short story
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「名無しサン、用意出来ました?」
彼女の部屋の襖を開けた浦原は、固まった。
オフタートルのニットワンピース。
裾から伸びた黒タイツ。
主張しすぎない化粧。
正直に言おう。私服は凶器だ。
DATE DAY!
私服は凶器だと思う。
襖を開けてきた浦原の格好は、まるで別人のようだった。
細身のズボン。グレーのセーター。
冬用コートを片手に抱えた姿は、普段の浦原からは想像出来なかった。正直、誰かと思った。
普段適当な扱いの無精髭も、キレイさっぱり剃られていた。そのせいか普段より-5歳ほど若く見える。
一瞬呆気に取られた後、思わず顔を背けてしまった。
顔立ちが整っている、とは思っていたが、服装と身なりをキチンとすればここまで化けるものなのか。
顔が熱い。思わず緩みそうな口元を抑えて畳に視線を落とす。
ちらりと浦原を見れば、ものすごくガン見されていた。
けれど、先程の名無しと同じように口元を抑えていた。顔も赤い。
あまりの珍しい反応に、顔の火照りも治まらないまま名無しは目を丸くした。
「あの、浦原さん」
「すみません、早く行きましょう。可愛すぎて部屋にいたら襲いそうっス」
それは困る。
朝から物騒な物言いに、顔の火照りが僅かに治まったのが分かった。勘弁して欲しい。
バッグも持った、ハンカチ、ティッシュ、お財布。あと伝令神機と義魂丸も持った。よし。
「すみません、お待たせしました」
「それじゃ、行きましょっか」
商店の入口に向かう。コートに袖を通して、土間へ視線を向ければ買ったばかりの二人分の靴。もちろん浦原は下駄ではない。
よく見てみれば、おろしたてなのだろう。シワひとつないコートだった。
彼も慌てて服を買ったのだろうか。
そう想像したら少しだけ可笑しくて、浦原の見ていないところで笑ってしまった。
「「いってきます」」
見送る鉄裁達に手を振り、バス停まで歩く。
今日はある意味、記念日になりそうな予感がした。
***
「すっごく面白かったです!」
「それはよかったっス」
目をキラキラさせながら、名無しが嬉しそうに言う。
デートコースなんて知らないと言い張る一護から、唯一教えてもらったお洒落なカフェでコーヒーを飲みながら、のんびり浦原が相槌を打った。
「ボクも小説読んでないっスけど、楽しかったっスよぉ。今度貸して頂けます?」
「ぜひ読んでみてください、面白いですよ!」
今日見た映画はシリーズ小説の第一作目らしい。知名度が高いのか、座席は満員御礼だった。
「予告で流れてた映像のわんちゃん、可愛かったですね」
「見に行きます?夏に公開でしたっけ」
提案してみると、少し考え込む名無し。
「それは、ちょっと…」と歯切れの悪い返事だ。不思議に思い首を傾げれば「あぁ、嫌いって訳じゃなくて」と慌てて言葉を足した。
「…あぁいう、動物は、その、映画館で見れなくて」
なるほど。
飼い主と忠犬の感動ストーリー、といった内容の予告編だった。
普段、商店での食卓で流れる番組は、ジン太やウルルに合わせてバラエティ番組が多い。
所謂、『いい話』の番組を見ないからか、全く気づかなかった。
「えー、泣いちゃうんスか?」
「な、何ですか、もう!DVDのレンタル待ちますから、いいですよ」
ひとりでこっそり見るつもりらしい。
次の夏、その映画のチケットをこっそり買っておこう、と浦原は心の内で笑った。
「それにしても、ここの焼き菓子美味しいですね。お土産で買って帰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
コーヒーの付け合わせで出されたクッキーがお気に召したらしい。
ポリポリと食みながら幸せそうな顔をするものだから、浦原は二つ返事で頷いた。
「あ、名無しサン。クッキーの破片、ついてるっスよ」
「え、どこですか?」
「ここっス」
口の端に付いている粉のような欠片を、顔を近づけてペロリと食んだ。
面白いほどに、名無しの頬が一気に染まる。
「な、なんっ…ここ、外ですよ…!」
「死角っスから、見えてないっスよ」
もちろん、ちゃんと確認済だ。
それでも恥ずかしかったらしく、顔を手で覆ったり、水を飲んだりしていた。慌てる様も可愛いと思ってしまうあたり、すっかり末期だと我ながら思う。
