short story
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突然っスけど、実験に失敗してしまった。
妙にカラフルな煙にまかれたと思ったら、気がつけばこんな身体になっていた。
やや毛足が長めの、ふわふわの手足。
明るいベージュのような毛色は、ボクの髪色によく似ていた。
そして、尻。
特に、尻に違和感。
ゆらゆらと揺れる尻尾。
人間には確実にない部位を見て、ボクは珍しく声を張り上げた。
「ニャーーーーー!!」
(何で猫になってるんっスか!!)
野良猫のブルース
困った。非常に困った。
手足がこれでは斬魄刀を握ることはおろか、実験器具を触ることも叶わない。
一生このまま…ではないだろうけど、しばらくはこの姿だろう。辛い。
(こんな時夜一サンがいれば…)
いや。前言撤回。
きっと彼女なら「せっかくの機会じゃ!野良の生活を体験させてやろう!」と別のベクトルで張り切るに違いない。
浦原商店の奥にあるボクのラボからで歩けば、外はすっかり朝だった。
時計の針は9時をさしており、雨とジン太は学校へ登校済みのようだ。
家にいるのは鉄裁と名無しだけだろう。
(これ絶対ボクって気づいてもらえないパターンっスよね)
窓ガラスに映る姿は何の変哲もない猫だ。
明るいベージュ色の体毛に、足先は白い靴下を履いたような毛色だ。
しかし連日風呂に入らず研究室に篭っていたせいか、本来ふわふわであるだろう毛並みは少し汚いように見えた。
間違いなく迷い猫に間違えられ……
「む。」
なんてタイミングだろう。
部屋からひょこりと顔を出したのは、鉄裁だ。
「どうしてこんなところに猫が」
ぬっと伸びる手。
ボクに落ちる巨体の影。
……えっ、怖ッ!
本能の赴くままに駆け出せば、人間とは違う身軽さでするりと窓の外へ、そして塀の上にのぼれた。
(…猫のスケールだと鉄裁サン圧がすごいっスね)
正直少し、いやかなりビックリした。
人間とは違う、猫の姿で見る世界。
実際の物や人の大きさは変わっていなくとも、自分が小さい生き物になってしまっているためか酷く大きく見えてしまう。
貴重な体験ではあるのだろうが…やはり心臓に悪い。
(ていうかお腹空いたっス)
朝食を食べていないのだから当たり前だろう。
…そういえば昨晩も結局食べ損ねている。というか、作業に没頭しすぎて食べるのを忘れていた。
彼女には悪いことをした。
恐らく、当たり前のようにボクの夕飯も用意してくれているだろうから。
「あ。猫ちゃん。」
塀の上をのろのろと歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
中庭で白いバスタオルを干している名無し。
ひょこりと顔を覗かせた表情は、歳相応の少女のそれだ。
つまり単刀直入に言うと、可愛い。その一言に尽きる。
「ニャー…」
塀から降りて、サンダルをはいた彼女の足元へするりと擦り寄る。
まさか野良猫に懐かれるとは思ってもなかったのだろう。
露骨に嬉しそうな表情で名無しがしゃがみこんだ。
「わ、人慣れしてるんだ。可愛いー…」
無防備にふにゃふにゃと笑う名無しの方が可愛い。
そう言いたいのは山々なのだが、如何せんこの小さな獣の口からは猫独特の鳴き声しか出てこなかった。
首の下を撫でられれば、思わずゴロゴロと喉が鳴る。
猫が喉を鳴らす時は気持ちいいとは言うけれど…確かにこれはイイ。とてもいい。
名無しの撫でる手を堪能していると、喉とは違う音がボクの腹部から鳴った。
猫でも腹の虫は鳴るらしい。
可哀想なくらい小さな音だったが、耳聡い彼女は聞き逃さなかった。
「ありゃ。お腹すいてるのかな。」
ひょいとボクを抱き上げて焦点の中に入っていく。
彼女をボクが抱き上げることは過去何度かあったが、名無しがボクを抱き上げるのは初めてではなかろうか。
腕の中で『下から見るアングルも可愛い』と新たな発見をしてしまった。どうせだから目に焼き付けておこう。
***
辿り着いたのは台所。
