short story
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最近、名無しが妙にイライラしている。
原因はしばらくして分かった。
「あっのやろう!!」
珍しく口汚く声を上げる。
今日は浦原の布団で寝ていた名無しが、朝からバッチリ青筋を浮かべていた。
「どしたんっスかぁ…名無しサン…」
大きく欠伸をひとつこぼし、浦原がのんびり訊ねた。
はだけた寝間着用の浴衣の襟に手を入れ、ぽりぽりと鎖骨を掻く姿は緊張感の欠片もない。
assault by indigo blue!
「はぁ?藍染サンが夢に出てくる?」
「おかげでここ最近、寝不足ですよ…」
怒っているのにぐったりしている名無し。
どうやら朝食を作る気力もないらしい。今日はコーンフレークだった。いや、全然コーンフレークでもいいのだけど。
「夢に出てくる、というか…ほら、斬魄刀がいる…内在世界?あそこに出てくるんですよ」
「なるほど」
「……ここ一週間ずっと出てきてて、あー夢かなー、悪夢だなー、疲れてるのかなーって思ってたんですけど…」
怒りに震える拳を握り、ドンッと卓袱台を一度大きく叩く。
置いていた湯のみが僅かに宙へ浮いた。
「アイツ、昨日……!」
「昨日?」
かぁあっと顔が真っ赤に染まる名無し。
それは憤怒からのようにも見えたが、別の理由だった。
「…………ず、……ずいぶん、みだされていたな、って……」
ごにょごにょと尻すぼみになる言葉。
ハキハキと喋る彼女にしては珍しい。
そんな時は大抵『夜の情事』について喋る時か、別の恥ずかしい話をする時くらいだ。
今回は前者の方だったようだが。
「あー。昨晩も可愛かったっスねぇ」
「なに悠長に言ってるんですか!そうじゃなくて!あれ絶対本人ですよ、昨日確信しましたもん!
浦原さんのせいでくたびれてるから、起きたいのに起きれなくて、一晩中ずーーーーっとあの変質者に昨晩の、こ、ここ、行為、の、話をっ、される私の身にもなってください!!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にさせる名無しが可愛い、だなんて今は言えなかった。
あぁ、だから最近いつもに増して早起きだったのか。
鉄裁から名無しが最近自分よりも随分早起きをしている。なのに寝不足のようだ、と言っていたことを思い出した。
「ボクのせいじゃないっスよぉ。名無しサンがエッチなのが悪…いたたたた!」
顔を真っ赤にして頬を抓る名無し。
今のは浦原が悪い。
「つまり、夢の中に出てくる藍染サンをどうにかしたい、と」
「はっ倒したいんですけど、内在世界のくせに斬魄刀ないんですよね。鬼道だけじゃ殺せないのは、よーくわかってるんですよ」
以前、崩玉と融合した後の藍染に鬼道のみで挑まざるを得なかったことがある。
結果は敗北しているため、鬼道だけでは無謀だということを名無しは百も承知だった。
「以前っスね、転神体っていうのを作る時に、副産物で他人の内在世界に入れる薬が出来まして」
「凄い。ドラえ〇んみたいですね、浦原さん」
「でしょう。もっと褒めてくださってもいいんっスよ。
まぁ今晩使ってみましょ。ボクもお手伝いするんで」
のんびり笑う彼が、今日ほど救世主に見えたことは今までなかったかもしれない。
***
そして夜。
名無しが寝るのは随分早かった。
寝不足が祟ったのだろう、昼間もなんだか眠そうだった。
浦原は副産物でできた薬を飲んで、名無しの隣で横になる。
すぅすぅと寝息を立てる彼女をそっと抱きかかえて、ゆっくり意識を手放した。
***
目を覚ますと、満天の星空。
冬の大三角が煌々と輝く凍空だった。
かすみ草のような、白い繊細な花が一面を覆い尽くす花畑。
一見すると白い草原のようだった。
その中に埋まるように横たわっている名無し。
寝不足なのに少し酷なような気もするが、ゆるゆると揺さぶって起こした。
「名無しサン」
「んぐ…ねむい…」
