short story
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寝静まった深夜。
細身なのに筋肉質な肩が、視界の端に入る。
うっすらと残る刀傷がちらほら散見されるあたり、前線を退いているとはいえ彼もまた『死神』なのだとぼんやりと思い返した。
全部食べられてしまうかと錯覚するような情事の後。
先に意識を手放して、目が覚めれば外が薄明るくなっている明け方だった。
淡い群青色に染まった、窓の外。
四方八方に跳ね回っている金髪にそっと指を差し入れれば、思った以上に柔らかく、思わず頬が綻んだ。
身を起こし、布団から出ている肩の後ろを覗き込む。
(いつも付けられてるし、)
同じ、石鹸の匂いが鼻腔を擽った。
ちょっとした悪戯心と、ほんの少しの対抗心。
まだ不慣れなキスマークを、浦原本人には絶対見えないような肩後ろに落として、名無しはそろりと布団から這い出でるのだった。
僕らの幸福宣言。
「はいはい、毎度ォ」
近くの地区を担当している、あまり見慣れない死神に対して扇子で涼をとりながら接客する浦原。
洗濯物を干しながら、遠目で名無しはその光景を眺めた。
(その人、肩にキスマークついてますよー!)
気を引き締めなければ、思わず顔がニヤけてしまいそうになる。
例えるならそう。イタズラを仕掛けて見つかるか・見つからないかの瀬戸際を楽しむ、子供のような気持ちだ。
なるほど。これが優越感。
キスマークを所有印だとかマーキングだとか例えられている所以が、なんとなく分かった気がする。
矢鱈に浦原がキスマークを付けたがる理由も。
……いや、恥ずかしいからつけるとしたら『程々に』『見えないところ』でお願いしたいのだが。
浦原が寝入っている間につけて、しかも鏡を駆使しなければ絶対に見えないようなところだ。気づかれるわけがない。
まぁつまるところ。
私だって、たまには恋人らしいことがしたい。けど見つかるのは少し恥ずかしい。
そういうことだ。
「名無しサン、なにか手伝いましょうか?」
接客を終えた浦原が、裸足でヒタヒタと近づいてくる。
薄暗い室内から、燦々と日差しが照りつける縁側へやって来れば、眩しそうに彼は目を細めた。
自然と視線が向かう先は、浦原の左肩。知らぬは本人だけ、
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「そうっスか。
あ、今度はちゃんと見えるとこにお願いしますね」
だと、思っていた。
息を吐くように、しれっと紡がれた一言。
思わず我が耳を疑ってしまう、爆弾発言。
「…………………は、え?」
「ほらァ、肩の後ろだと他の人に見えないじゃないっスか。」
予想外の反応に、つい間抜けな声が出てしまった。
『何が』『何を』『何のこと』。
聞き返すのは、野暮というもの。
いや。そもそもつけた本人が、なんの事か一番よく分かっている。
熱湯を頭から掛けられたかのような、顔に上る熱量に目眩がしそうだ。
先程まで浮かれていた自分を、思わず抹殺したくなるくらい。
「お、おおおおおお、おお、起きていたんですか!?」
「さぁ?」
ニタニタと底意地の悪い笑顔を浮かべる目の前の店主。先程まで接客用のゆるゆるとした笑みとは、残念ながら全く別物だ。
『さぁ?』と適当にはぐらかしてはいるが、これは肯定の意だろう。
本当に、性格が悪い。
「ボクの肩を見ては口元ムズムズさせちゃうくらいなら、いっそ首とかにつけちゃえばいいんっスよ。ねぇ?」
「う、う…っうああぁぁぁぁ!いっそ殺してください!!」
恥ずかしくて火を噴きそうだ。
グリムジョーあたりにお願いすれば、ひと思いに殺してくれるだろうか。
………いや、理由を説明すれば『アホらしい』と呆れ返られるだろう。やめておこう。恥の上塗りになってしまう。
あぁ。穴があったら入りたい。
せめてもの抵抗で、物干し竿に掛かったバスタオルの後ろに隠れば、それはそれはとても軽い足取りで。しかしゆっくりと焦らすような歩調で彼が近づいてきた。
ザリ、ざりっと砂を踏む音が、やけに大きく響いている……気がした。
「名無しサン、名無しサン。」
「いません。留守です。」
顔を見なくても分かる。
絶対に、楽しそうに笑っている。目の前の恋人は。
ペラリと湿ったバスタオルを捲られれば、絡む視線。
――ほら。
こんなにも楽しそうに、優しく、鷲色の瞳が弓形に細められている。
……ずるい。
そんな顔をするなんて。
これじゃあ、理不尽に怒るにも怒れないじゃないか。
「今夜、つけ直してくれるンっスよね?」
「うぐ…………ぜ……善処…します………」
絞り出すように『降伏宣言』をすれば、それはとてもとても満足そうに、浦原はにっこりと笑ったのであった。
それから数日間の間。
控えめに首筋につけられた赤い跡にご機嫌な駄菓子屋店主と、それを見ては恥ずかしそうに視線を逸らす死神がいたとか、いなかったとか。
細身なのに筋肉質な肩が、視界の端に入る。
うっすらと残る刀傷がちらほら散見されるあたり、前線を退いているとはいえ彼もまた『死神』なのだとぼんやりと思い返した。
全部食べられてしまうかと錯覚するような情事の後。
先に意識を手放して、目が覚めれば外が薄明るくなっている明け方だった。
淡い群青色に染まった、窓の外。
四方八方に跳ね回っている金髪にそっと指を差し入れれば、思った以上に柔らかく、思わず頬が綻んだ。
身を起こし、布団から出ている肩の後ろを覗き込む。
(いつも付けられてるし、)
同じ、石鹸の匂いが鼻腔を擽った。
ちょっとした悪戯心と、ほんの少しの対抗心。
まだ不慣れなキスマークを、浦原本人には絶対見えないような肩後ろに落として、名無しはそろりと布団から這い出でるのだった。
僕らの幸福宣言。
「はいはい、毎度ォ」
近くの地区を担当している、あまり見慣れない死神に対して扇子で涼をとりながら接客する浦原。
洗濯物を干しながら、遠目で名無しはその光景を眺めた。
(その人、肩にキスマークついてますよー!)