「…外ではダメです、そういうこと」
「家の中では、いいってことスか?」
あぁ言えばこう言う。
頬の赤みが残ったまま、そう言わんばかりのジト目で見られる。
「家の中だとしても、その、人目につくのは、ちょっと」
「じゃあ二人の時に」
そう言えば、また頬が再熱する名無し。少し考え込んだ後に、小さく頷いてくれた。
本当に、こういう仕草が堪らなく愛おしい。
「さて。お茶飲んだらどこか行きたいところあるっスか?」
「行きたいところ…」
口元に手を当て、暫く考え込む名無し。
思い付かないらしい。あぁでもない、こうでもない、と悩んでいる。意外と彼女は顔に出やすい。
「じゃあ、ぶらっとしますか」
「…そうですね、ぶらっとしましょうか」
浦原の口真似をした名無しが、悪戯っぽく笑う。
本当に、こういう小さな仕草ですら、たまらなく可愛い。
***
大通りから入ったところにある細い路地。
可愛らしい雑貨屋や少し高そうな服のセレクトショップ、夜になったら開くのだろう居酒屋もちらほらあった。
今度あんな感じの服着てくださいよ、とか、この小物が可愛いだとか。
物凄くデートらしいデート、だと思う。
自分は楽しいし満足なのだが、浦原はどうなのかと思い、顔色を見遣る。
見た感じ楽しそうではあるのだけど、彼の年齢(実年齢とかもそうなのだが)に見合っているのか、少し不安だった。
「何か顔についてるっスか?」
「な、何でもないです」
そもそも大人のデートって何だ?
恋愛経験がほぼゼロの名無しにとって、この答えが出てくるはずもなかった。夜一や乱菊に聞いておけばよかった。
「ははーん。当てましょうか。『浦原さんカッコイイなー』って見惚れてたんっスか?」
「それは事実ですけど、違います。っていうか自分で言わないでくださいよ」
「じゃあ『浦原さん楽しんでるのかなー無理に合わせたりしてないかなー』でしょ」
図星だ。エスパーか。
ばっと浦原の顔を見上げれば、「当たってました?」と笑っている。なんだろう、少し悔しい。
「楽しいっスよ。そりゃあ名無しサンとお出かけスから、どこでも楽しいに決まってますから」
「無理に、合わせてません?」
「いやぁ。ボクもデートらしいデートは初めてっスから」
意外だ。
女性経験は豊富だと思っていたから。いや、実際豊富なのだろうが。
「ちゃんとお付き合いしたのは名無しサンが初めてっスよぉ」
あ、そういうことか。
以前夜一が『喜助はのぅ…一時女癖が悪くてな』と言っていたのを思い出した。
ある意味、過去の悪評なのだろうが名無しにとっては過ぎたることで、あまり興味がなかったため聞き流していた。
…有り余る性欲はどうにかして欲しいのが本音だが。
つまるところ、取っかえ引っ変えだったのだろう。顔も(表面上の)性格も悪くないときたら、まぁモテただろう。安易に想像がついた。
「…引きました?」
「いえ、夜一さんから過去の悪行を色々聞いていたので、あーなるほど、みたいな…」
「ちょっと。何聞いたんスか!?」
お。珍しく焦っている。
なんだかその様子が面白くて、「何だと思います?」と逆にきき返した。少し意地が悪かっただろうか。
思い当たる節が多いからか、あちゃー…と小さく呟きながら浦原が顔を背ける。
「…普通引きません?」
「まぁ浦原さんですし」
「それは安心するところなのか、泣けばいいのか迷うんスけど」
そう答える彼が何だか可愛くて、思わず笑った。
名無しの返答は、まさにその通りだった。
浦原だから。まぁつまり、惚れた弱みだ。
「長生きですしね、死神って。まぁ、経験豊富になるのは仕方ない…ってことで」
「名無しサン、そういうところ男らしいっスね…」
「過ぎたことですし。変な病気にかかってなければいいんじゃないんですか?」
「貰ってませんよぉ」
あぁ、でも昔の痴情のもつれで刺されるのは嫌ですね。と答えれば、浦原が苦笑いした。
「まぁ、その…回数は、手加減して欲しいですけど」
「何のっスか?」
「…………………夜の、その」
ごにょごにょと言い澱めば、浦原が悪い笑みを浮かべた。
「え?夜の何です?」
確信犯だ。
分かりきっているのに、言わせるつもりか。こういうところは、本当に意地が悪い。
「わかってるでしょう!?」
「えぇ〜分かんないっスよぉ」
えぇい、白々しい!
