?」
またロクなことを………と一瞬勘繰ったが、どうやらそうではないらしい。
素直に手を差し出せば、古い豆がある手のひらに包まれた。
私よりも一回りか二回り大きい手は、やはり前線を退いたとはいえ、闘う人の手だった。
たくさんの人を守る手。自分のものではないのに、なぜか少し誇らしかった。
「いや。特に理由はないといえばないンっスけど……。
まぁ、強いて言うなら昔は何かしら口実を見つけては手を握っていたなぁ…なんて思い出しまして。」
そう言われれば、思い当たる節がある。…というか自分もそうだったのだから。
なんだか不意打ちで図星を突かれた気分だ。なんとも気のない返事で「あぁ、うん。」と相槌を打ってしまった。
――しかし考えみれば、もうまどろっこしい理由をつける必要はない。
晴れて恋人という関係に発展したわけで。だから手を握るくらいなら、なんというか…その、当たり前……の、はず。
だから、
「別に、もう理由なんてなくても握ればいいんじゃないですか?」
珍しく面食らう目の前の貴方に対して「まぁ時と場合によりますけど…」と付け足す。
……こういっておかなければ『じゃあ四六時中手を握りましょう!今すぐ!』なんて言い出しかねない。
ぽかんとした顔を崩して、ゆるゆると――しかしこっちが恥ずかしくなるくらい嬉しそうに笑う貴方を見て、思わず私は目を細めてしまうのだった。