寝ているのに眠い、とは些かおかしな事だが、起こさないわけにはいかなかった。
遠くから近づいてくる人影が、ひとつ。
「久しぶりだね、浦原喜助。なぜ君がここにいる?」
「…それはこっちのセリフっスよ、藍染サン」
悠々と歩いてきたのは、紛れもない。藍染だ。
拘束具をつけたままの姿だが、霊圧の質は彼そのものだった。
間違いない、本物だ。
「無間があまりに退屈でね。彼女が死神になったものだから、少し遊びに来ただけさ」
霊力の性質が、人間のソレから死神のものになった。
おかげで干渉しやすくなった、と藍染は笑う。
「はた迷惑な話っスね。おかげで名無しサン寝不足っスよ」
「おや。船を漕いでる彼女を見て半ば無理矢理行為に及んだ君が言うのか?」
楽しそうに笑う彼からは敵意を感じない。
以前のような刺々しい雰囲気は、完全に形を潜めている。
「まぁ、起きるまで待つとするか」
地面に座り込む藍染。
白い花が埋め尽くす地面と、星が瞬く夜空。
そこにこの男がいるのはかなり違和感があった。
「帰ってください。」
「暇を持て余しているんだ、少しくらいはいいだろう。男の嫉妬は醜いぞ、浦原喜助。君はもっと他者に対して無関心かと思っていたが?」
「名無しサン限定っスよ」
どうやら帰る気はないらしい。
少しだけ霊圧を込めてみるが、どうやら鬼道は使えないらしい。
それは恐らく藍染も同じ。
戦うとしたら白打があるが、空間の主以外が戦った場合、内在世界がどうなるか保証は出来ない。
藍染もそう思っているのか、敵意は感じられなかった。隠しているだけかもしれないが。
「まさか死神になるとはな」
ポツリと藍染が呟いた。
「死神になるつもりであのような死に方を進んで選んだとしたら、とんでもない娘だ」
「そこには同感っス」
「迷いがないのだろう、羨ましい限りだ」
完全に二度寝をしている名無しの寝顔を見下ろす藍染の視線は、いやに穏やかだ。
拘束具の隙間から覗く左目は、例えるなら慈愛に近い。
「周りはハラハラしっぱなしっスけどね」
「君には丁度いい刺激だろう。予想の斜め上を彼女は行くのだから」
「手綱を握る側にもなって欲しいもんっス」
行動が読めない犬の散歩をしている気分だ。
「意外と手綱を握られているのは君かもしれないな」
「そうかもしれないっスね」
ふと、浦原は気がついた。
藍染とこんな風に話をするのは、実に百年以上ぶりの話だ。
最大の敵だった男と腰を据えてこんな風に話をするなんて。彼の死神人生で前代未聞の話だ。
「ん…む…」
目を擦りながらムクリと上半身を起こす名無し。
実に眠そうだ。寝不足の原因は、両隣にいるのだが。
「起きたか、名無し」
「………」
ぼやぁ、とまだ半覚醒にも満たない様子だ。
こんなに眠たそうな彼女は滅多に見られない。
目を擦り、瞬きを何度か繰り返して、目を覚ました。
「…………うわあぁ!でた!」
心底嫌そうな顔。少しだけ藍染に同情した。
「名無しサン、落ち着いて」
「う、わ!?あ、浦原さんか…ビックリした…」
一瞬邪険そうに扱われそうになるが、ほっとしたのか表情が緩む。
それを見て藍染に少しだけ勝ち誇った顔をする浦原と、浦原を見て少しだけ眉間に皺が寄る藍染。
「やっぱり本物なんです?この藍染」
「恐らく。」
「この間から本物だと言っているにも関わらず、否定していたのは名無しだろう」
「だって本物だと…気持ち悪いじゃないですか」
その物言いに、思わず浦原は噴き出した。
尸魂界が持て余した叛逆者を気持ち悪いと一蹴する名無し。
迷いがないというよりは考えなしというか、いっそ清々しい。
「酷いな。精神だけでも無間を抜け出して、つかの間の自由を楽しむ私に対してその物言いとは」
「他の人の内在世界に、どうぞ行ってください」
「ほう。私の霊力の干渉で他の死神を内から壊していい、と君は言うのか」
その言葉にぐっと言葉を呑み込む名無し。
うわー出たよ屁理屈、そういう所が嫌い・と顔に書いている。
「黒崎くんとかいいんじゃないんですか?」