冷蔵庫から取り出したのは、サランラップをかけられたマグロの刺身。
少し量が減っているところから察するに…
「昨日の夕飯の残りだけど、お刺身なら食べられるかな?」
やっぱり。
ちらりと見えた冷蔵庫の中には、一人分…恐らくボクの分だった夕飯のおかずが見えてしまった。
人間だったなら喜んで食べるというのに、何とも口惜しい。
研究室に篭っていても、これからは夕飯を必ず食べるようにしよう。ボクは心にそう誓った。
「ニャー」
「あ、食べてくれる?よかった。今ミルクも用意するね」
夜一が来た時用に用意していた猫用のミルクも用意し、名無しが上機嫌でニコニコと笑う。
斬魄刀の本体でもある狼を遠慮なしに撫で回しているところを見ると、元々動物が好きなのだろう。
…次の休みに動物園でも連れて行ったら喜ぶのだろうか。
空腹だった腹にぺろりとマグロの刺身を入れてしまえば、切なかった胃袋は程よく満たされる。
口の周りをひと舐めすると、ざらりとした舌の感触がよく分かった。
「お粗末さまでした。美味しかったかにゃー?なーんて。」
蕩けるような笑顔でやわやわとボクの毛を撫でる名無し。
語尾。語尾が猫語に。なにこれ可愛い。
「ここで飼ったら浦原さんに怒られるかなー…」
(いやいや、ボクが浦原サンっスよ、名無しサン。いやでも本当に猫なら名無しサンに飼われたい。)
「飼ったら名前つけなきゃね。どうしようかなぁ、『キスケ』にしたら浦原さん、どんな顔するかな。」
くすくすと笑いながらボクの耳後ろを擽るように撫でる名無し。
……今。
名前で。
呼んだ。
ボクの、名前を。
(うわぁぁ…滅多に呼んでくれないのに…可愛い…耳が幸せすぎるっス…)
そしたら呼ばれる度に名前を口にしてくれるんっスよね?
何それ。最高じゃないっスか。
まぁ、ボクが猫になっちゃってるんで飼育許可を下ろしようがないんっスけど。
「ね。浦原さん。」
……ん?今、ボクを呼んで、
***
「浦原さん。ここで寝てたら風邪引きますよ?」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる浦原を、少し呆れた表情で名無しが見下ろす。
ぼんやりと靄がかかったような夢見心地で、浦原は目を擦りながら小さく欠伸を噛み殺した。
「……あれ?ボク、いつの間に人間に戻ってるんっス?」
「なんの夢見てたんですか。」
不思議そうに首を傾げる名無しに、「名無しサンに散々甘やかされる夢っス」と浦原は笑いながら答える。
曖昧な彼の回答に『どうせ詳しく話さないだろう』と諦めた名無しは、持っていたマグカップを浦原の目の前に置いた。
ほわほわと湯気を立てるのは、ホットミルク。
勿論これは猫用ではなく、牛乳を温めたものだろう。
「これを飲んだらちゃんとお布団で寝てください。お風呂は起きた後でもいいので」
ほんのり甘いのは、蜂蜜でも入れてくれているのだろうか。
喉から胃へ落ちる程よいあたたかさは、微睡みを誘うのに十分な威力があった。
「名無しサン、頭撫でてくれませんか?」
「何ですか突然…」
「いいじゃないっスかぁ、たまには。」
「ん。」と頭を差し出せば、苦笑いしながらやわやわと撫でてくれる名無しの手。
昔に比べたら少しだけ固くなった手のひらでも、それは極上の心地良さだった。
猫の時も最高だったけど、やっぱりこっちの時の方が好きだ。
「浦原さん、なんだか猫みたいですね。」
「ニャー。」
ふざけてボクが鳴き真似をすると「可愛いですね。」と社交辞令のように答え、くすくすと名無しは笑うのだった。
(今度は本当に猫になる薬でも作ってみようか…なんて。)
妙にカラフルな煙にまかれたと思ったら、気がつけばこんな身体になっていた。
やや毛足が長めの、ふわふわの手足。
明るいベージュのような毛色は、ボクの髪色によく似ていた。
そして、尻。
特に、尻に違和感。
ゆらゆらと揺れる尻尾。
人間には確実にない部位を見て、ボクは珍しく声を張り上げた。
「ニャーーーーー!!」
(何で猫になってるんっスか!!)
