short story
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「はぁ?服がない?」
「そうなんっスよぉ。このセットならいくらでも替えがあるんっスけどね」
羽織と作務衣を差しながら浦原が笑う。
目の前の比較的常識人の知り合いの部屋…の窓に座りこむ。
「黒崎サン、フツーの服買いに行くの、付き合ってもらえません?」
「なんでそこで俺なんだよ…」
お買い物しましょ。#men's side
時は昨日に遡る。
名無しが読んでいた有名ミステリー小説が原作の映画が出来たらしい。来週公開!とCMが流れていたのを食い入るように彼女が見つめていた。
それを見て、浦原はつい言ってしまった。
『見に行きたいんっスか?』
『え、』
まぁ、そう、ですね。
少し歯切れの悪い返事を返される。
見に行きたそうな雰囲気を出しているが、ここで『見に行きたい』と素直に言えないのが彼女らしい。
どうせ死神業もあるし、とか考えているのだろう。
ここで浦原からもう一押しした。
『一緒に行くっスか?』
別に浦原がこの映画を見たかったわけではない。けど、名無しが見に行きたそうだった。それだけの理由だ。
彼自身、映画なんて見る趣味もなければ、かといって格別嫌いなわけでもなかった。
『じゃあ、お願いします』と遠慮がちに頭を下げる名無し。
ここまでは良かった。
思い返せば、付き合いはじめてから初のデートというやつだ。
そこからが問題だった。
そう。着ていく服がない。
羽織と作務衣はいくらでもある。寝間着用の浴衣も。
行き先は映画館だ。流石に普段の格好で行けば浮くに決まっている。
下駄も映画館では足音が煩いだろう。
そして、今に至る。
「知り合いだったら親父とかいるだろ」
「あんな格好で流石にアタシは人前には出れないっスよぉ」
確かに、と一護は頷いた。
無理矢理褒めた言い方をすればハイセンス、一般的に言えば芸人のような服のセンスをした一心に対して、流石に浦原も服の買い物に付き合ってくれ、なんて言えないだろう。
その割にはいつも通りの胡散臭い下駄帽子スタイルで、街中を一緒に歩くはめになりそうな一護の気持ちも汲んでほしいところだ。
「また突然、服が欲しいって…どっか行くのか?浦原さん」
一護がそう訊ねると、見たことないような緩みきった笑顔で浦原は笑った。
「映画見に行くんっスよぉ」
「は!?いや、なんつーか、意外というか…ひとりで?」
一護から見た浦原は、マッドサイエンティストの気がある上に出不精のイメージだった。
修行をつけてもらった身でこんなことを言うのは失礼かもしれないが、変人そのものだと思っていたから『映画を見に行く』という行為すら違和感があった。
「何言ってるんっスかぁ。
名無しサンと二人で、っスよ」
ピースサインで二人、を表しているのだろうか。
目の前の浦原は酷く上機嫌だ。こんなにも楽しそうな彼を見るのは久しぶりだ。
…自分の修行を一方的につけていた時の笑みに似ていた気がするが、気のせいだろう。
「それデート…だよな?」
「そっスよ」
いつの間にそんな関係に…いや、思い返せば確かに浦原は名無しに対して過保護だった気がする。
シレッとさも当たり前かのようにデートだと答える浦原を見て、何故か一護が恥ずかしくなってきた。
「初デートなんっスよ。黒崎サン何かオススメデートスポット、知ってます?」
「は、はぁ!?知らねぇよ!」
「えー。今時の若者でしょ、黒崎サン」
「付き合う、とか、その、したことねーし…」
「え。つまり童貞…」
「買い物付き合わねーぞ」
「はは、すいません。冗談っスよぉ」
本当に冗談なのかよ、とブツブツ言いながら、一護が上着を取り出す。
どうやら買い物に付き合ってくれるようだ。
「とりあえず、ヒゲ剃ったらどうだ?浦原さん」
「当日は剃りますよぉ。…デートっスから」
こりゃかなり浮かれているな…と呆れたような溜息を吐き、師弟コンビは街へ繰り出した。
***
一護が提案した、やや大人向けの店で何着か揃えた。もちろん靴も揃える。
大きな紙袋を持った男二人、というのは周りから見ると些か目立つ。
一応浦原は先程買ったばかりの私服に着替えているが、靴は下駄のままだった。両津〇吉か。
顔立ちが整った二人…というだけで目立つが、一護の橙色の髪と、浦原のカランコロンと鳴る足元が余計に目を引いた。
そろそろ帰るか、とキリのよさそうな時間になった頃合だった。
「あれ。井上と名無しじゃねぇか?」
イートインできるケーキ屋で、窓ガラス越しに話に花を咲かせている女子二人。
見たことのある服屋の紙袋が椅子に置かれているのを見ると、恐らくこちらと同じ『デートに着ていく行く服がない』状況だったのだろうか。
なんだ、案外この二人似た者同士なのかもな。
意外な共通点を見つけた一護は、少しだけ得したような気分になった。
「名無しサン、井上サンと出掛けてたんっスねぇ」
「みたいだな」
「何の話してるんっスかね」
あー名無しサン顔赤くしちゃって。可愛いなぁ。
遠目から幸せそうにその様子を眺める浦原。
あまりジロジロ見ていると、ストーカーのように思われないだろうか。
「…いつから付き合ってたんだ?」
「ん?付き合う、っスか?