「遠慮しておこう。」
さり気なく一護を売る名無しと、即答で断る藍染。
それもそうだ、藍染が唯一勝てなかった男の内在世界など行きたくもないだろう。
「っていうか、本当に何なんですか!帰ってくださいよ!」
「私にあの退屈で、暗くて、音や光すらない無間に戻れと君は言うのか。酷いな」
演技だろうが、少し悲しそうに顔を俯ける藍染。
そんな単純な演技に……
自業自得だ、と言いたげな名無し。
ぐっと言葉を堪えているのが分かった。単純か。
いや、演技なのはきっと彼女も分かっているはず。
けれど性根が優しい名無しの良いところでもあり、致命的な部分へ的確につけ込んでくる藍染。
「名無しサン、演技っスよ」
「わ、分かってますよ!」
「酷いな、浦原喜助。
こんな清らかな霊圧に満ちた、自由な内在世界を見せておいて、指先ひとつ動かせない現実に帰れと君は言うのか」
「まぁ、居心地いいのは否定しないっス」
その点については全面同意だ。
流星が時々宇宙を流れる景色は、絶景に近かった。斬魄刀に『天狼』と名付けるのも、何となく分かる気がする。
「…でも毎日来られるのは、すっっっごく迷惑です」
「では週一」
「ハッ倒しますよ」
「月一」
「京楽さんに言いつけますよ」
「…年に一度ならどうだ」
「……………………条件があります」
それでも少しだけ嫌そうな顔をしている名無し。
同情した時点で彼女の負け、ということに気づいているのだろうか。
「ひとつ、ここで暴れない。」
「了承しよう」
「ひとつ、話をするだけなら付き合います」
「あぁ」
「ひとつ、変な思想に勧誘しない」
「変な、とは失礼だな。まぁいいだろう」
「ひとつ、セクハラをしない」
「それはどうだろうな」
「一番最後が重要ですけど!?」
青筋浮かべて怒る名無し。
そういえば今朝怒っていたのは、性生活を根掘り葉掘り聞かれたのが原因だったことを浦原は思い出した。
「ついでにボクも同伴、が条件でどうっスか?」
「是非お願いします」
「………仕方ない」
不承不承、頷く藍染。
浦原としては賛成ではないが、彼女がこの大罪人を少しだけ赦すというなら止める義理はない。
勿論、名無しの身の安全が第一優先だが。
ここで無理に止めても、ほんの少しの罪悪感が彼女の中に生まれるだろう。だから止めない。
「ちなみに約束破ったら、去勢しますから」
前言撤回。意外と彼女は手厳しかった。
藍染もそれは嫌らしく、顔が僅かに強ばった。男は全員強ばるに決まっている。
「…なるほど。万が一で尋ねるが、キミがするのか?」
「黒崎くんにしてもらいます」
ここに一護がいたら『何でだよ!!!』と全力で訴えていただろう。
ここに居た男二人も、心の中で叫んだ。
何でだよ。
「…では朝まで大人しくするか」
「そうしてください」
「しかし、一年で一度しか逢えないとは…七夕のようだな」
「七夕って大体毎年雨ですけどね。天の川も大氾濫で大変でしょうね」
素でドン引きしている名無し。
これには浦原も少し引いた。何言ってるんだ、この男は。
「さて、猥談でもするか」
「セクハラ禁止って言いましたよね!?」
「了承した覚えはないさ。何かあるだろう、浦原喜助」
「そっスねぇ、名無しサンの性感帯の話でも」
「やめてください!!」
咄嗟に浦原の口を手で塞いで、真っ赤になる名無し。
勢いよく抑えたからか、そのまま浦原を押し倒す。
息苦しいのかじたばた藻掻く浦原と「どうしてそう悪ノリするんです!?」と怒る名無し。
「くくっ、ふはは…!」
その光景を見て、久方ぶりに藍染は心から笑った。
原因はしばらくして分かった。
「あっのやろう!!」
珍しく口汚く声を上げる。
今日は浦原の布団で寝ていた名無しが、朝からバッチリ青筋を浮かべていた。
「どしたんっスかぁ…名無しサン…」
大きく欠伸をひとつこぼし、浦原がのんびり訊ねた。
はだけた寝間着用の浴衣の襟に手を入れ、ぽりぽりと鎖骨を掻く姿は緊張感の欠片もない。
assault by indigo blue!
