short story
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かき氷を食べ終えて、名無しの手からは袋に入った綿菓子がぶら下がっていた。
今は幸せそうな顔でリンゴ飴をポリポリ齧っている。
ボクの腕には焼きそばの入った袋と、焼き鳥と牛串が入っていた。
彼女の右手にはボクの左手。ボクの左手には彼女の右手。
触れる指先で感じる体温が、これ程までに幸せなことはないだろう。
夏の綺羅星(後篇)
出店が立ち並ぶ大通から少し離れた橋の上。
メインの会場から少し離れた場所にあるためか、思ったよりも人は疎らだった。
「ここで見ましょうか、花火。」
「はーい」
ご機嫌な返事をしながら鉄製の柵に体重を乗せる名無し。
帯差していた扇子を開いて仰いでやれば、少し汗ばんだ彼女の前髪がふわりとそよいだ。
「ふぁー涼しい…」
「でしょう。」
川辺の夜とはいえ、夏の夜は熱帯夜と言っても差し支えない。
花火を打ち上げるには丁度いいのだろうが、今晩はほぼ無風だったため尚更暑く感じた。
「ハッカ油ありますよ。使いますか?」
「ハッカ油?」
「虫除けにもなるし、スースーして気持ちいいんですよ」
巾着から取り出したのは百円均一で買ったであろう小さなスプレー。
丁度旅行に持っていけそうなアメニティグッズのようにも見える。
首元にひと吹きされれば、思った以上に
「お、涼しいっスね」
「でしょう。昔、祖母から教えて貰ったんですよ」
なるほど、おばあちゃんの知恵というわけか。
中庭でアロエを育てているのも、きっとそこからの知識だろう。
中々先人の知恵は馬鹿に出来ないな、と内心ぼんやり思った。
先程買った焼きそばを食べながら「この間の名無しサンが作った焼きそばの方が美味しかったっスね」と嘘偽りのない食レポをすれば、「またいつでも作って差し上げますよ」と彼女は笑った。
というかよくあれだけ低予算の中で、材料を仕入れることが出来るものだ。
商店街の中の八百屋や精肉店と交渉した・と彼女は言っていたが、人徳の成せる技なのだろうか。
存外名無しは商売人に向いているのかもしれない。
「あ。浦原さん、浦原さん!」
グイグイと浴衣の裾を引っ張られた瞬間、大空に弾ける大輪の花。
続いて口笛じみた音を放ちながら、次々と絶えることなく色とりどりの火花か咲いては散っていく。
腹の底へ響くような爆発音は、何故か不思議と夏の風物詩なのだとしみじみ感じた。
「う、わぁ。凄いですね!」
持っていた伝令神機のカメラ機能で何枚か写真を撮って巾着に仕舞う。
恐らく、待受画面は暫く花火の写真になるのだろう。楽しい思い出になりそうなら何よりだ。
「先日はゆっくり見れなかったっスからねぇ」
「まぁしっかり売上が上がったので、上出来ですよ」
ふふん、と自慢げに笑う名無しは可愛いと同時にどこか頼もしかった。
彼女の手抜きをしない技術が、まさに出店時には光っていた。
「こりゃちゃっかりした看板娘だことで。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
にっこり笑い、再び夜空を射抜く花火を見上げる名無し。
大きな一尺玉が赤や緑、金や青へ魔法のように変わっていく。
子供のような表情で、網膜に焼き付けるように花火を見上げる名無しの黒い瞳に、鮮やかな色彩が映り込む。
夕闇に咲く花火よりもこっちの方が綺麗だと思うなんて、我ながら重症だ・と笑ってしまう。
バチバチと弾ける音を鳴らしながら、赤い大きな菊花火が光の雫を散らしながら消えていく。
花火の合間合間、思い出したかのように綿菓子を食む横顔は、とてもじゃないが斬魄刀を握っている雰囲気とはかけ離れていた。
どちらが好きか・と問われたら勿論両方と即答できるのだが、やはり彼女が笑っているのが一番好きだ。
本当は平和に、穏やかに、何にも脅かされることもなく健やかに暮らしてくれることが一番の願いなのだが、死神になった以上そうはいかない。
それでも彼女は『今が一番幸せですよ』と笑うのだから、なんだかこっちも目の前が霞むほどに幸福な気持ちにさせられる。
あぁ、こんな幸せでバチが当たらないだろうか。
