short story
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「え?服がない?」
「あるとしたら、適当な部屋着と浦原商店Tシャツと、高校の制服しかない…」
目の前の、数少ない友人に乞う。
「織姫ちゃん、お願いします!服買いに行くの付き合って!」
お買い物しましょ。#girl's side
時は昨日に遡る。
名無しが読んでいた有名ミステリー小説が原作の映画が出来たらしい。来週公開!とCMが流れていたのを食い入るようについ見てしまった。
…のを、浦原に見られた。
『見に行きたいんっスか?』
『え、』
まぁ、そう、ですね。
映画を見に行くなんて、初めてだ。
少し歯切れの悪い返事を返せば、浦原から一言。
『一緒に行くっスか?』
誘われたのも意外だったが、そもそも彼が映画を見るというのが想像できなくて、少し戸惑う。
けれど断る理由もなく『じゃあ、お願いします』と答えてしまった。
そこからが問題だった。
そう。着ていく服がない。
遊びに行くこと自体、人間だった頃から殆どなかった。
ヒマさえあれば昔は祖父母の手伝い、少し前までは地下の勉強部屋に篭っているか商店の手伝いか、家事をしていた。
思い返せば『お出かけ着』なるものは一着も持っていなかった。必要なかった、というのが正しいのかもしれないが。
そして、今に至る。
「なんか名無しちゃんとお洋服のお買い物って不思議な感じだねぇ」
「同い年の女の子とお買い物自体、初めてかも…」
服を買いに行く服がない状態だったので、とりあえず織姫の服を借りた。
ガーリーなワンピースはとても可愛い。亜麻色の髪を揺らす彼女の雰囲気によくあっていると思う。
「服が欲しいって…どこかお出かけに行くの?」
織姫に訊ねられ、うっと名無しは口元を固くした。買い物に付き合ってもらっているのだ、正直に話した方がいいだろう。
「……え、映画をその、初めて…見に行くの」
「へ?ひとりで?」
的確に痛いところをついてくる。
少し口の中で言い淀むが、ぼそりと名無しは呟いた。
「…………………………浦原さんと」
長い沈黙を破り、相手を白状する。
その時の織姫の顔と言ったら。
浦原が映画を見に行くこと自体が意外だったのだろう。名無しも同意見だ。
大きな瞳はこれでとかと見開かれていたが、それは一瞬でなりを潜め、嬉しそうな…いや、興奮したような表情に変わる。
「それってデートだよね!?」
「………………………」
二人で出かける。
ちゃんとした普通の服で。
映画を見に行く。
織姫の言ったことが理解出来たのか、茹で蛸のように顔が真っ赤になる名無し。
「…ち、ちがっ!普通に、映画を見に…!」
「ほら!やっぱりデートだぁ!いいなぁ〜、デートかぁ〜。じゃあとびきり可愛い服選ばなきゃね!」
名無し以上に張り切りだす織姫。こういうところは卒業間近といえども、やはり女子高生らしいところだと思う。
彼女の素直さは少しだけ羨ましかった。
「あの、普通の服で」
「名無しちゃん細いもんね、Aラインのワンピースとか絶対似合うよー!」
聞いちゃいねぇ。
織姫に腕を引かれるまま、彼女オススメの店へ強制連行された。
***
両手に抱えるほどの紙袋を空いている椅子に置き、織姫がオススメするケーキが美味しい店で一息ついていた。確かに、これは美味しい。
(このムース、ビターチョコレート使ってるのかな…ブランデーも入ってて、甘すぎなくて美味しい)
口の中でゆっくり咀嚼しながら考える名無し。コーヒーとよく合うチョコーレートケーキだった。今度家で試作してみよう。
「で、名無しちゃん!いつから付き合ってるの?」
目をキラキラさせながら、織姫が身を乗り出して訊いてくる。…女の子は総じて恋愛話が好きなものなのだろうか。
「付き合う…えっと、ひと月程前、かな…」
「いいなぁ〜付き合いたてかぁ〜」
あれを付き合い始め・と言うのかどうなのかは分からないけど、明確に浦原の態度が変わったのがひと月程前からだった。
現世に常駐することになったのが二ヶ月前。その一ヶ月後、明確に好意を伝えられてから今に至る。
「でも浦原さんが彼氏って、不思議な感じだね」
織姫の言うことはもっともだった。
彼女から見ても、浦原は修行をつけてくれる協力者だろうし、名無しから見ても家族であり、師である。もちろん、大切な人であることには変わりはないのだけど。
「…彼氏。なんか、しっくりこないね」
「えー。じゃあ恋人?」
「うーん…」
どれも何だかピッタリ当てはまらない。
そもそも付き合うって、何なんだろう。
ひとつ屋根の下で既に暮らしていて、寝食も共にしている。この関係はやはり、
「家族、が一番しっくりくるかも」
「え、夫婦?」
「それは飛躍しすぎじゃ…」
「ふふふ。ね、いつから浦原さんのこと好きだったの?」
にこにこと楽しそうに訊いてくる織姫。
いちごショートケーキを頬張りながら恋愛話をする彼女はとても上機嫌だ。
いつから。
…いつからだろう?
「…気がつけば、かなぁ」
「そっかぁ、私と一緒だね」
ふにゃふにゃと照れながら織姫が答える。
…一緒?
