short story
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12月。
クリスマスももう時期控えた、師走真っ只中のある夜。
北風吹きすさぶ深夜。
昨日までぽっかり浮いていた十六夜月は、雪が降り出しそうな厚い雲に覆われて見えやしない。
時折カタカタと風に揺られて鳴る窓ガラスの音に耳を傾けながら、ボクはひとり、彼女の帰りを待ち続けていた。
「…ただいま帰りましたぁ」
トボトボといった様子で、愛しの彼女が肩を落として帰ってくる。
…一見して怪我はない。死覇装も綺麗なものだ。トラブルがあれば言ってくるはずだが、それもない。
恙無く虚退治は終わったはずだが…さて、どうしたものか。
「どしたんっスか?名無しサン。」
「あー…浦原さん。うん、まぁ、ちょっと…」
曖昧に名無しは笑って、小さく肩を竦める。
あまり言いたくない内容なのか、困ったような笑顔にボクは内心首を傾げた。
「うーん…ボクがお手伝い出来ることであれば何でも言ってくださいね」
「…何でも?」
「えぇ。」
無理難題は無理だが、可愛い名無しの頼み事だ。断る理由なんてない。
そもそも人に頼るのが極端に苦手な彼女だ。うんと甘やかしてあげたくなるのは、惚れた弱みだろうか。
「…じゃあ…1月4日、開けてもらえますか?」
「ん?年明けの…っスか?」
「はい。」
所謂三が日は挨拶回りや初詣やらで忙しい。
特に名無しは、今や尸魂界から現世に『形式上は』出向している形になる。上官であるマユリの元へ挨拶は必須だ。
だから、その目まぐるしい忙しさが明けたであろう、次の日を指定してきたのは…正直意外だった。
何があるのだろうか?
「浦原さんは晴れ男ですし。」
「えぇー…ボクがっスか?そんな顔には見えないでしょ?」
「まぁ顔は。」
あ。今のはちょっと傷付いたっスよ、名無しサン。
「でもほら。私にとっては晴れ男ですから」
ふわふわ笑いながら顔を覗き込んでくる名無し。
…うん。今日もやっぱり可愛い。
「んんー…ちなみにお願いの内容は?」
「内緒です。あ、でもとびきり暖かい格好はしてくださいね」
肩を落としていた様子は明後日の彼方へ。
嬉しそうに破顔した名無しは機嫌よくボクの顔を見て、それはとてもとても楽しそうに笑うのであった。
星に願いを、ぬくもりに愛を。
来たる1月4日。
ボクは滅多に袖を通すことがない、冬服に着替えていた。
彼女がいつかの誕生日プレゼントにくれたマフラーに、殆ど新品同様のダウンジャケット。
あまり厚着をするような服もなかったので、念の為貼るホッカイロを腰、背中に。貼らないホッカイロをポケットに仕込ませた。
「ただいま帰りました、浦原さん!」
慌てた素振りで新年一発目の虚退治を終えて、名無しがいい笑顔で商店へ駆け込んできた。
白くふわふわした吐息に、赤く弾ませた柔らかそうな頬。
冬の空気を纏った彼女が、転がり上がるように自室へ戻って行った。…恐らく、着替えを取りに行ったのだろうが。
暫くすると義骸に戻った姿で、階段からひょこりと顔を出す名無し。
ニット帽にマフラー、コートの下にはセーターと恐らく某洋服量販店のヒートテック。
暖かいとはしゃいでいた、裏起毛のズボンもバッチリ履いている。まるで今から雪山に行けそうな装備だ。
モコモコと着膨れした姿は、まるで冬のふくら雀そのものだった。
「浦原さん、浦原さん。」と機嫌よく呼ばれ、手招きされる。
彼女の後ろをついて行けば、商店の屋根の上へ案内された。
ヒヤリとした瓦の上に敷かれた、ビニールシートに、座布団と、毛布と、水筒の入った手提げ袋。
一体何が始まるというのだろう?