「はぁ?藍染サンが夢に出てくる?」
「おかげでここ最近、寝不足ですよ…」
怒っているのにぐったりしている名無し。
どうやら朝食を作る気力もないらしい。今日はコーンフレークだった。いや、全然コーンフレークでもいいのだけど。
「夢に出てくる、というか…ほら、斬魄刀がいる…内在世界?あそこに出てくるんですよ」
「なるほど」
「……ここ一週間ずっと出てきてて、あー夢かなー、悪夢だなー、疲れてるのかなーって思ってたんですけど…」
怒りに震える拳を握り、ドンッと卓袱台を一度大きく叩く。
置いていた湯のみが僅かに宙へ浮いた。
「アイツ、昨日……!」
「昨日?」
かぁあっと顔が真っ赤に染まる名無し。
それは憤怒からのようにも見えたが、別の理由だった。
「…………ず、……ずいぶん、みだされていたな、って……」
ごにょごにょと尻すぼみになる言葉。
ハキハキと喋る彼女にしては珍しい。
そんな時は大抵『夜の情事』について喋る時か、別の恥ずかしい話をする時くらいだ。
今回は前者の方だったようだが。
「あー。昨晩も可愛かったっスねぇ」
「なに悠長に言ってるんですか!そうじゃなくて!あれ絶対本人ですよ、昨日確信しましたもん!
浦原さんのせいでくたびれてるから、起きたいのに起きれなくて、一晩中ずーーーーっとあの変質者に昨晩の、こ、ここ、行為、の、話をっ、される私の身にもなってください!!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にさせる名無しが可愛い、だなんて今は言えなかった。
あぁ、だから最近いつもに増して早起きだったのか。
鉄裁から名無しが最近自分よりも随分早起きをしている。なのに寝不足のようだ、と言っていたことを思い出した。
「ボクのせいじゃないっスよぉ。名無しサンがエッチなのが悪…いたたたた!」
顔を真っ赤にして頬を抓る名無し。
今のは浦原が悪い。
「つまり、夢の中に出てくる藍染サンをどうにかしたい、と」
「はっ倒したいんですけど、内在世界のくせに斬魄刀ないんですよね。鬼道だけじゃ殺せないのは、よーくわかってるんですよ」
以前、崩玉と融合した後の藍染に鬼道のみで挑まざるを得なかったことがある。
結果は敗北しているため、鬼道だけでは無謀だということを名無しは百も承知だった。
「以前っスね、転神体っていうのを作る時に、副産物で他人の内在世界に入れる薬が出来まして」
「凄い。ドラえ〇んみたいですね、浦原さん」
「でしょう。もっと褒めてくださってもいいんっスよ。
まぁ今晩使ってみましょ。ボクもお手伝いするんで」
のんびり笑う彼が、今日ほど救世主に見えたことは今までなかったかもしれない。
***
そして夜。
名無しが寝るのは随分早かった。
寝不足が祟ったのだろう、昼間もなんだか眠そうだった。
浦原は副産物でできた薬を飲んで、名無しの隣で横になる。
すぅすぅと寝息を立てる彼女をそっと抱きかかえて、ゆっくり意識を手放した。
***
目を覚ますと、満天の星空。
冬の大三角が煌々と輝く凍空だった。
かすみ草のような、白い繊細な花が一面を覆い尽くす花畑。
一見すると白い草原のようだった。
その中に埋まるように横たわっている名無し。
寝不足なのに少し酷なような気もするが、ゆるゆると揺さぶって起こした。
「名無しサン」
「んぐ…ねむい…」
寝ているのに眠い、とは些かおかしな事だが、起こさないわけにはいかなかった。
遠くから近づいてくる人影が、ひとつ。
「久しぶりだね、浦原喜助。なぜ君がここにいる?」
「…それはこっちのセリフっスよ、藍染サン」
悠々と歩いてきたのは、紛れもない。藍染だ。