浴衣の懐から先程の名無しと同じように、伝令神機を取り出して写真を二枚、シャッターを切る。
撮ったのは綿菓子に顔を埋めるように頬張る彼女の横顔と、次の瞬間大きな花火が上がってキラキラとした表情で見上げる横顔。
爆発音に紛れて聞こえたのだろう、シャッター音に気がついた名無しが無遠慮にこちらを見上げてきた。
「もう、何撮ってるんですか。」
「ん?名無しサンっス」
「私なんか撮っても仕方ないでしょう。花火撮ってください、花火。」
そう言って苦笑する彼女を見て、ボクも釣られて苦笑いを零した。
ボクとしては花火よりも彼女の方が被写体としては最高なのだが、照れて拗ねてしまうだろうから黙っておこう。
「名無しサン。」
「はい。」
花火が途切れた合間、名前を呼べばふにゃりと笑ってこちらに振り向く。
口の端に綿菓子の糸のような欠片がついていて、あぁこんなところは本当に無防備なんだから・と内心笑ってしまった。
そんなところが、最高に可愛いのだけれど。
耳を聾する破裂音と同時に、そっと影を重ねる。
肩がくっ付き合うような距離で並んでいたから恐らく周りの人間は誰一人として気づいていないだろう。
ゼロ距離で感じる甘い綿菓子の味と、ほんのり香るハッカの爽やかな香り。
「ん、甘いっスね」
「う、わ…っ……こ、ここ、外ですよ…」
さっきまで花火を見上げていたのに、恥ずかしそうに顔を俯ける名無し。
さまよう視線は穏やかに流れる川の水面に向けられている。
耳まで赤いのは、きっと花火の炎色反応のせいではない。
「大丈夫っスよぉ。皆さん花火見られてるし、ほら。お祭りっスから」
「どういう理屈ですか、それ。」
じとりと抗議するように恥ずかしそうな顔で見上げてくる名無し。
適当に口から出た言い訳だ。特に弁解するわけでもなく、ボクは誤魔化すよう曖昧に笑った。
「あ。ほら、大っきいの上がりそうっスよ」
最後のフィナーレだろう。
金色の錦冠、通称・柳が次々と打ち上げられていく。
金粉の一滴一滴が煌めいて思わず息を呑んでしまいそうな絶景だ。
手を伸ばせば届いてしまいそうな大きさに、隣の名無しはぽかんと見上げて呆気にとられていた。
「名無しサン、また来年も来ましょうね」
そっと耳元で囁けば、彼女ははにかみ笑いを浮かべて、大きくひとつ頷いた。
今は幸せそうな顔でリンゴ飴をポリポリ齧っている。
ボクの腕には焼きそばの入った袋と、焼き鳥と牛串が入っていた。
彼女の右手にはボクの左手。ボクの左手には彼女の右手。
触れる指先で感じる体温が、これ程までに幸せなことはないだろう。
夏の綺羅星(後篇)
出店が立ち並ぶ大通から少し離れた橋の上。
メインの会場から少し離れた場所にあるためか、思ったよりも人は疎らだった。
「ここで見ましょうか、花火。」
「はーい」
ご機嫌な返事をしながら鉄製の柵に体重を乗せる名無し。
帯差していた扇子を開いて仰いでやれば、少し汗ばんだ彼女の前髪がふわりとそよいだ。
「ふぁー涼しい…」
「でしょう。」
川辺の夜とはいえ、夏の夜は熱帯夜と言っても差し支えない。
花火を打ち上げるには丁度いいのだろうが、今晩はほぼ無風だったため尚更暑く感じた。
「ハッカ油ありますよ。使いますか?」
「ハッカ油?」
「虫除けにもなるし、スースーして気持ちいいんですよ」
巾着から取り出したのは百円均一で買ったであろう小さなスプレー。
丁度旅行に持っていけそうなアメニティグッズのようにも見える。
首元にひと吹きされれば、思った以上に
「お、涼しいっスね」
「でしょう。昔、祖母から教えて貰ったんですよ」
なるほど、おばあちゃんの知恵というわけか。
中庭でアロエを育てているのも、きっとそこからの知識だろう。
中々先人の知恵は馬鹿に出来ないな、と内心ぼんやり思った。
先程買った焼きそばを食べながら「この間の名無しサンが作った焼きそばの方が美味しかったっスね」と嘘偽りのない食レポをすれば、「またいつでも作って差し上げますよ」と彼女は笑った。
というかよくあれだけ低予算の中で、材料を仕入れることが出来るものだ。
商店街の中の八百屋や精肉店と交渉した・と彼女は言っていたが、人徳の成せる技なのだろうか。
存外名無しは商売人に向いているのかもしれない。
「あ。浦原さん、浦原さん!」
グイグイと浴衣の裾を引っ張られた瞬間、大空に弾ける大輪の花。