「あぁ、黒崎くんか」
「へ!?ち、ちがっ、ちがわない、けど…ええっと…」
真っ赤な顔で語尾が小さくなっていく織姫。
なるほど。
恋愛話を聞く側は確かに楽しいかもしれない。
「私が話したんだから、今度は織姫ちゃんの番なんじゃない?」
それから日が暮れるまで、まさか恋愛話で盛り上がるとは思わなかった。
あぁ、そうそう。ケーキは3つ食べた。とても美味しかった。
「あるとしたら、適当な部屋着と浦原商店Tシャツと、高校の制服しかない…」
目の前の、数少ない友人に乞う。
「織姫ちゃん、お願いします!服買いに行くの付き合って!」
お買い物しましょ。#girl's side
時は昨日に遡る。
名無しが読んでいた有名ミステリー小説が原作の映画が出来たらしい。来週公開!とCMが流れていたのを食い入るようについ見てしまった。
…のを、浦原に見られた。
『見に行きたいんっスか?』
『え、』
まぁ、そう、ですね。
映画を見に行くなんて、初めてだ。
少し歯切れの悪い返事を返せば、浦原から一言。
『一緒に行くっスか?』
誘われたのも意外だったが、そもそも彼が映画を見るというのが想像できなくて、少し戸惑う。
けれど断る理由もなく『じゃあ、お願いします』と答えてしまった。
そこからが問題だった。
そう。着ていく服がない。
遊びに行くこと自体、人間だった頃から殆どなかった。
ヒマさえあれば昔は祖父母の手伝い、少し前までは地下の勉強部屋に篭っているか商店の手伝いか、家事をしていた。
思い返せば『お出かけ着』なるものは一着も持っていなかった。必要なかった、というのが正しいのかもしれないが。
そして、今に至る。
「なんか名無しちゃんとお洋服のお買い物って不思議な感じだねぇ」
「同い年の女の子とお買い物自体、初めてかも…」
服を買いに行く服がない状態だったので、とりあえず織姫の服を借りた。
ガーリーなワンピースはとても可愛い。亜麻色の髪を揺らす彼女の雰囲気によくあっていると思う。
「服が欲しいって…どこかお出かけに行くの?」
織姫に訊ねられ、うっと名無しは口元を固くした。買い物に付き合ってもらっているのだ、正直に話した方がいいだろう。
「……え、映画をその、初めて…見に行くの」
「へ?ひとりで?」
的確に痛いところをついてくる。
少し口の中で言い淀むが、ぼそりと名無しは呟いた。
「…………………………浦原さんと」
長い沈黙を破り、相手を白状する。
その時の織姫の顔と言ったら。
浦原が映画を見に行くこと自体が意外だったのだろう。名無しも同意見だ。
大きな瞳はこれでとかと見開かれていたが、それは一瞬でなりを潜め、嬉しそうな…いや、興奮したような表情に変わる。
「それってデートだよね!?」
「………………………」
二人で出かける。
ちゃんとした普通の服で。
映画を見に行く。
織姫の言ったことが理解出来たのか、茹で蛸のように顔が真っ赤になる名無し。
「…ち、ちがっ!普通に、映画を見に…!」
「ほら!やっぱりデートだぁ!いいなぁ〜、デートかぁ〜。じゃあとびきり可愛い服選ばなきゃね!」
名無し以上に張り切りだす織姫。こういうところは卒業間近といえども、やはり女子高生らしいところだと思う。
彼女の素直さは少しだけ羨ましかった。
「あの、普通の服で」
「名無しちゃん細いもんね、Aラインのワンピースとか絶対似合うよー!」
聞いちゃいねぇ。
織姫に腕を引かれるまま、彼女オススメの店へ強制連行された。
***
両手に抱えるほどの紙袋を空いている椅子に置き、織姫がオススメするケーキが美味しい店で一息ついていた。確かに、これは美味しい。
(このムース、ビターチョコレート使ってるのかな…ブランデーも入ってて、甘すぎなくて美味しい)
口の中でゆっくり咀嚼しながら考える名無し。コーヒーとよく合うチョコーレートケーキだった。今度家で試作してみよう。
「で、名無しちゃん!いつから付き合ってるの?」
目をキラキラさせながら、織姫が身を乗り出して訊いてくる。…女の子は総じて恋愛話が好きなものなのだろうか。
「付き合う…えっと、ひと月程前、かな…」
「いいなぁ〜付き合いたてかぁ〜」
あれを付き合い始め・と言うのかどうなのかは分からないけど、明確に浦原の態度が変わったのがひと月程前からだった。
現世に常駐することになったのが二ヶ月前。その一ヶ月後、明確に好意を伝えられてから今に至る。
「でも浦原さんが彼氏って、不思議な感じだね」
織姫の言うことはもっともだった。
彼女から見ても、浦原は修行をつけてくれる協力者だろうし、名無しから見ても家族であり、師である。もちろん、大切な人であることには変わりはないのだけど。
「…彼氏。なんか、しっくりこないね」
「えー。じゃあ恋人?」
「うーん…」
どれも何だかピッタリ当てはまらない。
そもそも付き合うって、何なんだろう。
ひとつ屋根の下で既に暮らしていて、寝食も共にしている。この関係はやはり、
「家族、が一番しっくりくるかも」
「え、夫婦?」
「それは飛躍しすぎじゃ…」
「ふふふ。ね、いつから浦原さんのこと好きだったの?」
にこにこと楽しそうに訊いてくる織姫。
いちごショートケーキを頬張りながら恋愛話をする彼女はとても上機嫌だ。
いつから。
…いつからだろう?
「…気がつけば、かなぁ」
「そっかぁ、私と一緒だね」
ふにゃふにゃと照れながら織姫が答える。
…一緒?
「あぁ、黒崎くんか」
「へ!?ち、ちがっ、ちがわない、けど…ええっと…」
真っ赤な顔で語尾が小さくなっていく織姫。
なるほど。
恋愛話を聞く側は確かに楽しいかもしれない。
「私が話したんだから、今度は織姫ちゃんの番なんじゃない?」
それから日が暮れるまで、まさか恋愛話で盛り上がるとは思わなかった。
あぁ、そうそう。ケーキは3つ食べた。とても美味しかった。