「…っ、の…………え、えっち、する、回数…」
情けなくなるくらいに、語尾が小さくなる。
それでも浦原にはバッチリ聞こえたらしく、満足そうに微笑んだ。
「嫌っス。」
却下されたが。
「なんで!?」
「えー、今は四日に一度くらいじゃないっスか」
「何言ってるんですか、二・三日に一度ですよ」
「ボクは毎日でもいいんっスよ?」
「勘弁してください…」
身体を重ねるのが嫌いとか、そういうのではない。
自分が自分でなくなっていくような感覚や、ずぶずぶと沼のような快楽を与えられ続けられるのが怖い。
あと身体の倦怠感がすごい。体力は修行のおかげで、人よりあるはずなのに。
性行為が元来そういうものなのか、はたまた浦原が凄いのか。
比べるものがないから明確には言えないが、後者のような気がする。
「ところで名無しサン、晩ごはんどうしましょっか?食べたいものあります?」
夕飯は食べて帰るらしい。
これに関しては即答できた。
「あ。気になるお店あるんですよ。いいですか?」
織姫から聞いた店だ。
もっとも、彼女も茶渡からオススメされて行った店らしいが。
***
「ラーメンっスか」
「ダメでした?」
「好きっスけど、意外でしたねぇ」
まさか初デートの夕飯がラーメンになるとは。
そんな畏まった関係でもないが、名無しのチョイスに少し拍子抜けしたのは確かだった。
舌が肥えてる彼女がリクエストする外食だ。きちんとした店…と思いきや、かなり大衆向けだった。
まぁ、よく考えたら死神になったと言えども、年数的に考えたらまだ未成年だ。高校生くらいの年齢だと、よくあるのだろう。
「ほら家だと、ちゃんとしたラーメン作れないじゃないですか」
「〇ちゃん製麺があるじゃないっスかぁ」
「ちゃんとプロが作ったのが食べたいんですよー」
確かに、家でスープから作ろうとしたら中々至難の業だ。
せっかくなら家で食べられないものを食べたい、ということなのだろう。
時間と手間暇かければ、彼女ならなんでも作ろうと思えば作ってしまえそうなのが恐ろしい。
逆に言えば、ほかの料理はほぼ完璧に作れるから見事なものだ。もしも死神が廃業になっても困らないだろうな、と想像を膨らませた。
「浦原さん何にします?」
「塩っスかねー」
「じゃあ私は味噌で」
カウンターに二人並んで食べることなんて、滅多にない。何だか新鮮な気分だった。
しばらくすると愛想のいい店員がラーメンを持ってきた。ホカホカと湯気を立てる料理は、どうしてこうも美味しそうなのだろうか。
「いただきます!」
「はいはい。いただきます」
ズズ、と啜れば、塩のさっぱりした味。
麺も食べごたえがあり、確かに茶渡が勧めるだけあって美味しかった。
「美味いっスねぇ」
「ですね!」
はふはふとラーメンを食べる様は、なんだか小動物みたいで微笑ましかった。
「祖父母と、初めて外食したのがラーメン屋さんだったんです」
ふーふー、とレンゲの上で冷ましながら名無しがぽつりと呟く。
「ほら、二人で初めての外食じゃないですか。だから、その…今日は浦原さんと来れてよかったです。ありがとうございます」
ふにゃふにゃと照れたように笑う名無し。
彼女にとって、ラーメン屋の外食は少し特別らしい。
なんだか胸のあたりがぎゅっ、となって、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。我慢したけども。
「あんま可愛いこと言ってると、夜すごいっスよぉ」
「へ。………あの、えぇっと、お手柔らかに…」
恥ずかしそうに口ごもる彼女の要望に応える自信はなかったけれど「善処するっス」と笑って答えた。
あぁ、こんなに幸せでバチが当たらないだろうか。
そんな風に思ってしまう、充実した一日は静かに幕を閉じた。
彼女の部屋の襖を開けた浦原は、固まった。
オフタートルのニットワンピース。
裾から伸びた黒タイツ。
主張しすぎない化粧。
正直に言おう。私服は凶器だ。
DATE DAY!