ビニールシートの上に座布団を重ねて敷いて小さく首を傾げる。
名無しはというと「やっぱり晴れてくれましたね」とご機嫌顔だ。
北天を指差し、彼女が笑う。
そこへ転がり落ちるようにパチリと光る、一筋の光。
「流れ星、っスか?」
「はい!今日はしぶんぎ座流星群の日です!」
あれが北極星、あれがりゅう座。
放射点がりゅう座付近なのでりゅう座流星群とも言いますが、正式名はしぶんぎ座流星群なんです。しぶんぎ座はりゅう座の一部に再定義されたのでなくなっちゃったんですけど。
機嫌よく指差しながら彼女はいつもより饒舌に語る。
――なるほど、以前肩を落としていた理由が分かった。あの日はふたご座流星群の日だ。
確かに曇っていたら流星群と言えども観測は絶望的だろう。
「街中でも見えるもんっスねぇ」
居住まいを現世へ根付かせてから彼此百年以上経つが、わざわざ流星群を観測することなんて今までなかった。
本当に、彼女といると飽きない。
「ふふっ、そうでしょう。はい、暖かいお茶です、どうぞ!」
「あぁ、いいっスねぇ。どうもどうも。」
湯気が立ち上る緑茶を受け取り、喉へ流せば程よい温かさが身にしみた。
なるほど、確かにこれは暖かい格好をしなければ凍死案件かもしれない。
「南の空も冬の大三角と、冬のダイヤモンドがよく見えますよ」
「どれっスか?」
「あれですよ。」
本当は冬の大三角は知っているけれど、ボクはわざと訊ねてみる。
ボクの肩とシノ自身の肩をくっつけて一生懸命説明する姿は、まるで星座の先生のようだ。
いつもより無邪気に、至極楽しそうに。
ボクからくっつくことは日常茶飯事だが、照れ屋な彼女からこうしてゼロ距離まで縮められるのはレアケースだった。
「あそこにオリオン座です。三つ星座が並んでる砂時計みたいな形の星座ですね。
その左側にある、一際明るい星がおおいぬ座のシリウス。恒星で一番明るい星なんですよ」
そしてこいぬ座のプロキオン。
オリオン座のペテルギウスと三つの星で、冬の大三角なんですよ。
丁寧に、ひとつひとつ解説する名無し。
そういえば彼女の祖父が営んでいた店の名前は、恒星のシリウスから名前を貰っていたと聞いている。
名前は『天狼』。彼女の斬魄刀の名前もここから由来している。
彼女の天体観測趣味は祖父の影響で間違いなさそうだ。
「あ。大丈夫です?退屈じゃないですか?」
「全然。名無しサンの解説は分かりやすくて興味深いっスよ」
プラネタリウムばりの詳細かつ蘊蓄に富んだ話は、星に興味のないボクでも面白いと思う程だ。
それは彼女が話す声が心地いいからか、それとも彼女が紡ぐ言葉だからだろうか。…恐らく、両方だろう。
「でも、ちょっと寒いんで、こうがいいっス。」
モコモコした名無しを後ろから抱きすくめれば、少し驚いたような顔をする彼女。
普段なら恥ずかしがる行為も、今日の彼女は機嫌がすこぶる良い。「仕方ないですね、湯たんぽになって差し上げましょう」と楽しそうに笑った。
冬の空。
北天には流星群。南天には煌々と輝く一等星達の海。
腕の中には愛しい彼女。星に負けない程キラキラとした表情で語り、子供のように弾んだような声も心地いい。
中々ロマンチックなシチュエーションだが、今日は大人しくプラネタリウムの観客に甘んじよう。
楽しそうな彼女の声を強引に唇で遮るのは、それこそ無粋というものだ。
(あぁ。冬の天体観測もいいっスね)
腕の中の温もりに頬を綻ばせて、ボクは流れる星にそっと願いを込める。
――どうか、この幸せが一瞬一秒、長く続きますように。