野良猫のブルース
困った。非常に困った。
手足がこれでは斬魄刀を握ることはおろか、実験器具を触ることも叶わない。
一生このまま…ではないだろうけど、しばらくはこの姿だろう。辛い。
(こんな時夜一サンがいれば…)
いや。前言撤回。
きっと彼女なら「せっかくの機会じゃ!野良の生活を体験させてやろう!」と別のベクトルで張り切るに違いない。
浦原商店の奥にあるボクのラボからで歩けば、外はすっかり朝だった。
時計の針は9時をさしており、雨とジン太は学校へ登校済みのようだ。
家にいるのは鉄裁と名無しだけだろう。
(これ絶対ボクって気づいてもらえないパターンっスよね)
窓ガラスに映る姿は何の変哲もない猫だ。
明るいベージュ色の体毛に、足先は白い靴下を履いたような毛色だ。
しかし連日風呂に入らず研究室に篭っていたせいか、本来ふわふわであるだろう毛並みは少し汚いように見えた。
間違いなく迷い猫に間違えられ……
「む。」
なんてタイミングだろう。
部屋からひょこりと顔を出したのは、鉄裁だ。
「どうしてこんなところに猫が」
ぬっと伸びる手。
ボクに落ちる巨体の影。
……えっ、怖ッ!
本能の赴くままに駆け出せば、人間とは違う身軽さでするりと窓の外へ、そして塀の上にのぼれた。
(…猫のスケールだと鉄裁サン圧がすごいっスね)
正直少し、いやかなりビックリした。
人間とは違う、猫の姿で見る世界。
実際の物や人の大きさは変わっていなくとも、自分が小さい生き物になってしまっているためか酷く大きく見えてしまう。
貴重な体験ではあるのだろうが…やはり心臓に悪い。
(ていうかお腹空いたっス)
朝食を食べていないのだから当たり前だろう。
…そういえば昨晩も結局食べ損ねている。というか、作業に没頭しすぎて食べるのを忘れていた。
彼女には悪いことをした。
恐らく、当たり前のようにボクの夕飯も用意してくれているだろうから。
「あ。猫ちゃん。」
塀の上をのろのろと歩いていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
中庭で白いバスタオルを干している名無し。
ひょこりと顔を覗かせた表情は、歳相応の少女のそれだ。
つまり単刀直入に言うと、可愛い。その一言に尽きる。
「ニャー…」
塀から降りて、サンダルをはいた彼女の足元へするりと擦り寄る。
まさか野良猫に懐かれるとは思ってもなかったのだろう。
露骨に嬉しそうな表情で名無しがしゃがみこんだ。
「わ、人慣れしてるんだ。可愛いー…」
無防備にふにゃふにゃと笑う名無しの方が可愛い。
そう言いたいのは山々なのだが、如何せんこの小さな獣の口からは猫独特の鳴き声しか出てこなかった。
首の下を撫でられれば、思わずゴロゴロと喉が鳴る。
猫が喉を鳴らす時は気持ちいいとは言うけれど…確かにこれはイイ。とてもいい。
名無しの撫でる手を堪能していると、喉とは違う音がボクの腹部から鳴った。
猫でも腹の虫は鳴るらしい。
可哀想なくらい小さな音だったが、耳聡い彼女は聞き逃さなかった。
「ありゃ。お腹すいてるのかな。」
ひょいとボクを抱き上げて焦点の中に入っていく。
彼女をボクが抱き上げることは過去何度かあったが、名無しがボクを抱き上げるのは初めてではなかろうか。
腕の中で『下から見るアングルも可愛い』と新たな発見をしてしまった。どうせだから目に焼き付けておこう。
***
辿り着いたのは台所。
冷蔵庫から取り出したのは、サランラップをかけられたマグロの刺身。