私服は凶器だと思う。
襖を開けてきた浦原の格好は、まるで別人のようだった。
細身のズボン。グレーのセーター。
冬用コートを片手に抱えた姿は、普段の浦原からは想像出来なかった。正直、誰かと思った。
普段適当な扱いの無精髭も、キレイさっぱり剃られていた。そのせいか普段より-5歳ほど若く見える。
一瞬呆気に取られた後、思わず顔を背けてしまった。
顔立ちが整っている、とは思っていたが、服装と身なりをキチンとすればここまで化けるものなのか。
顔が熱い。思わず緩みそうな口元を抑えて畳に視線を落とす。
ちらりと浦原を見れば、ものすごくガン見されていた。
けれど、先程の名無しと同じように口元を抑えていた。顔も赤い。
あまりの珍しい反応に、顔の火照りも治まらないまま名無しは目を丸くした。
「あの、浦原さん」
「すみません、早く行きましょう。可愛すぎて部屋にいたら襲いそうっス」
それは困る。
朝から物騒な物言いに、顔の火照りが僅かに治まったのが分かった。勘弁して欲しい。
バッグも持った、ハンカチ、ティッシュ、お財布。あと伝令神機と義魂丸も持った。よし。
「すみません、お待たせしました」
「それじゃ、行きましょっか」
商店の入口に向かう。コートに袖を通して、土間へ視線を向ければ買ったばかりの二人分の靴。もちろん浦原は下駄ではない。
よく見てみれば、おろしたてなのだろう。シワひとつないコートだった。
彼も慌てて服を買ったのだろうか。
そう想像したら少しだけ可笑しくて、浦原の見ていないところで笑ってしまった。
「「いってきます」」
見送る鉄裁達に手を振り、バス停まで歩く。
今日はある意味、記念日になりそうな予感がした。
***
「すっごく面白かったです!」
「それはよかったっス」
目をキラキラさせながら、名無しが嬉しそうに言う。
デートコースなんて知らないと言い張る一護から、唯一教えてもらったお洒落なカフェでコーヒーを飲みながら、のんびり浦原が相槌を打った。
「ボクも小説読んでないっスけど、楽しかったっスよぉ。今度貸して頂けます?」
「ぜひ読んでみてください、面白いですよ!」
今日見た映画はシリーズ小説の第一作目らしい。知名度が高いのか、座席は満員御礼だった。
「予告で流れてた映像のわんちゃん、可愛かったですね」
「見に行きます?夏に公開でしたっけ」
提案してみると、少し考え込む名無し。
「それは、ちょっと…」と歯切れの悪い返事だ。不思議に思い首を傾げれば「あぁ、嫌いって訳じゃなくて」と慌てて言葉を足した。
「…あぁいう、動物は、その、映画館で見れなくて」
なるほど。
飼い主と忠犬の感動ストーリー、といった内容の予告編だった。
普段、商店での食卓で流れる番組は、ジン太やウルルに合わせてバラエティ番組が多い。
所謂、『いい話』の番組を見ないからか、全く気づかなかった。
「えー、泣いちゃうんスか?」
「な、何ですか、もう!DVDのレンタル待ちますから、いいですよ」
ひとりでこっそり見るつもりらしい。
次の夏、その映画のチケットをこっそり買っておこう、と浦原は心の内で笑った。
「それにしても、ここの焼き菓子美味しいですね。お土産で買って帰ってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
コーヒーの付け合わせで出されたクッキーがお気に召したらしい。
ポリポリと食みながら幸せそうな顔をするものだから、浦原は二つ返事で頷いた。
「あ、名無しサン。クッキーの破片、ついてるっスよ」
「え、どこですか?」
「ここっス」
口の端に付いている粉のような欠片を、顔を近づけてペロリと食んだ。
面白いほどに、名無しの頬が一気に染まる。
「な、なんっ…ここ、外ですよ…!」
「死角っスから、見えてないっスよ」
もちろん、ちゃんと確認済だ。
それでも恥ずかしかったらしく、顔を手で覆ったり、水を飲んだりしていた。慌てる様も可愛いと思ってしまうあたり、すっかり末期だと我ながら思う。
「…外ではダメです、そういうこと」
「家の中では、いいってことスか?」
あぁ言えばこう言う。