気を引き締めなければ、思わず顔がニヤけてしまいそうになる。
例えるならそう。イタズラを仕掛けて見つかるか・見つからないかの瀬戸際を楽しむ、子供のような気持ちだ。
なるほど。これが優越感。
キスマークを所有印だとかマーキングだとか例えられている所以が、なんとなく分かった気がする。
矢鱈に浦原がキスマークを付けたがる理由も。
……いや、恥ずかしいからつけるとしたら『程々に』『見えないところ』でお願いしたいのだが。
浦原が寝入っている間につけて、しかも鏡を駆使しなければ絶対に見えないようなところだ。気づかれるわけがない。
まぁつまるところ。
私だって、たまには恋人らしいことがしたい。けど見つかるのは少し恥ずかしい。
そういうことだ。
「名無しサン、なにか手伝いましょうか?」
接客を終えた浦原が、裸足でヒタヒタと近づいてくる。
薄暗い室内から、燦々と日差しが照りつける縁側へやって来れば、眩しそうに彼は目を細めた。
自然と視線が向かう先は、浦原の左肩。知らぬは本人だけ、
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「そうっスか。
あ、今度はちゃんと見えるとこにお願いしますね」
だと、思っていた。
息を吐くように、しれっと紡がれた一言。
思わず我が耳を疑ってしまう、爆弾発言。
「…………………は、え?」
「ほらァ、肩の後ろだと他の人に見えないじゃないっスか。」
予想外の反応に、つい間抜けな声が出てしまった。
『何が』『何を』『何のこと』。
聞き返すのは、野暮というもの。
いや。そもそもつけた本人が、なんの事か一番よく分かっている。
熱湯を頭から掛けられたかのような、顔に上る熱量に目眩がしそうだ。
先程まで浮かれていた自分を、思わず抹殺したくなるくらい。
「お、おおおおおお、おお、起きていたんですか!?」
「さぁ?」
ニタニタと底意地の悪い笑顔を浮かべる目の前の店主。先程まで接客用のゆるゆるとした笑みとは、残念ながら全く別物だ。
『さぁ?』と適当にはぐらかしてはいるが、これは肯定の意だろう。
本当に、性格が悪い。
「ボクの肩を見ては口元ムズムズさせちゃうくらいなら、いっそ首とかにつけちゃえばいいんっスよ。ねぇ?」
「う、う…っうああぁぁぁぁ!いっそ殺してください!!」
恥ずかしくて火を噴きそうだ。
グリムジョーあたりにお願いすれば、ひと思いに殺してくれるだろうか。
………いや、理由を説明すれば『アホらしい』と呆れ返られるだろう。やめておこう。恥の上塗りになってしまう。
あぁ。穴があったら入りたい。
せめてもの抵抗で、物干し竿に掛かったバスタオルの後ろに隠れば、それはそれはとても軽い足取りで。しかしゆっくりと焦らすような歩調で彼が近づいてきた。
ザリ、ざりっと砂を踏む音が、やけに大きく響いている……気がした。
「名無しサン、名無しサン。」
「いません。留守です。」
顔を見なくても分かる。
絶対に、楽しそうに笑っている。目の前の恋人は。
ペラリと湿ったバスタオルを捲られれば、絡む視線。
――ほら。
こんなにも楽しそうに、優しく、鷲色の瞳が弓形に細められている。
……ずるい。
そんな顔をするなんて。
これじゃあ、理不尽に怒るにも怒れないじゃないか。
「今夜、つけ直してくれるンっスよね?」
「うぐ…………ぜ……善処…します………」
絞り出すように『降伏宣言』をすれば、それはとてもとても満足そうに、浦原はにっこりと笑ったのであった。
それから数日間の間。
控えめに首筋につけられた赤い跡にご機嫌な駄菓子屋店主と、それを見ては恥ずかしそうに視線を逸らす死神がいたとか、いなかったとか。