続いて口笛じみた音を放ちながら、次々と絶えることなく色とりどりの火花か咲いては散っていく。
腹の底へ響くような爆発音は、何故か不思議と夏の風物詩なのだとしみじみ感じた。
「う、わぁ。凄いですね!」
持っていた伝令神機のカメラ機能で何枚か写真を撮って巾着に仕舞う。
恐らく、待受画面は暫く花火の写真になるのだろう。楽しい思い出になりそうなら何よりだ。
「先日はゆっくり見れなかったっスからねぇ」
「まぁしっかり売上が上がったので、上出来ですよ」
ふふん、と自慢げに笑う名無しは可愛いと同時にどこか頼もしかった。
彼女の手抜きをしない技術が、まさに出店時には光っていた。
「こりゃちゃっかりした看板娘だことで。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
にっこり笑い、再び夜空を射抜く花火を見上げる名無し。
大きな一尺玉が赤や緑、金や青へ魔法のように変わっていく。
子供のような表情で、網膜に焼き付けるように花火を見上げる名無しの黒い瞳に、鮮やかな色彩が映り込む。
夕闇に咲く花火よりもこっちの方が綺麗だと思うなんて、我ながら重症だ・と笑ってしまう。
バチバチと弾ける音を鳴らしながら、赤い大きな菊花火が光の雫を散らしながら消えていく。
花火の合間合間、思い出したかのように綿菓子を食む横顔は、とてもじゃないが斬魄刀を握っている雰囲気とはかけ離れていた。
どちらが好きか・と問われたら勿論両方と即答できるのだが、やはり彼女が笑っているのが一番好きだ。
本当は平和に、穏やかに、何にも脅かされることもなく健やかに暮らしてくれることが一番の願いなのだが、死神になった以上そうはいかない。
それでも彼女は『今が一番幸せですよ』と笑うのだから、なんだかこっちも目の前が霞むほどに幸福な気持ちにさせられる。
あぁ、こんな幸せでバチが当たらないだろうか。
浴衣の懐から先程の名無しと同じように、伝令神機を取り出して写真を二枚、シャッターを切る。
撮ったのは綿菓子に顔を埋めるように頬張る彼女の横顔と、次の瞬間大きな花火が上がってキラキラとした表情で見上げる横顔。
爆発音に紛れて聞こえたのだろう、シャッター音に気がついた名無しが無遠慮にこちらを見上げてきた。
「もう、何撮ってるんですか。」
「ん?名無しサンっス」
「私なんか撮っても仕方ないでしょう。花火撮ってください、花火。」
そう言って苦笑する彼女を見て、ボクも釣られて苦笑いを零した。
ボクとしては花火よりも彼女の方が被写体としては最高なのだが、照れて拗ねてしまうだろうから黙っておこう。
「名無しサン。」
「はい。」
花火が途切れた合間、名前を呼べばふにゃりと笑ってこちらに振り向く。
口の端に綿菓子の糸のような欠片がついていて、あぁこんなところは本当に無防備なんだから・と内心笑ってしまった。
そんなところが、最高に可愛いのだけれど。
耳を聾する破裂音と同時に、そっと影を重ねる。
肩がくっ付き合うような距離で並んでいたから恐らく周りの人間は誰一人として気づいていないだろう。
ゼロ距離で感じる甘い綿菓子の味と、ほんのり香るハッカの爽やかな香り。
「ん、甘いっスね」
「う、わ…っ……こ、ここ、外ですよ…」
さっきまで花火を見上げていたのに、恥ずかしそうに顔を俯ける名無し。
さまよう視線は穏やかに流れる川の水面に向けられている。
耳まで赤いのは、きっと花火の炎色反応のせいではない。
「大丈夫っスよぉ。皆さん花火見られてるし、ほら。お祭りっスから」
「どういう理屈ですか、それ。」
じとりと抗議するように恥ずかしそうな顔で見上げてくる名無し。
適当に口から出た言い訳だ。特に弁解するわけでもなく、ボクは誤魔化すよう曖昧に笑った。
「あ。ほら、大っきいの上がりそうっスよ」
最後のフィナーレだろう。
金色の錦冠、通称・柳が次々と打ち上げられていく。
金粉の一滴一滴が煌めいて思わず息を呑んでしまいそうな絶景だ。
手を伸ばせば届いてしまいそうな大きさに、隣の名無しはぽかんと見上げて呆気にとられていた。
「名無しサン、また来年も来ましょうね」
そっと耳元で囁けば、彼女ははにかみ笑いを浮かべて、大きくひとつ頷いた。