頬の赤みが残ったまま、そう言わんばかりのジト目で見られる。
「家の中だとしても、その、人目につくのは、ちょっと」
「じゃあ二人の時に」
そう言えば、また頬が再熱する名無し。少し考え込んだ後に、小さく頷いてくれた。
本当に、こういう仕草が堪らなく愛おしい。
「さて。お茶飲んだらどこか行きたいところあるっスか?」
「行きたいところ…」
口元に手を当て、暫く考え込む名無し。
思い付かないらしい。あぁでもない、こうでもない、と悩んでいる。意外と彼女は顔に出やすい。
「じゃあ、ぶらっとしますか」
「…そうですね、ぶらっとしましょうか」
浦原の口真似をした名無しが、悪戯っぽく笑う。
本当に、こういう小さな仕草ですら、たまらなく可愛い。
***
大通りから入ったところにある細い路地。
可愛らしい雑貨屋や少し高そうな服のセレクトショップ、夜になったら開くのだろう居酒屋もちらほらあった。
今度あんな感じの服着てくださいよ、とか、この小物が可愛いだとか。
物凄くデートらしいデート、だと思う。
自分は楽しいし満足なのだが、浦原はどうなのかと思い、顔色を見遣る。
見た感じ楽しそうではあるのだけど、彼の年齢(実年齢とかもそうなのだが)に見合っているのか、少し不安だった。
「何か顔についてるっスか?」
「な、何でもないです」
そもそも大人のデートって何だ?
恋愛経験がほぼゼロの名無しにとって、この答えが出てくるはずもなかった。夜一や乱菊に聞いておけばよかった。
「ははーん。当てましょうか。『浦原さんカッコイイなー』って見惚れてたんっスか?」
「それは事実ですけど、違います。っていうか自分で言わないでくださいよ」
「じゃあ『浦原さん楽しんでるのかなー無理に合わせたりしてないかなー』でしょ」
図星だ。エスパーか。
ばっと浦原の顔を見上げれば、「当たってました?」と笑っている。なんだろう、少し悔しい。
「楽しいっスよ。そりゃあ名無しサンとお出かけスから、どこでも楽しいに決まってますから」
「無理に、合わせてません?」
「いやぁ。ボクもデートらしいデートは初めてっスから」
意外だ。
女性経験は豊富だと思っていたから。いや、実際豊富なのだろうが。
「ちゃんとお付き合いしたのは名無しサンが初めてっスよぉ」
あ、そういうことか。
以前夜一が『喜助はのぅ…一時女癖が悪くてな』と言っていたのを思い出した。
ある意味、過去の悪評なのだろうが名無しにとっては過ぎたることで、あまり興味がなかったため聞き流していた。
…有り余る性欲はどうにかして欲しいのが本音だが。
つまるところ、取っかえ引っ変えだったのだろう。顔も(表面上の)性格も悪くないときたら、まぁモテただろう。安易に想像がついた。
「…引きました?」
「いえ、夜一さんから過去の悪行を色々聞いていたので、あーなるほど、みたいな…」
「ちょっと。何聞いたんスか!?」
お。珍しく焦っている。
なんだかその様子が面白くて、「何だと思います?」と逆にきき返した。少し意地が悪かっただろうか。
思い当たる節が多いからか、あちゃー…と小さく呟きながら浦原が顔を背ける。
「…普通引きません?」
「まぁ浦原さんですし」
「それは安心するところなのか、泣けばいいのか迷うんスけど」
そう答える彼が何だか可愛くて、思わず笑った。
名無しの返答は、まさにその通りだった。
浦原だから。まぁつまり、惚れた弱みだ。
「長生きですしね、死神って。まぁ、経験豊富になるのは仕方ない…ってことで」
「名無しサン、そういうところ男らしいっスね…」
「過ぎたことですし。変な病気にかかってなければいいんじゃないんですか?」
「貰ってませんよぉ」
あぁ、でも昔の痴情のもつれで刺されるのは嫌ですね。と答えれば、浦原が苦笑いした。
「まぁ、その…回数は、手加減して欲しいですけど」
「何のっスか?」
「…………………夜の、その」
ごにょごにょと言い澱めば、浦原が悪い笑みを浮かべた。
「え?夜の何です?」
確信犯だ。
分かりきっているのに、言わせるつもりか。こういうところは、本当に意地が悪い。
「わかってるでしょう!?」
「えぇ〜分かんないっスよぉ」
えぇい、白々しい!