まぁそういう関係になっのはひと月前っスけどね」
名無しが死神として現世に戻ってきたのがふた月前。
ずっと伝えられてなかった思いの丈を伝えたのがひと月前。
伝えたからと言って、身体の関係と浦原のスキンシップが少々エスカレートしつつある事以外は、彼女から浦原に対する態度はあまり変化がなかった。
強いて言うなら顔がいつもよりすぐ赤くなる、くらいか。照れているのだろう。
「…なんか浦原さんが『彼氏』っての違和感あるな」
「アタシもっス。」
まさか同意が得られるとは。少しだけ一護は驚いた。
一護が知っている限りでは、人間時代から名無しは浦原に修行をつけてもらっていた。
浦原のスパルタ具合を骨身に染みて理解している一護からしたら、自ら彼に修行をつけてもらうなんて正気の沙汰とは思えない。
何故なら彼の修行は文字通り『命懸け』だからだ。白刃を当たり前のように向けられる。
同居人。家族。師弟。恋人。
彼らの関係を一言で表すのは非常に難しい。
「家族って感じっスけど、まぁ、それより『大切な女の子』って言うのがしっくりくるっスね」
「にしては容赦なく修行はスパルタっぽかったな…。いつも名無し生傷だらけだったしな」
「そりゃそうっスよ。彼女を死なさないためだったら、アタシは鬼にも悪魔にもなるっス」
幸い、彼女から修行をつけてくれ・と申し出られたのだが。
向上心が他人の倍ある性格で本当によかった。
そして結果的に彼女は死んでしまったが、これはこれでよかったのかもしれない。
厳しい修行は愛情故。
そう言われて、そういえばこの人はこういう人だった、と一護は苦笑いした。
「まぁ、幸せならいいんじゃねーの」
「幸せっスよ。この上ない程に」
穏やかに笑う浦原。
こんな顔の彼を見るのは、一護は初めてだった。
ここ2年と少しは、常に戦いに身を置いていた。それは一護達のサポートを買って出てくれた浦原もそうだ。
その中でも余裕の表情を崩さなかった彼。いつも飄々とした笑顔で、何を考えているのか分からない事はしょっちゅうだった。
けれど、今。
彼が浮かべている綻ぶような柔らかい表情は、戦いの中では一片も見せたことがないもので。
この人もこんな顔するのか、と一護は心の中で呟いた。
「今思えば、一目惚れだったんっスかねぇ」
「名無しに、か?」
「そうっス。気がつけば目で追ってた。当時は自覚なかったっスけどね」
百数年前。
瀞霊廷に名無しに憑いた『霊王の右足』の力と、浦原が行った実験がきっかけで彼女はやってきた。
彼女のことを意識し始めてたのは、彼女を無茶な方法で元の世界に戻そうとして怒られた時からだ。
そこからは目で追ってばかりだった。隊長の仕事や、局長の業務で忙しかったにも関わらず、だ。
そう思えば長いことよく待ったものだ、と浦原は昔の自分を褒めてやりたくなる。
「で、黒崎サンはいつ腹を括るんっスか?」
「…は!?」
「あれだけ好き好き〜って、羨ましいくらいアピールされてるのに…放っておくなんて余裕っスねぇ。童貞なのに」
「最後の一言は余計だろ!…まぁ、そのうち、だよ」
まさか自分に話を振られるとは思っていなくて、何とも情けない尻すぼみになってしまった。
近い内に、必ず。
「さぁてコーヒーでも奢るっスよぉ」
「いいよ、別に」
「お礼っスよ、お礼。それとも、代わりに嫌ってほど惚気話しましょっか?」
「コーヒーでお願いします。」
一護がそう即答すると、浦原は悪戯っぽそうな顔で笑った。
まぁ結局、コーヒー飲みながら惚気られたのだが。
「そうなんっスよぉ。このセットならいくらでも替えがあるんっスけどね」
羽織と作務衣を差しながら浦原が笑う。
目の前の比較的常識人の知り合いの部屋…の窓に座りこむ。
「黒崎サン、フツーの服買いに行くの、付き合ってもらえません?」
「なんでそこで俺なんだよ…」
お買い物しましょ。#men's side
時は昨日に遡る。
名無しが読んでいた有名ミステリー小説が原作の映画が出来たらしい。来週公開!とCMが流れていたのを食い入るように彼女が見つめていた。
それを見て、浦原はつい言ってしまった。
『見に行きたいんっスか?』
『え、』
まぁ、そう、ですね。
少し歯切れの悪い返事を返される。
見に行きたそうな雰囲気を出しているが、ここで『見に行きたい』と素直に言えないのが彼女らしい。