クリスマスももう時期控えた、師走真っ只中のある夜。
北風吹きすさぶ深夜。
昨日までぽっかり浮いていた十六夜月は、雪が降り出しそうな厚い雲に覆われて見えやしない。
時折カタカタと風に揺られて鳴る窓ガラスの音に耳を傾けながら、ボクはひとり、彼女の帰りを待ち続けていた。
「…ただいま帰りましたぁ」
トボトボといった様子で、愛しの彼女が肩を落として帰ってくる。
…一見して怪我はない。死覇装も綺麗なものだ。トラブルがあれば言ってくるはずだが、それもない。
恙無く虚退治は終わったはずだが…さて、どうしたものか。
「どしたんっスか?名無しサン。」
「あー…浦原さん。うん、まぁ、ちょっと…」
曖昧に名無しは笑って、小さく肩を竦める。
あまり言いたくない内容なのか、困ったような笑顔にボクは内心首を傾げた。
「うーん…ボクがお手伝い出来ることであれば何でも言ってくださいね」
「…何でも?」
「えぇ。」
無理難題は無理だが、可愛い名無しの頼み事だ。断る理由なんてない。
そもそも人に頼るのが極端に苦手な彼女だ。うんと甘やかしてあげたくなるのは、惚れた弱みだろうか。
「…じゃあ…1月4日、開けてもらえますか?」
「ん?年明けの…っスか?」
「はい。」
所謂三が日は挨拶回りや初詣やらで忙しい。
特に名無しは、今や尸魂界から現世に『形式上は』出向している形になる。上官であるマユリの元へ挨拶は必須だ。
だから、その目まぐるしい忙しさが明けたであろう、次の日を指定してきたのは…正直意外だった。
何があるのだろうか?
「浦原さんは晴れ男ですし。」
「えぇー…ボクがっスか?そんな顔には見えないでしょ?」
「まぁ顔は。」
あ。今のはちょっと傷付いたっスよ、名無しサン。
「でもほら。私にとっては晴れ男ですから」
ふわふわ笑いながら顔を覗き込んでくる名無し。
…うん。今日もやっぱり可愛い。
「んんー…ちなみにお願いの内容は?」
「内緒です。あ、でもとびきり暖かい格好はしてくださいね」
肩を落としていた様子は明後日の彼方へ。
嬉しそうに破顔した名無しは機嫌よくボクの顔を見て、それはとてもとても楽しそうに笑うのであった。
星に願いを、ぬくもりに愛を。
来たる1月4日。
ボクは滅多に袖を通すことがない、冬服に着替えていた。
彼女がいつかの誕生日プレゼントにくれたマフラーに、殆ど新品同様のダウンジャケット。
あまり厚着をするような服もなかったので、念の為貼るホッカイロを腰、背中に。貼らないホッカイロをポケットに仕込ませた。
「ただいま帰りました、浦原さん!」
慌てた素振りで新年一発目の虚退治を終えて、名無しがいい笑顔で商店へ駆け込んできた。
白くふわふわした吐息に、赤く弾ませた柔らかそうな頬。
冬の空気を纏った彼女が、転がり上がるように自室へ戻って行った。…恐らく、着替えを取りに行ったのだろうが。
暫くすると義骸に戻った姿で、階段からひょこりと顔を出す名無し。
ニット帽にマフラー、コートの下にはセーターと恐らく某洋服量販店のヒートテック。
暖かいとはしゃいでいた、裏起毛のズボンもバッチリ履いている。まるで今から雪山に行けそうな装備だ。
モコモコと着膨れした姿は、まるで冬のふくら雀そのものだった。
「浦原さん、浦原さん。」と機嫌よく呼ばれ、手招きされる。
彼女の後ろをついて行けば、商店の屋根の上へ案内された。
ヒヤリとした瓦の上に敷かれた、ビニールシートに、座布団と、毛布と、水筒の入った手提げ袋。
一体何が始まるというのだろう?