「…っ、の…………え、えっち、する、回数…」
情けなくなるくらいに、語尾が小さくなる。
それでも浦原にはバッチリ聞こえたらしく、満足そうに微笑んだ。
「嫌っス。」
却下されたが。
「なんで!?」
「えー、今は四日に一度くらいじゃないっスか」
「何言ってるんですか、二・三日に一度ですよ」
「ボクは毎日でもいいんっスよ?」
「勘弁してください…」
身体を重ねるのが嫌いとか、そういうのではない。
自分が自分でなくなっていくような感覚や、ずぶずぶと沼のような快楽を与えられ続けられるのが怖い。
あと身体の倦怠感がすごい。体力は修行のおかげで、人よりあるはずなのに。
性行為が元来そういうものなのか、はたまた浦原が凄いのか。
比べるものがないから明確には言えないが、後者のような気がする。
「ところで名無しサン、晩ごはんどうしましょっか?食べたいものあります?」
夕飯は食べて帰るらしい。
これに関しては即答できた。
「あ。気になるお店あるんですよ。いいですか?」
織姫から聞いた店だ。
もっとも、彼女も茶渡からオススメされて行った店らしいが。
***
「ラーメンっスか」
「ダメでした?」
「好きっスけど、意外でしたねぇ」
まさか初デートの夕飯がラーメンになるとは。
そんな畏まった関係でもないが、名無しのチョイスに少し拍子抜けしたのは確かだった。
舌が肥えてる彼女がリクエストする外食だ。きちんとした店…と思いきや、かなり大衆向けだった。
まぁ、よく考えたら死神になったと言えども、年数的に考えたらまだ未成年だ。高校生くらいの年齢だと、よくあるのだろう。
「ほら家だと、ちゃんとしたラーメン作れないじゃないですか」
「〇ちゃん製麺があるじゃないっスかぁ」
「ちゃんとプロが作ったのが食べたいんですよー」
確かに、家でスープから作ろうとしたら中々至難の業だ。
せっかくなら家で食べられないものを食べたい、ということなのだろう。
時間と手間暇かければ、彼女ならなんでも作ろうと思えば作ってしまえそうなのが恐ろしい。
逆に言えば、ほかの料理はほぼ完璧に作れるから見事なものだ。もしも死神が廃業になっても困らないだろうな、と想像を膨らませた。
「浦原さん何にします?」
「塩っスかねー」
「じゃあ私は味噌で」
カウンターに二人並んで食べることなんて、滅多にない。何だか新鮮な気分だった。
しばらくすると愛想のいい店員がラーメンを持ってきた。ホカホカと湯気を立てる料理は、どうしてこうも美味しそうなのだろうか。
「いただきます!」
「はいはい。いただきます」
ズズ、と啜れば、塩のさっぱりした味。
麺も食べごたえがあり、確かに茶渡が勧めるだけあって美味しかった。
「美味いっスねぇ」
「ですね!」
はふはふとラーメンを食べる様は、なんだか小動物みたいで微笑ましかった。
「祖父母と、初めて外食したのがラーメン屋さんだったんです」
ふーふー、とレンゲの上で冷ましながら名無しがぽつりと呟く。
「ほら、二人で初めての外食じゃないですか。だから、その…今日は浦原さんと来れてよかったです。ありがとうございます」
ふにゃふにゃと照れたように笑う名無し。
彼女にとって、ラーメン屋の外食は少し特別らしい。
なんだか胸のあたりがぎゅっ、となって、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られた。我慢したけども。
「あんま可愛いこと言ってると、夜すごいっスよぉ」
「へ。………あの、えぇっと、お手柔らかに…」
恥ずかしそうに口ごもる彼女の要望に応える自信はなかったけれど「善処するっス」と笑って答えた。
あぁ、こんなに幸せでバチが当たらないだろうか。
そんな風に思ってしまう、充実した一日は静かに幕を閉じた。