short story
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四月。
桜の蕾がふっくらと綻び、世間では少し前に開花宣言がされた春の夜。
前日の小雨と、少しばかり冷え込んでしまった気温のせいだろう。商店の窓から外を見れば、ふわりと朝霧が町に立ち込めていた。
――そろそろ、時間だ。
彼女が仕事から帰ってくる頃合いだろう。
商店の引戸を開け放てば、ちょうど屋根から降り立つ人影がひとつ。
普段のラフな格好とは打って変わって、きちんと着こなすのは黒い死覇装。
微塵も着崩れした様子のない姿を見る限りでは、今晩の虚退治も恙無く片付いたのだろう。
最初はあまり見慣れなかった彼女の死神姿も、今では随分と見慣れてしまったものだ。
「おかえりなさい、名無しサン。」
「まだ起きていたんですか?浦原さん」
呆れたように笑いながら「ただいま帰りました」とはにかむ彼女の笑顔は一級品だ。
商店の古めかしい振り子時計を見遣れば、時刻は五時半を回ろうとしていた。
朝と言うには些か早い時間帯。
『春眠暁を覚えず』とは言うけれど、今のボクと彼女の行動は真逆のパターンだ。
本当はお互い惰眠を貪ってしまいたいところだが、そうもいかない。
彼女は仕事。
ボクは作業……とはまぁそれは建前で、彼女が帰ってくるのを待っていたんだけど。
「朝霧が凄いっスね。あーあ、こんなに冷えちゃって…」
「そうなんですよ、ぺしゃぺしゃです。」
雨に濡れて…とまではいかないが、さらりとした黒髪は湿り気を帯びて、柔らかい頬はほんのり濡れている。
しっとりとした死覇装からは、朝霧の匂いが僅かに香ってくる程だ。
持っていたタオルでふかふかと拭いてやれば、心地良さげに目元を綻ばせる。
まるで大人しく拭かれている子犬のようだ。
厚手のタオルで湿気を拭えば、ひらりと一枚花弁が落ちる。
何かと目を凝らせば、それは開花したばかりの桜の花弁だった。
薄暗い店内で目を凝らせば、髪やら背に花びらが何枚か張り付いているではないか。
どうやら、朝霧だけではなく春も連れて帰ったらしい。
虚を追っている中、桜の木々の間を走り抜けたのかもしれない。
「名無しサン、桜の近くを通りました?」
「へ?よく分かりましたね」
きょとんと瞬きをする彼女はきっと気がついていないのだろう。
零れそうになる笑みをこらえて、髪についたままの花弁をそっと払った。
黒髪に映えていた薄紅色の一欠片は、ひらりと商店の土間に舞い落ちる。
「そろそろ見頃っスかね?」
「あ、ついてましたか。八分咲ってところでしたね」
落ちた桜の花弁を見下ろし、彼女は笑いながら肩を竦めた。
「満開になったらお花見行きたいですね」と言いながら、やわやわと目元を擦りつつ。
春を纏う
「お弁当も用意しましょうか。」
「いいっスね。玉子焼きは入りますか?」
「勿論。」
あぁ。桜が満開になった頃には、もう少し暖かくなっているだろうか。
冷えた彼女の肩をそっと抱き寄せて、ボクは静かに胸を踊らせるのだった。
桜の蕾がふっくらと綻び、世間では少し前に開花宣言がされた春の夜。
前日の小雨と、少しばかり冷え込んでしまった気温のせいだろう。商店の窓から外を見れば、ふわりと朝霧が町に立ち込めていた。
――そろそろ、時間だ。
彼女が仕事から帰ってくる頃合いだろう。
商店の引戸を開け放てば、ちょうど屋根から降り立つ人影がひとつ。
普段のラフな格好とは打って変わって、きちんと着こなすのは黒い死覇装。
微塵も着崩れした様子のない姿を見る限りでは、今晩の虚退治も恙無く片付いたのだろう。
最初はあまり見慣れなかった彼女の死神姿も、今では随分と見慣れてしまったものだ。
「おかえりなさい、名無しサン。」
「まだ起きていたんですか?浦原さん」
呆れたように笑いながら「ただいま帰りました」とはにかむ彼女の笑顔は一級品だ。
商店の古めかしい振り子時計を見遣れば、時刻は五時半を回ろうとしていた。
朝と言うには些か早い時間帯。
『春眠暁を覚えず』とは言うけれど、今のボクと彼女の行動は真逆のパターンだ。
本当はお互い惰眠を貪ってしまいたいところだが、そうもいかない。
彼女は仕事。
ボクは作業……とはまぁそれは建前で、彼女が帰ってくるのを待っていたんだけど。
「朝霧が凄いっスね。あーあ、こんなに冷えちゃって…」
「そうなんですよ、ぺしゃぺしゃです。」
雨に濡れて…とまではいかないが、さらりとした黒髪は湿り気を帯びて、柔らかい頬はほんのり濡れている。
しっとりとした死覇装からは、朝霧の匂いが僅かに香ってくる程だ。
持っていたタオルでふかふかと拭いてやれば、心地良さげに目元を綻ばせる。
まるで大人しく拭かれている子犬のようだ。
厚手のタオルで湿気を拭えば、ひらりと一枚花弁が落ちる。
何かと目を凝らせば、それは開花したばかりの桜の花弁だった。
薄暗い店内で目を凝らせば、髪やら背に花びらが何枚か張り付いているではないか。
どうやら、朝霧だけではなく春も連れて帰ったらしい。
虚を追っている中、桜の木々の間を走り抜けたのかもしれない。
「名無しサン、桜の近くを通りました?」
「へ?よく分かりましたね」
きょとんと瞬きをする彼女はきっと気がついていないのだろう。
零れそうになる笑みをこらえて、髪についたままの花弁をそっと払った。
黒髪に映えていた薄紅色の一欠片は、ひらりと商店の土間に舞い落ちる。
「そろそろ見頃っスかね?」
「あ、ついてましたか。八分咲ってところでしたね」
落ちた桜の花弁を見下ろし、彼女は笑いながら肩を竦めた。
「満開になったらお花見行きたいですね」と言いながら、やわやわと目元を擦りつつ。
春を纏う
「お弁当も用意しましょうか。」
「いいっスね。玉子焼きは入りますか?」
「勿論。」
あぁ。桜が満開になった頃には、もう少し暖かくなっているだろうか。
冷えた彼女の肩をそっと抱き寄せて、ボクは静かに胸を踊らせるのだった。