拘束具をつけたままの姿だが、霊圧の質は彼そのものだった。
間違いない、本物だ。
「無間があまりに退屈でね。彼女が死神になったものだから、少し遊びに来ただけさ」
霊力の性質が、人間のソレから死神のものになった。
おかげで干渉しやすくなった、と藍染は笑う。
「はた迷惑な話っスね。おかげで名無しサン寝不足っスよ」
「おや。船を漕いでる彼女を見て半ば無理矢理行為に及んだ君が言うのか?」
楽しそうに笑う彼からは敵意を感じない。
以前のような刺々しい雰囲気は、完全に形を潜めている。
「まぁ、起きるまで待つとするか」
地面に座り込む藍染。
白い花が埋め尽くす地面と、星が瞬く夜空。
そこにこの男がいるのはかなり違和感があった。
「帰ってください。」
「暇を持て余しているんだ、少しくらいはいいだろう。男の嫉妬は醜いぞ、浦原喜助。君はもっと他者に対して無関心かと思っていたが?」
「名無しサン限定っスよ」
どうやら帰る気はないらしい。
少しだけ霊圧を込めてみるが、どうやら鬼道は使えないらしい。
それは恐らく藍染も同じ。
戦うとしたら白打があるが、空間の主以外が戦った場合、内在世界がどうなるか保証は出来ない。
藍染もそう思っているのか、敵意は感じられなかった。隠しているだけかもしれないが。
「まさか死神になるとはな」
ポツリと藍染が呟いた。
「死神になるつもりであのような死に方を進んで選んだとしたら、とんでもない娘だ」
「そこには同感っス」
「迷いがないのだろう、羨ましい限りだ」
完全に二度寝をしている名無しの寝顔を見下ろす藍染の視線は、いやに穏やかだ。
拘束具の隙間から覗く左目は、例えるなら慈愛に近い。
「周りはハラハラしっぱなしっスけどね」
「君には丁度いい刺激だろう。予想の斜め上を彼女は行くのだから」
「手綱を握る側にもなって欲しいもんっス」
行動が読めない犬の散歩をしている気分だ。
「意外と手綱を握られているのは君かもしれないな」
「そうかもしれないっスね」
ふと、浦原は気がついた。
藍染とこんな風に話をするのは、実に百年以上ぶりの話だ。
最大の敵だった男と腰を据えてこんな風に話をするなんて。彼の死神人生で前代未聞の話だ。
「ん…む…」
目を擦りながらムクリと上半身を起こす名無し。
実に眠そうだ。寝不足の原因は、両隣にいるのだが。
「起きたか、名無し」
「………」
ぼやぁ、とまだ半覚醒にも満たない様子だ。
こんなに眠たそうな彼女は滅多に見られない。
目を擦り、瞬きを何度か繰り返して、目を覚ました。
「…………うわあぁ!でた!」
心底嫌そうな顔。少しだけ藍染に同情した。
「名無しサン、落ち着いて」
「う、わ!?あ、浦原さんか…ビックリした…」
一瞬邪険そうに扱われそうになるが、ほっとしたのか表情が緩む。
それを見て藍染に少しだけ勝ち誇った顔をする浦原と、浦原を見て少しだけ眉間に皺が寄る藍染。
「やっぱり本物なんです?この藍染」
「恐らく。」
「この間から本物だと言っているにも関わらず、否定していたのは名無しだろう」
「だって本物だと…気持ち悪いじゃないですか」
その物言いに、思わず浦原は噴き出した。
尸魂界が持て余した叛逆者を気持ち悪いと一蹴する名無し。
迷いがないというよりは考えなしというか、いっそ清々しい。
「酷いな。精神だけでも無間を抜け出して、つかの間の自由を楽しむ私に対してその物言いとは」
「他の人の内在世界に、どうぞ行ってください」
「ほう。私の霊力の干渉で他の死神を内から壊していい、と君は言うのか」
その言葉にぐっと言葉を呑み込む名無し。
うわー出たよ屁理屈、そういう所が嫌い・と顔に書いている。