少し量が減っているところから察するに…
「昨日の夕飯の残りだけど、お刺身なら食べられるかな?」
やっぱり。
ちらりと見えた冷蔵庫の中には、一人分…恐らくボクの分だった夕飯のおかずが見えてしまった。
人間だったなら喜んで食べるというのに、何とも口惜しい。
研究室に篭っていても、これからは夕飯を必ず食べるようにしよう。ボクは心にそう誓った。
「ニャー」
「あ、食べてくれる?よかった。今ミルクも用意するね」
夜一が来た時用に用意していた猫用のミルクも用意し、名無しが上機嫌でニコニコと笑う。
斬魄刀の本体でもある狼を遠慮なしに撫で回しているところを見ると、元々動物が好きなのだろう。
…次の休みに動物園でも連れて行ったら喜ぶのだろうか。
空腹だった腹にぺろりとマグロの刺身を入れてしまえば、切なかった胃袋は程よく満たされる。
口の周りをひと舐めすると、ざらりとした舌の感触がよく分かった。
「お粗末さまでした。美味しかったかにゃー?なーんて。」
蕩けるような笑顔でやわやわとボクの毛を撫でる名無し。
語尾。語尾が猫語に。なにこれ可愛い。
「ここで飼ったら浦原さんに怒られるかなー…」
(いやいや、ボクが浦原サンっスよ、名無しサン。いやでも本当に猫なら名無しサンに飼われたい。)
「飼ったら名前つけなきゃね。どうしようかなぁ、『キスケ』にしたら浦原さん、どんな顔するかな。」
くすくすと笑いながらボクの耳後ろを擽るように撫でる名無し。
……今。
名前で。
呼んだ。
ボクの、名前を。
(うわぁぁ…滅多に呼んでくれないのに…可愛い…耳が幸せすぎるっス…)
そしたら呼ばれる度に名前を口にしてくれるんっスよね?
何それ。最高じゃないっスか。
まぁ、ボクが猫になっちゃってるんで飼育許可を下ろしようがないんっスけど。
「ね。浦原さん。」
……ん?今、ボクを呼んで、
***
「浦原さん。ここで寝てたら風邪引きますよ?」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる浦原を、少し呆れた表情で名無しが見下ろす。
ぼんやりと靄がかかったような夢見心地で、浦原は目を擦りながら小さく欠伸を噛み殺した。
「……あれ?ボク、いつの間に人間に戻ってるんっス?」
「なんの夢見てたんですか。」
不思議そうに首を傾げる名無しに、「名無しサンに散々甘やかされる夢っス」と浦原は笑いながら答える。
曖昧な彼の回答に『どうせ詳しく話さないだろう』と諦めた名無しは、持っていたマグカップを浦原の目の前に置いた。
ほわほわと湯気を立てるのは、ホットミルク。
勿論これは猫用ではなく、牛乳を温めたものだろう。
「これを飲んだらちゃんとお布団で寝てください。お風呂は起きた後でもいいので」
ほんのり甘いのは、蜂蜜でも入れてくれているのだろうか。
喉から胃へ落ちる程よいあたたかさは、微睡みを誘うのに十分な威力があった。
「名無しサン、頭撫でてくれませんか?」
「何ですか突然…」
「いいじゃないっスかぁ、たまには。」
「ん。」と頭を差し出せば、苦笑いしながらやわやわと撫でてくれる名無しの手。
昔に比べたら少しだけ固くなった手のひらでも、それは極上の心地良さだった。
猫の時も最高だったけど、やっぱりこっちの時の方が好きだ。
「浦原さん、なんだか猫みたいですね。」
「ニャー。」
ふざけてボクが鳴き真似をすると「可愛いですね。」と社交辞令のように答え、くすくすと名無しは笑うのだった。
(今度は本当に猫になる薬でも作ってみようか…なんて。)