どうせ死神業もあるし、とか考えているのだろう。
ここで浦原からもう一押しした。
『一緒に行くっスか?』
別に浦原がこの映画を見たかったわけではない。けど、名無しが見に行きたそうだった。それだけの理由だ。
彼自身、映画なんて見る趣味もなければ、かといって格別嫌いなわけでもなかった。
『じゃあ、お願いします』と遠慮がちに頭を下げる名無し。
ここまでは良かった。
思い返せば、付き合いはじめてから初のデートというやつだ。
そこからが問題だった。
そう。着ていく服がない。
羽織と作務衣はいくらでもある。寝間着用の浴衣も。
行き先は映画館だ。流石に普段の格好で行けば浮くに決まっている。
下駄も映画館では足音が煩いだろう。
そして、今に至る。
「知り合いだったら親父とかいるだろ」
「あんな格好で流石にアタシは人前には出れないっスよぉ」
確かに、と一護は頷いた。
無理矢理褒めた言い方をすればハイセンス、一般的に言えば芸人のような服のセンスをした一心に対して、流石に浦原も服の買い物に付き合ってくれ、なんて言えないだろう。
その割にはいつも通りの胡散臭い下駄帽子スタイルで、街中を一緒に歩くはめになりそうな一護の気持ちも汲んでほしいところだ。
「また突然、服が欲しいって…どっか行くのか?浦原さん」
一護がそう訊ねると、見たことないような緩みきった笑顔で浦原は笑った。
「映画見に行くんっスよぉ」
「は!?いや、なんつーか、意外というか…ひとりで?」
一護から見た浦原は、マッドサイエンティストの気がある上に出不精のイメージだった。
修行をつけてもらった身でこんなことを言うのは失礼かもしれないが、変人そのものだと思っていたから『映画を見に行く』という行為すら違和感があった。
「何言ってるんっスかぁ。
名無しサンと二人で、っスよ」
ピースサインで二人、を表しているのだろうか。
目の前の浦原は酷く上機嫌だ。こんなにも楽しそうな彼を見るのは久しぶりだ。
…自分の修行を一方的につけていた時の笑みに似ていた気がするが、気のせいだろう。
「それデート…だよな?」
「そっスよ」
いつの間にそんな関係に…いや、思い返せば確かに浦原は名無しに対して過保護だった気がする。
シレッとさも当たり前かのようにデートだと答える浦原を見て、何故か一護が恥ずかしくなってきた。
「初デートなんっスよ。黒崎サン何かオススメデートスポット、知ってます?」
「は、はぁ!?知らねぇよ!」
「えー。今時の若者でしょ、黒崎サン」
「付き合う、とか、その、したことねーし…」
「え。つまり童貞…」
「買い物付き合わねーぞ」
「はは、すいません。冗談っスよぉ」
本当に冗談なのかよ、とブツブツ言いながら、一護が上着を取り出す。
どうやら買い物に付き合ってくれるようだ。
「とりあえず、ヒゲ剃ったらどうだ?浦原さん」
「当日は剃りますよぉ。…デートっスから」
こりゃかなり浮かれているな…と呆れたような溜息を吐き、師弟コンビは街へ繰り出した。
***
一護が提案した、やや大人向けの店で何着か揃えた。もちろん靴も揃える。
大きな紙袋を持った男二人、というのは周りから見ると些か目立つ。
一応浦原は先程買ったばかりの私服に着替えているが、靴は下駄のままだった。両津〇吉か。
顔立ちが整った二人…というだけで目立つが、一護の橙色の髪と、浦原のカランコロンと鳴る足元が余計に目を引いた。
そろそろ帰るか、とキリのよさそうな時間になった頃合だった。
「あれ。井上と名無しじゃねぇか?」
イートインできるケーキ屋で、窓ガラス越しに話に花を咲かせている女子二人。
見たことのある服屋の紙袋が椅子に置かれているのを見ると、恐らくこちらと同じ『デートに着ていく行く服がない』状況だったのだろうか。
なんだ、案外この二人似た者同士なのかもな。
意外な共通点を見つけた一護は、少しだけ得したような気分になった。
「名無しサン、井上サンと出掛けてたんっスねぇ」
「みたいだな」
「何の話してるんっスかね」
あー名無しサン顔赤くしちゃって。可愛いなぁ。
遠目から幸せそうにその様子を眺める浦原。
あまりジロジロ見ていると、ストーカーのように思われないだろうか。
「…いつから付き合ってたんだ?」
「ん?付き合う、っスか?