ビニールシートの上に座布団を重ねて敷いて小さく首を傾げる。
名無しはというと「やっぱり晴れてくれましたね」とご機嫌顔だ。
北天を指差し、彼女が笑う。
そこへ転がり落ちるようにパチリと光る、一筋の光。
「流れ星、っスか?」
「はい!今日はしぶんぎ座流星群の日です!」
あれが北極星、あれがりゅう座。
放射点がりゅう座付近なのでりゅう座流星群とも言いますが、正式名はしぶんぎ座流星群なんです。しぶんぎ座はりゅう座の一部に再定義されたのでなくなっちゃったんですけど。
機嫌よく指差しながら彼女はいつもより饒舌に語る。
――なるほど、以前肩を落としていた理由が分かった。あの日はふたご座流星群の日だ。
確かに曇っていたら流星群と言えども観測は絶望的だろう。
「街中でも見えるもんっスねぇ」
居住まいを現世へ根付かせてから彼此百年以上経つが、わざわざ流星群を観測することなんて今までなかった。
本当に、彼女といると飽きない。
「ふふっ、そうでしょう。はい、暖かいお茶です、どうぞ!」
「あぁ、いいっスねぇ。どうもどうも。」
湯気が立ち上る緑茶を受け取り、喉へ流せば程よい温かさが身にしみた。
なるほど、確かにこれは暖かい格好をしなければ凍死案件かもしれない。
「南の空も冬の大三角と、冬のダイヤモンドがよく見えますよ」
「どれっスか?」
「あれですよ。」
本当は冬の大三角は知っているけれど、ボクはわざと訊ねてみる。
ボクの肩とシノ自身の肩をくっつけて一生懸命説明する姿は、まるで星座の先生のようだ。
いつもより無邪気に、至極楽しそうに。
ボクからくっつくことは日常茶飯事だが、照れ屋な彼女からこうしてゼロ距離まで縮められるのはレアケースだった。
「あそこにオリオン座です。三つ星座が並んでる砂時計みたいな形の星座ですね。
その左側にある、一際明るい星がおおいぬ座のシリウス。恒星で一番明るい星なんですよ」
そしてこいぬ座のプロキオン。
オリオン座のペテルギウスと三つの星で、冬の大三角なんですよ。
丁寧に、ひとつひとつ解説する名無し。
そういえば彼女の祖父が営んでいた店の名前は、恒星のシリウスから名前を貰っていたと聞いている。
名前は『天狼』。彼女の斬魄刀の名前もここから由来している。
彼女の天体観測趣味は祖父の影響で間違いなさそうだ。
「あ。大丈夫です?退屈じゃないですか?」
「全然。名無しサンの解説は分かりやすくて興味深いっスよ」
プラネタリウムばりの詳細かつ蘊蓄に富んだ話は、星に興味のないボクでも面白いと思う程だ。
それは彼女が話す声が心地いいからか、それとも彼女が紡ぐ言葉だからだろうか。…恐らく、両方だろう。
「でも、ちょっと寒いんで、こうがいいっス。」
モコモコした名無しを後ろから抱きすくめれば、少し驚いたような顔をする彼女。
普段なら恥ずかしがる行為も、今日の彼女は機嫌がすこぶる良い。「仕方ないですね、湯たんぽになって差し上げましょう」と楽しそうに笑った。
冬の空。
北天には流星群。南天には煌々と輝く一等星達の海。
腕の中には愛しい彼女。星に負けない程キラキラとした表情で語り、子供のように弾んだような声も心地いい。
中々ロマンチックなシチュエーションだが、今日は大人しくプラネタリウムの観客に甘んじよう。
楽しそうな彼女の声を強引に唇で遮るのは、それこそ無粋というものだ。
(あぁ。冬の天体観測もいいっスね)
腕の中の温もりに頬を綻ばせて、ボクは流れる星にそっと願いを込める。
――どうか、この幸せが一瞬一秒、長く続きますように。