「黒崎くんとかいいんじゃないんですか?」
「遠慮しておこう。」
さり気なく一護を売る名無しと、即答で断る藍染。
それもそうだ、藍染が唯一勝てなかった男の内在世界など行きたくもないだろう。
「っていうか、本当に何なんですか!帰ってくださいよ!」
「私にあの退屈で、暗くて、音や光すらない無間に戻れと君は言うのか。酷いな」
演技だろうが、少し悲しそうに顔を俯ける藍染。
そんな単純な演技に……
自業自得だ、と言いたげな名無し。
ぐっと言葉を堪えているのが分かった。単純か。
いや、演技なのはきっと彼女も分かっているはず。
けれど性根が優しい名無しの良いところでもあり、致命的な部分へ的確につけ込んでくる藍染。
「名無しサン、演技っスよ」
「わ、分かってますよ!」
「酷いな、浦原喜助。
こんな清らかな霊圧に満ちた、自由な内在世界を見せておいて、指先ひとつ動かせない現実に帰れと君は言うのか」
「まぁ、居心地いいのは否定しないっス」
その点については全面同意だ。
流星が時々宇宙を流れる景色は、絶景に近かった。斬魄刀に『天狼』と名付けるのも、何となく分かる気がする。
「…でも毎日来られるのは、すっっっごく迷惑です」
「では週一」
「ハッ倒しますよ」
「月一」
「京楽さんに言いつけますよ」
「…年に一度ならどうだ」
「……………………条件があります」
それでも少しだけ嫌そうな顔をしている名無し。
同情した時点で彼女の負け、ということに気づいているのだろうか。
「ひとつ、ここで暴れない。」
「了承しよう」
「ひとつ、話をするだけなら付き合います」
「あぁ」
「ひとつ、変な思想に勧誘しない」
「変な、とは失礼だな。まぁいいだろう」
「ひとつ、セクハラをしない」
「それはどうだろうな」
「一番最後が重要ですけど!?」
青筋浮かべて怒る名無し。
そういえば今朝怒っていたのは、性生活を根掘り葉掘り聞かれたのが原因だったことを浦原は思い出した。
「ついでにボクも同伴、が条件でどうっスか?」
「是非お願いします」
「………仕方ない」
不承不承、頷く藍染。
浦原としては賛成ではないが、彼女がこの大罪人を少しだけ赦すというなら止める義理はない。
勿論、名無しの身の安全が第一優先だが。
ここで無理に止めても、ほんの少しの罪悪感が彼女の中に生まれるだろう。だから止めない。
「ちなみに約束破ったら、去勢しますから」
前言撤回。意外と彼女は手厳しかった。
藍染もそれは嫌らしく、顔が僅かに強ばった。男は全員強ばるに決まっている。
「…なるほど。万が一で尋ねるが、キミがするのか?」
「黒崎くんにしてもらいます」
ここに一護がいたら『何でだよ!!!』と全力で訴えていただろう。
ここに居た男二人も、心の中で叫んだ。
何でだよ。
「…では朝まで大人しくするか」
「そうしてください」
「しかし、一年で一度しか逢えないとは…七夕のようだな」
「七夕って大体毎年雨ですけどね。天の川も大氾濫で大変でしょうね」
素でドン引きしている名無し。
これには浦原も少し引いた。何言ってるんだ、この男は。
「さて、猥談でもするか」
「セクハラ禁止って言いましたよね!?」
「了承した覚えはないさ。何かあるだろう、浦原喜助」
「そっスねぇ、名無しサンの性感帯の話でも」
「やめてください!!」
咄嗟に浦原の口を手で塞いで、真っ赤になる名無し。
勢いよく抑えたからか、そのまま浦原を押し倒す。
息苦しいのかじたばた藻掻く浦原と「どうしてそう悪ノリするんです!?」と怒る名無し。
「くくっ、ふはは…!」
その光景を見て、久方ぶりに藍染は心から笑った。