まぁそういう関係になっのはひと月前っスけどね」
名無しが死神として現世に戻ってきたのがふた月前。
ずっと伝えられてなかった思いの丈を伝えたのがひと月前。
伝えたからと言って、身体の関係と浦原のスキンシップが少々エスカレートしつつある事以外は、彼女から浦原に対する態度はあまり変化がなかった。
強いて言うなら顔がいつもよりすぐ赤くなる、くらいか。照れているのだろう。
「…なんか浦原さんが『彼氏』っての違和感あるな」
「アタシもっス。」
まさか同意が得られるとは。少しだけ一護は驚いた。
一護が知っている限りでは、人間時代から名無しは浦原に修行をつけてもらっていた。
浦原のスパルタ具合を骨身に染みて理解している一護からしたら、自ら彼に修行をつけてもらうなんて正気の沙汰とは思えない。
何故なら彼の修行は文字通り『命懸け』だからだ。白刃を当たり前のように向けられる。
同居人。家族。師弟。恋人。
彼らの関係を一言で表すのは非常に難しい。
「家族って感じっスけど、まぁ、それより『大切な女の子』って言うのがしっくりくるっスね」
「にしては容赦なく修行はスパルタっぽかったな…。いつも名無し生傷だらけだったしな」
「そりゃそうっスよ。彼女を死なさないためだったら、アタシは鬼にも悪魔にもなるっス」
幸い、彼女から修行をつけてくれ・と申し出られたのだが。
向上心が他人の倍ある性格で本当によかった。
そして結果的に彼女は死んでしまったが、これはこれでよかったのかもしれない。
厳しい修行は愛情故。
そう言われて、そういえばこの人はこういう人だった、と一護は苦笑いした。
「まぁ、幸せならいいんじゃねーの」
「幸せっスよ。この上ない程に」
穏やかに笑う浦原。
こんな顔の彼を見るのは、一護は初めてだった。
ここ2年と少しは、常に戦いに身を置いていた。それは一護達のサポートを買って出てくれた浦原もそうだ。
その中でも余裕の表情を崩さなかった彼。いつも飄々とした笑顔で、何を考えているのか分からない事はしょっちゅうだった。
けれど、今。
彼が浮かべている綻ぶような柔らかい表情は、戦いの中では一片も見せたことがないもので。
この人もこんな顔するのか、と一護は心の中で呟いた。
「今思えば、一目惚れだったんっスかねぇ」
「名無しに、か?」
「そうっス。気がつけば目で追ってた。当時は自覚なかったっスけどね」
百数年前。
瀞霊廷に名無しに憑いた『霊王の右足』の力と、浦原が行った実験がきっかけで彼女はやってきた。
彼女のことを意識し始めてたのは、彼女を無茶な方法で元の世界に戻そうとして怒られた時からだ。
そこからは目で追ってばかりだった。隊長の仕事や、局長の業務で忙しかったにも関わらず、だ。
そう思えば長いことよく待ったものだ、と浦原は昔の自分を褒めてやりたくなる。
「で、黒崎サンはいつ腹を括るんっスか?」
「…は!?」
「あれだけ好き好き〜って、羨ましいくらいアピールされてるのに…放っておくなんて余裕っスねぇ。童貞なのに」
「最後の一言は余計だろ!…まぁ、そのうち、だよ」
まさか自分に話を振られるとは思っていなくて、何とも情けない尻すぼみになってしまった。
近い内に、必ず。
「さぁてコーヒーでも奢るっスよぉ」
「いいよ、別に」
「お礼っスよ、お礼。それとも、代わりに嫌ってほど惚気話しましょっか?」
「コーヒーでお願いします。」
一護がそう即答すると、浦原は悪戯っぽそうな顔で笑った。
まぁ結局、コーヒー飲みながら惚気られたのだが。